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ツキシキ
2023-07-01 22:03:50
117641文字
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★天使のうつわ・おばけと魔法とまとめ
13作品。「空想地球儀」作品の二次創作。
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グリンはキュレーネを装備した!
グリンが剣の扱いをレイスアール・メティス・シルバーに教えてもらう話。シルバー×グリンあり。クリア後おまけ前提。
____________
魔剣キュレーネの扱い主は決まっていなかった。
『おともだちに使ってもらいなさい』
そう言うブラックに従い、レイスはその魔剣をにこにこと友達に差し出した。
────友達。
そう呼ばれた彼女は初め、心からの喜びと共にそれを受け取った。が。
直後に大きな一つの事実に気付き、あわあわと落ち着きなくうろついてから、こう言った。
「ど、どどどうしましょうレイスちゃん! わたし、剣を使うのって初めてだわ!」
かくして、グリンの剣術特訓は幕を開ける!!
◇◇◇
柔らかな日差し、雲の上に乗っているかのような浮遊感、一面に広がる青空、どこからともなく届く草花の良い香り。悪魔界や魔界とはまったく異なるあたたかな空気。少なくとも、剣の訓練だなんて言葉とはとても似つかわしくない場所だった。
こんな綺麗な場所でバトルなんて良いのかしら、とグリンは一人ではらはらしてしまう。
ちらりと目をやれば、グリンの相手役を買って出てくれたメティスとレイスの二人組は、あり余る元気をフル活用してあちこち飛び跳ねまわっていた。この、雲と硝子が降り混ざったような不思議な地面は見かけに反して意外と丈夫らしい。
と、気配に気づいたのかメティスと視線がかち合い勢いよく呼びかけられる。
「グリンさんっ!」
「は、はい!」
「まずは準備運動からデスね! ボクらと一緒に、はーいいっちにーさーん」
「えと、いっち、にぃ
……
」
右に左にと飛びまわるあの動きはどうやら準備運動だったらしい。グリンは見よう見まねでなんとかレイス達の動きについて行こうとするが、木立よりも高く飛び上がり一捻り回ってみせるだなんていう器用な真似、グリンには到底できそうもない。早くも挫折を味わいかけつつ、グリンは懸命にその場でぴょこぴょこと足に力を入れてみる。
「!」
そんなグリンの真横にレイスが勢いよく顔面から落ちてくる。
「きゃあ、レイスちゃん? 大丈夫っ!?」
「♪」
すぐさま起き上がるその身体には傷一つないが、ぶつけられた鼻頭だけが赤く色づいていた。それでも平然とまた飛び上がろうとするレイスを見て、グリンの頬に汗が一筋垂れる。訓練とは準備運動の段階で既に過酷なのだ。
覚悟を決めたグリンを含め、各々が兎のように跳ねまわる中、微動だにしない影が一つあった。さんさんと降り注ぐ太陽を避けるように、その影は木の幹に身体を預けて腕組みをしている。冷めきった目はまるでつまらない演劇でも見ているかのようだ。そんな影に向けて、メティスの気の抜けた声が響く。
「あらら? シルバーさんどうしたデスか? 元気ないデスねー」
その声にどきりとさせられたのは呼ばれた当人ではなく、グリンのほうだった。同時、申し訳なさがじわじわと胸の奥から染み出してくる。
明るいところが大の苦手らしいシルバー、彼がわざわざこんなところまで付き合ってくれているのは、ひとえにグリンの伯父であるアルヴァの命令があってのことなのである。シルバーはいつぞやの指示を未だ真面目に守ってくれているのだった。
今回もグリンがちょっとした話の拍子に訓練の話を出したのがきっかけで、「ならオレも付いて行かせてもらいます」と有無を言わさぬ口調でシルバーから宣言された。少々気が引ける申し出だったけれど、「様子を見るように頼まれてますから」と言われてしまっては断りづらい。グリンの遠慮はシルバーの律儀さに勝てるほどのものではなく、今に至る。
「ほら、シルバーさんも一緒に身体動かしましょー? わんつーわんつー!」
「や、オレは遠慮させてもらうっスよ」
メティスの元気いっぱいな声にもシルバーは淡々と返すだけだった。表情はあからさまに気だるげだ。それがまたグリンの罪悪感に拍車をかけた。
そんなグリンの心の隙を突くように、不意に声がかけられる。
「
……
それとグリンさま」
「なっ、何かしらっ」
「そこのを馬鹿正直に真似して、頭ぶつけまくるのは止してくださいね」
そこの、と言いながらシルバーは顎でレイスのほうをしゃくってみせる。彼女の鼻は未だに赤い。
シルバーの当たりがレイス達に対してきつく見えるのもグリンは気がかりだった。シルバーはレイスのことも心配しているのだろうと思うのだけれど、あんな言い方では誤解されてしまう。グリンは慌てて言葉を重ねた。
「そうよね、シルバーさんも心配よね。レイスちゃん、あんなところから落ちて痛くない?」
「
……
いやそっちじゃなくて」
「?」
レイス本人といえば、シルバーの戸惑いもグリンの慌てようもどこ吹く風できょとん顔。彼女にとって顔面落下は日常茶飯事のようだからグリン達の心配が伝わらないのも仕方ない。レイスが元気さをアピールするようにその場で何度か跳ねてみせたところで、メティスが大きく手を叩いた。
「うーん、じゃあ準備運動そろそろ終わりにしよっか! だいじょーぶ、そんなに激しいことしませんデスし!」
グリンはメティスの言葉にぎゅっと両手を握りしめた。ついに本番が来るのだ。
レイスが待っていましたとばかりに荷物袋の中へ手を入れ、中からお目当ての剣を引きずり出す。琥珀色のそれは光を受けて刃をさらに輝かせ、どことなく満ち溢れるようなエネルギーを感じさせる。
レイスはその剣────魔剣キュレーネを勢いよく地面に突き刺した。
「えっえっ?」
てっきり手渡されるものと思い待ち構えていたグリンは、予想外の行動に目を瞬かせる。しかし先生役のメティスはそれが自然な流れとばかりに頷き、両手で大仰にキュレーネを示して見せた。
「さっ、グリンさん! まずはこの子を引き抜いてクダサイ!」
「えっとえっと」
初めの第一歩は自分から踏み出さないといけない。そういうことなのだろう。グリンはごくりと唾を飲み込み、目前に鎮座するキュレーネへ一歩近づく。そしておずおずと手を伸ばし、剣の柄を握り締めた。
剣には馴染みがないはずなのに、グリンは掴んだ柄が手の平へ吸いつくような不思議な感触を覚える。例えるなら、兄に手を引かれて歩いた時のあの感触だ。
「えいっ!」
どことなく優しい感覚に勇気づけられ、グリンはそのまま両腕を振り上げる。キュレーネの刀身は半分ほどが地面にめり込んでいたにも関わらず、一切の抵抗なく引きぬかれた。
「ヤッター! これでグリンさんも選ばれし魔剣使いデスね!」
「♪」
二人分とは思えないほどの盛大な喝采と拍手が巻き起こる。やりきった。掴んだままの剣の軽さも相まって、グリンはその場でぴょんと一跳ねした。
「やったわレイスちゃん! メティスさん! わたし、やったのね!」
事態は今にもクライマックスである。
「
……
なんで唐突に選定式のノリになってるんスかねぇ」
浮足立った場の雰囲気に唯一流されていないシルバーがそう零す。しかしそんなぼやきもメティスの一声でかき消された。
「じゃっ、さっそくボクは剣になりマス! レイスさん、お手本見せてあげましょー!」
一瞬で光のエネルギーが凝縮され、鉱石のぶつかる時のような音を立てる。発せられた輝きにグリンは眼を眩ませる。改めてまぶたを開けた頃には既に、剣となったメティスがレイスに構えられていた。
レイスの眉はキリリと上がり、グリンのほうも釣られて気合いが入る。
「!」
お手本という言葉通り、まず動いたのはレイスだった。何も無い空間に向かって素早く一閃繰り出す。グリンもバトル中に見慣れている動きではあるが、いざ自分がやるのだと思うと気後れするのが正直なところだ。そんなグリンの心境を知ってか知らずか、レイスは次の番を示すように期待の視線を向けてきた。
「が、がんばってみるわね」
グリンは両手でキュレーネを掴み、踏ん張るように一呼吸する。そしてレイスがやっていたように、側撃の一閃を繰り出そうとした。のだが。
「きゃっ、あ!」
力の入り過ぎた腕は大振りを通り越し、勢いを殺しきれず足がもつれてしまう。
「おっと!」
瞬時に先ほどと同じ光が場を包み、目がくらむ。ぶつかるはずの身体には衝撃が来ない。グリンがおそるおそる目を開けると、傾いだグリンの身体はいつの間にか、人型を取ったメティスに支えられていた。
「あうう
……
」
「グリンさん、だいじょーぶ?」
「あっあっ、ありがとうメティスさん」
「いえいえ! とと、レイスさんまで? ボクってば両手に花デスか!?」
呑気にそう言うメティスの背にはレイスがしがみついていた。両手と言うより前後である。支えはメティス一人で事足りるはずだが、レイスも心配が抑えきれなかったらしい。そこまで認識してグリンはようやく体勢を整えようとする。が、動くのはメティスの方が早かった。
「役得ってやつデスね! はい、ぎゅーっ」
「♡」
「えっええええっ!?」
メティスは片腕でグリンの身体を支えたまま器用に反転し、レイスの肩にも空いた手を伸ばす。そして二人の少女をまとめて抱きしめた。
レイスは嬉しそうに親愛を受け止めているが、スキンシップ慣れしていないグリンは大混乱だ。なにせ自分の知っている兄妹の距離感とまったく異なるうえ、メティスはグリンにもレイスと同じ距離感でぐいぐい来るものだから、グリンの頭は緊張と驚きと初体験とで発熱しそうになってしまう。メティスの腕はグリンよりずっと太く、細身で気の良い優男に見えるメティスもやはり力を持つ男性なのだと意識せずにはいられない。ましてや固い胸板に身体を押し付けられて、まともな思考ができるわけはなかった。
しかし、くらくらと熱に浮かされていたはずが、グリンの身体は急にぞっと冷たいものを感じる。
何がどうと掴めない、むしろ錯覚と思い違いそうなそれは次の瞬間、濃度を高めて襲いかかってきた。
「
…………
」
「おおう!?」
メティスのすっとんきょうな声と共に、グリンの視界はめまぐるしく変化する。混乱に拍車がかかる中、叫びださずに済んだのは、これもアトラクションの一つとばかりにはしゃぐレイスがすぐ傍にいてくれたからかもしれなかった。
「もうシルバーさんってば酷いデス!」
その言葉でグリンの思考は一点に集中する。
そういえばシルバーのことを忘れかけていた。見れば彼はひどく不機嫌そうな顔でフェンリルを構えている。その冷たい眼差しは反射でごめんなさいと言いたくなるほどだったけれども、彼の怒りはグリンに対してではなく、メティスに対して向けられているようだった。
「レイスさんとグリンさんに当たったらどうするんデスかー」
「そうなったらアンタのせいなんで、ぶっ飛ばすだけっスねぇ」
「ええー!それは責任転嫁ってやつデス!」
「
……
はあ」
シルバーは深く深くため息を吐く。それが徒労というより激情の吐き出しであることは鈍感なグリンにも見てとれた。今にも第二撃が飛んできそうな雰囲気だ。
グリンは自分の肩口に回されたままのメティスの腕をぺしぺしと叩き、シルバーを止めに行くべく解放を促す。けれども力が緩まる気配は無く、仕方なくグリンは抱き留められたままの体勢で説得を試みた。
「シルバーさん、けっ、ケンカはだめよ! ねっ!?
メティスさんも離して、一度落ち着いて、落ち着いてお話をしましょう!?」
かく言うグリンが最も落ち着いていないのだが、あまりの必死さが功を奏してかそこを突こうとする者はいなかった。メティスは口を尖らせて名残惜しさを表明するも、レイスの鶴の一声でようやく腕を離す。優しく背中を押されたグリンは少しばかり前のめりになりつつも、ようやく自分の身体を自分の足で支えられるようになった。
「
……
どきどき」
グリンは無意識にそう口にする。事実、色々な意味で心臓は高鳴り、今にも口から出てきそうな勢いだった。
そんなグリンめがけて一直線に歩いてくる影がある。早鐘のような心臓を抑えつけていたグリンもそこで役目を思い出し、近づいてくる彼、シルバーを説得しなければと顔を上げた。しかし、当のシルバーはグリンの横を素通りすると、メティスとグリンの間を割るように立って口を開く。
「正直、アンタらのやり方は危なっかしくて見てられないんで。グリンさまはこっちで預からせてもらうっスよ」
「えっ、ええ!?」
抗議の声を上げたのはメティスでもレイスでもなく、グリン張本人だった。
シルバーがグリンを気にかけて言ってくれているのはよくわかる。でも。そう言いかけたグリンは、シルバーの身体全体から発せられている不機嫌オーラがさらに色濃くなっていくのを感じ、思わず口をつぐんだ。そんなグリンにとって代わりメティスが再び声を上げる。
「シルバーさんずるいデス! おねいちゃんだけじゃ飽き足らず、グリンさんに加えて、ボクらの妹まで奪おうって魂胆デスね!?」
「奪うも何もグリンさまは────」
と、不意にシルバーがこちらを振り返ってきたものだから、グリンはおろおろと視線をさまよわせた。しかしグリンが何か言うべきことを探し終えるその前に、シルバーは言いかけた言葉を切り捨ててしまう。
「そもそもオレにはおねいちゃんってのもどこの誰だかわからないんで。アンタの言ってることはさっぱりっスねぇ」
「おねいちゃんはおねいちゃんデス! 前説明したでしょー? もう、シルバーさんったらボケちゃって!」
「
………………
ぶった切る」
シルバーの機嫌は見るからに一触即発。相手がメティスだから響く声はコミカルなものの、さすがにシルバーの堪忍袋の緒が切れたのはグリンにも伝わった。だからこそ、ついにシルバーが怒気を放とうとしたまさにその瞬間、グリンは大慌てで彼の服の裾を力任せに引っ張り、
「シルバーさんダメっ!」
「っ、ぐ!?」
「あっあっ、ごめんなさい!?」
掴むところが悪すぎた。どうやらシルバーの上着の留め金がずれて喉元に食い込んだらしい。息が潰れるような声にグリンはすぐさま手を離すが、今度はそれで体勢を崩したシルバーがたたらを踏む。それでもグリンのほうに倒れ込んでこなかった辺りは流石だった。
シルバーの半眼に見つめられ、グリンはきゅぅと身をすくませた。彼のこの表情は未だに苦手だ。しかし、かけられたのは意外にもお叱りの声ではなかった。
「グリンさま。どうしてもこの、ちゃらんぽらんな奴らじゃないと駄目なんですか」
シルバーはそう言いながら不躾にメティス達のほうを顎で示して見せる。ちゃらんぽらんなんてこと言っちゃ駄目よ、と言いたくはあったが、今のグリンにそれを言う勇気は無かった。
「だ、だって。おともだちに教えてもらえるなら心強いなって思うんだもの」
嗜める代わりに控えめながら反論する。ここはグリンとしても譲り難いところだった。
剣の扱いと言えば自然と教えを請う候補は限られてくるわけで、中でもグリンが一番話しかけやすいのはレイスだ。言ってしまえばそれだけのことなのだが、シルバーからしてみれば看過しがたい動機らしい。言いあぐねるように口元を動かすシルバーを見て、これから言われるであろう否定の言葉を想像し、グリンもつい折れそうになってしまう。実際、訓練のクの字が始まる前からグリンが躓き続けているのは事実なのである。
どうにもならない沈黙が流れる中、雰囲気をふっ飛ばすように元気に満ち溢れた声が二人にかけられた。
「わかりマシタ! じゃあじゃあ、選手交代するってことでどうデスか?」
「交代?」
「ハイ! シルバーさんが教えっこして、ボクらがそれを見てて、それで足りないとこあったら最後にガーッて言ったらバッチリだと思うデスヨ。どうかなっ?」
その提案はグリンとシルバーの気持ちをちょうど折衷する良案だった。グリンが何度も首を縦に振ると、メティスの横でレイスが誇らしそうに笑いかけてくる。どうやらこの提案はレイスのものらしい。
教師役がシルバーに代わるにしても、二人きりでやるのと傍に気のおけない友人がいるのとでは訳が違う。レイスはその辺りを汲んでくれたのかもしれない。
グリンは両手を胸の前で組み、ハートマークでも出しそうな勢いでレイスに感謝の念を送った。返事がわりに揺れる彼女の跳ね毛は頼もしさの塊である。
「まあ、それなら」
シルバーもこの提案には存外乗り気で、怒り心頭だった雰囲気も幾分か和らいでくれていた。グリンは握りしめたままだったキュレーネを改めて掲げ直す。ようやく訓練再開だ。
けれども、張り切るグリンに対してシルバーはフェンリルを構えるどころか鞘に納めてしまった。グリンが疑問符を頭に浮かべれば、シルバーはそれを汲み取って口を開く。
「ああ。フェンリルは気まぐれなので、下手するとグリンさまのほうが傷つくかと。だから
……
ちょっとそこの緑の、なんか練習用の剣とか用意してないんスか?」
「ボク、“緑の”じゃないデス!
……
んー、ブラックが昔使ってたのがあるケド、今回はこっちのが良いかも?」
メティスはそう言うと、手近な木に近づいて身軽にジャンプした。そして躊躇なくばきりと大振りの枝を手折ってみせる。えっえっ、とグリンは目を丸くしたが、少なくとも動揺しているのはこの場で彼女だけらしかった。
「ハイどーぞ!」
メティスはにこやかに大ぶりの木枝をシルバーへ差し出す。シルバーは、折れたてほやほやの木枝を見、そしてグリンが遠慮がちに手にしている琥珀色の魔剣を見て、疲れたような声を出した。
「魔剣相手に木枝でやれっつうんスかアンタ」
「まあまあ、確かにちょこっとだけ危ないかもデスけど。ボクら魔剣って何も考えて無いとザクザク切れすぎちゃうカラ、まずキュレーネさんには逆に手加減を覚える訓練してもらわないとなんデス。だから、枝が折れないくらいでがんばってネーってことで!」
「はあ。要はグリンさまの訓練ついでに魔剣の訓練もしろと」
「イッセキニチョーってやつデスね!」
変わったイントネーションのメティスの返答に、シルバーの身体はガクリと折れる。しかし、グリンが言葉をかけるその前に彼は改めて背筋を伸ばし、真摯にグリンを見つめてきた。天界連中には言っても無駄という開き直りがあるのだが、グリンにそんな裏は伝わらない。ただその真剣な表情に釣られて姿勢を正す。
「では、そういうことらしいので。よろしくお願いします」
「は、はいっ!」
シルバーは片腕で自身の重心を支え、剣の持ち手で相手を見据えるいつもの構えを取った。真っ赤な瞳と切っ先を向けられたグリンは思わず肩を強張らせる。
一方で、いつぞやに強制送還と称して剣先を向けられた時の記憶が蘇りもした。あの頃はまだシルバーとほとんど話したこともなかったのだ。
緊張と感慨深さが入り混じる不思議な心地の中、グリンはキュレーネを自分なりに構えてみた。
「
……
とりあえず、受ける練習をしましょうか。オレが軽く打ち込むんで、それ使って受けてみてください」
「うっ、うん。わかったわ」
「じゃあ行きますよ」
言葉こそ早急、しかし振るう腕はことさら緩やかだった。
「右
……
、左
……
、」
その遅すぎる動きは受けるというより、当てられるのを待つと言ったほうが正確なほどだ。グリンはシルバーの声に合わせて構えるだけで良い。相手の得物が木枝なこともあって、ままごとでもしているような気分になってくる。態度が柔らかいながらもハードな動きをしていたレイス達とは対照的な訓練だ。自然、グリンの肩からもだんだんと力が抜けてくる。
「ああ、それ良いですね」
「えっ?」
右左と繰り返される流れが急に途切れ、意外なところからの褒め言葉にグリンは眼を丸くした。シルバーが言葉足らずに付け加える。
「さっきまではかなり緊張されてたようだったので。今ぐらいの力加減で構えるのが良いと思います」
「そ、そうなのね
……
」
グリンにはあまり自覚が無かったが、とりあえず今の感覚が重要らしい。確かめるようにキュレーネの柄を握り直すと、張り切るように刀身がきらめいた気がした。
「じゃあ少し調子を上げますから」
シルバーはそう言うと、手に持っていた木枝を一度横薙ぎに振るってみせた。先ほどよりもずっと早い動きで、枝先についていた葉がしなって音を立てる。
「右、左、右、左、」
テンポよく振り幅の狭い動き。当たるだけだったはずの攻撃に重みも感じるようになり、互いのものがぶつかった時の手ごたえも大きくなる。グリンも棒立ちではいられず、言われるがままの方向になんとか腕を動かして受け続ける。だが、グリンの動きはシルバーの声より少しずつ遅れていってしまう。
そしてついにグリンがうっかりリズムを崩しかけた、そのタイミングでシルバーが爪先で地を蹴った。
「きゃ、う?」
来るはずの手ごたえが予期せぬ形で無くなり、口から戸惑いがついて出る。詰められていたはずの距離は半歩分空いていた。
シルバーは一度構えを解くと、さっきまでの打ち込みと同じリズムで息をするグリンへ、説明を始める。
「
……
グリンさま。受けている時に剣を手元に寄せてしまうのは、あまり良くないです。相手との間合いが近づいてしまうと、致命傷が飛んでくる可能性も高くなるので。受けきれそうになくなったら、今のオレみたいに後退してください」
「後退
……
後退ね」
グリンは貴重な解説を頭に刻みつけるように呟き、神妙な面持ちで頷く。しかし、グリンが熱心な態度を取れば取るほどシルバーの表情は曇った。不服そうな顔で「そもそも、」と言葉が続く。
「剣を持つなら一応の扱いは知っとくべきだと思うんで教えてますけれど、仮にその剣で攻撃を受けるような状況になったら、オレとしては真っ先に逃げてほしいところです」
「で、でも逃げちゃうと戦えないわ」
「
……
何も接近戦にこだわる必要はないでしょう。ほどよく距離とって魔法ぶちかましてくれるほうが一緒に戦うぶんには助かりますし、グリンさまの能力的にも無難かと」
「そう
……
かもしれないけど
……
」
シルバーの言はどこまでも正論であり返す言葉もない。それでもグリンは釈然としない気持ちでいた。キュレーネをレイスに託されたからにはやっぱり自分でもできるところまで頑張ってみたい。剣の達人だなんて域はとうてい望んでいないにせよ、足手まといにならない程度には扱えるようになりたいというのがグリンの本音だった。
「
…………
」
「
…………
」
グリンが素直に納得していないのはシルバーにも伝わっているらしく、落ち着かない沈黙が漂う。
それを勢いよく壊すのは、もはやお決まりの彼だった。
「駄目デスよシルバーさん! こういうのはちゃんとキッパリ言わなきゃデス!」
メティスの声は何故か高いところから響いていた。
グリン達が声のした方向に目をやると、背景と化していた大樹の枝葉の影から、少しばかり色味の異なる緑がひょこりと姿を見せる。メティスは広々と張り出した樹木の枝に足を絡め、逆さ吊りのような格好でぶら下がっていた。
ついでに視線を上げれば、レイスが大樹のてっぺんでご機嫌そうにラッパを咥えている。グリン達が訓練している間に何が起きたのか、今にも演奏を始めそうな雰囲気だ。和やかに吹く風が気持ちよさそうにレイスの身体を撫ぜているようだったが、それはグリンの心配を増長させることにもなった。
「レレレレレレイスちゃん! 落ちちゃだめよ!?」
「アンタら自由っスね
……
」
二人が思い思いのことを言うが、言われたほうはお気楽娯楽。レイスは全然平気とばかりにラッパを吹きならして返事をしてみせる。
それを合図にするように、今度はメティスが腹筋だけで身を起こし、大樹の腕を一回りしてから身軽に地面へ着地した。そしてそのままスキップでこちらに近づくと、シルバーの鼻先にずびしと人差し指を突きつける。
「ほら、ちゃんと言ってクダサイ!」
「
…………
何をっスか」
様々な突っ込みを諦めたのか、シルバーは突きつけられた指先を雑に払いのけてそう問い返す。それにメティスは無邪気な笑顔で返した。
「『心配だから危ないことしないで』って! グリンさんいつもレイスさんに言ってるデショ? その真似っこしたらいいだけデスよ!」
「はあ? 誰がアンタらの心配なんざ
……
」
「ちがうちがう、さっきの話デス」
横で話を聞いていたグリンは、「さっき?」と小首を傾げる。危なっかしいレイスや突然のメティスの大声で中断されたせいか、元々どうしてメティスが声を上げたのかというところはグリンの頭から抜けてしまっていた。一連の流れを思い出そうとする、その前にメティスが答えを教えてくれる。
「シルバーさんがグリンさんの剣の練習とか訓練嫌がるの、グリンさんのコトすっごく心配だからだもんネ!」
メティスはシルバーの邪険な態度をものともせず、にこやかにそう言い放った。シルバーの全身が硬直し、帯刀していた蒼の魔剣が笑いを堪えるかのようにカタカタとわななく。
「なっ
……
!」
「ほんとの気持ち隠して駄目駄目って言っても納得できマセン。一度すれ違ったらとっても大変ってカルネもよく言ってマス!」
「いやオレは、」
「言いたいことは言える時に言わないと、伸ばし伸ばしで言えなくなるのが一番もったいないってボク思いマスよ? 天使ほどじゃないケド、悪魔だって意外とせっかちさんデスし」
「だから、」
「それにー、ブラックとかせんせーさんとかは後ろで頭使う係だから言えないデスけど、シルバーさんは前衛でガンガン切って殴ってするでショー? せっかく『ボクが守るカラ下がってて』って言えるのに、もう! 難しいことばっか言っちゃって、照れ屋サン!」
「そ」
「好きな子守ってあげたい気持ちはみんな一緒デスもんネ!」
「アンタちょっとばかし黙っててもらえないっスかね!」
叫び声と同時、木枝ながらも鋭い一撃が繰り出された。が、それをメティスはさらりとバックステップで避け、ついでに調子っぱずれの口笛を吹く。それに合わせて上空近くからレイスのラッパが弾むように鳴り始めるものだから火に油、事態は賑やかを通り越してお祭り騒ぎだ。
そんな中。
グリンは順繰りに考えようとしていた。順番に整理しないといけない。
だって例えばいきなりメティスの言葉から入って、「自分が守るから下がっていろ」なんていう、恋愛小説の中でも刺激が強すぎるロマンティックな台詞を咀嚼してしまえばその時点でグリンの頭はいっぱいいっぱいになってしまうとわかりきっているのだし、しかもそれがお姫様と騎士様ではなくグリン自身とシルバーという身近も身近すぎる相手の話に置き換わってしまうのだと思えば最後、好奇心だとか興味だとか乙女の憧れだとかよりもまず羞恥と照れと思いもよらない方向を意識せざるを得なくなるどきどきとがグリンの中でぐるぐるして、けれどもすぐさま嫌だと言うわけではないのだと誰にともなく言い訳はしたくなるしむしろ見知らぬ相手よりも望ましいのかもしれないけれどそんな話はまだ早いとグリンは思っていて、そもそもグリンの中でお目付け役といえばスカーレットだったはずがいつの間にかその役割がシルバーにすり替わっていたのも事実でありそのくらい頻繁に行動を共にしてくれていたのだということに今さらながら気付いてしまってそういえば何かと外出する際には着いてきてくれていたような気がするしこれはまさにグリンがふわふわと夢見ていた恋物語が形になりつつあるような予感もあって、そういえばどきどきしすぎているせいか目の前も白黒に濁っていくしどこからか差し込む日の光が頭をよりいっそう熱っぽくさせるし手元のキュレーネがきらきら光っているのは何かの信号か、言いたいことがあるように思えるけれど今のグリンではお話できないので、つまり、
「
……………
きゅう」
「っ、グリンさま!?」
色々と無理だった。
◇◇◇
陽光の下ではしゃぎすぎたせい、というのがコレアの見解だった。
聞いた話によると、シルバーがグリンを抱えて突如医務室に現れたらしい。おそらく空間移動だったのだろう、シルバーの顔色は意識を失っているグリンより重症に見えたそうだ。あの魔界幹部シルバーが肩で息をしながら土気色の顔で現れ、グリンのことを言い残すなり倒れたというのだから、医務室は混乱の極みだった。妙な噂が広がらなかったのはコレアの功績だ。シグマが不在だったのも幸いの一言に尽きた。
グリンが手に持っていたはずのキュレーネは目覚めると手元から無くなっていた。遅れて医務室に飛び込んできたレイス曰く、シルバーがグリンの手からもぎ取ってぽいと放ってしまったのをメティスが回収してくれたらしい。
いずれにせよ、こうなってしまっては訓練は中断だ。何せ色んな人に迷惑をかけすぎたのだから────
と、思いきや。
申し訳なさでいっぱいのグリンに対して、レイスとメティスは怒るどころか不思議そうに首を傾げて返した。
「だって色々わいわいして楽しかったデスよ?」
「♪」
「ねー?」
きゃっきゃと手を合わせながら次はいつにしようかと言い合う二人に、グリンはすっかりぽかんとしてしまった。それでも、すぐさまその話し合いに参加したのは、やはりグリンの意見も一緒だったからだ。ただ遊ぶだけでは味わえない、ハプニング続きの大騒ぎは、グリンの好奇心を掻き立てるのに十分なものだったのである。
そして、ノリ気の二人の中に飛び込むグリンを、シルバーが見逃すはずもない。
初めこそシルバーは無精無精といった調子なのだが、始まってみると流暢にグリンの相手をしてくれるのだった。だからグリンもついつい甘えてしまうのが現状だった。
そんなわけで────
「
……
手数の多い相手は大抵パターンも決まってますから。タイミングをズラしてやると上手くハマることが多いです」
「わかったわ」
グリンの手にはなおもキュレーネが輝いていた。シルバーが指南役、周りではメティスとレイスがあちこち動きまわってはしゃぎながらグリン達を応援している。前と異なるのは場所くらいだ。
頭上には日差しのかわりに星明りの散らばる夜空が広がっている。魔界樹の高さもあってか空との距離は近く感じられ、手を伸ばせば届きそうな気さえしてくる。水場が近いからか風が吹けば湿った土の香りが鼻をくすぐった。慣れた魔界の空気はグリンから余計な気負いを綺麗に取り払ってくれていた。
「まずは五を区切りにして攻撃するので、終わったタイミングで切り返してみてください」
「レイスさんのすらっしゅ攻撃は三回斬りデスよ!」
「♪」
「そしてボクのラッシュは六回デス!」
「外野うるさいっスよ。
……
あと、オレも六回攻撃くらいはできるっスから」
「なんの、レイスさんだって本気を出せば六回どころか七回デス!」
「!」
「レイスちゃんすごいわ。わたしもがんばらなくっちゃ!」
言いながら、グリンの頬は自然と和らいでいた。こんなに大勢の友達とバトルの話で盛り上がるなんて過去のグリンでは想像すらできなかったに違いない。剣を振るうのも、男の人と積極的に話すのも、未だに慣れはしないけれど、それはわくわくする新体験でもあるのだった。
◇◇◇
そうして何度か剣を振るい、小休止に入った頃。グリンはこっそりと声をひそめて、シルバーに声をかけた。
「あのね、シルバーさん」
「何ですか」
「わたしのワガママ、聞いてくれてありがとう」
「
…………
自分の身は自分で守れるほうが、都合良いことも多いですから」
フイとそっぽを向いてしまうシルバーのそれが、不器用な優しさから来るものだとグリンは知っている。だからふんわり笑ってもう一度、ありがとうと繰り返した。
直後。
「!?」
「わお、手が滑っちゃいマシタ!」
勢いよく飛んできたプリンがシルバーの側頭部を勢いよく強打する。プリンという名に似合わず硬度を保ったそれはグリンの足元まで転がってきた。
「ちょうど良い練習台が居るみたいっスねえ」
「いやん、わざとじゃないデスよ!」
「けっ、ケンカは駄目よ!?」
「
……
グリンさま、大丈夫です。あくまで練習ですから」
「そ、そそそうなの?」
「名目上は」
「♪」
「むー、レイスさんもやる気デスか。なら話は別デス!よーし、頑張りマショー!」
そんなメティスの声を皮切りにそれぞれが自分の武器を構える。転がっていたはずのプリンもいつの間にかメティスの手元に戻っていた。
(そういえば
……
)
チョコ、プリン、テーブル、みかん、エトセトラ。
皆がこれらを前準備なしに使いこなせているのだし、何よりグリン自身、今までも愛読書やキャンディステッキをなんとなくの我流で振り回してなんとかなっていたのである。
となれば、訓練などと言わずとも、バトルが始まりさえすれば案外未経験でも上手くいってしまうのではないだろうか?
そんな今さらすぎる思い付きがグリンの頭によぎったのだが、声に出していなかったのをいいことにしらんぷりをした。キュレーネがこれからの乱戦への気合いを示すように煌めき、再び訓練が再開される。訓練と呼ぶには、楽しすぎる時間が。
元気な大親友とお茶目なその愛剣、仲良くなれそうな予感がする新顔の魔剣、そして位置づけは難しいけれどとても優しいあの人と一緒にいる時間────それはグリンが少しばかり悪い子になってでも引き延ばしたいくらいに、魅力的すぎるのだった。
~END~
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