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ツキシキ
2023-07-01 22:03:50
117641文字
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★天使のうつわ・おばけと魔法とまとめ
13作品。「空想地球儀」作品の二次創作。
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GuestCastGhostWrite(おばけと魔法と)
シロク×フェルメール。
突然、世界からシロクさんが消えました。フェルメールさんだけが覚えています。さあ、二人は再び会えるでしょうか?
原作の自己解釈要素強め。フェルメールが精神崩壊する。前作「怖がり子どもは今夜こそ」を読むと小ネタが拾えます。
___________
シロクさんという人がいます。
身長は私より高くて、でも天井ほどではなくて、ええと。高いところのものは取れるけれどドアに頭はぶつけないくらいの高さです。伝わるでしょうか?
服装は、ニンジャショウゾクというものを着ています。どうも故郷の伝統服だそうです。
そうそう、ニンジャというのはシロクさんのご職業だそうですよ。ニンジャの方々はニンジュツという、自然現象に干渉するような
……
一般魔法に似た技を皆が使えるらしいです。シロクさんは中でも雷の技が得意なようでした。
あとは、よく口に木の枝を咥えています。
……
どうしてなんでしょう? そういえば私も気になってはいたのですが、癖のようなものとしか聞いていませんでした。今度お会いした時に、改めて聞いてみなければいけませんね。
ええと、それからそれから。シロクさんはバトルも強くて、私が動くその前に魔物はみんな倒されているんです。それにとても頼りになって、困ったと思ったちょうどその時、ひょいと手を差し出してくれます。
礼儀正しい人で敬語もきちんと使える方なのですが、お固いというわけではなくて、年下の子には気さくな口調で話しかけているのをよく見ます。面倒見もよくて、結社の皆さんやおばけさん達からも慕われているご様子です。
でも、にんじんは苦手なんですよ。ふふふ。少しだけ子供っぽくて、なんだかほほえましいんです。シロクさんには、内緒ですよ?
それで、それで、ええと。
これじゃあ全然足りません。ノートの頁を真っ黒に塗りつぶす勢いで書きこんでも、シロクさんを語るには足りないのです。
一番てっとり早いのは、本人に会ってもらうことだと思います。
だから、だから
………
シロクさん、早くおかえりを言わせて下さい。
◇◇◇
大きな雷が落ちたとか、総帥が倒れたとか、魔法遺産が消えたとか、世界がボンッと破裂してしまうとか。そういった不穏な兆候は一切無く、ある日唐突に、その事態は起こりました。
あえて不穏のしるしを挙げるとするならば、私が朝の準備を終えて部屋の扉を開けた時、いつものお迎えがなかったことくらいでしょうか。その時だって私は呑気にも、今日はお寝坊したのでしょうか、なんて気楽に考えていたのです。
総帥の隣にベルガモットさん、もう片側に私、足元にはもんぺちゃん。目の前に並ぶ長机には結社の皆さんがずらりと並ぶ朝礼の風景。そこまではいつも通りでした。
一つ異なるのは壁際、いつもの視界の端っこ。そこにいるはずの人がいないこと。
だから私は総帥のお話が終わってから、ベルガモットさんに話しかけたのです。シロクさんがいないだなんて珍しいですね、と。
「シロク? 誰だそれは」
「
……
え?」
こつんと氷が落ちるような心地でした。
でも、その時はまだ一雫。まさかシロクさんがわからないだなんて、そんなはずはありません。
ベルガモットさんは自分にも人にも厳しいので、時折ヒヤリとする喋り方をする時があります。シロクさんの雇用主でもあるからか、シロクさんにはことさら凛とした調子でお話をしている気もします。だからもしかすると昨日私が寝た後に何かがあって、少しだけ怖い冗談を言っているだけかもしれません。「あんな奴なんてもう知らない」と、そっぽを向いてしまう子どものように。
私はそう信じて、変に深刻ぶった声を出してしまったことを恥ずかしく思いながら、さらに重ねて言いました。
「もう、いじわるはやめてください。シロクさんですよ。今日はシロクさんだけ朝から別のお仕事だったんですか?」
「
…………
」
ベルガモットさんの返答はなく、奇妙な沈黙が落ちました。私の寒気はどんどん増していきます。けれど、そういった時に私の手を掴んでくれるその人自身がここにはいないものですから、私とベルガモットさんの間には、冷え切った空気が溜まるばかりです。
一つ、二つ、三つ。
ベルガモットさんはひとしきり考え込んだ後、きっぱりと言いました。
「
……
すまない、フェルメールの言っていることが本当にわからないんだ。私はシロクなんて奴に心当たりは無い」
持て余すような困惑が見て取れました。ベルガモットさんはそうやって切り捨てるような口調で言った後も、なんとか私の言葉から記憶を引き出そうと眉間にしわを寄せていました。だからこそ、私はついに血の気が引きました。
ベルガモットさんの言葉が理解できない
……
というよりも、理解するわけにはいかないというのが正しかったのでしょう。そしてそれは向こうも同じだったはずです。
「何かの勘違いかとも思ったが
……
その様子を見るに考えにくいな。まさか名前間違いなんてことはないだろうし、古い知り合いには
……
」
「ちが、違うんです。そんな、わざわざ思い出すほどではなくて、もっと。私達毎日一緒にいて、総帥のお仕事をこなしていて、だから、あの、」
ベルガモットさんから見れば私の言葉は支離滅裂だったのでしょう。それでも理解しようと頑張ってくれる姿はとてもありがたいものでした。けれども、そうやってベルガモットさんが懸命に私の言葉を汲み取ろうとするのを見れば見るほど、見えない氷は霰となって、全身を寒くさせるばかりです。
こんな、当たり前だったものが、急に。
何が何だかわからないまま舌をもつれさせていた私にベルガモットさんは言いました。
「
…………
一度整理をさせてくれ。まずはそのシロクとやらの特徴を何でもいいから言っていってくれないか」
「わ、わかりました」
ベルガモットさんは机に手早くメモ用紙を広げると、真っ黒なインクで初めに「シロク」と書きこみました。そして書き足す言葉を求めて私を視線で促します。こうして構えられてしまうと不相応なほどの大ごとになっているようで、なおさら気持ちは落ち着きません。「ああ悪い冗談だった」と笑い飛ばしてもらえればそれで終わりなのに。そんな淡い希望が私の中からは消えてくれません。
そもそもシロクさんの特徴と言われても、なまじ長く一緒にいたせいか、言葉にするのは難しいことでした。改まって説明しようとするとどこから始めればいいのかわからず、話は行ったり来たりして、余計な思い出話が交錯したり私の感想が飛び出てきたり。脳裏で鮮明に表れるこの像をそのままお伝えすればできればどれだけよかったことでしょう。
それでもベルガモットさんは聞き上手で、私の拙い話から情報をなんとか読み解いてくれました。メモ用紙はシロクさんの情報で埋まり、隅にさらさらと描かれた似顔絵は何度も質疑応答を重ねることでシロクさんらしい人へと近づいていきました。
でも、シロクさんの形が明確になればなるほど、恐ろしい未来は膨らんでいきました。
だって、そうして出来上がったシロクさんの似顔絵を見て、ベルガモットさんは、
「
……
フェルメールの言わんとすることはわかった」
そう、納得のいっていない顔で答えたのですから。
◇◇◇
シロクさんはいます。確かにいます。
けれどもそれを言い張ったところで水かけ論というものです。何よりそうやって言い合いになることは私もベルガモットさんも望んでいません。となればひとまずは客観的なところから話を始めるべきなのでしょう。
二人の意見が合わない、となれば、単純に考えて思い浮かぶのは三人目です。もう一人の意見を聞いて、わかりやすく多数決。勿論事態はそう単純でもないでしょうが、とにかく私は、総帥にまず話を持ちかけようと提案しました。ベルガモットさんは渋った顔つきではあったものの、ここでの問答は時間の無駄とばかりに総帥の部屋へ足を速めてくれました。
それでも、総帥の答えは簡素なもので。
「総帥はそんな人知りません!」
ひたとも揺るがないそんな一言で全ては結論づいてしまったのです。
だからといってたとえ、たとえ総帥の言葉であったとしても、そうですかと頷くわけにはいきません。
たくさん話をしました。通りすがる結社員の皆さんを捕まえて、シロクさんについて尋ねました。
声をかけた人を指折り数えて、数えきれなくなってきて、私の拙い問いかけを遮るように初めからベルガモットさんが声をかけるようになって、要領よく数をこなしていく聞きとり調査はそのうち流れ作業のようになってきて、しまいには私なんて後をとぼとぼと付いて行くばかりになってしまって。
初めは些細な思い違いや冗談だとばかり思っていて。いいえ、思いたくて、大ごとになるのを避けたかったのですが、こうなってしまってはいっそのこと大問題になって欲しくもありました。大々的に会議を開いて、シロクさんはどこに行ってしまったのかと議論を重ねたくもなるところです。だというのにそもそもの大前提が噛み合わないのです。
最後に聞き取りを終えた結社の方が、私達の問いかけに首を傾げたところで、ベルガモットさんはくるりと私の方へ向き直りました。
「フェルメール。納得、してもらえただろうか?」
多数決は子供でも理解できるほど残酷でした。でも折れてはいけないたった一つのために私は食い下がりました。
ベルガモットさんを困らせている自覚はありました。それでも彼女が黙って話を聞いてくれるのに甘えて、私はシロクさんの話をたくさんしました。あちこちの遺跡で魔法遺産を取りに行ってもらったこと、故郷がずっとずっと遠くにあるらしいこと、そもそもベルガモットさんに雇われてこの結社に居ること。
私が息を切らせて言い終えると、ベルガモットさんは口元に指を添えて少しばかり考え込みました。そして、シロクさんが雇われ人だという点のみを取り上げて、
「厳密に結社員でないなら名簿には載っていないだろうな」
そう答えました。そこで私はようやく、シロクさんという人が、何一つ“記録”に残っていないのだと気付いたのです。
彼を表すものは私の言葉と、私の言葉を元にベルガモットさんが描いた似顔絵一枚きりでした。
そして私の言葉が尽きた今、シロクさんを証明できるものはもはや何一つありませんでした。
曖昧な弾を撃ち尽くした私を、ベルガモットさんは柔らかな口ぶりでいたわってくれます。
「きっと疲れているんだ。
総帥
アイツ
に押し付けられている仕事はこっちで引き受けるから、しばらく休むと良い。ここ最近はおまえ一人で魔法遺産を探しに行ってばかりだったからな」
「
……
いいえ、一人ではなくて、シロクさんとでした
…………
」
「ああ。
……
そうだったな。とにかく、部屋に戻れ。私も考えておくから」
何を考えておくのか、追及する気力はありませんでした。シロクさんを放って休むだなんて、と思いながらも、途方もない遠くへ当てもなく飛び出す、なんてことできっこないのも事実です。
────フェルメールさんは一度にムリしすぎです。たまには休みましょうよ。
いつだったか、遺跡に座り込んでゆるゆると笑いかけてくれたシロクさんの声が、ふと脳裏に蘇りました。そう、確かあの時はおべんとうを広げて、食べていたら魔物がわあっと押し寄せてきてあたふたと。
つい零れたはずの微笑みは、何故だか頬がぎこちなく引き攣れて、私を不安げに見つめていたベルガモットさんの眉間の皺はなおいっそう深くなりました。思い出せば微笑みになる記憶も、共有できる人がいなければ虚しいばかりです。
「
……
休めそうか?」
ベルガモットさんの問いかけに、私は誤魔化すように改めて笑顔を作り直して、
「そうすることにします」
と答えました。
ほんとうは、ベルガモットさんの言葉にではなく、
記憶の中で再生されるシロクさんの声に答えたのかも、しれませんでした。
◇◇◇
寝つけないはずの私の意識は、予想に反してすとんと眠りに落ちました。色々と混乱して頭が疲れてしまっていたのかもしれません。
夢を見ました。その夢にシロクさんが出てくるのも自然な成り行きでした。
確か、シロクさんの服を掴んだような気がします。シロクさんのことが誰にも通じないのだと泣いた気がします。こっちに来て下さいと、お願いした気がします。
「いやいやフェルメールさん。俺はここにいるじゃないですか」
口元の木の枝を揺らしながら、シロクさんは平然と笑ってくれました。私の心配や、今日の事件だなんて、まるで些細なことのようでした。私の中の大問題をさらりと整頓してくれるその口調は、本当にいつも通りのシロクさんでした。だから、私も安心して言ったんです。
「そうですよね、シロクさんがいないだなんてそんなわけは
だから、起きることはかなしいことでした。
朝礼、視界の隅、壁の端っこ、居ない人。目が合うと少し首を傾げて私を気にかけてくれる人は今日もいません。
記憶操作の類だろうか、と、悩んでくれるベルガモットさんと混合魔法の話もしました。数少ない魔法遺産を掻き集め、数字の羅列の海にシロクさんの足跡を探そうともしました。
そしてそれらは結社の効率という意味で言うならば全くの徒労でした。
────フェルメールさんは一人で抱え込みすぎなんですよ。
記憶の中のシロクさんはそう言ってくれますが、皆さんに迷惑をかけてばかりいてはいけません。
代わりに、長めのお休みをもらいました。遠出の準備をして、いくつもの空間渡しの舟に揺られました。今までシロクさんと調査に行った遺跡群をしらみつぶしに当たりました。いつシロクさんが見つかっても良いように二人分のおべんとうを常に用意しましたが、空になるのは片方だけでした。
シロクさんの居ない日は背後から不安と焦りが追い立ててくるものだから、一日がとても早く過ぎ去って行きました。カレンダーが何枚も捲れていき、シロクさんのいない空白が積み上がって行きました。
◇◇◇
不思議と夜は穏やかでした。記憶の虚像でなく、薄ぼやけた実感としてシロクさんに会える唯一の時でした。
────楽しい夢をみれますように。
そんなお
呪
まじな
いは、いつの間にか言葉を変えていました。
────今日もシロクさんに会えますように。
それは私に残された最後の祈りのようなもので、祈る先すらわかっていませんでしたが、それでもシロクさんは毎晩律儀に夢へと現れてくれました。目覚めると曖昧に溶けて消えていってしまう、霞のような再会でしたが、それでも近頃の私にとっては唯一安心できる時でした。
時折、夢の記憶と思い出とが緩やかに混ざり合いました。
例えばあのとき、先を歩いていたのはシロクさんでしたっけ。私がこけたのを支えてくれたような気がして、それともシロクさんの背中にぶつかってしまったんでしょうか。
確認する相手がいないので、私は夢の中のシロクさんと答え合わせするしかありませんでした。シロクさん自身も覚えていない時がありましたが、「まあいいじゃないですか」とあっさり流してくれるシロクさんのおかげで、私の記憶違いも些細なことのように思えたから、結局のところは安心でした。
けれども、目覚めるとまた不安が沸き起こります。
………………
夢の中のシロクさんまで居なくなってしまったら、どうすれば?
早鐘を打つ心臓を宥めるように、隙間風で飛ばされて舞い降りてきた紙がありました。流麗な筆跡の三文字と、私の記憶を形に直すような似顔絵。それは以前にベルガモットさんが描いてくれた、確かなシロクさんの証でした。
ふと思い浮かんだ名案は、もしかすると見えない彼からの囁きかけだったのかもしれません。
────“思い出す”ことでしかシロクさんに会えないのだと言うのなら、それを形にしてしまえば。
幸いにも文章を書くことは苦痛ではありませんでした。むしろ自分の思い出がどんどんと目に見えて量として溜まっていくのは爽快でもありました。筆が乗ってくると少し気分も高まって、誇張したり飛躍したりしかけましたが、そこは人に見せても支障が無いようにぐっとこらえました。だってこれは、シロクさんの存在証明書になるのです。
私の記憶の至らないところは、夢のシロクさんが補強してくれました。いっそシロクさんに添削して欲しい気持ちもありましたが、現実の物は夢へと持ちこむことができません。ですから、夢の中での会話も“今の思い出”として書き記していくことにしました。
机に向かう時間と、ベッドに潜り込む時間が、今までよりもずっと増えました。
それだけシロクさんと出会える時間が増えるということでした。
◆◆◆
ザッ、ザザザッ、ザー
……
。
雨の音かと思ったが、それにしては耳に障る音だった。紙の擦れる音を極端に大きくしたような、何やらどうにも不快な音だ。砂嵐の音にも似ているかもしれない。いつぞや、フェルメールさんと行った砂漠の遺跡が思い出される。
ポンと浮かんだ人名に、オレの目はパチリと覚める。いつも傍で見てやらないとどこで怪我するやらわかったもんじゃない、危なっかしげなその人。あまりにわかりやすいはずのその気配が近くに感じられないものだから、オレは慌てて身を起こす。
「フェルメールさんは!?」
そんで、起きると同時に目を開く。開くことで閉じていたことに気づく。けれども開こうが開くまいが結果は同じだった。
なにせ周りが暗闇なのである。
夜闇かと思ったがちと違う。その闇は時折赤やら緑やらの波線を描いて歪む。夜に入る暗い蒼。横揺れを起こした視界のような、安定しない蒼。色が歪むたびに嫌な音はさらに大きく響く。あちこちで瞬く星屑もこうなりゃ星とは言い難く、ともあれ全てがうさんくさい。
そもそもオレはどう立ってんだ。
よくよく周りを見れば、光る粒達がゆったりとした速度で上へ上へと昇っていた。足を踏ん張る面もなければ、手で掴むものもなく、まあ言うなればオレは落ちていっているんだろうが、どっから落ちてどこへ行ってんのかそれすらよくわかりゃしない。
「フェルメールさーん?」
無意味と薄々感じつつ、とりあえず大声で呼びかけてみる。やらぬ諦めよりやる諦め。当然声は返って来ず、こんな妙ちきりんな場所にフェルメールさんがいなくて良かったよなあと思うなどしてみる。あの人がいたならそりゃもう慌てふためいて、オレの服の裾やらをぎゅぅと一掴みして、身を縮こまらせるに決まってる。それはある意味役得ってもんで、ちょっとばかし嬉しいやもしれない。
「おや?」
「ん? おお!」
声に釣られてふと顔を向ければ、羽根付き目玉ことテリムがそこにいた。かっぴらいた眼は間近で見るとなかなか得体が知れないものの、短いなりに知り合いなもんだから、むしろほっと息がつける。
「よー、久しぶりじゃん。元気だったか?」
「とんでもない! もう酷い人に、人に? 虐められて辛い日々ですよー!」
人、って単語に疑問符がつくこと自体謎だが、目玉のお仲間でもいるんだろーか。ともあれテリムはくるくるとオレの周りを旋回し懸命に訴えかけてくる。
羽根さえ生えてりゃこんな場所も自在だわな。そんな空想をしつつ聞き流す。
「んで、そちらさんはなんでこんなとこに?」
「えーと、
…………
なんででしたっけ?」
「いやオレに訊かれてもなー」
テリムは全身で半眼になってうんうんと唸りだす。そしてそのまま瞼を瞑り、ひい、ふう、みい。
………
十まで数えて待ちぼうけ。
「寝てないかー?」
声をかけた途端、テリムの目がカッと見開かれる。身を引きかけるも壁床無しの空間じゃ難しい。
来るだろうと予測していた「寝てませんよ」という抗議はしかし、一切無かった。それもそのはず、一目で異常は見てとれた。異形めいた鈍い紅の色を見せていたテリムの瞳は、斑のような色に変わっているのだった。
訝しさに眉を寄せたそのタイミングに合わせるように、相手も声を発する。
「ゲストハオ帰リ頂ク時間デス」
「
……
はい?」
ザァ、と流れ続けるこの空間の雑音を、そのまま人の声にしたかのような、聞きとりづらい声だった。けれどもオレが聞き返したのは何も聞きとれなかったからではない。
「ゲスト、イコール、オマケデス。船ニ全テハ乗リマセンカラ」
「急に何の話だ?」
「容量オーバー、デス。彼女ハ全テヲ運ビマス。デモ、余計ナモノは乗セレマセン」
「
…………
はーん。よくわからねーけど、オレが余計なもん扱いされてんのはわかったぞ」
理解不能な言葉が並び立てられ、わからないなりに軽く返す。それで話も軽々しく無かったことになれば良いと思いもしたが、相手は想像以上に重々しい声で返してくる。
「イイエ。アナタハ大切ナ乗客デシタ。デスガ、境界線上ノ人ハ、扱イガ厄介ナノデス。世界ニ世界ガ重ナレバ、読ミ解クノガ難シクナッテシマイマス。役ハ一人ニ一ツデス」
「
…………
」
「読ンデモラウタメニ、コチラモ必死ナノデス」
目玉相手だもんで表情らしい表情は感じとれないが、声には真剣味が帯びている。だからオレもそれなりの態度で返したいところ、と言っても、話の半分もわからない。
「あー。なんだ。とりあえずまあ、オレは結社に帰りたいんだけども?」
言いながら直近の記憶を探る。浮かぶのは結社に寝泊まりしたところまで。結社の朝会で居住まいを正して立つフェルメールさんを見守る、それがオレの役割であり、本来続いていた日常の形だ。だから、いつもの世界に帰ることが何よりの優先だ。
オレのぶったぎるような言葉に、相手も端的に返してくる。
「アナタモ迷子デスネ?」
極めて明確な断言だった。今のオレの状況は確かに迷子と言えなくもないだろうが、どうもこの相手の言葉はどれも含みがあるように聞こえて、はっきりした答えを返すには躊躇いが生まれる。自然、黙るオレに言葉の羅列が浴びせられる。
「望ムノナラ帰スコトモデキマスガ、戻スコトハ、デキマセン。ゲスト、
≠
ノットイコール
、キャストデス。新シイ動力ハ既ニ生マレツツ有リマスカラ、ソコデナラ、貴方モキャストニ成ッテイル、カモシレマセンネ」
「
………………
つまり、何だってんだよ」
「要約スルト、」
難解な言葉の渦が不意に途切れ、身体が浮かび上がるような錯覚がする。前へ前へと流れていた星屑に近い瞬きが、唸りを上げるように後ろへ巻き戻って行く。戻れないと言った謎の言葉とは裏腹に、オレは追い立てられるように先へと押し上げられる。
「初メテノ絵本ニハ、読ミヤスイ物ヲ選ンデアゲタイノデス」
言いたいことを言うだけ言って、目玉は瞬きを一度。開いた眼の色は見慣れたくれなゐに戻ってしまう。なもんだからオレは、謎の声に言いたかったこと一つを言いそびれてしまったのだった。
そいつはちょっと過保護じゃねーか、なんていう一言を。
◆◆◆
水風船が破裂するように、不可思議な縁日は終わる。
途切れた雑音の後、弾き飛ばされるようにオレは瞼を開けた。
いつの間に目を閉じていたのやら、開けて気づけば目の前に見慣れた女性が居た。会いたかった人、ではない。その人より何十倍もおっかない人だ。ギロリとオレを睨みつけているその瞳は鋭く尖り、正体不明の羽根目玉よりこれまた何十倍も気迫がある。
「おい、ぼーっとするな。これからが顔合わせだぞ」
「
……
顔合わせ? 何言ってんですかベルガモットさん」
「それはこちらの台詞だ。もう一発必要か?」
ベルガモットさんはそう言いながら、スナップを利かせるように手首を振ってみせる。先ほどの破裂音はどうやら平手打ちだったらしい。ふと自分の頬に手をやればほんのりと熱を帯びている。普段のオレだったら避けているはずが、寝起きのせいか。いや、そもそも寝た覚えもないんだが。
ひとまず、今にも腕を振るいそうなベルガモットさんに「遠慮します」とだけ答えて、素直に足を進める。どうやら今は結社に向かっている最中だったらしい。
いつもの朝から今現在まで。ベルガモットさんとここにいる経緯がとんとわからない。誰かに盗まれたかのように、記憶にぽかんと空白ができあがっている。とはいえ、あの妙な空間を上手く説明できる自信は無い。ベルガモットさんの機嫌も悪いようだし、何より得体の知れないものを深く追求するのは気が引けた。何事も深入りは避けるに限る。
まあこうして無事に帰ってこれたわけだから、別段問題は無いだろう。楽観的にそう考えて、口元の枝をぷらぷらさせる。
何はともあれフェルメールさんだ。
結社の扉をくぐり、黙々と歩みを進める。見慣れた結社の一人にひょいと手を挙げて挨拶すると、怯えるように隠れられてしまった。ベルガモットさんの不機嫌の怖さは誰もが知るところだから、仕方ないと言えば仕方ない。
そうこうして着いたのは、フェルメールさんの部屋の前だった。ベルガモットさんがノックをすると、柔らかい声がどうぞと呼びかける。
「あれ、珍しいですね。いつもならフェルメールさん、研究室でてんやわんやしてるだろうに」
「
……
? 良く知ってるな。事前調査でもしてきたのか?」
「はい?」
「まあいい。さ、入るぞ」
部屋に足を踏み入れるとそこは、見慣れた一室。部屋の隅に添えられているプランターと小ぶりな花、ぎっちりと詰め込まれた本棚、和やかな香り。
ただ見慣れないのは一点、フェルメールさんだ。まずいつもの黒頭巾姿じゃない。ゆったりした服装に変わりはないが、まるで寝巻のような姿で、目もどことなく蕩けている。まさに今起きたばかりというような風体で、椅子ですらなくベッドに腰かけてこちらを見つめていた。
態度や礼儀に敏感なフェルメールさんが人を招き入れるのに、こんな気の抜けた格好をしているのは珍しい。うっかりならまだしも、今のフェルメールさんは別段身の着を整える様子もなかった。ただ、膝上に乗せたノートを撫でながらこちらに視線を向けている。
────おはようございます、シロクさん。
そんないつもの挨拶が聞こえないことに少しばかり戸惑う。ぽかんと空いた記憶の隙間で、オレは何かやらかしたんだろうか。跳ねる心臓を取り繕う。オレが動揺していると、この人はもっと混乱してしまうはずなので。
「どうも、フェルメールさん。今日は寝坊ですか?」
「いいえ、そんなことはないですよ。ええっと
……
?」
フェルメールさんはオレが話しかけると、何故かきょとんとした顔をした。そして何かの答えを求めるように、ベルガモットさんへ目を向ける。ベルガモットさんはそれを受け、当然のように返す。
「ああ。こいつが今日からお前の世話役になる、“
……
”だ」
「へ?」
ベルガモットさんの流暢な一言は、あらゆる疑問符を生み出すにふさわしかった。
ザッ、ザザザッ、ザー
……
。
差し挟まれた、雨音よりもずっと不快で不気味な雑音が、嫌な予感を助長する。
断崖絶壁の中にある唯一の足がかりを掴む想いで、まずは一つ目の疑問符を言葉にする。
「今日から、って。何言ってんですか、オレは前からフェルメールさんの護衛でしょう」
「とまあ、妄想癖持ちの奴だが、腕は立つし根は良い奴だから安心するといい。何かされたら言いなさい」
「はい、ありがとうございますベルガモットさん」
疑問は斬って捨てられる。フェルメールさんも共に抱くべき不和は何故か無かったことになった。
冗談やめてくださいよ、と気楽に言う勇気はなかった。言って、首を傾げられてしまえばそれで全てが確定してしまう。だからオレはそっと場に合わせた苦笑をしながら、二つ目の疑問を口にする。
「それに、オレの名前、間違えてますよ。オレは、」
自分が呼ばれるための三文字を、口にしようとして止まる。声がでないわけでもない、忘れたわけでもない。不都合は何一つ無いはずなのに。
「“
………
”だろう?」
「よろしくお願いしますね、“
………
”さん」
フェルメールさんはにこにこと笑いかけてくる。たぶん、本当の意味でのオレに対してではない笑顔で。
妖か狐か狸か、原因が居るのなら今すぐにでも首を絞めてやりたいくらいだった。けれど一方で、この、木の幹がひび割れてしまったみたいな違和感は、もう木が枯れ落ちるまで消えてなどくれないんだという想いもした。
たった一つを除けばいつも通りなんだ。
そのひとつが、重大過ぎるだけで。
しっかりと床はあるはずなのに足場が抜け落ちてしまうような錯覚がする。そんな中、ベルガモットさんはドライってなくらいの態度でオレに命を下す。
「せっかくだから二人で話しておくと良い。“
………
”には後で施設の説明をするから、落ち着いたら一階で待機していてくれ」
「
………
りょう、かい」
あらゆる疑問をさておいて辛うじて拝承できたのは、ベルガモットさんを突いても何にもならないと直感したからかもしれない。厳密に言えばフェルメールさんとてオレの疑問の答えなんて持っていないのだろうが、突き詰めるべきは────否、わかって欲しいのはフェルメールさんに他ならなかった。
「そうだ、“
………
”さん。せっかくなのでお尋ねしたいのですが、いいでしょうか?」
フェルメールさんは花のように和やかな声で、オレをオレじゃない名前で呼ぶ。嫌な雑音がフェルメールさんの唇から零れ出ることにたまらない嫌悪感が湧き起こる。それはオレじゃないんだと叫びたくなる。
でも、そんなことをしては、泣かれてしまうのが目に見えているので。
「なんですか、フェルメールさん?」
この期に及んでオレはモノ分かりの良い、優しい人を演じてしまう。まだ空気を壊したくないと、この崩れ切った日常を続けようとしてしまう。
そんな付け焼刃の優しさを突き崩すように、フェルメールさんは無邪気な刃をオレに向けてきた。
「あの、シロクさんってご存知ですか?」
その呼び方は。
その名で呼ばれるべきなのは。
大事なその
役
キャスト
名は────
「“
………
”さんはなんだかよく似ているんです、だからご親戚かと思いまして。
似ていると言っても、どんな顔だったのかもう思い出せないのですが、それこそシロクさんに聞けばわかるんでしょうけど、シロクさんにはまだ会えない時間なので、ええと。でも似ているはずで、ベルガモットさんが描いて下さった絵があるので。
そう、ベルガモットさんは絵がとてもお上手なんですよ!
それで、大事にしていたんですが、その、今のシロクさんが怒るんです。昔のシロクさんより今のシロクさんが大事だとシロクさんは言うのですが、私はシロクさんが忘れられなくって。なので初めてお会いする方にはシロクさんのことを聞いて回っているんです」
理路整然からは程遠い話しぶりは、フェルメールさんらしいものだったけれども、中身は理解の範疇を超えていて、オレは自分から遠く離れてしまったオレの影に縊り殺されているかのような心地だ。
「
……
、フェルメールさん」
茫然と名前を呼ぶ。名前、そう、フェルメールさんがフェルメールさんであることは何も変わらないというのに。
オレの反応が芳しくないのを見て、フェルメールさんはぱたぱたと手を動かしてから、初めから膝上に置いていたノートを改めて手に取る。
「あっ、そうだ、名前だけだとピンと来ませんよね。ここにシロクさんのことを書いているんです。でも最近は寝ぼけながら書いてしまっているので
……
待って下さいね、私の字では読みづらいと思うので、少し読み上げてみます」
フェルメールさんがこうして多弁になる時は、うろたえている時か、緊張している時だ。そんな時はオレが落ち着きましょうと声をかけて、手を添えて、肩の力を抜いてもらって、それでなんとかするべきだ。けれども今この時ばかりはそれができない。だってオレは、“オレ”は、まだそこまで親しくない。そんなはずはないけれど、確かに。
フェルメールさんはオレの知ってるフェルメールさんなんだ。だからオレだって、オレが生まれた時からオレのものにしてきたオレ自身のはずなんだ。なのにどうして、
「では、読みますね。シロクさんという人について!」
フェルメールさんはどことなく嬉々として、講義を始める。
膝上の、数多の文字で真っ黒に塗り潰されたノートを見ながら。
◇◇◇
シロクさんという人がいます。
身長は、ええと、確か私よりは高かった気がします。
服装は、黒っぽくて。紫色で? ベルガモットさんのローブよりは暗い色だった気がするのですが、よくよく考えると、真っ赤だったかもしれません。そう、ローブ? だから。布地が多かったので、ローブを着ていたのかもしれません。
ご実家がずっとずっと遠くにあって、私は実際に行ったことがないのですが、日差しが良くて静かで花があって暗くて雷の鳴る素敵な場所でした。行くたびに風景が変わるのでいつも驚かされます。
そういえば、シロクさんに会ったら聞いてみたいことがあったんです。でも、忘れてしまいました。忘れてしまったということは些細なことなので、気にしなくてもいいということです。悩み過ぎるのは私の良くないところだと、シロクさんはよく教えてくれます。
それと、そう。シロクさんはとても頼れる優しい人なんです。私が大事な大事な思い出を思い出せなくなった時も、気にしなくていいと笑ってくれるので、私は安心して忘れることができて、
あれ?
でも忘れてはいけないので書いていて、シロクさんがいなくなると不安なので
……
、
……………
こわいことは考えなくていいと言ってくれました。
それで、シロクさんは優しい人なんですよ。いつも私と一緒にいてくれるんです。だからこわいことは何もありません。
ふふふ。
みなさんは時々いじわるなので、シロクさんなんていないって私をからかうんです。
でも、きちんと私の傍にはいてくれるので、大丈夫ですよね。
そう、私、シロクさんに会ったら絶対に言わなければいけないことがあるんです。
だからそのためにいつでもにっこり笑って、お出迎えの準備をしているんです。
たくさんたくさんお
呪
まじな
いをして、シロクさんと毎日お話したら、シロクさんに、
シロクさんに、会えるので────
でも、シロクさんとはずっと、一緒なので?
ええと。
ええと。
ええと。
すみません、なんだか、眠たくなってしまいました。
変な顔、されてますね。怒ってしまいましたよね。お客様相手に失礼ですよね。ごめんなさい。
「怒ってない」?
良かった。
なんだか貴方は、笑うとシロクさんによく似ている気がします。ずっと、ずっと。
次に会う時はきちんと起きてますから、そしたらいっぱいお話しさせて下さいね。
ノートの続きはまた今度。
おやすみなさい、”
……
”さん。
◆◇
おしまい
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