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kurotera
2024-01-20 10:46:27
78477文字
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惜別にもならない
2022年12月に発行したイノセントブレス世界線のザドギエル(ラビ)×サマエル(リュカ)本です
前半は人死に有りのイノブレ時代のお話、後半は彼らが転生した現代のお話。
若干のゴア表現あります。
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「あ、リュカくん!」
何か憑き物が落ちたかのような、ふわふわとした心地で校舎から出ると、桃井恭介が呼び止めてきた。
声の方をみるとどうやら日下部虎彦も一緒で、彼は壁
――
のように大きなカンバスを前に、筆を振るっている。
「
……
こんな時間にどうしたんだ、お前達」
「そうですよね、虎ちゃんに言ってあげてください~!」
やれやれといった様子で桃井が虎彦を見上げる。虎彦は一心不乱にカンバスに絵の具を塗りたくっていて、相変わらずだなとリュカもため息を吐いた。
「こんな時間だからこそだ!」
春夕焼け、淡く柔らかな西日に染まり徐々に暗くなっていく空の下、学園の路を照らすライトもぽつぽつと光を灯し始めている。虎彦はそんな中で作品作りをしていて、桃井は彼を困惑した様子で眺めていた。しかしいつものことだと諦めているのかその実、芝生の上に広げたブルーシートに座って、くつろいでいる。
――
原稿は大丈夫なのだろうか。
夜闇が迫るぼんやりとした輪郭の中で、虎彦は筆を動かし続けている。
まるであるべき場所にあるべき色を乗せるのが当然とでもいうような筆さばきに、虎彦の制作風景を見せて貰うことの多いリュカでも驚きを隠せず、呆然と眺めていた。
「虎彦はすごいな」
「おっ、どうした!? なにも出ねえぞ?」
冗談を飛ばしてくる虎彦に、リュカが大真面目に首を振る。
「本気だ。最初から全部分かって色を乗せているんだな」
「? そうでもねーけど」
「
…………
そうなのか?」
おう、と虎彦が笑う。ぞろりと生えそろった牙が、楽しげだ。その笑みも、遠い昔に見たような、気がした。
「その時に乗せてえ色を乗せてる! そりゃ、恭介の言う長年のカン? ってやつもあるんだろうけどな! 基本的に俺様は」
虎彦が木製パレットの上で、絵の具を混ぜ合わせる。混ぜられて色の変わったそれが筆にとられ、ためらいなくカンバスに穿たれた。
「自由だぜ!」
「
……
」
ぽかん、としているリュカを見やって、不思議ですよね、と恭介が呟いた。
「僕も以前、同じことを聞いたんです。虎ちゃんの頭の中には完成図があるから、ためらいがないんでしょうかって」
新しく作り出した色でカンバスを彩っていく虎彦に向けられた、桃井の眼差しの中にはどこか羨望があった。
おそらく、自分も同じものを虎彦に向けたことがあるのだろう。
「そうしたら虎ちゃん、言うんですよ。描きたいものはある。でもそれがあっても、それと違っていても、乗せたい色はその時に思い浮かんだものが一番いいから、そうしてるって」
「
……
ある意味恐ろしいな。白と考えていたものが黒になる可能性があるということだろう」
「多分みんな、そう思うんじゃないでしょうか。そうやって完成した絵が、言ってしまえば満足のいかないものになったら? あの時、こうしていればよかったって、後悔するんじゃないか? って」
「悩みに悩んで出来た曲でも、オレはそう思う時がある」
「僕もしょっちゅうです。ほら、昔に描いた漫画を読み返すのって勇気がいるんですよ。伏線の未回収、トーンの貼り忘れ、ベタの指定忘れ、着ていた上着が消える
……
もっと早めに手をつけていれば、徹夜なんていなくていいのに、とか」
指折り喋る桃井の姿に、思わず苦笑いする。
「面白くない漫画だって言われたら、どうしよう、なんて特に」
「
――
……
分かる、気がする」
二人が語る傍ら、虎彦は相変わらず無我夢中でカンバスに筆を叩きつけている。
獣のようだ、と思った。誰も傷つけない、獣。
いや、きっと傷つけることもあるだろう。出来上がったものを見て、全員が全員、それを良いと思うことはあり得ない。
ただ、少なくともリュカにとって、獣のように絵を描く虎彦の姿は美しいと思えた。
今まで見てきた虎彦の絵は、読み続けた絵本は、リュカにとって善いものだった。
「その時にやった事が正解かなんて、ぶっちゃけ誰にも分かんねえし。でもよ、そこで立ち止まって何もしないほうが後悔するだろ? ここの奴ら全員そうじゃねえか」
意外にも話を聞いていたらしい。笑いながら口を挟んできた虎彦の声に、顔をあげる。
「誰にも分からない
……
」
「おう、分かったら、お前とレオンの喧嘩なんて起きねーだろ、なあ恭介!」
「虎ちゃんの行動も突飛なものになりませんね!」
「
…………
神にも、か」
「案外天国でビビってるかもな、こんなつもりで人間作ったんじゃねえ! ってよ!」
振り向いた虎彦がニッと笑う。彼が向かい合っていたカンバスは、今や夜闇のヴェールに覆われて真の色を包み隠していた。
「そういうのが積み重なって、俺様達がいるんじゃねーの」
「
……
気の遠くなりそうな話だ」
「ふふっ、本当ですね」
「悪い気はしない」
三人で笑い合う。ここ数日、重たかったものが一つずつ、外された錠のように落ちていく心地がした。
ふと、虎彦が目を見開き、リュカに向き直った。
「そういやラビには会えたのか?」
「は?」
唐突に出てきた仲間の名前に、今度はリュカが目を見開く番だった。
桃井も、虎彦の言葉にそうです! と頷き、眉尻を下げた。
「ラビくん、さっきここを通りかかって
……
こんな遅くにどうしたんですかって聞いたら、リュカくんを探してるって仰ってたんです」
「
…………
Ah bon?」
思わず母国語を零した瞬間、見計らったかのようにリュカの鞄から着信音が鳴り響いた。虎彦は興味深そうにそこを見て、桃井も騒がしくなった同期の鞄に視線を向けた。
焦りながらリュカが鞄を開き、手を突っ込む。着信音の鳴り止まない端末を引っ掴んで取り出し、画面を確認すれば、ラビ、と表示されていた。
「少し、すまない」
リュカの謝罪に、どうぞ、と桃井が頷く。その傍らでは虎彦が鼻歌を歌いながら後片付けをしはじめたのを横目に、通話ボタンを押した。
「Allo」
応答したリュカの声に、端末の向こうの人間が、は、と息をのむ音が聞こえる。
「リュカ、今
……
」
帰ってきたラビの声は、少し荒い息が混じっていた。彼にしてはひどく消極的な、言ってしまえばどこか臆病な声色に、リュカが小さく息を吐く。
「どこにいる。いま虎彦からお前が探していると
――
」
「図書室」
「わかった。そこにいろ、すぐに行くから」
「え、リュ」
ラビの言葉を待たず通話を終え、ポケットに端末を突っ込む。直後通知音が聞こえたが、気にしないことにして片付け途中の二人に向き直った。
「会えそうですか?」
「ああ、迎えに行く。また明日」
「おー、じゃあな」
二人を背に、元来た道を引き返す。灯りの少なくなった校舎、廊下を渡り、図書室へと向かうリュカの足は、急いていた。
図書室は学園の中で一番遅くまで空いている施設のひとつだ。リュカ達が入学してきた頃は閉架も夕方頃と早かったのだが、校長の気まぐれか、それとも要望に応えた形か、いつの間にか夜分遅くまで開架するようになっていた。ただ、流石に夜遅くになれば、利用者はかなり少なくなる。司書やスタッフの退勤する八時以降は例外を除いて、本を借りることも出来ない。閲覧のみの利用に限られる。
時計は、八時十五分を示していた。 入り口近くの読書スペースに、ラビの姿は見えなかった。どこにいるんだと、視線をうろつかせながらふと、奥の方に、少し狭いが読書スペースがあったことを思い出した。
今ばかりは棚の蔵書には目もくれず、規則正しく並ぶ本棚の谷をまっすぐに抜けていく。利用者は、自分達以外いないように思えた。
「ラビ」
一番奥、薄暗い読書スペース。オークとベルベッド製の、アンティークに近いソファに、ラビは座っていた。
自分が来るまでの時間を読書にあてて潰すでもなく、ぼんやりと目の前にある窓の外を見つめていたらしい。リュカが声をかければ、のろりと視線をあげて、こちらを見た。
困惑気味に眉を下げて、青い眼差しをリュカにじっと向ける。
「
……
戻ってくるぐらいなら、そっちに行ったのに」
「いや、お前がここにいて丁度よかったんだ」
鞄を目の前のローテーブルに置き、ラビの隣に座る。リュカの身体が古くも艶やかな座面に沈む感覚に、ラビの肩はぴくりと跳ねた。
ちょうどよかった、という言葉の意味を測りかねているらしく、視線を彷徨わせ、言葉を探している。しかしふとある事を思い出したのか、そうだ、とラビが口火を切った。
「ライブだって。ノアがさっきLIMEで」
「
……
急だな」
「多分、そうすべきだと思ったんじゃないかな」
「
…………
いい方法だ」
本心からの言葉で肯定すれば、くつくつとラビが笑う。ようやく空気がゆるんだ感覚に、リュカは言葉を続けた。
「ここなら、落ち着いて話せる」
「
……
うん、そうだね」
リュカの紅い目がラビを見据え、それで、と問いかける。
それで、お前はどうしてオレを探していたんだ、と。
「オレも同じ。二人で喋りたかった。ほら、ここ最近はオレ達
……
ギクシャクしてた」
「ああ
……
そうだな」
「きっとお互い、何もやましいことなんてないんだ。そうだろ? でもそれでも
……
すれ違う。そういう事をオレ達は何回も経験してきた。それをどうやって解決すればいいかなんて、実のところ分かってる。
……
でも、人間ってそう簡単じゃない」
ラビが目を伏せ、何気なく自分の手を見つめながら語る。リュカはその穏やかな声に耳を傾け、静かに相づちを打っていた。
「
……
ヤキモチ、妬いちゃった。リュカ。悩みがあるなら話せとか、つらいなら傍にいるって、とっとと言えばよかったのに、レオンに相談してるお前を見て
……
嫉妬した。なんでオレじゃないんだろうって」
「お前は嫉妬深いところがある」
「え、そう?」
リュカが返した言葉にラビがぱちりと瞬きをする。自覚が無かったのか、と苦笑いを浮かべながら続きを促した。
「でもそれって
……
最低だろ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「自分勝手じゃないか。きっとあいつはお前の為に動いたからこそ、お前は言えたのに、そういうとこを見ずに嫉妬だけしてたんだし」
「まあ
……
そうだな。オレはそんなお前も好きだが」
ラビの目元がぶわりと赤くなるのを眺める。珍しく狼狽しかかって、もごもごと口の中で言葉を転がすラビを暫く見つめていれば、恋人はゆっくりとため息を吐いた。
「だからちゃんと
……
話したいと思ったし、朝陽にも言われた。オレはお前を心配してるって気持ちだけでも伝えるべきだって。お前が何に悩んでいるのか、聞かせてくれなくてもいいから。それがお前を探していた理由だ、リュカ。そしてお前はここに来てくれた。ただ
……
少し困ったことが」
「なんだ」
ラビがちらりとリュカを見やる。軽く眉を下げて、しかしそれでも笑みを浮かべた。
「今、リュカは
……
結構すっきりした顔をしてる」
「
……
」
「ちょっと遅かったみたいだ」
その声色に思わず、リュカはニヤリと口角を上げる。間の悪さと安堵がない交ぜになった所で、またお互いにくすくすと笑い合った。
「悩むのは終わり?」
「どうだろうな。正直、答えが出たのかと聞かれれば、ノン、だ。また何かのきっかけで悩むだろうと思う」
「
……
そう」
「だがそれでいい。よくよく考えればお前の言うとおり、数え切れないぐらい悩んできた。
……
これもそのうちの一つになるんだと思う」
リュカの声は穏やかで、無理をしているようには聞こえなかった。ゆっくりと頷いて、ラビは小さく首を傾げた。
「またその時がやってきたら、隣にいてもいいかい」
「お前は嫉妬深いのに妙なところで謙虚だ。隣にいたい、ぐらい言えばいい」
リュカの言葉に、ラビが青い目をぱちりと瞬きさせる。暫く口を閉ざして思案し、そしてちらりと恋人を見た。
「あのさ」
ラビが何かを言いかけて一瞬、視線を彷徨わせる。
リュカは沈黙で、ラビの言葉を促していた。
「理由は分からない。でもずっと感じていたことがあって
……
なんて言えばいいんだろう。リュカ、本当なんだ。本当にオレはそう感じてる」
「
……
いいから言え」
「うん。えっと、オレ
……
お前に愛してるってどれだけ伝えても足りないんだ。愛してる、好きって伝えて
……
お前は頷いてくれるだろ。キスして、やることもやって。でも最後は必ず思うんだ。ああ、言い残してしまった、って。そう痛感するんだ」
変だよな、お前はこんなに受け入れてくれているのに。
目を伏せ、微かに自嘲するラビをリュカはじっと見つめている。
「どれだけ言っても、それは拭えない。だから本当は
……
出来ることならずっと言っていたい。でもお前、そういうの嫌いだろ」
「どうしてそう思う」
「軽いって思うんじゃないか。愛しているって言葉が、スカスカに思われそうで
……
それだけは嫌だなって」
言葉を切り、ラビが大きく息を吐く。伏した瞼が影を作る、深いコバルトブルーは哀しいほどに穏やかで、リュカはそれが何故か愛おしく思えた。だから、とラビが言葉を続けかけて、唇をきゅ、と結ぶ。どちらにせよ言い訳みたいだとゆるく首を振った。
「きっと一生そうなんだろうね。それから死ぬ間際に後悔するんだ。もっと言っておけばよかった、って」
そのまま、沈黙が二人の間に横たわる。リュカはラビを見つめ続けたまま、ラビはただ眼前、夜の帳に沈みきった窓の外を見据えている。
――
これで、よかったんだよ。
遙か遠い過去、血で口元を汚しながら笑ったザドギエルの姿が脳裏に浮かんだ。
お前、ちっともよくなかったんじゃないか。
いくつかの強い後悔だけを身体に遺して、〝使徒ザドギエル〟の魂は、今は地獄、凍りついた湖の中で眠っているのだろう。
神の罰か、それとも慈悲か。再びこの世界に生まれ落ちた肉体に、拭えぬ後悔と、地獄に持って逝けなかった一縷の希望だけが残り、ラビとなった。
遙か遠い過去、〝使徒サマエル〟だったリュカは、結論づけた。きっとレオンも、自分もそうに違いない。自分の中のサマエルの後悔、希望、羨望、死しても拭えなかった残滓に気づいてしまっただけなのだ。今は、フランス人で、I?Bのベーシストにして作曲家、アイチュウのリュカでしかない。
それでも、その拭えなかったものを少しぐらい汲み取ったって、神は赦してくれる筈だ。そこまで、狭量だとは思わない。
後世は使徒たちを悪と断じた。ただ、自分は覚えている。
あの日々、数え切れない程に後悔しながらそれでも、すべてのひとは生きた。
たったそれだけのことだった。
「
……
ごめんな、これはオレだけで折り合いをつけるべきことだって分かってるよ。だからリュカ
――
」
ラビの言葉は続かなかった。リュカの手がラビの胸ぐらを掴み、彼にしては珍しく強引に引き寄せたからだ。
うわ、とラビの驚いた声を聞きつつ、リュカは恋人の身体を強く抱いた。突然の行動に頭が追いついていないラビは、なに、どうした、とされるがままだ。
「気の済むまで言えばいい」
「
……
リュカ?」
「お前の気が済むまで言え! 寝る前でも、起きてすぐ、寝ぼけ眼のままでも、言えばいいだろう!」
「
…………
」
「飲み込めないことを免罪符にして、気持ちを否定するな。どれだけ後悔しようが、お前は
……
オレが好きなんだろ。
――
負い目なんて持つな」
声は、ひどく明瞭にラビの耳に届いた。
その剣幕にびくりと肩を跳ねさせたが、抵抗することなく、ラビは黙って、自分の背を這うリュカの手を、受け入れていた。
「後悔するって分かっているなら、その後悔を減らせばいい。お前は
……
ラビは、それが出来るだろう」
「
――
でも。でも、リュカ。オレは
……
」
言葉を失ったままのラビの肩を掴み、リュカがゆっくりと身体を離せば戸惑いを隠せない青色と視線がかち合った。
「勿論そんな気分じゃない時はそう言ってやるさ。それにオレも同じぐらい、お前に言ってやる。いいか、眠る前にも、お前が寝ぼけて唸っている時も、聞いて貰うからな。
――
世界が、どうなってもだ」
柘榴に似た紅い目が、まっすぐにラビを射貫く。ぽかん、とラビは呆然としていたが、やがてゆっくりと瞬きをして、笑った。
「リュカがそんなことを言うなんて、考えなかった」
「
……
うるさい。気にしすぎてうじうじされるよりはずっと良い」
言い切ってから、僅かに羞恥が襲ってきたのかリュカの頬は赤らんでいた。むす、とした顔のリュカに、ラビはおずおずと頷いた。
「うん
……
そうだね、ごめん、リュカ。ありがとう」
ラビが肩に置かれたリュカの手を掴む。花冷えの夜、冷たくなったそれに申し訳ない気分になって、それを両手で包んだ。
「
……
好きだよ、リュカ。それだけはきっと変わらない」
「ああ、
……
そうだったな」
リュカが頷き、ラビの指に己の指を絡める。
ほのかな灯りとひっそりとした静寂が、まだ年端のいかない少年二人を、世界から柔らかく匿っていた。
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