kurotera
2024-01-20 10:46:27
78477文字
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惜別にもならない

2022年12月に発行したイノセントブレス世界線のザドギエル(ラビ)×サマエル(リュカ)本です
前半は人死に有りのイノブレ時代のお話、後半は彼らが転生した現代のお話。
若干のゴア表現あります。


 二つの大国間における百年戦争、黒死病の流行。
 不安定な情勢で、社会に流布された魔女の存在とそれを恐れた民衆の魔女狩りは国を問わず、さらなる疲弊を招くことになった。
 当時、民間医療の一手を担っていた女性や、身寄りの無い女性、孤児を中心に迫害は行われ、治安も悪化の一途を辿る。混迷の坩堝と化した中、『教会』で頭角をあらわしたのがミカエルという孤児院出身の司教であった。後の教皇ミカエル、更に後世では偽教皇ミカエル、虚偽のミカエルと呼ばれる男である。
 出自が孤児院の出であること以外の経歴が今も不明であるこの男は、常人離れしたカリスマ性を持ち瞬く間に教皇の座へと上りつめた。
 彼は民衆が抱く不安を解消すべく、ある組織を創設した。
 使徒、という魔を祓うことを目的とした組織である。
 当初は小さな組織であったが、民衆を救う為という名目で各地に派遣され、徐々に規模を拡大していくことになる。 
 構成員は主にミカエルと同じような孤児で、戦禍または疫病や飢えから身寄りを失った者達であった。彼らは皆、その役割を担う者の証としてマリアヴェールを身につけており、異端審問、魔女と告発された者の討伐を請け負っていた。
 当時から残る礼拝堂には街にやってきた使徒達の様子を綴った日誌が、後世これを汚点とした『教会』の検閲の手を逃れ、今日に至るまで残っている。

 男の笛の音により、幾人かの住民を失った我らは『教会』に書簡を送った。
 二週間経ち、やってきたのは二人の使徒だった。
 まだ若く、しかし我々よりもずっと厳格な雰囲気を保っていた。
 神に仕えて以来、私は使徒を初めて見た。一人は凍える冬のように冷たかったが、もう一人は寡黙を貫きつつ、どこか我らに同情の眼差しを向けていた。
 冬のような冷たさを持つ使徒は、笛吹きの男に鼠を去らせた報酬を払わなかった私達を非難したが、使徒二人で男と住民が消えていった夜の森へと向かった。
 夜が明けた頃、二人の使徒は戻ってきた。傷と火傷の痕はありありと刻まれ、誰のものかも分からない血にまみれた姿で戻ってきたのだ。そして、私達に告げた。 
「消えた人々はもう帰らない」
「悪魔の犠牲になった」
 使徒は去り、街は未だ悲しみの底にある。
 我々は、間違いを犯したのだ。

 
 内容はハーメルンの笛吹き男の伝承と類似しており、これを綴った『教会』の神父が寓話として伝えるために恣意的にそれらの要素を取り込んだという説が有力である。
 一方、日誌に綴られた悪魔という言葉が指すものが何であるのか、長年の議論の的となっている。笛吹きの男そのものを示しているという説が多くに支持されているが、諸説には対価を払わなかった街の不義心や、野盗を指すという説もあがっている。
 どうあれ、この日誌が綴る通りに街近辺の森、その奥に存在する洞穴では今も当時のものと思わしき人骨が発見されていることから、この街で人攫いと思わしき事件があったということ、それに『教会』の使徒が解決のために派遣されたということはまぎれもない事実であろう。
 未だ復興からは遠い地方部に影響を強めようとする『教会』の狙いが窺える貴重な資料である。
 使徒が民衆に寄り添う存在であったかどうかは、定かではない。少ない文献を見る限り、神の代行者たる天使のように崇められながらも、その力を畏れられていたと推察される。ミカエルの私兵という役割も無論、あっただろう。
 教皇ミカエルの人離れしたカリスマ性と『教会』の武力、復興への動きは軌道に乗り、『教会』ひいては教皇ミカエルの権力は最高潮に達した。
 しかし、ある一通の手紙により、『教会』の黄金期は瓦解することとなったのである。
 それは『教会』の不正を告発するものだった。印象操作による魔女のでっち上げ、秘密組織との密約、孤児を利用した私兵の増強、『教会』が禁じていた魔術的儀式への関与。それらが反『教会』組織、いわばレジスタンスによって白日の下にさらされ、敬虔な民衆の怒りは爆発した。
 各地の礼拝堂は襲撃を受け、神父や修道女が魔女として磔にされたのである。その怒りは総本山たる聖都にまでおよび、レジスタンスと民衆は打倒教皇ミカエルを掲げながら大挙した。 
 既にミカエルの私兵そのものと見なされていた使徒達も混乱のさなか瓦解していった。
 ある者は教皇のために戦い、ある者は民衆側についた。
 レジスタンスと『教会』の大規模な武力衝突の後、『教会』を追放された元使徒であり貴族の出であったレジスタンスの指導者の一人、クザファン――後の世に〝蒼鷹卿〟と呼ばれる教皇クザファンにより『教会』内部の粛正が行われ、ミカエル派を一掃することで『教会』の立て直しがはかられたのである。
 この内乱ともいえる事件の影響で『教会』に所蔵されていた貴重な書物、資料の大半が消失し、当時の様子を窺い知ることは非常に難しい。しかし――

 
 文章と共に、資料としてモノクロの写真が添えられているのを目にした瞬間、リュカはレオンが何故この本を読めと言ったのか、はっきりと悟った。
 見覚えのあるカトラリー。
 天使の彫刻を施された、銀製のナイフ。
「焼けた聖域と教皇の間付近で研究チームにより発見された、使徒が使用していたと思われる五人分のカトラリーと、銀製のナイフ。最新技術での解析の結果、ナイフには柄の内部に所有者のものと思わしき血液反応……――博物館、所蔵」
 それの持ち主なんて、たった一人しかいやしない。
 それを使いこなす人間なんて、あいつしかいない。
 すとん、とリュカの中で何かが腑に落ちた。赤の他人が論文を綴るほど、曖昧な伝承として後世に語られるほど、自分達の前世は過去のものとなっていたのだ。
 このナイフが誰のものなのかも不明なまま、世界のどこかにある博物館にしまい込まれていることが許される程には。
 リュカの指が紙面、ナイフの写真に触れる。
 柘榴のように紅い目から、ぬるいものが零れた。