ティナとヴィルのお裁縫
「どう? できそう?」
作るスカートは二種類。だからヴィルさんは冬用と、夏用と、裏地用とで生地を三種類よこしたんだ。季節によって布地が変わるのは異世界でも変わらないらしい。
二着作るのはいい、けど、問題はちゃんと作れるかどうかだ。レシピを見ると、贅沢なスカートなだけあってか、ずいぶんと手順が多い。
裾をまつったり、縫ったりするのは分かる。けど、レシピの中には知らない道具を使う場面がそこかしこにあった。例えば、最初の方にお薬とアイロンを使ってひだを作る、なんて工程があるけど、当然、そんなことをしたことはない。
そもそもこの世界のアイロンだって、ここにきた時、リリアさんに教わって初めて知った。あんなに軽くて、火にかけなくても熱くなる金ゴテなんて初めて見た。そんなものをいきなり使えと言われても、ちょっと困るかも。練習くらいはしておきたい。
それにレシピのそこかしこに「ミシン」でどうこうってあるけど、そもそもミシンってなんなんだろう? レシピの文面から察するに、縫うための道具かも、っていうのは想像できるけど。
「えぇと
……えぅ」
ただ縫うだけならできる。でも、レシピ通りとなると難しそうだった。ヴィルさんは厳しそうな雰囲気がしていてちょっと怖い。できると言った手前、「やっぱりできないです」なんて言おうものなら、ものすごく怒られそうな気がする。
とはいえ、分からないことをそのままにして、高そうな生地をダメにしたらもっと困りそうなのは目に見えている。
「その、私がいたところにない道具? とかが結構あるので難しいかも、です」
だから、正直に答えるとヴィルさんは不思議そうな顔をした。
「そうなの?」
「
……はい、その、みしん? とか。アイロンは分かるんですけど、でも、ちょっと分からなくて」
「アンタ、アイロンは分かるのにミシンは知らないの?」
「リリアさんに教わったんです。えと、あの軽い金ゴテですよね?」
「
……。あぁ、アンタのいたトコってそうなのね。いいわ、教えるからちゃんと覚えて」
ヴィルさんは呆れたようにため息をつくと、怒るでもなく、棚から大きな箱を取り出した。
「これが『ミシン』。縫うための機械よ」
そう言って旅行鞄に見えなくもないそれを開けると、たまに見るつるつるした素材でできた不思議な形の箱が出てきた。ディソムニアの寮服に付いてるみたいな巻き糸が付いていて、よく見ると、糸が通った針もついている。
けど、不思議なことに糸は針の先を通っていた。こんなに細い針も、こんなところに糸を通す針も見たことないかも。
それに、あちこちから糸が見え隠れしていて、構造がよく分からない。こんなんで、ほんとに縫物ができるのかな?
「他にもあるけど、今日はこれだけで作りましょう」
そう言うとヴィルさんはミシン、の説明をしてくれた。生地を縫ったりかがったりをできる機械だそうで、手で縫うよりも早く・キレイにできるらしい。たしかに、制服とかタオルとか、とんでもなく縫い目がキレイだったけど、これで作られてたってことなのかな?
「じゃあ、やってみせるから覚えて」
「えと、お願いします」
「まずは生地をセットするところからね。まずはここを回して針を下ろすの、縫う場所を決めたらこのレバーを下ろして
……」
ヴィルさんは小さなハギレを取り出すと、それをミシンに挟んで、たくさんついてるボタンのうちの一つを触った。
すると、機械は高く唸るような音を立てて、ガタガタ震え出した。糸巻から糸が流れて、その先では針が目にも止まらない速さでハギレを突いていた。
よく見ると、ハギレには縫い目ができている。だから、ヴィルさんの言う通り縫っているんだろうというのは分かった。けど、あまりに勢いがあって怖く感じた。
「ここを押すと縫い始めて、始めと終わりはここを押して何度か返しながら縫うの。スタートとは違って、押してる間縫い続けるから気をつけて」
「う
……」
「ここを回すと縫い方を変えられるわ。生地をかがる時は8番よ」
「はい
……」
「あぁそれと、やっていて糸が外れたり切れたりした時は声をかけて。直すから」
「えと、はい
……」
ヴィルさんは使いながら教えてくれたものの、針の動きが怖すぎて頭に入ってこなかった。ヴィルさんはなんでもないように使ってるけど、私が使っても大丈夫なのかな? 正直、手が穴だらけになりそうで怖い。
ヴィルさんの説明を見ているうちに、小さなハギレは四方をかがられて、まっすぐ十字に縫われていた。十字の端は縫い目が重なっていて、簡単にはほどけそうにないように見える。
「慣れれば難しくないけど、そうね。アンタはこれ、初めて見るんでしょ?」
「そー、ですね。ちょっと怖いです」
「
……そうでしょうね。なら、少し弄るわ」
ヴィルさんはそう言うと、よく分からないところを触った。そしてさっきのようにハギレをミシンに差し込んで、さっと同じようにボタンを押した。
針はまた生地を縫い始めたけど、今度はさっきと比べてずいぶんとゆっくりだった。それでも、手で縫うよりはよっぽど早い。ハギレの端まで縫うと、ミシンを止めてヴィルさんは私に目を向けた。
「これくらいならどう? 使えそう?」
「えっと、それくらいなら怖くないかも、です」
「それならいいわね。ここのつまみを動かせがば速さを変えられるの。こっちに動かせばゆっくり、逆なら早く、って具合にね」
「はい」
「ま、いきなりやれって言われてもアンタも困るでしょう? これでちょっと練習なさい」
そう言ってヴィルさんは小さなハギレを四枚くれた。なんかの余りなのかな? 紺色の生地と、赤とオレンジの格子模様の生地が二枚ずつ。
「わかりました、やってみます」
「怯えなくてもいいわよ。型は古いけど安全装置は付いてるから、針に触ろうとしない限りケガのしようがないの」
「そうなんですか?」
「まずはやってみなさい。見ててあげるから」
「え、と、わかりました」
そうしてヴィルさんに見られながら、言われた通りに生地をかがって、まっすぐ縫って、縫い返してと練習した。
最初は生地がぐちゃぐちゃになったり、糸が絡まったり、縫い目がめちゃくちゃになったり、と散々だったけど、やっているうちにコツみたいなのも掴めてきた。
何もしなくても生地は縫えるけど、軽く引っ張りながら針を進めるとズレにくくなるとか、最初はゆっくり、あとは早くするとモタモタしないとか。
使い方が分かってくると、楽しくなってきた。そうして楽しくなっているうちにミシンの使い方もなんとなく、分かった気がする。
練習用の生地のおかわりを貰って、キレイな袋の形に縫い上げると、ヴィルさんは私の顔を覗き込んできた。キレイな顔で笑いかけられて、ちょっとだけドキドキしてしまった。
「どう? やれそう?」
「えと、はい! かがるのはちょっと難しいですけど、できそうです!」
「ロックミシンもあるけど、あっちはもっと古い型だからあまり勝手はよくないのよね」
悩むようにどうしましょう、と呟くヴィルさんにかぶりを振った。難しいけど、できないわけじゃない。それに、どうしてもミシンやらなきゃいけないわけじゃないもんね。
「難しかったら手で縫うので大丈夫です!」
「そう? まぁ、手こずるようなら声をかけて」
アタシはアタシでアンタの制服をいじるから。そう言いながらヴィルさんはマジカルペンを一振りした。
ここに来てから何度も見たお着替えの魔法だった。眩しい光に目を瞑ると、さっきまで着ていた私の制服は知らないお洋服に替えられていた。かわいい空色のワンピースと、ふりふりのエプロンドレスのセットだ。
そして、私の制服はヴィルさんの手元にあった。
「あの、これは?」
「アンタの制服をいじるって言ったでしょ。それとも、着ている服に針を通される方がよかったかしら?」
「いえ! えと、お願いします
……?」
「任せなさい。それよりも、それ、ウチの衣装だから汚さないでよ」
「ぴっ!? 気を付けます!」
「よろしい。じゃ、裁縫道具はこの中にあるから、好きなように使って」
そう言ってヴィルさんは引き出しがたくさんついた箱を置くと、その中からいくつか物を取り出して、私の制服を持って別の机についた。
かわいいお洋服にすっごく嬉しい気持ちになったけど、どうも喜んでる場合ではなさそう。大事な衣装なら汚すわけにはいかないもんね。エプロンって、お洋服を汚さないように着けるもののはずなのに、これじゃあちぐはぐかも。
気を付けないとなぁ、なんて思いながら、ヴィルさんを見た。ヴィルさんはシャツの縫い目を解いているようだった。私の制服をいじるって言ってたけど、どうなるんだろ?
ミシンの使い方を教えてくれた時、ヴィルさんは手袋を外していた。手袋の下にあったのはとてもキレイな手で、言ったら悪いけど、お裁縫に慣れているとは思えなかった。そうだったから、任せていいのかちょっぴり心配に思う。
だから、私の制服がどうなってしまうのか見ていたい。けど、あまりのんびりもできないかも。なんでか分からないけど、ヴィルさんはわざわざ私に時間を割いてくれてるんだから、モタモタしたら悪いもんね。
「
……よしっ」
心配は一旦頭の隅に追いやって、スカート作りのため、ヴィルさんが置いていった箱を開けた。中にはお裁縫道具が入っていた。いろんな種類の針や糸やハサミはもちろん、白い鉛筆に巻き尺、染料やノリ、他にも見たことのない道具がたくさん入っていて、ついわくわくした。
「えーっと
……」
まずはレシピを見て必要な道具を探すことにした。お裁縫に使う道具はもちろん、ひだ作りに必要なお薬はどれだろう? それに仕付け糸もあったら使いたい。
「これかな
……?」
プリーツ固定液、と書かれた小瓶とレシピに載っているの材料を見比べる。
これでいいのかな? 名前は同じみたいだけどレシピに載っている絵とは少し違う。心配だったから合っているかどうか、ヴィルさんに確認してもらって、ついでに仕付け糸もどれか教えてもらった。
「よし!」
本とメモを見ながらスカート作りを始めた。まずは生地を裁断して、縁をかがって、裾をまつる、生地をかがるのはちょっぴり手間取ったけど、ここまでは大丈夫。それからひだの加工だ。
ものさしで幅を測って、ヘラであたりを付けながらの作業はとても神経を使う。折ったところが被ったり、逆に足りなかったら見た目もよくないから、慎重に。ゆっくりだけどそれでも、どうにかできた。
それから繻子のような生地で裏地も作った。ミシンで縫うには針を変えないといけないらしい。やり方はもちろん分からない、けど、こっちはただまっすぐ縫うだけのようだから手で縫った。生地の端は折って縫い込んじゃえばかがる必要もないもんね。
見るからに高そうな生地だから、失敗なんてできない。しかもやったことのない作業もある。それらを確認しながらやるものだから、いつもの服作りと比べて効率はよくない。
けども、やっていれば作業は進む、進めているうちにあとは縫い合わせて部品を付けるところまでできた。仕付け糸とマチで完成形を作って、ここまでの出来と、このまま進めていいのかヴィルさんに見てもらう事にした。
声をかけようとヴィルさんを見ると、ヴィルさんは私のシャツを縫っているようだった。
「あのぅ、ヴィルさん、ここまで出来たんですけど、このまま縫っちゃって大丈夫ですか?」
「どれ、貸してみなさい。
……ふぅん、野暮ったい割に器用なのね」
誉めてるんだか貶してるんだか分からないこと言いながら、ヴィルさんは私が作ったスカートの素を見た。美容にこだわりが強いというポムフィオーレの寮長さんなだけあって、その目は真剣そのものだ。
そんな顔を見ると、下手なものを作っちゃいけないような気持ちになる。工作やお裁縫は得意なつもりだけど、ヴィルさんのお眼鏡にかなうもの、となると難しそう。緊張をごまかすために、空いてる手で夏用のスカートの生地の準備をしながら、ヴィルさんの反応を待った。
「いいわ、このまま進めて。次は
……レシピの24番のところまで出来たら声をかけてちょうだい」
「わかりました」
返ってきた冬用の生地を受け取って、いよいよミシンでの縫い作業だ。アイロンで縫いしろをしっかり作って、マチを打って、何度も本を確認しながら、本の通りにミシンで縫った。
生地をかがるだけなら、失敗してもその分を切り取っちゃえばどうにかなる。けど、縫うとなるとそうもいかない。見た感じだとミシンでの縫い目はとても細かい、失敗して、解いてやり直すにしても結構な手間かも。糸ももったいないし、生地を傷めないためにも集中しないとだ。
機械でお裁縫をするのなんて初めてだからちょっと心配だったけど、思ったよりすんなりできた。最初は怖いと思ったけど、やってみると案外そうでもない。手を縫う事も、針を指に刺すこともなく縫い上げることができた。
カボックにはない部品も多いから、ちゃんと付けられるかちょっと心配だった。けど、ヴィルさんの説明がよかったのか、本が分かりやすかったのか、これもきちんと付けられた。
ほっとしながら、改めて異世界の技術はすごいのだと思い知らされた。こんなに早くキレイに縫えるなんて、本当にすごい。何枚も重ねた生地でさえ、ズレることなく形になった。あとは見たことのない形のフックを取り付けて、しつけ糸を取っ払えば、本の通りのスカートができるはず。
スカートのでき上がりが楽しみで、ドキドキする胸を押さえながらヴィルさんに声をかけた。
+++++
続き:
14.ティナの魔法と昨日のそれから