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kurotera
2024-01-20 10:46:27
78477文字
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惜別にもならない
2022年12月に発行したイノセントブレス世界線のザドギエル(ラビ)×サマエル(リュカ)本です
前半は人死に有りのイノブレ時代のお話、後半は彼らが転生した現代のお話。
若干のゴア表現あります。
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惜別にもならない
神の加護を与えられ、誰にも侵されないと言われていた聖域は燃えさかる炎によってかつての荘厳さも、清らかさも失っていた。
いや、元々それも奸計によりもたらされた偽りだったのだ。
熱風を奔らせ全てを飲み込まんとする業火は偽りの信仰を掲げていた罪人達を焼き、目を覚ました無辜の人々はその灰燼と瓦礫から、新たな秩序の誕生を見出すのだろう。
――
さながら、不死鳥の如く。
新しい秩序を抱いた世界に、おそらく『教会』は存在しない。
この世界にとっても、ここで生きる人々にとっても『教会』は不要になってしまった。赤い悪魔の手によって指される駒も、神が無垢であれと与えた息吹の加護も、世界には必要がないものと彼らは断じたのだ。
同時に社会は、人々は、無垢でいられなくなる。
彼らはその足で、その意思で、泥濘の中を歩まなければならない。
灼けつくような風が頬を撫でる。
あの美しかった中庭を臨む廊下も、炎と瓦礫でもはや見る影も無かった。季節を彩っていた植栽も二度と花を咲かせることはない。
遠く、轟音が響き渡る。終末に鳴り響く鐘というのはこういったものなのだろうかと、そんな思いを抱きながら視線を落とす。
そこには半ばで折れた柱があり、それにもたれて座っているのは仲間だった。
「
……
サマエル、か? 無事で、よかった
……
」
「
…………
ああ、俺だ」
近寄ってきた気配に気がついたのか、仲間
――
ザドギエルが視線を彷徨わせながら問いかけてくるのに肯定する。一目見て仲間が酷い傷を負っていることが理解出来るのに、サマエルは妙に冷静だった。ザドギエルもそんな彼の様子を責めるでも無く、むしろ安堵の表情を滲ませている。しかしその青い双眸の視線は定まらず、サマエルの姿を捉えることが出来ずにいるようだった。
サマエルが一歩、近づく。そこか、とザドギエルが目を細め、小さく頷いた。
「これで
……
よかったんだよ」
喘鳴の音と共に笑うザドギエルを、じっと見つめた。
隊服の左胸あたりに貫かれた傷があり、血が滲んでいる。よく見ると他にも同じような傷がザドギエルの身体に、赤い花を咲かせていた。
冷たく輝いていた筈のムーングレイの長い髪も、血に浸って赤黒く染まっている。
その傍らには剣があった。
ザドギエルのものではなく、彼が愛用していたそれよりも細身の刀身には、見覚えがある。ただ周囲を見渡しても思い当たる持ち主の姿は見えず、どこにいってしまったのだろうかと考えながら、もう一度ザドギエルに視線を向けた。
「お前が言うなら、きっとそうだ」
サマエルの言葉に、ザドギエルが目を閉じる。大きく咳き込めば血が隊服と地面を赤く染めた。濡れた唇から掠れた呼吸音と悪態が聞こえる。
もう、長くはないだろう。瞬きをすれば次の瞬間、死んでいてもおかしくはない。
しかし、ザドギエルはまだだと、顔を上げた。彼の視線の先には何も無い。
ただ一切を焼く炎が天高く昇る様が見えるだけで、きっとこの男にはそれすらも見えていない。
「なあ、サマエル。うぬぼれかもしれないけど、さ」
「早く言え
……
時間が無い」
「頼むから、追いかけてこないでくれ」
ザドギエルの言葉に息を呑む。もう一度咳き込めば、血が精悍な輪郭を汚した。
「
……
まだ、やることがある」
つかの間の逡巡ののち、サマエルはきっぱりと言い切った。だからお前とは逝けない、と暗に告げる。それを聞いた仲間は、それでいいと穏やかに肩を揺らした。
「うん
……
分かってる。行ってこい。途中、で、ハニエルに会ったら
……
いや、いい」
もう死ぬのだと悟った。この男は地獄に行くのだ。そう、理解した。
力なく垂れた彼の手、その指は微かに震えて、血溜まりは広くなっている。喘鳴音がサマエルの耳に纏わり付いていたが、ザドギエルの穏やかで低い声色だけははっきりと、若い使徒の耳に聞こえていた。
「分かった。最早会うかどうかすら分からないが」
それに比べれば自分の声はなんて小さいのだろうかと自嘲する。
聞こえているだろうか、この死にかけの男に、俺の声は。
「そう、だね
……
お前とも、
……
これきり
……
」
「これきりだ。
……
ザドギエル」
ザドギエルは空を眺めたままでいる。
青い瞳はぼんやりと赤い空に眼差しを向けていて、サマエルが目を伏せ、小さく呻いたのも、聞こえていないようだった。
「あの日々は悪くなかった。それだけは、お前が今から行くところに持っていってくれ
……
出来るだろう、それはお前にとって、希望ではなかったのだから」
サマエルの願うような問いに、ザドギエルは応えない。
冷たくも穏やかな、凍りついた湖のように青い双眸はもう何もうつしてはいなかった。ただ、ほんの僅かにだが、薄く笑んだ気がした。
おい、お前、そんな穏やかな表情で地獄に落ちたのか。
たった今、永久に凍りついて罪人を閉じ込めるという湖に、突き落とされたのか。
そんな思いを抱きながら、サマエルはザドギエルの瞼を、そっと下ろした。
炎が爆ぜる。いよいよ、終末は近づいている。
審判が下るその前に、サマエルにはやるべきことがあった。
一歩踏み出せば炎の向こうで獣の咆吼が聞こえてくる。
呼ばれていると思った。
あそこに行かなければ、決着をつけるべきだ。
この世界にではなく、自分自身に。
サマエルは振り向かなかった。
振り向く必要が無かった。
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