kurotera
2024-01-20 10:46:27
78477文字
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惜別にもならない

2022年12月に発行したイノセントブレス世界線のザドギエル(ラビ)×サマエル(リュカ)本です
前半は人死に有りのイノブレ時代のお話、後半は彼らが転生した現代のお話。
若干のゴア表現あります。


 聖都から出る駅馬車で、西へ。
 巡礼の信徒や旅人が使うそれよりも居心地はいいものではあるのだが、如何せん半日も揺られていると疲れが溜まる。幸いなのは多いときには五、六人乗り込む筈のそれが、今日は自分と仲間含め二人だけだということだった。
「しかし……笛吹き男か。サマエルはどう思う?」
 揺れる馬車、窓の外に広がる眺めから顔を上げてザドギエルが問いかける。詳しい話は目的の街で聞く予定だが、先んじて得た情報はなんとも奇妙だった。
――突如やってきた笛吹きの男が、笛の音を使い人々を森へ攫った。連れ戻しに森に入った人達も戻ってこない。……これだけではただの人攫いの報告だ。それなら衛兵でも対処出来る」
「そう、でも俺達に助けを求めてきた。この書簡の書き手は街の神父。……使徒を寄越せと言ってきたということは……悪魔か、更に言うと『学会』が絡んでいるという確証があるからだ」
 手にした便りをひらひらと揺らし、ザドギエルが思案する。手紙からは窺えない事情があるかもしれないと小さく呟き、目を伏せた。
「不安か」
……いいや、正直言うと……あまりないかな」
 向かいの席に座るサマエルにそう返して、口元に笑みを形作る。緊張感が無いって言う? と首を傾げるザドギエルにいや、と否定した。
「サマエルは強いから任務は問題なく遂行出来るさ」
……俺はお前が無茶をしないかだけが心配だ」
「無茶?」
 ぽつりと呟いた言葉に瞬きをするザドギエルを、サマエルがじっと見つめる。
 お前はよく無茶をすると言えば、そうかなぁと暢気な声が返ってきた。
 

 日の暮れる頃に、馬車は都市についた。
 ここからまた別の馬車を乗り継いでいくのだが、目的地に向かう馬車で夜に出るものは無く、宿で一泊することになっていた。
――……すごいな」
 西部地方の各所を中継するこの都市はたとえ夜でも灯りは絶えず、部屋の窓から臨むことが出来る市場は人の群れでごった返している。
 一晩を過ごす部屋からその風景を眺めれば、サマエルは思わず感嘆の声を漏らした。
「あれ、サマエルはこの都市は初めてだっけ?」
「あ、ああ……お前は来たことがあるのか」
「うん、ハニエルとね」
 任務で、と答えるザドギエルになるほどと納得する。ベッドの傍らに剣を立てかけ、ザドギエルはサマエルの隣に立って外を眺めた。
「聖都も賑わってるけど、ここはちょっと違った賑わい方だよな」
 ザドギエルの言葉に頷く。聖都も夜は火を灯し、たどり着いた信徒を常に迎えるのだがやはり静謐な空気を保っていた。宿と酒場は賑わいを見せているがそれでも『教会』の膝元ゆえか、慎ましさがある。
 しかしこの都市は、それとはまた違った、言ってしまえば俗っぽいような、雑多さがあった。それはサマエルにとってどこか新鮮なものに見えて、思わず見入ってしまう。行き交う人々は活気に溢れ、その熱が都市を照らす灯りになっている。
 そんな気さえした。
――……行ってみるかい?」
 暫く黙ってサマエルの様子を見ていたザドギエルが、口を開く。
 その声にはっと我に返り、サマエルは何? と聞き返した。
「あそこに行ってみる? せっかくだしさ」
 ザドギエルが指さしたのは、眼下、人々行き交う市場だった。
 唐突に提案され、サマエルはぽかんとした顔でザドギエルと彼が指さす先を交互に見る。そして狼狽したように、口を開いた。
「行って、どうするんだ……?」
「うーん、そうだな。見て回って、欲しいものがあれば買えばいい。明日乗る馬車の中で食べる果物とかね」
……む」
「そもそも俺も行きたいんだ」
 どう? と答えを待つザドギエルを見つめ、答えに惑う。サマエルも少しばかり、いや、大いに興味を抱いている。ただひとつ、懸念があった。
……人が多い」
 僅かに不安げな声を漏らすサマエルに、青い目が軽く見開かれる。しかしすぐに、ふっと細められて、うん、とザドギエルが頷いた。
「大丈夫。俺がいるから。サマエルに毒は出させないよ。勿論、無理強いはしない」
 外の灯りがザドギエルの輪郭を照らす。それを暫く眺めてサマエルはひとつ、頷いた。
 
 人々が行き交っている。
「はぐれるなよ?」
 ザドギエルが笑って歩いて行くのに、サマエルはついて行く。
 背の高い二人なのではぐれるとは考えにくかったが、それでも初めて来る場所、慣れない人混みにサマエルは仲間と離れまいと必死だった。
 窓から眺めていた市場につけば、人の流れはある程度緩やかになった。そこかしこから露天商の元気の良い声が飛んできていて、自慢の品を買わせようと誘っている。
 山で採れた茸の類いに、うずたかく積み上げられた栗、そして紅く輝く林檎。
 実りの季節ゆえか、様々な食材が露店に並んでいる。他にも鹿や兎の肉が吊られた店、干した魚を売る店、ワインを売る店が通りにひしめいていた。
……
 きょろきょろと辺りを見渡すサマエルを見て、ザドギエルは無意識に口を緩ませる。果物を売る露店を見やり、こっちだよ、とサマエルを手招いた。
「おう兄さん、何が必要で?」
 威勢のいい商人に声をかけられ、少しびっくりしたような顔をさせるサマエルの隣で、そうだな、とザドギエルが口元に手を当てる。
「じゃあ、胡桃を。これに入れてくれ」
「あいよ」
 乾いた音をさせながら、商人がザドギエルの差し出した小さな革袋に殻のままの胡桃を入れる。それを受け取り、銀貨を渡した。その間もサマエルは台に並ぶ果物たちをまじまじと眺めていたが、決めかねているようだった。
「兄さんは何にするんだ?」
……そうだな、何がいいか――
「林檎がいいぜ、兄さん。今日仕入れたばかりの質のいいやつだ」
 言われるがままにその果実に視線を向ける。ランタンのほのかな灯りに照らされたそれは、紅い輪郭を浮かばせている。
「なら、それをひとつ」
 銀貨一枚と引き換えに、林檎を受け取る。子どもの拳ほどある大きさのそれを手にすれば、適度な重さとひんやりとした冷たさが伝わってきた。
 それを手にしたまま、市場を歩いて行く。
 辺りを見渡せば大樽をテーブル代わりにして大人達は杯を交わしながら陽気に歌っていたり、楽器を弾いている。サマエルにとってその光景は非日常じみているのだが、おそらく当の本人達にとってはありふれた日常なのだろう。
 使徒でなければ、自分もこうして生活を送っていたのだろうか。ふとそんなことを考えながら通りを進んでいると。
「ねえ」
 女が、するりと腕を絡ませてきた。
 突然のことに驚いて、立ち止まる。若い女だ。
 おそらくこの街の住人なのだろう。しかし露店でスープや織物を売っている女達と比べて、どこか扇情的な雰囲気を纏っている。
……何か?」
 一瞬の間の後、サマエルが首を傾げれば女は喜色を浮かべて微笑む。白い指がサマエルの腕をやわく掴んで、離さない。
「旅の人? あなたの紅い目、素敵ね」
…………
「遊びましょうよ」
 酒の匂いと、甘ったるい匂いが鼻先を掠める。
 胸焼けを起こしそうな程に香るそれに思わず眉間を寄せた。
 いったいどうして、この女は自分にこうも馴れ馴れしく話しかけ、身を寄せてくるのだろうかと逡巡していると。
「あー、ごめん、俺達は君と遊べないんだ」
 少々申し訳なさそうな、しかし有無を言わせないような声色が割って入る。はっと視線を向ければザドギエルが眉を下げながら女に薄く微笑んでいた。
「あら、どうして。こんなにいい夜なのに」
「それはね、こいつと俺が……坊主見習いだからだよ」
 だからごめんね、とザドギエルが肩を竦めれば、女の表情は一瞬で鼻白んだものに変わり、サマエルの腕から離れそのまま、何も言わずに人混みへと消えていった。
 ぽかん、とした顔でその後ろ姿を眺めるサマエルに視線を向け、ザドギエルが呆れたように小さく息を吐く。
「サマエル、ちゃんと断らないと」
「今のは……
「花売り娘」
「花なんて売ってなかった」
…………あー、うん。行こうか」
 いよいよ苦笑いをするしかなくなったザドギエルが、サマエルの背中を軽く叩く。
 言葉の意味を結局理解すること無く、サマエルは仲間に連れられ宿へと向かった。

「楽しかった?」
 自室に戻ってからもサマエルは窓際に座って外を眺めていた。
 すっかり夜も更けて、市場も少しずつ眠りにつこうとしている。ひとつ、ひとつと露店の灯火が消えていくのを見届けていると、ザドギエルが問いかけてきた。
「ああ……あんなに人の多い場所に行ったのは初めてかもしれない」
「そうなのか?」
 ザドギエルが首を傾げればこくりと頷く。
 幼い頃の記憶といえばもっぱら故郷のぶどう園や野原を駆け回ったり、幼馴染みが絵を描く様を眺めていたり、そういったものだった。
 長閑で穏やかな日々で、この都市のように活気が有り余っているというわけではないが好ましく、サマエルはそれがずっと続くと思っていた。
「お前は慣れているな」
 そうでもないんだけど、と笑う仲間に肯定する。そのお陰でサマエルを楽しませる事が出来たならいいかな、と呟いて、ザドギエルもサマエルの隣に立った。
「こうやって見ると、平和だよなぁ」
 ぽつりと零して目を細める。自分が物心ついた頃、国はどこも立ち直っていなかった。むしろ、ここまで復興したのはこの数年――ミカエルが教皇に就任してからだ。彼が『教会』ひいては国に多大な影響を及ぼし、成した功績のひとつと言っても誰も首を横に振らないだろう。
……まだ奴らは人々を脅かしている」
 サマエルの言葉にザドギエルが頷く。その魔手から人々を守るために、自分たちの存在がある。――それでも。
「本当に平和になって、悪魔がいなくなったとして」
……何?」
「サマエルは何をしたい」
 深く青い双眸が、サマエルを見据えながら問いかける。
 数秒、その視線から目を離す事が出来ずに返す言葉も見つからないまま、サマエルは手を握った。
 ――平和になって、悪魔がいなくなったとして。
…………考えたことがない。ずっとこうやって戦い続けるんじゃないのか、俺達は」
「多分ね。仮定の話だ。……もし悪魔がこの世界から消えたら、俺達は戦わなくてもよくなるだろ?」
 ザドギエルが語る言葉に曖昧に頷き、視線を外へと向ける。
 未だ飲み明かす者達を除いて、街は眠りにつこうとしていた。
 戦う必要が無くなれば自分達も眼下の、この街で生きる人々のような日々を過ごすことが出来るのだろうか。例えば、故郷に帰って葡萄を育み、それが実れば葡萄酒を作る。
 幼い頃に住んでいた街の大人達がずっと営んできた暮らしを。
 ――自らが零す毒に苛まれることなく。
……そういうお前はどうなんだ」
「俺?」
 答えるすべを持たず、苦し紛れに聞き返せばザドギエルはきょとんとした顔をさせ、それからううん、と唸った。
 ややあって、ふっと口元を緩めれば困ったように眉を下げ、首を横に振る。
「まいったな」
 全然思い浮かばないよ。
 そう言って肩を揺らすザドギエルを、サマエルの紅い目はずっと見つめていた。