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ツキシキ
2023-07-01 22:03:50
117641文字
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★天使のうつわ・おばけと魔法とまとめ
13作品。「空想地球儀」作品の二次創作。
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恋物語を斜に見て
シルバー×グリン。グリンから本を借りるシルバーさん。
____________
最後のページを繰って、おしまいの印字のその先が無いことを確かめて、本を閉じる。
グリンさまに借りて読み終った本はこれで五冊目を数えられたことになるが、やはりこういった部分での好みは合わないと実感した。元々オレ自身そう読書家というわけでもないのだし無謀な試みだったのかもしれない。
青の表紙に印字されたタイトルは『春の夜の夢』。それなりに流行しているタイトルだということは後から知った。本を片手に歩いていた休憩中、周りの視線が好奇に満ちていたのもそのせいだろうと納得する。
「はっきり言えば良いと思うんスけどねぇ」
そもそもこの手の話というのは回りくどくていけない。
面を突き合わせて決闘よろしく、好きだと言ってしまえばそれで仕舞いだ。だというのにそれが最後の最後まで引き延ばされるから、なんというか、瞼が重くなるのも仕方ない。
思ったことをきっぱり言うほうがストレスもたまらないし、周りもぎこちない気を使わずに済む。
────そう、ここまでわかっているからには。
たぶんオレもいい加減、腹を括らなければならない。物語の登場人物にケチをつけるその前に。
◇◇◇
「グリンさま、ありがとうございました」
「あの、内容は
……
どうだった?」
本を返す時にどう言ったものか悩むのもこれで五回目だ。身を乗り出してくるグリンさまの瞳は期待に輝いている。とはいえ嘘をつくのも宜しくない。
「オレには合いませんでした」
今までと同じ返しをするとグリンさまの顔は見る間に曇る。オレのほうから貸してくれと言っておいてこれなのだから、萎れてしまうのも当然ではあるだろうけれども。
「あぅ。そうよね、男の人向けじゃないわよね」
「
…………
それで、思ったんですけど」
「なぁに?」
次の本を、という普段の流れを断ったオレを訝しむでもなく、グリンさまは純粋に話の続きを求めて小首を傾げた。悪意知らずのその瞳は、直視するには少々気まずい。目を逸らして、独り言みたいにして呟く。
「グリンさまは、騎士とか王子とかがやっぱり良いんですか」
「良い? えっと、そうね、どきどきするとは思うけれど
……
?」
困惑交じりではあったにせよ、返事はなるほど予想通りだった。ただでさえ好き勝手生きがちな魔族と悪魔族が集まるこの空間に騎士だのなんだのという前時代的なものがいるかどうかは別として、とりあえず本人の意向としてはそういうことらしい。
「
……
なら、あの話は断ったほうがいいと思います」
「あの話?」
「
…………
アルヴァさまからの話です」
言うと、グリンさまの白い頬が見る見るうちにポンッと燃え上がった。
◇◇◇
グリンさまの兄も調子を戻し、悪魔族も居候どころか古くからの馴染みとして見慣れたころ。アルヴァさまはたまたま畑に立ち寄ったグリンさまと、土壌の具合を見ていたオレを交互に視界に止めて、ちょうどよいとばかりに言ってのけた。
「そういえば二人とも、婚約はいつごろにするんだい?」
「
……
は」
────何を言ってやがるんスかこのやろう。と。
言いかけた口を縫い留めたのは我ながらよくやった。あの方は、というかブラックさまを含めた今代の領主はどちらも違った方向で話が突飛に過ぎる。
年齢差がどうこうだの、悪魔族のグリンさまと魔族のオレでそれをやると各々の種族の垣根が混濁して政略結婚めいた話になる自覚の有無だの、政経絡みかねる話題を天気の話のようにするもんじゃないだの、そもそも婚約よりまず交際だの。言いたいことが山ほど浮かぶせいで、取捨選択するのに時間がかかる。そのせいで言葉を発するのはグリンさまのほうが早かった。
「お、おおおおお伯父様!? あの、そういうのは、その、早いと思うのっ!?」
「でもねぇグリン、変な虫がつくまえに早めにね」
「あうあう。けど、えっと、あう、」
グリンさまとて反論は多々あるだろうが、困惑しやすい彼女の頭はすっかり茹でだこのようだった。答えを求めてきょろきょろと動く視線がついにはオレに向けられてしまう。しかしオレのほうもこういうのは
……
こういうのばかりは、どうも慣れない。
「あー
…………
アルヴァさま。そういう話は本人の意思がまず大事だと思うんですが」
「えっ。シルバーくんはグリンが嫌なのかい!?」
「いや、そうじゃ」
「嫌!?」
「人の話は最後まで聞いてもらえないっスかね!?」
髭を蓄えるような年代の男にずいずいずいずいと寄ってこられるのは遠慮願いたく、慌てて制止する。一応止まってはもらえたものの期待を込めたまなざしは向けられたまま。次の言葉を出さないといけない雰囲気なのだが、どうにも上手い言い様が出てこない。とにかく否定しなければと思ったところで、
「
………………
きゅう」
引き合いに出され続けたグリンさまが急に、謎の奇声を発してぐらりと傾いだ。とりあえず支えるは支えておく。
が、それがどうも相手の混乱に拍車をかけたらしく、身を離したと思えばあうあうと言葉にもならない支離滅裂なことを口にし始める。聞きとるのも苦労するそれを理解するのは早々に諦めた。割り込むように名前を呼んでやる。
「グリンさま。」
「なななななっ、なぁにっ!?」
「
……
大丈夫ですか?」
「えっ、ええ! へいきよ、平気
……
」
とても平気そうには見えないが、本人が言うのならと支える手を離す。するとグリンさまは火照った頬を両手で抑えるようにしてから、
「お、伯父様、シルバーさん! わたし、えーとえーと、そう! ラズベリー、に。わたしラズベリーにね、用事があったと思うの! だからね、あの、お話はまた、今度ね!」
そりゃもう混乱していますと言わんばかりの口調で言うだけ言って、ぱたぱたと駆けだしてしまった。本人にとっては全力疾走らしい、わりと遅い速度で。
「転ばないよう気を付けるんだよ~」
アルヴァさまはアルヴァさまでのんきにそんなことを言っていて、なんとも張り倒したかった。
◇◇◇
結局そのあとすぐにコバルトが飛んできて、領主同士の今後の会議だので話は一度お開きになったのだが。
一度出てきた話が無かったことになるはずはなく、まあおそらくというか絶対に食堂かどこかであの軽妙なシェフの口を通じて広まるに広まり、尾ひれも背びれも付きまくって話は壮大になっていった。
あのしち面倒くさいシグマに話を気取られる前に火消しが済んだのは幸いだった。一方で部下がいっそう委縮するようになり、気分としては悪くないながらも効率は悪い。
何より困ったのは話しかけるたびにぎくしゃくと首を動かす、すっかり挙動不審になってしまったグリンさまの態度だった。無理して話しかけることはないのだし向こうが避けると言うのならそれはそれで終わる話であるはずだが、困ったのは余った野菜を誰に分けるかという問題であり。それまで渡していた相手とは別の相手に渡すとなるとこちらからも相手を避けているように見えるのではと余計なことを考えたりもして。
なんとか話の種にと思って、ふと目に付いたのがグリンさまのよく持ち歩く本だったというわけである。
読書感想会を口実に、距離感は心地よい形へと徐々に戻っていった。それでも婚約話はどことなく二人の間で不可侵となっていた話でもあった。特にグリンさまがアルヴァさまが同席している時は自然と足も重くなったものだから、自分でも抵抗は相当だったのだろう。
けれども、見ないふりをし続けるのは想像以上に気を遣う。決着をつけるべきだった。本の中で行きつ戻りつをする登場人物達の背を蹴り飛ばすその前に、まずは自分が動くべきなのだ。そこに気付くまで約五冊分の余暇を使いはしたのだが。
「
…………
アルヴァさまからの話です」
真っ赤になったグリンさまは、やはり想定通りと言うべきか、慌てて言い募る。
「えっと、あの。伯父さまが言ってたのもね、本気じゃないと思うの」
「いえ。冗談で言うならそれはそれでどうかと」
「あう、そうかもしれないけど
……
」
うつむくグリンさまを見ると口を止めるべきかと一瞬ためらわれる。が、言うべきことはやはり言わねばならない。
「婚約の件は────グリンさまからも強く断ってください」
端的にそう言うと、緑の瞳がはっと瞬いた。
その奥をあえて見ないようにしながら早口で続ける。
「結局あの時も、噂が独り歩きして事実になりかけましたし。オレはアルヴァさまにも部下達にもさんざ言ってきたので」
「
……
でも、」
「なにか?」
尋ねておきながら言わせないようにと務めた態度は効果的で、グリンさまは一度言葉を区切った。そして返した本を盾にするようにぎゅっと身体の前で握りしめる。
「う、ううん。そうよね、シルバーさんにも迷惑だものね」
「まず困るのはグリンさまのほうかと。それにそういう
……
まあ
……
婚約だのは、周りに急き立てられてするもんでもないと思うので」
「うん
…………
」
頷きはするものの、話は終わり、と切り上げるにしては物言いたげな空気がオレを引き止める。グリンさまは否定をするのが苦手な
性質
たち
なのだろうから難しいのかもしれないが。
痺れを切らして念押ししようとしたところで、か細い声がようやく静寂に穴を開けた。
「あのね、シルバーさんは
……
」
「はい」
「シルバーさんは、結婚とか恋愛とか、どう思うの?」
「
………………
」
一拍、二拍、三拍。
間をたっぷりと開けて、それでもぱっと答えはでない。しいて言うなら、考えたくはない。
良い歳した男が浮ついた話なんて今さら、と切って捨てるのは簡単で、しかしそう突き放したってこの好奇心旺盛な方は納得してくれないだろう。
「難しいですね」
「
……
そう、なの?」
「はい」
何の答えにもならない言葉を挟み、その反応を見る余裕すらないまま物思いにふける。
◇◇◇
恋愛、というのはまあ、少なくともグリンさまにおいてはああいうまどろっこしくて甘ったるくて夢見がちなものなのだろうから、そういう観点で考えるとして。相手役にどうにも思い当たる人がいないので、仮に、まあ一応万が一の仮にグリンさまを当てはめるとして。
物語の騎士のように、心優しき王子様のように、貴女を一生守ってみせる、というこっぱずかしい台詞を実際口にするかどうかは別にしてもだ。
────責任持って彼女を守る、ということならできると思う。
突然空間がボンっと破裂するだとか領主の魔法だとかいった天変地異じみたものには流石に勝てやしないので、あくまで“おそらくは”“できる限りは”等々の注釈はつくだろうが、可能か不可能かでいえば“おそらくは”可能だ。
ただし厄介なのが「一生」という響きであり。そこにかかる言葉が「オレ」なのか「貴女」なのかで意味合いが随分変わってしまう。
さすがに、短い時間全てをもらうのは、贅沢がすぎるだろう。
なので、あまり。
◇◇◇
「責任を取れる気がしないんスよねぇ」
結論だけをぽろっと零せば、グリンさまは真意を問うようにじっとオレを見つめてきた。とはいえ補足をしようにも、その一言が全てである気もする。とりあえず想うところを表に出そうかと、唇を開ければ意外と滑らかに動き出した。
「オレといて幸せに、ってのはなかなか想像できないですし。かといって幸せにしてやるっていうのも、ちょっと」
「
…………
」
「一応食い扶持はなんとかできるにせよ、オレは魔界を離れる気無いんでその辺り飲み込んでもらわないといけませんし
……
」
「
……
ふふっ」
伝えるというよりは考え事を呟くようにつらつらと続けていると、ふと小さな笑い声が差し挟まれた。驚いて見返すと、グリンさまはごめんなさいと口では言いながら、それでもにこにこと笑い続けている。
「
……
なにか、変なこと言いましたか」
自然と眉間に皺が寄るのは隠せない。昔のグリンさまなら怯んでいたであろうこんな表情も、今の彼女はふんわりと和らいだ笑みで受け流す。
「ううん、あのね。シルバーさんって優しいなあって思ったら、なんだかおかしくなっちゃった」
「
……
はぁ」
優しい。時折グリンさまはオレをそう言うが、単純に相手の人柄がオレを介して反射されているだけじゃないかと思う。少なくとも今しがたの話に優しいなんて要素は無かったような気がする。
怪訝な視線が通じたのだろう、グリンさまはオレの声ならぬ疑問に返すようにこう言った。
「幸せにしたいって思ってくれるだけで、きっと思われた人はすごく幸せ者なのよ」
「
………………
」
そういう、もんなんだろうか。
柄にもなく幸せの定義を考え出したオレに、グリンさまはいとも簡単な答えを提示してくる。
「それにね、恋愛って多分そんなに難しいことじゃないと思うの。
一緒にいたいから、一緒にいる。実はそれだけなんじゃないかしら」
その、答え。
合間を縫って読んできた話がピースになってかちりかちりと嵌っていく。
例えば、敵国同士の王子と王女が夜闇の中で駆け出したのは。
例えば、身分違いの姫と騎士が想いを告げられなかったのは。
例えば、亡国の生き残りと孤児のお針子が互いの出会いに感謝したのは。
例えば、余所へ旅立った魔女が吸血鬼の元へ再び帰ってきたのは。
例えば、例えば────
なるほどグリンさまの恋愛観はあれらを元に成っていて、オレが何度も言いかけたように、回りくどく見えても根本はしごく単純らしい。
そういう、もんなんだろうか。
それほど簡単にしてしまって、いいんだろうか。
そんな気楽な気持ちで相手のこれからを奪い取ってしまうのは、許されるんだろうか。
オレよりずっとずっと短い先しか持っていない彼女は、それでも投げ出すことはなく、はにかみながら言葉を紡ぐ。
「こここここ婚約なんていうのは早すぎると思うからきちんと伯父様に話すけれど
……
。その、えっと。シルバーさんと一緒が嫌ってわけじゃないから、あの」
「
…………
」
「ね?」
黙ってグリンさまを見つめていると、続くはずの言葉は緩んだ頬の向こうで小さい吐息になって終わってしまった。
オレも、本当はビシリと言って否定してやるほうがグリンさまの将来のためだとか、一緒というのはいわゆるお友達の定義とどう違うのかとか、そういった言い訳めいた言葉の渦の中から自分の気持ちをピタリと言い当てる言葉を端的に声へ乗せようとしたのに、
「以前書庫で」
「
……
うん?」
前々から思っていた、シンプルとは程遠い提案がふと口から転がり出た。
発したものは止められず、なんだか操られるように唇が動く。
「グリンさまが好みそうな話を、見かけて。かなり古い本でオレも読んだことがあるんですが
……
今度は、気が向いたら」
グリンさまの小説の好みとオレの好みはどうにも違うらしいけれども、擦り合わせくらいはできるんじゃないかと。
行き詰りかけた本の貸し借りを無理やり繋ごうとする、オレの意図なんて読めないみたいに正面からグリンさまはぱぁっと花のように笑う。
「ほんとう!? わたし、すぐでもいいから読んでみたいわ!」
まだ本を手にとってすらいないのに、グリンさまはもう見知らぬ男女の恋物語へ意識を飛ばしたらしかった。思わず苦笑するが、その苦さが自分とグリンさま、どちらに向かっているのかはわからない。
とりあえず今のところは、たいへん悔しいことに、稚拙な計画を立てて共に居たがる紙片上の若者たちをオレもなかなか馬鹿にできないらしい。
────今は、まだ。
~END~
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