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ツキシキ
2023-07-01 22:03:50
117641文字
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★天使のうつわ・おばけと魔法とまとめ
13作品。「空想地球儀」作品の二次創作。
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愚かな才女と懸命な愚弟(おばけと魔法と)
ベルガモット視点。カロンの似顔絵を描くベルガモット。クレバス一家の話。
____________
「流石、絵の何たるかをよくわかっていらっしゃる!」
────“流石”の後にはクレバスの家名がつくんだろう。
────絵とは何か、お前自身はわかっているのか?
テンプレートのお世辞は上っ面。薄いくせしてべたつく言葉は私のキャンバスを汚し、私自身を無関心に通り過ぎ、そこに描かれているはずもないお父様へとまとわりつこうとする。
込み上げる憤りを飲み込んで、腹の中で諦念に変えて、かろうじて鉄面皮の隙間から吐き出された私の言葉は、どんなものだったか。忘れてしまったが、本音からは数歩離れたものだったのには違いない。
◇◇◇
その批評家と出会うことになったのはやはりクレバス家のツテが発端だった。
名前に聞き覚えがあるのも当然で、買った画集にはたいてい奴のコメントが添えられていた。大多数の共感と中庸を狙うそのコメントはどれも余計な値札のようだった。誰にでも言えそうなことを聞こえの良い言葉に言い換えているように思えたが、凡百の意見を的確にまとめあげるだけの手腕があると捉える人もいるのだろう。
そんなわけで元々私はあまり好きでない批評家だったが、実際会ってみて、へばりついた笑みを見た途端、揺らぎかけていた振り子は嫌悪へ振り切れた。
「個展を開いてみてはどうか」という話の、前置きになるはずの顔合わせだった。
話を持ちかけられたその時点で断れなかった自分の、甘い期待とお気楽さが後になって恥ずかしく仕方がなかった。お父様は嫌と思いさえすればどんな縁や損得があろうとすげなく断る人だったから、結局のところ毅然として断らなかった私にも非があったのだろう。
奴が帰った直後、お父様は気遣いや慰め等々の一切を省略して、私に尋ねた。
「んで、どーなんじゃ個展は。やりたいなら援助してやるが?」
「辞めます」
私の即答にお父様は気分を害したふうもなく、ただ口元をクッと持ちあげて笑うだけだった。この人には結末が見えていたのではないかと疑いたくなるほど様になった笑みだった。わかっていたなら言ってくれればよかったのにと思いもしたが、そう考えてしまう自分の子どもっぽさが元を返せば原因だった。
クレバスの────吸血鬼の世界では評価されないのだから、せめて別のところで。
そういうちゃちな考えすらも、お父様に見透かされているのではないかと思うと不安だった。こちらを見ろと泣き喚く子どもほど鬱陶しく疎ましいものはない。もしも見透かされていて、尚、無視されているのだとしたら、それはもうこの場で息絶えたくなるほどだった。
イーゼルにかけられたご自慢の風景画が、広々と枝を伸ばした木々を称えていた。確かに私が描いたものであるはずのそれは紙屑よりも滑稽だった。
◇◇◇
「姉さんは絵が上手いよね」
だから、愚弟がそんなことを言い出した時に、思わず描きかけの絵を破り捨てたのも自然の成り行きだった。
部屋に耳障りな破裂音。同時、カロンはびゃっと垂直に飛び上がった。音に敏感なところや動きがオーバーなところはどことなく小動物を思わせて、人の癇を逆撫でる。
「ええっ、なななななんで!?」
「やる気が削がれた」
実際、破っても惜しくない出来ではあった。
描いていたのはこのおばけの館で、もっと言えばここ、今いるカロンの部屋の内装だった。実家と比べれば狭いこの部屋も弟にとっては立派な第二の住処らしく、故郷を思わせる落ち着いたインテリアはまあ意外にもそれなりのセンスをしていた。だから気まぐれに描いては見たのだが、いざ描いてみると何故だか殺風景な平面しかできず、かといって色を重ねれば重ねるほど理想からは遠ざかっていくばかりだった。愚弟の失言は案外ちょうどよい機会だったのかもしれない。
しかし、カロンは当然私のそんな内情など知らない。ゆえに驚くのも当たり前、私のほうが態度を悪くしているのも頭では納得がいく。それでもこちらを窺うようなその視線は鬱陶しいものだった。
「
……
ボクのせい?」
「そう思うならコーヒーの一杯でも淹れ直したらどうだ」
「うう
……
理不尽だ
……
」
言いながらきちんとおかわりを準備する辺り、本当、どうにもこの愚弟は救えない。広げた画材の邪魔にならないよう控えめにカップを置く、そんな気遣い屋なところもこれまた煩わしかった。零しやすいところにわざと置くなり、ドジを装って絵を駄目にするなり、悪意を発露するやり方はいくらでもあって、何よりそれが許されるような扱いを受けている癖に。せめて嫌だと言って抵抗すればいいものを────いや抵抗しても強要はするだろうが。
粗探しをしているだけなのだと、わかってはいる。カロンへの不満は詰まるところ八つ当たりだとも。だからこそ、この義弟と共に居るのはひどく居心地が悪い。
もやもやとした気持ちを吐き出しきれず、代わりにカップを手にとって唇を湿らせる。淹れるコーヒーの味が日に日に上達していくのもまた厄介なところだった。顔だけはお父様に似ているものだから、義弟を通じてお父様をいびっているような、そんな恐れ多い連想までしてしまいそうになる。
そう、顔だけは────。
流れるようだった自分の思考回路が一度動きを止めた。まじまじと義弟の顔を見やる。
「な、なに姉さん」
私の視線を受けて、普段から下がりぎみの眉がさらにへにゃりと情けない形へ変わった。とてもお父様がするとは思えない表情だ。あの人はたいがい、自信から産まれたような人なので。
沈黙と注視。気まずさを耐えるように引き結ばれていた唇が、おずおずと開かれる。
「
……
ボク、何かしたかな」
「思い当たるほどの悪事をした覚えがあるのか?」
「えっ、な、無いようなあるような」
「チッ。煮え切らん」
「うう
……
」
カロンはそう言うが、この義弟にできる悪事などたがか知れている。となれば罪悪感の見当もすぐについた。
結社の魔法遺産どうこうと家督の云々。片や館を半壊させる騒ぎを経てまとまったのだし、片や譲れと言って譲れるものでもないのだから、いっそ開き直ればいいだろうにこの愚弟はそれすらもしようとしない。はっきりしない。先延ばしにする。行動力が無い。
だから、お父様と似ている点など何一つないはずなのだ。
「カロン。これから1時間動くな」
「な、なぜ」
「描く」
「どうして!」
「喋るな動くな気が散る」
「えええ
……
」
憂さ晴らし、気まぐれ、再確認。どれも一欠け足りていない言葉だったので、答えは早々に放棄する。
椅子の位置を調節し、律儀に硬直しているカロンと向きあう。スケッチブックにはまだまだ白紙が溜まっている。この部屋は実家に比べてずいぶんと狭いものだから、イーゼルをかけるようなスペースもなく、片膝を立ててスケッチブックの支え代わりにする。あまり行儀のよい姿勢ではないが咎める者もいない。
カロンは両手の指を腹の辺りで組んではもぞもぞと動かしていたが、私の目がそちらに向けばすぐさま動きを止めた。見るからに緊張が伝わってくる、ぎこちない力の込め方。逸らされた瞳はどこともなく足元に固定され、何事か言いかけていた唇も命令通りしっかりと閉じている。
彫像と称するには落ち着きが無く、自然体と呼ぶには固すぎる。だがその座りの悪さがこの弟らしさとも言える気がした。少なくとも、私の前に佇む時の弟の。
どう描いてやろうか。
目の前の物と、背景と、者と、全ての遠近と輪郭。ぐしゃんと潰して平面にするだけでは何ら絵にならない。何を強調しどこを薄めて形にするか。視界を絵に変換するその過程を考える。だんだんと頭の中からカロンという一個人が抜け出て行き、視界のオブジェクトの一つになり変わっていく。
長く長く見つめるからこそ意識からは遠ざけられていく。近すぎては何も見えない。見えなければ何も描けない。
息を止める。一本、始まりの線を描く。私とカロンの距離は離れ、離れ、ただの点と点の線になって、それでようやく、私の呼吸が自由になる。けれども自由は放棄と同じで、誰にも見つけてもらえない虚しさを閉じ込めるように、息を詰める。線を引くだけを繰り返す。繰り返す。繰り返す。
線を引くだけの、一度たりとも同じではない行為を繰り返す。
◇◇◇
「ああ」
必然として産まれた空白を除いて、描き込みたいと思える場所がなくなった。そのことに気付いたとたん手が止まり、止まってようやく、絵が完成したことに気がついた。否、“完成”よりは“おしまい”のほうが近いかもしれない。
「
……
姉さん?」
カロンの声は疲労感に満ちていた。動かないというのは動くことより体力を使う。見られることに慣れているモデルや、注目を喜ぶマリアンヌのような者なら楽だろうが、この義弟にはさぞ苦痛だったに違いない。
けれども私の知ったことではないので、気にせずカップへ手を伸ばす。絵を描く時は何故かひどく喉が渇く。冷めたコーヒーを一気に飲み干せば自然と吐息が漏れた。
「
……
おかわりいる?」
「いらん」
「う、うん
……
」
カロンを適当にあしらい、出来上がった絵を見つめる。
ありのままを描いた、とはとても言えない。
この愚弟は華もなく、身を縮めて空気になることを良しとする軟弱物だ。無理に引き立てて描こうとすれば別人になり、即して書けば“肖像画”ではなく“風景画”になってしまう。何につけ面倒くさい奴だ。
だから、結局その絵は、煮え切らなさやモヤがそのまま形になったような、微妙な出来になった。今にも逃げ出しそうなその表情は、確かに事実カロンがしていた表情に忠実であったと思うのだが、一方でカロンをこう見てしまおうと思う私の底意地の悪さが全面に押し出されているような気もした。これでは鏡を見て激昂する馬鹿な悪役と同様である。
「フン」
鼻を鳴らしてスケッチブックを捲り、次に向かう。だが、まっさらな舞台を目にしても先ほどのような衝動はさほど起こらなかった。
気が向かなければ辞めて良いのが趣味のよいところでもある。変えていた椅子の位置を元に戻し、そこでふと視界に入った黙りっぱなしのカロンの顔を、改めて見た。
諦めがちな瞳に輝く、一粒の期待。もしもがあればと言うようなその顔は、きっと個展を望んだ時の私の表情とよく似ているに違いない。
人を気にしすぎるがあまり無頓着で伝わりやすいその表情、相手の望みは見てとれた。
「
……
見たいのか?」
────描いたばかりで次頁に追いやられてしまった、そんな絵だろうが。
自分に対してか相手に対してかもわからない嘲りを口元へ乗せたにも関わらず、カロンは一二もなく頷いた。だが直後、また眉をハの字にして私へ窺いを立てる。
「姉さんが良いなら、見せて欲しい、かも」
「
…………
」
“かも”ならやらん。
そう言いかけて口をつぐむ。今振り払えば後になって大人げなさが芽となり自分への嫌悪感となって返ってくるのは目に見えている。
だから私は黙ってスケッチブックの一頁を取り、突きつけるようにカロンへ手渡した。
「わあ
…………
」
愚弟の感想は一言だった。
感動でも怒りでも驚きでも無く、あるべきところにあるべきものがすとんと落とされる、落ち着きのある感嘆符だった。
「なんだその感想は」
「いや、うん、ボクだなあって思って」
「貴様を描いているんだから当然だろう」
「そうなんだけどね、そうなんだろうけど
……
」
カロンの意図を確かめるべく、横から身を乗り出して再び自分の描いた絵を見る。足場の不安定さに怯えるような俯きがちの目線、防衛本能を示すように身体の前で組まれた細っこい手指。私の見るカロンがそこにいる。
カロンは言葉の続きを言うでもなく、黙って絵を見つめ続けている。気まずさを感じるのはこちらの番だった。かといって私は愚弟と違い、不干渉で時が過ぎるのを待つほど呑気者ではないので、早々に妥協案を切り出すことにする。
「そんなに気になるならくれてやる」
「
……
えっ」
「いらんなら捨てる」
「ま、っ、いる! いるから!」
「? そうか」
絵を取り上げようとすれば、カロンはすぐさま身を翻して絵を背に隠してしまった。執着なんて言葉とは程遠そうな奴にしては珍しい態度だった。本人の方も、らしからぬ行いに遅ればせながら気付いたようで、隠した絵を恐る恐るまた前へと持ってくる。
何がそう気に入ったのかは知らないが、相手のものを取り上げるような趣味は持ち合わせていない。本人が良いなら良いだろうということにして、私は画材を仕舞いこむ。
「なら適当に持っておけばいい。私はそろそろ結社に戻る」
「うん。ありがとう、姉さん」
「
………………
」
聞き慣れない礼に気持ちがざわついたが、素知らぬふりをして作業を続ける。
────そういえば、この義弟に物をやったことなど今まであっただろうか?
不意にそんな考えが頭をよぎる。贈り物といえば誕生日だが、奴の誕生日など覚えていない。向こうだって私の誕生日など知らないだろう。短命の者にとって誕生日は少々疎まれがちだから、自分で意識して祝うこともあまりない。他に私と奴とで共通の祝い事などあるはずもないし、何せ片親すら異なるのだから、共通点を探すほうが難しいようにも思える。こうして関わり合いになることすら昔では考えつかなかっただろう。
「そんな情けない絵のどこがいいんだ」
「
……
情けない? そうかなあ」
「モデルがモデルだからな」
「うっ」
私自身の腕を棚に上げて言ってみると、反論もなく黙ってしまった。こういうところが情けないと追撃してやりたくなる。
が、意外にも普段なら逸らされる目がこちらに向いたので、私は一応唇を閉じる。
さてどんな反論が来るのか。少しばかり挑む気持ちも湧いてくる。
けれども相手の反応は、闘志でもおべっかでもなく、ふにゃけて力の抜け切った馬鹿面であり、
「どこがって言われると困るんだけど
……
なんだか嬉しかったんだ。好きだなあって」
カロンの見慣れた下がり眉が、こわごわと動く口元が、ほんのりと色づいた。
その表情はいつも見ているそれとは違っていて、その違いがわかる自分にも驚かされた。義弟を見なれるなんてこと、実家で暮らしている時は一時として無かった。
「
…………
」
予想を離れた答えに私はしばし口ごもる。単純で、お世辞にしては出来が悪い。だというのに世間の大多数を取り纏める的確な批評家や、興味の無さを遠慮なく表に出すお父様、彼らの言葉よりもずっと、私が揺らぐ言葉だった。
言葉を失った私をどう捉えたのか、カロンは慌てて言葉を継ぎ足した。
「だから、ええとね。あの、お礼って言うか。ボクも今度代わりに何か姉さんに、探してくるから」
「
……
お前のセンスは信用ならない」
「ええー
…………
」
虐げられている側が感謝してどうするんだ、この愚弟。
数グラム軽くなった気分とは裏腹に、痛罵が脳裏に次々と浮かんでくる。今ばかりはそれらをオブラートに包みたくなる気持ちもあったが、やはり包み切れずに叩きつけられていく。愚弟は理不尽な罵倒を困り顔で受け止めて、飲み込んで、時々控えめに返してくるがすぐさま諦める。
牙も持たない半端者!
その罵倒は巡り巡って何よりも私に返ってくるもので、結局のところこの義弟は誰が何と言おうと次期当主で、こんな絵などよりふさわしいものがごまんとあるはずで。一方この愚弟は情けないものだから、こんな出来の悪い絵などがお似合いで。
「いつまでもそんなことでどうするんだお前は」
「
……
ごもっともです
…………
」
言いながら、言葉にできない後ろ暗さが積み上がる。
────こんな愚かな姉の描いた手慰みなど早々に忘れてしまえ。
そう言ってやりたいが、言っても聞かないのだろうということは容易に想像がつく。だから私は言葉を変えて、こう言うのだ。
「カロン。私はお前を認めたわけではないからな」
突き放して遠ざけて、居心地の悪い位置で改めて見る義弟の痛ましい表情は、とてもお父様とは似ていない。叶うならこれからだって何一つ似ないままであるべきだ。口角を上げただけで全て伝えた気になってしまう、素直な言葉を辛辣な態度で被せてしまう、そんな大人にはなってはならない。
窺うような上目遣いの、真っ赤な瞳が私を撫でる。
「
……
姉さんがボクのこと好きじゃないのは知ってるよ、でも」
「なんだ?」
「また描いてくれると、その。嬉しい
……
かな」
ああ、これだから。私は額に手を当ててため息をついた。
最後に付け加えられた語尾さえなければ私はそれなりの気分の良さで頷けたはずだ。けれどもその躊躇いがちな優しい余分があるからこそ、
────カロンは私の、弟なのだ。
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