ツキシキ
2023-07-01 22:03:50
117641文字
Public
 

★天使のうつわ・おばけと魔法とまとめ

13作品。「空想地球儀」作品の二次創作。


私達をなんて呼ぼう?(おばけと魔法と)


シロク×フェルメール。1周目のクリア前のサブイベントぐらいまでのネタバレ含む。”恋人”がよくわかっていないフェルメールさんと、とうに覚悟が決まってるシロクさん。
____________





 せんせー、せんせー、と呼び声が飛び交う会議室。
 魔法のコツを尋ねる真剣な質問もあれば、世間話に紛れこませた私的な質問もあり、“せんせー”と呼ばれた彼女、フェルメールの口一つだけではとても回らない。それでも雑多なそれらを取り零すことなく順番に、丁寧過ぎるほど丁寧に答えていた彼女は、

「せんせー、いつものあの人はー?」

 そんな予想外の方向からの質問に口を詰まらせた。
 答えを求めるように壁際へ視線を向ける。いつも視界の隅には必ず居てくれるはずの“あの人”、シロクはそこにはいない。
 なんとおばけの館の住人が行方不明になったとのことで、人手がいるらしい。そう、本人からもきちんと説明は受けたのだが……



◇◇◇



『そういうわけなんで、ちょいとセラっち達の助太刀に行ってきます。フェルメールさんの魔法講義が終わるころには戻ってくると思うんで』

 そう言うシロクについて行くと答えたのはフェルメールの記憶に新しい。恒例になりつつあるとはいえ魔法講義はいつでもできるわけであって、優先すべきは身近な相手の手助けに決まっている。おばけ達も事情を話せばすんなり────とはいかず駄々をこねるか探検隊を組みだすか追いかけっこを始めるか等々のひと悶着は起こり得そうだが────受け入れてはくれるだろう。
 しかし、そんなフェルメールの意気込みに対してシロクは参ったなあと言いたげに頬を掻いた。

『いや、そう言ってもらえるのはセラっちもありがたいでしょうけど……いいんですか?』
『何がでしょう?』
『幽霊船らしいですよ? 行き先。』

 ぴしり。と。フェルメールが強張ったのも無理はない。

………………せ、セセセセセラ君たちが、ここ困っているのなら、』
『フェルメールさん。足震えてますけど』
『これは、その、気合いです!気合い入れです!こわくなんてっ』

 フェルメールは懸命にそう言ったが、悲しいかな声は震えていた。フェルメールの虚勢は即時に見抜かれ、無理しなさんなとばかりに頭を数度撫でられる。

『フェルメールさん、大丈夫ですよ。オレが入るくらいでちょうど人手は足りるらしいですから。あんまり大勢で乗りこんでも船内はそう広くないでしょうし』
『でも…………
『ほらそれに、みっちゃんのねーちゃんやらもメンバーに入るらしいんで。その間おばけ達の相手できるのはフェルメールさんくらいしかいないんですって』

 それからもしばらく『でも』と『いやいや』を繰り返し、結局のところフェルメールはシロクに説き伏されてしまった。だからこそせめて、フェルメールは自分に与えられたお手伝いの役を遂行すべく、こうして魔法講義を開いていたのである。



◇◇◇



 幽霊船のことはおばけ達には秘密となっていた。おばけ達が心配しないように。というのは名目で実のところ、おばけ達が興味本位で幽霊船に大挙して押し寄せて来ないように。
 けれどもフェルメールはそういった隠し事がどうにも苦手な性質である。ゆえに、シロクの行き先を問われて言葉を詰まらせていたわけだが、

「第114回おばけ会議! お題:あの人はどこに行ったのか!」

 必ずしも答えは必要でなかったらしい。ジャジャンッ!と効果音でも鳴りそうな勢いの声に、フェルメールは回想から引き戻される。いつの間にやらおばけのうちのひとりがフェルメールの横を陣どり、高らかに声を上げていた。一同の拍手の後にあちこちから声が飛び交い始める。

「遊びに行ったんじゃない?」「街に行ったとか!」「お買い物だ!」「お菓子食べたい!」「あの人いつも葉っぱ食べてるよね」「おいしいのかな」「探しに行く?」「ゆくぞ!」「至高のはっぱを求めて!」「わーわー!」

「こっこらっ!」

 皆が席を一斉に立ったせいで、ガタゴトガガガッと椅子で床が削られる。幸いにもおばけ達はドアで渋滞を起こしてしまっていたのでフェルメールの声も間に合った。必死の叱り声はとりあえず効果を上げたようで、おばけ達は意外にも素直にまた席へ収まる。
 危うく奇妙な旅路の幕が開くところだった。フェルメールはほっと一息つき、このまま話を逸らしてしまおうと試みる。

「そのお話は、シロクさんが帰ってきてからにしましょうね」
「「「「はーい」」」」」

 おばけ達の返事は素直な良い子で、また会議室はわやわやと騒がしくなる。質問とも世間話とも取れるそれらの言葉は聞きとるだけで一苦労だ。

「ところでシロクさんて誰ー?」「あの人でしょ?」「むらさき!」「にんじゃ!」「はっぱ!」

 とめどない言葉は連想ゲームのようで、好き勝手な言われようにフェルメールは苦笑する。シロクと揃っておばけの館へ遊びに来た時にしっかりと自己紹介はしてあるはずなのだが、いつのまにやらフェルメールはすっかり“せんせー”だし、シロクにいたっては“なんか壁の人”呼ばわりだ。どうにもおばけ達は端から名前を覚える気なんて無いらしい。これだけ様々な人が出入りしているのだからそうなってしまうのも理解はできるけれど、中には大ざっぱすぎるあだ名や、シロク本人が聞けば脱力してしまいそうな呼び方もあって、ついついくすくすと笑い声が漏れてしまう。
 とはいえ放っておくとお喋りが素っ頓狂な方向に飛んでいく可能性も大いにある。そろそろ止めなくてはと声を上げかけたその時。なおも続く騒がしさの中、不意に、真っ白丸々なおばけの手がぐいっと伸びあがった。

「せんせーのこいびと!」

 捻じ込まれたのは爆弾めいた単語。それを脳で意識するより早くフェルメールは声を上げる。

「ちっ違います!」

 口をついて出た否定の言葉、その勢いはむしろおばけ達の燃料になったようで、軽快な口笛まで混じり始める。どこから何を言えばいいのやら、フェルメールはおろおろと右往左往するも、体よく場を収めてくれるような魔法の言葉が落ちているはずもない。とにもかくにも皆を落ち着かせなければ、とフェルメールが再び口を開いたところで、


 ガチャ、


 ドアノブが小気味良い音を鳴らした。喧騒の中では小さすぎるはずなのに、不思議と一瞬、場の空気が固まる。

「ただいま戻りましたー。っと?」

 軽快な口調で戻ってきたのは噂の渦中その人、シロクだった。
 大注目と期待の沈黙。得体の知れない空気にシロクは身構えるが、当然、説明は成されない。

「し、」

 シロクさん助けてください、と。フェルメールが混迷極まる声を出すその前に、一時の静けさの反動のごとく、おばけ達の声がわっと膨れ上がった。

「ほんにんだ!」「こいびとだ!」「違うって!」「じゃあ何?」「はんにんだ?」「はんにんだ!」「わるいやつだ!」「はっぱよこせ!」「やっつけろー!」

 理不尽なおばけ達の号令と共に白い体躯がシロクに群がる。フェルメールがぽかんとする間にも視界は白で溢れ、シロクの名残はせいぜい髪の一房ほどしかなくなってしまった。とはいえ押しつぶされているわけでもないらしく、真っ白ふよふよの塊の中から案外平然とした声が響いてくる。

…………フェルメールさん。オレ、何かしましたっけ」

 その言葉にフェルメールははっと我に返った。あっけにとられている場合ではない。椅子からこける勢いで立ち上がるとおばけ達に説得を試みる。

「ちちち違うんですっ。みなさん! だめですっ!」

 けれどもおばけ達は頑として動かない。それどころかフェルメールに向けて、やいのやいのと矛先を変えてきた。

「だってせんせーがー」
「教えてくれないんだもーん」
「むらさきはっぱはせんせーの何なんですかー!」

 それらの言葉にようやくシロクも状況を理解したらしい。初めはおばけ達を押し退けるようにもがく姿がうっすらとフェルメールからも見てとれたが、気づけばヤジに紛れて低い声が飛んでくるようになっていた。

「オレはフェルメールさんの何なんですかー!」
「シロクさんまで!」

 フェルメールは思わずその場にへたり込む。そんなフェルメールの切実な声のおかげか、そろそろやりすぎの頃合いだと勘づいてくれたのか。おちゃらけていたシロクの声もようやくおばけ達を諌める側へと回ってくれた。

「へいへい、じゃあおばけども解散なー」
「えー」「ぶーぶー」「いけずー!」

 駄目と言って散会してくれれば話は早いが、当然おばけ達は一筋縄でいくはずもない。しかし、シロクは平然とした調子を崩さない。大ブーイングの中、「痛い目見るのはそっちだぞ」という一言が聞き取れたのはフェルメールの耳がシロクの声を聞き慣れているからだろうか。

 ひゅっ、と鋭い風が吹く。

 室内だというのにどこから、と思った矢先に真っ白けだった視界は掃けて、気づけばおばけ達が団子になって床に倒れ伏していた。そして、いつの間にやら一息ついたシロクが目の前に立っている。

「ええと……?」

 フェルメールは一瞬のことに何がなんだかわからず、ただシロクを見やるばかり。彼の手には忍者刀の鞘が握られており、それを仕舞う動作で初めて、シロクが鞘当てでおばけ達をやんわり蹴散らしたのだということに気づいた。

「はいおしまいっと。フェルメールさん、お疲れさまでした」
「あ、はい。シロクさんも、お疲れさまです」

 いまいち事情を飲み込み切れていないながらも、ひとまずフェルメールは挨拶を返す。シロクはそんなフェルメールの手をひょいと掴んで、緩く引きながらドアへと誘導する。

「そんじゃ、まあ、移動しましょっか。セラっちの手伝いも終わったんで、用は終わりましたし。そろそろ結社に帰らないと、ベルガモットさんが心配するでしょうしね」
「おばけさん達はこのままでいいんでしょうか……?」
「平気ですって、奴さんら丈夫みたいですし」

 シロクはそう言うがフェルメールはどうしても気になって、おばけ達のほうをちらちらと名残惜しく見てしまう。けれどもドアを通り過ぎれば、彼らのことだしきっとおばけパワーで何とかなっていることだろうという楽観的な考えに落ち着いてしまった。
 何せ今回はおばけ達だって悪いところもあったのだから、ちょこっとくらい反省してもらわなくては。それにフェルメールだって今後に向けて、もう少し場を上手く収める方法や、上手い言い方を勉強しなくてはいけないかもしれない。
 そう、例えばみかづきのようなきっぱりした言い方をしたり、からかわれても動じないような態度を取ったり────
 仮想案はつらつらと想像に結びつき、フェルメールの頭の中はおばけ達との話し方から講義の内容にまで飛躍して、どんどん思考の奥へ奥へと潜っていく。



◇◇◇



 シロクに手を引かれながらフェルメールはぽてぽてと歩みを進める。館を出て船に乗り、結社に入って階段を昇り、足はきちんと動いていたはずなのだがそれらはフェルメールの意識の外に置かれていて、ふと考えごとを終えた時には見慣れた自室が出現していた。

「はっ。ここは、」
「フェルメールさんの部屋ですね。今日はもう遅いですし、とりあえず休みましょう」
「そう、ですね…………

 シロクの的確な状況説明に頷きかけたフェルメールは、しかし半端なところで言葉を切った。
 先ほどからずっとずっと考えごとを続けていたのは、いつものフェルメールの癖だけでは決してない。どうしてもつっかえる小さな欠片が、フェルメールを躊躇わせていた。

「どうかしました?」

 聡いシロクがフェルメールの様子に気付かないわけもなく、すぐさま気遣いが飛んでくる。けれど、フェルメールには答えられない。なにせ自分でも何が引っかかっているのかわからないのだから。

「気になっていることが、あるんです」
「へえ。何です?」

 そんな当然の質問にフェルメールは口を噤み。言い淀み、たっぷりと間をおいて。

…………何なんでしょう……?」

 結局吐き出せたのは弱り切った一言だった。



「いやいやオレに訊かれても」
「それは、そうなのですが……

 フェルメールは丸眉を寄せて悩み始める。そんな彼女に助け船を出すようにシロクが提案したのは、原点に立ち返ることだった。

「その気になってることっていうのはどこからか、とりあえず今日あったことでも思い出してみたらどうです」
「今日あったこと……ええと、シロクさんが幽霊船に行くと聞いて、」
「ふむふむ」
「おべんとうを作りました」
「ああ、ごちそうさまでした。美味かったです」
「あっ! シロクさん、ゆうれいは出ましたか!? こわくありませんでしたかっ」
「いや大丈夫でしたけど………フェルメールさん」
「なんでしょう?」
「さっそく話がズレてきてません?」
「はっ!」
「オレのほうはまあ、なんやかんやありましたけど何とかなりましたから。いったん置いときましょう」
「そ、そうですね。何とかなったなら何よりです。ええと、そうじゃなくて、それでおばけさん達と話していて……

 と、そこまできてようやく、フェルメールの脳裏を強く引っ掻くものに見当がついた。
 おばけ達の無邪気な質問責めと喧騒、そしてその中から特別響く、唯一変わった声質のそれ。その声はまるで直接言われているかのように鮮明な形でフェルメールに問いかけてくる。


『オレはフェルメールさんの何なんですかー!』


 その声の主は今まさに目前に居て、いつも通りフェルメールの傍に居て、こうして一日の終わりまできちんとフェルメールを見届けてくれる。


『せんせーのこいびと!』


 ぽわんと不意に浮かんできたおばけ達の言葉に、フェルメールは大きく首を横に振りかぶった。そんな、そういう。ものではなくて。けれど嫌とかでもなくて。そもそもフェルメールはそういうことに全く慣れていないのだった。
 魔法結社にはそれこそ、恋の魔法だの好きな子を好きにする魔法だの、恋愛事の依頼も時折やってくる。けれどもそれらの感情はフェルメールにとって複雑すぎたし、ベルガモットがその手の依頼は厄介だからと言って大半を引き受けるか突き返すかしてくれていた。だから、結局そういうものはフェルメールの中で、未知で謎でどきどきでまだ早すぎる何かなのだ。
 だから恋人とかいうものではない。ないのだけれど。
 だとすれば何なのだろう?



「フェルメールさん?」

 固まってしまったフェルメールの前でシロクが片手を振る。そういえば繋いでいた手は離されていた。そう思ったとたん、手の内に残るシロクの体温がとても意味のあるものに感じてしまって、フェルメールはうろたえる。

「ち、違うんです」
「違うんですか」
「あっあっ、そうじゃなくて、ええと」

 疑問符の乱気流の中、パズルのピースのようにかち合う言葉を探すため、フェルメールは再び思考の奥へと進んでいく。
 フェルメールにとってのシロクとは。
 知り合いというのは遠すぎて、友達というのには少し他人行儀だ。結社の仲間、と言いたいところだけれど、シロクは魔法使いでないからきっと否定するだろう。それにシロクは忍として帰る故郷も確かにあるのだから、結社メンバーとして引き止めるのも違う気がする。
 もっと初めに立ち帰ると────。

 そこまで来て、フェルメールは愕然とした。
 シロクの雇い主はベルガモットであり、ベルガモットとフェルメールは結社仲間であり。ではシロクとフェルメールはというと、


「何、でもない……?」


 例えば今すぐベルガモットがシロクとの雇用契約を切ったとして、そうしたらフェルメールにはもうシロクを留める手段なんて一つもないのである。
 そう思ったら最後、想像するまでもないくらい未来の話だったはずのそれが現実的なエピソードとしてフェルメールの脳内を侵食する。明日には、明後日には。シロクだって情深い人だから即日でさようならだなんてことはないだろうし、顔を見せてくれることくらいはするだろうけれど。フェルメールが気付いた時に、不安になった時に、少し辺りを見渡せばそこに彼がいる、なんていうことはもう無くなってしまうかもしれない。

「何でもないって顔にはとても見えないですけど……フェルメールさん?」
「し、シロク、さっ」
「うえっい!? な、なんで半泣き、ちょっ」

 考え出すと、想像は悪い方へ悪い方へと転がり落ちていく。心のつっかえは喉元までせり上がってきて、気づけば目元がじんわりと熱くなっていた。慌てふためくシロクの姿すら滲み始め、自然と声が震えだす。シロクの手がおずおず伸びてきてあやすようにフェルメールの頭を撫でてくれたが、それすらも今の彼女にとっては不安の一つになり変わってしまう。
 こんなふうに安心できるのに、視界にその姿があるだけでフェルメールにとっての怖いことは何一つ無くなる気がするのに。言葉一つないだけで、その立ち位置はひどく不安定だ。



 フェルメールは鼻を鳴らしてごしごしと目元を擦ると、改まってシロクと向き合う。

「シロクさん」
……何ですか?」

 シロクも手を止めてフェルメールの視線を受け止める。真剣な表情だけれど、フェルメールに向けられた声はことさら柔らかく、どこまでも優しさに満ちている。だから、フェルメールの決意に満ちたはずの問いかけは、どうしても弱々しくなっていってしまった。

「シロクさんは、わたしの、何なんでしょう……

 ぽつり。零れ出る言葉は、あまりに情けなかった。



 思わず俯けば、ずり下がった頭巾がフェルメールの顔を隠してくれる。でも同時に、シロクの表情も見えなくなってしまう。こんな半端な質問では答えられるものも答えられないだろう。だというのに、フェルメールは自分の生み出した沈黙が恐ろしくて、ぎゅっと手を握り締める。答えを聞いてすっきりしたいはずなのに、耳を塞いでしまいたい。けれども、答えは必ず来る。

「それはオレじゃわかんないことですよ、フェルメールさんにしか」

 シロクの答えは簡明で、何よりの正論で、フェルメールを独りきりの迷路においてけぼりにするには十分だった。わかっていたことだ。二人の関係はフェルメールの知っているどんな言葉にも当てはまらなくて、仮にどんな言葉が返されたって、フェルメールは納得なんてできなかったはず。だから、この答えは何よりも正しい。

…………そう、ですよね」

 なのに、フェルメールの心はますます沈んでいく。また涙が込み上げてきて、零れ落ちるのが見つからないようにしたいのに上手くいかない。
 縮こまっていくフェルメールの、頭巾越しにまた、温かな手が触れた。

「でもね、フェルメールさん」

 添えられた手に力はほとんど込められていないけれど、その手の平はフェルメールにとって安心の証だから、一切抵抗せずに顔を上に向ける。涙に濡れた瞳でも相手の瞳を捉えることはできた。一瞬だけ見せた怯むような表情と、それでもきちんとフェルメールを見返す、真摯な眼差しと。

「フェルメールさんにとってのオレがどうか何てのは、わかんないですけど。オレにとってのフェルメールさんが何なのかはわかりますよ」

 フェルメールは突き動かされるように先を促す。

「私は……シロクさんにとっての、何なんですか…………?」

 直後に、柔らかく。シロクの目元が、頬が、張り詰めた空気が、溶けるように綻ぶ。


「フェルメールさんはね。オレの、一番大事な人です」


 とてもとても重要なはずのその言葉は。なんだか日常の挨拶のようにあっけなく、当たり前で、身近なものだった。



 大事な人。かちりとピースが当てはまる。心の中でぐちゃぐちゃに絡まり合っていた塊が手品のように解れてしまう。こんな簡単なことがどうしてわからなくなっていたのかと、不思議に思えてしまうほど。
 そうか。そんな一言で。

「わ、私もっ」

 未だ残ったままの泣き声で、しゃくりあげる喉元を抑え込みながら、フェルメールは勢い込んで言葉を返そうとする。けれどもそれより先に、シロクの指先が、フェルメールの唇に触れていた。

「そっから先は、また今度。ちゃんとフェルメールさんにとってのオレが、決まってからにしましょう」
……でも、」

 せっかく今、見つけたばかりなのに。
 見つけた宝物は一番の人に報告したい。こんな素敵なものがありました、と言えば相手はふんわり笑って、良かったですねと心から言ってくれるだろう。なのにそれを言わせてもらえない。浮き上がっていたはずの心は重りをつけられてしまう。フェルメールの不満は顔に出てしまっていたのか、シロクは苦笑して指先を離した。

「オレがこうだろうなって予想してること、そのまんま言ってもらえりゃ嬉しいですけどね。フェルメールさんはちょっと、ぽやんとしたところがあるんで、ここで流されても困るかなと」
「ぽやん……

 煙に巻くようなシロクの言葉の真意を取るのは難しく、ただ唯一読み取れた擬音を機械的に口にする。そして、言った途端に意味が繋がり、フェルメールは頬を膨らませた。

「シロクさん。私、ぽやんではないです」
「うーん、どうでしょう」
……自画自賛になってはしまいますが、私はこれでもなかなかのしっかり者だと思うんです」
「おっ、おお。大きく出ましたね」
「そうです! そう思っていればいつかはそうなれるのだと総帥が言ってました!」
「ああー……そうですか、総帥がね。はぁ」

 先ほどまでと反対に、今度は何故かシロクが肩を落とした。理由はわからないけれど、その様子がなんだか身近に感じられて、フェルメールの気持ちはまた温かくなっていく。
 そしてそのまままったりと、何でもない会話を繋げて、眠たくなるまで二人で居て、それでももしも居ない時、引き止めるための言葉はまだ確定していないけれど。何よりの安心と、信頼と、言葉にできないものを一身に受けて、フェルメールは自然と笑顔になっていた。



 こいびとでも友達でも知り合いでもなくて────大事な人。

 まだこれを言う時ではないらしいから、フェルメールは、シロクの手助けをかりて見つけ出したこの言葉の宝石を、大切にしまっておくことにした。見せびらかしたくってたまらない気持ちをぎゅうっと抑えつけながら。
 いつか来るだろう不安の時も、これさえあれば大丈夫なのだと言い聞かせて。





<END>