kurotera
2024-01-20 10:46:27
78477文字
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惜別にもならない

2022年12月に発行したイノセントブレス世界線のザドギエル(ラビ)×サマエル(リュカ)本です
前半は人死に有りのイノブレ時代のお話、後半は彼らが転生した現代のお話。
若干のゴア表現あります。


   永夜
 
 どうやら図書室の奥、あの場所はザドギエルのお気に入りの場所らしい。
 サマエルがあの日、そこで彼を見つけるまで知らなかったのは夕刻の鐘が鳴る前に退室していたからだという。
 そして、あの日以来。
「おい」
「あ、サマエル。もう時間かい?」
 サマエルが当番の日には必ず、ザドギエルは閉架時間まで居座るようになっていた。あの長椅子に身を預けて、サマエルが呼びに来るまで読書に耽っている。
 同じ寄宿舎に住む仲間だからといって甘えてもらっては困ると思ってはいるのだが、サマエルもサマエルで、夕刻の鐘が鳴りあらかた戸締まりを済ませたのち、あの場所にザドギエルがいるという前提で奥へと向かうのだった。
 そしてやはり、当然のようにザドギエルはいるのだ。
 ぐ、と身体を伸ばすザドギエルの傍らに置かれている読んでいたらしき書物に視線を落とす。珍しく大判の書物で、その表紙を見てみれば、ついこの前に仕入れたばかりの絵本であった。ザドギエルが読むものとしては珍しいと軽く片眉を上げれば、視線に気がついたのか、彼は薄く笑った。
「こういうのもいいね」
 色鮮やかな表紙を慈しむように指先で撫で、それに眼差しを向けるザドギエルの横顔は幾分か穏やかだ。こくり、と声が出ないまま頷きつつ、目の前の男からつい視線を逸らした。己の内面を見つめられ、歩み寄られているような気恥ずかしさと居心地の悪さが突如サマエルに襲いかかり、若い使徒を苛んだのだ。
「サマエル?」
 ザドギエルがサマエルの異変を汲み取ったのか、首を傾げる。
 静かで深い青の目がまっすぐにこちらを見つめているのを感じながら、何でもない、早く出るぞと言い捨ててサマエルは踵を返した。
 うん、と後ろで仲間が立ち上がる気配を感じながら、手元の蝋燭の灯りを頼りに、禁書架の扉の錠を確認する。
 しっかりとそれは、閉じられていた。

「そういえば明日は朝からシスターに呼び出されていたな」
 サマエルが図書室の入り口、重く厳重な錠に鍵をかけるのを眺めながらザドギエルが呟いた。ああ、とサマエルが頷きながらそれが確実にかかっているかを確認する。鎖の鈍い音が、夜の廊下に響いた。
 鍵を懐にしまいこみ、歩き出す。
 磨き上げられた廊下に二つの足跡が鳴り響くのを聞きながら、図書室に来る前にサンダルフォンから伝えられた言づてを思い出した。
 ――明日の朝一番に、ザドギエルとサマエルはシスターのところに行くように。
「説教だと嫌だな。サマエルは心当たりない?」
「無い」
 短く否定され、ううん、とザドギエルが悩ましげに唸る。
 サマエルは授業態度も任務態度も真面目な方で、むしろシスター・ゴーには
「もう少し肩の力を抜いてもいいのよ。それぐらいで神罰は下らないわ」
 と言われる程であった。
 ザドギエルはと言うと、ラジエルのように授業に出なかったりといったことは少ないのだが、ただ言動は少々粗雑で、時には主を信仰しているかどうかも怪しいような事を平気で言い放つものだから、シスター・ゴーにはよく叱られている。その度にザドギエルは適当にあしらって、それもまた彼女の悩みの種になっているのだった。
「お前は?」
「心当たりがありすぎて」
 悪びれなく返すザドギエルに呆れたため息を吐く。
 その様子にくつくつと笑い、しかしすぐに真面目な顔をさせ、ザドギエルは続けた。
「任務だとしたら、サマエルと二人でだなんて珍しいな」
 確かにお互い、任務を遂行する上で相性のいいパートナーがいる。
 自らの血をカートリッジに装填し悪魔を屠るザドギエルには、神の光を眼に宿し悪魔の弱点を見抜くハニエルが、サマエルには周囲の全てを見通す力を持ち、なおかつ毒に対して強い耐性があるラジエルが。
 任務には大抵その組み合わせで事に当たるので、サマエルとザドギエル――攻撃特化型の二人がパートナーとして組むことは稀だと言ってもいい。
「おつかいかな」
「まさか。……仮にそうだとして俺たちにか?」
「はは、どうだろ。それは明日、シスターに聞いてみないと」
 明日の事を語り合いながら、二人は歩いて行く。
 今はとっぷりとした闇に、ぽつぽつと建物の灯りが浮かぶばかりだが、まだ明るい時分には赤や黄に染まった落葉が寄宿舎への道を染めていて、ある種の賑わいを見せていた。あの断末魔のように目映い夕日に照らされ、艶やかに輝く落葉は実りの秋の深まりと、いずれ来たる冬へのささやかな反逆のようであると、リュカは感じていた。
 

「西へ行ってちょうだい」
 翌朝、シスター・ゴーが任務の内容をしたためた羊皮紙を差し出し二人に告げた。
 『IB』の詰め所にいるのはシスターとサマエル、ザドギエルの三人だけである。
「西、ね」
「馬車を乗り継いで二日ぐらいの小さな街よ。おそらく悪魔の仕業と思われる事件の報告があったわ」
……事件?」
 サマエルの問いにシスターがそっと眉を寄せる。街の教会から早馬で送られてきた手紙に視線を落として、口を開いた。
「あなた達、笛吹き男の伝説は?」
 唐突に話題にのぼってきた言葉に頷いたのはザドギエルだ。
「鼠を退治した報酬を貰えなかったまだら服の男が、ある日笛を吹いて練り歩き、街の子どもたちを攫った、だったかな」
「ご名答よ」
「待て、それは俺も絵…………文献で読んだことがある。しかしあれは確か隣国の、何百年も前の言い伝えだろう?」
 それがいったい何の関係が、と言いたげなサマエルに頷き、シスターが続ける。
「同じようなことがその街で起きたの」
 一日でも早く向かったほうがいいと、二人はすぐに出立した。
「二人とも、気をつけていっておいで」
「俺がいなくて大丈夫かよ?」
「お前に心配されなくても大丈夫だ。ザドギエルもいるしな」
「へいへい、んじゃ、とっとと片付けてこいよ」
 見送りだというのに相変わらず言い合うサマエルとラジエルにやれやれとため息を零しながら、サンダルフォンがハニエルに視線をやる。うつむきがちな少年は、ちら、とザドギエルを見やって、また俯いてしまった。
……ハニエル、留守を頼む」
「は、はい……オレ……何も出来ないけど……
 安心させるようにハニエルの肩を叩き、ザドギエルが馬車に乗り込む。
「〝主の加護が吹き渡りますように〟」
……ああ、お前達も。〝かくあれかし〟」
 サンダルフォンの言葉にそう返し、サマエルも続いた。
 皆で任務に当たることが出来ればよかったのだが、三人はまた別の任務を命じられているようだった。そちらは特に戦闘の必要がないらしいものの少々厄介そうである。
 乗り込んだ馬車の席に座れば、馬はすぐに歩み出した。