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ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
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★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ
13作品。二次創作。
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咎にて綴る魑魅魍魎譚(咎森と紗々羅)
「咎森」
「はい」
「どうか、叱ってはくれませんか」
神に等しい主にそう願われた従は、ただ黙って言葉を受け止め、一呼吸ののちに問いました。
「お考えを、お聞かせ願えますか」
仮面に慣れた身であろうとも、策士冷徹の彼の事。
例え素顔であったとて、動揺を顔に出さずにいるは得意のうちの一つでありました。
◇◇◇
よくある話です。
新たに冠を頭に掲げたのはまだまだ幼い少女でありました。
少女の名は紗々羅。
否々、とんでもないことでした。
少女の名は紗々羅様。
蝶よ花よと愛され尊ばれ、民の敬服に慈愛を還して伸びやかに育つ、幼くとも麗しき我らが女王でありました。
幼い女王の背には数多の視線が降り注ぎます。
イ国のような権力私腹のじっとりとした眼差しではございません。女王の国の民達は心から女王を敬い、奉り、仕えるは至福と謳い歌い踊り乱舞し歓喜し信仰し心酔し拘泥していたので、熱く輝く眼差しを、送り続けておりました。
女王の羽根は愛らしき薄桃色。その模様は、おおなんと、我らが民草の統率一重に並ぶ瞳のごとく。我らは女王のその背と共に、いずこへなりとも参りましょう。悪鬼羅刹が訪れようと、我らは女王と共に在りましょう。
しかし女王はまだ幼き身、我らがお守りせねばなりません。御身尊び健やかに、それこそ我らの生くる意味。志半ばで果てる兵卒も女王の勝鬨の肥やしとなるのであれば、まさに慶び常世の春。
…………
そのような。
そのような声を聴くたびに女王は身を引き裂かれん想いに打ちのめされておりました。
「まずは我が身を大事にしてください」
どうかどうかと祈る言葉も民からすればいじらしさばかりが勝ります。
返る言葉は予想のとおり。
なんと慈悲深い我らが女王!
女王が声をかけた者はより粉骨砕身し、女王に尽くすを生涯と、煌く眼で宣誓します。戦術を知らぬ兵卒たちは玉砕散っては誉れの花と、笑顔で突貫争います。
幼き女王は恐縮します。愛を受けては返しきれず、澄んだ眼で言い返します。
「お母様に比べれば、私などまだ」
などと! 謙虚向上嗚呼麗しき!
民の耳を通じてみれば見えない壁を隔てるように、少女の声は意図せずとも無垢な女王の声と成り代わるのでありました。
……
そのように。
そのように事を繰り返す中、女王は然し言葉を諦めませんでした。
知らぬ事には疑問を呈し、良きを受ければ感謝をし、多くに慈愛を授けました。民の声が敬愛という名の紗幕により屈折して女王の元へ届こうとも、女王はそれらの歪みを疑いはせず、まっすぐ言葉の通りに受け入れました。
ともすれば幼き女王は疑うことを知りませんでした。
何分、彼女が持つは「言う」「言わない」の二択のみ。騙す誤魔化すは得手とせず、そもそも手法を知らぬやもしれません。
さすれば空言をやり遂げるのは、優秀異色の仕官でありました。
騙し打ちなら返り討ち、
終
つい
は与えず逃がすのみ。
敵を見逃せば慈愛の女王はほっと安堵の息をつきました。勿論その後不逞の輩の巣穴が墓穴へ成り代わることなど、女王は露とも気づきません。
「咎森」
「はい」
「あなたがいてくれて本当に良かったです」
その言葉は彼の心身を浄化せしめるに充分すぎるほどの天の声でありました。
かといって彼も白痴の者ではありません。
自らの足が血痕汚泥に満ちていることは百も承知です。故に誉れの言葉を与えられるたび、彼はその眼差しを険しくし、より努めようと身を引き締めるのでした。
◇◇◇
そんな折、彼は女王に呼び出されました。人払いは済んでおり、辺りは人目も声もなくシンと静寂に満ちていました。
いつぞやであれば異国の者が女王と二人きりなどとあれこれ言われたものですが、女王が認めるのならば斯くあるべし、まして類稀なる戦術で武勲を上げた知将とあれば、今更止める者はおりません。
女王が佇む姿はまるで威光を背負うかのよう。咎森は玉座の前に跪きます。顔も伏せるべきところが女王の澄んだ眼差しを無視するも躊躇われ、身をなんとか屈めて視線を同じ高さに合わせました。幼き女王の凛とした眼差しが、じぃっと本質を見透かすように、咎森へと向けられます。
そして女王はおもむろに、鈴の鳴るような通りの良い声で、告げるのでした。
「咎森」
「はい」
「どうか、叱ってはくれませんか」
静止した時は僅かでした。
「お考えを、お聞かせ願えますか」
無垢な女王に欠けがあるわけはありません。叱るなどとはもってのほか。
となればこれはどこかの入れ知恵か、あるいは幼子の迷い足の思考の末か、咎森は女王の口から答えを推察するつもりでした。
ぽつり、柔らかな唇から音が響きます。
「足りないのです。何もかもが」
「具体的には、如何様な?」
「
…………
それすら思いつかないくらい、です」
女王は困ったように眉根を寄せました。その健気さたるや、人を動かすに足るものでありましたが、女王が求めるはそこではないようでした。
騙すを知らぬ女王は常が真面目に真摯たるのです。であれば無作為に慰めをすべきではありません。咎森もそこは熟知しており、今が完全であると欺瞞を述べるのは控えました。
むしろ歯噛みすべくは自らのほうの至らなさです。主に至らないと言わせるなど、遣える従者の力不足はまるで地の底海の果て。咎森は自己反省を押しとどめ、慰めではなく事実として論を広げて主を励まそうと試みます。
「紗々羅様には数多の先がございます。
得るものも多く御座いましょう。
その道を補佐するのが私の役目です」
「ですが、私は歩みが遅すぎると思うのです。
もっと。もっと、もっと。
民の信頼に、応えなければ
……
」
「紗々羅様。急いては転ぶ回数が増えるばかりです」
義務と焦燥で燃え尽きる道を選びかける主を、咎森は優しく制しました。
「今も紗々羅様は着実に歩まれています。
それでよいのです。
皆が紗々羅様の幸福を望んでいます」
咎森の言葉に、女王はぶるりと身を震わせました。
「それは
……
っ!」
見開かれた瞳、
蒼白の気色、
求めた光が目前にして潰えたかのような悲壮さ。
鈴の音は凛とした響きで抗議の声をあげかけ、けれども、ふっと取り落とすように静まりました。
「至らないのです。私はあまりに至らないのです
……
」
女王は地に視線を落としました。
豪奢な絨毯が引かれているその上に、立つ自分の小ささを悔む面持ちです。
自罰を求めるのは清き心の証明である、と。言っても納得は得られないだろうと咎森は察しました。故に、矛先をそっとずらすことを試みました。責めるは自らではなく周囲であると。
「至らぬのは主にそれを言わせる私のほうです」
「違います!」
「いいえ。少し、紗々羅様は私にお優しすぎるのです」
女王はしばらく押し黙りました。幼く純粋たる女王が論の長けた口八丁に反論できようもありません。ましてや相手が忠臣とあらば、言いくるめられるも容易いはずです。
しかし、それでもなお、女王は自らを責め苛むことが辞められそうにないようでした。簡易にいかぬ理由は一つ、女王の自責があまりに大きすぎるためでした。
女王は大きく息を吸い込みます。
そして咎森の青い瞳をまっすぐに見つめます。
「咎森」
「はい」
咎森はその女王の眼差しで、続く言葉を察していました。
故に主語が無くとも彼らの言葉は伝わりました。
「
……
いけませんか」
「できません」
簡明な全てでした。絶望と言い換えることもできました。
しばしの沈黙。
咎森は主の言葉を不可と断じたことを詫び、主への忠義の足りなさを補うように平伏します。頭を垂れる咎森に女王はそっと手を触れました。面をあげさせ視線を合わせ、そしてやはり鈴の鳴るような声で言いました。
「わがままを言いました」
「とんでもございません」
あれが我儘であるのなら、女王はなんと純然であることでしょう。同じ奔放であっても清水の飛沫と汚泥の飛沫は異なります。女王の小さな願い事は、わがままと言うには哀切この上ないほどのものでした。
「あ」
零れ出る音。気づけば、ずるり、と女王の冠が下方に傾きかけていました。咎森はすっと身を起こし、その冠を支えます。女王を女王たらしめるは才智の従者の務めです。
一方の女王は。
咎森をぼんやりと見、自然と上がった視線の先へ置くように、冠を支えようとして間に合わなかった自分の腕を持ち上げました。豪奢な布地で繕われた袖は、指先すらも覆い隠すほどの長さです。母から受け継いだままの正装は、字義の通り、身に余るものでした。
「女王は」
「はい」
「女王は、俯いては、ならないのですね
……
」
少女の、悄然とした呟きだけが響き渡りました。
答えは、誰も返せませんでした。
咎森は名を呼びます。敬愛すべき主の名を。
「紗々羅様」
「はい」
「お疲れですか」
沈黙は雄弁でした。
引き結ばれた小さな唇は、泣き言を懸命に殺すような有様でした。
それでも咎森は優秀な、優秀なれど従者であるのです。
咎森が従者でありながら少女の願いを叶えることはできません。
ですが、少女の想いを穏やかにする助けはできるかもしれません。
さすれば、静寂を。
「古今東西の煩いを、私が祓ってみせましょう」
決意はここに満ちました。
女王を弄する狼藉者のみならず、少女を縛り燻す魑魅魍魎は自らの腹の内に巣食うのです。
少女を少女と扱えぬ、愚者蒙昧の群れの内。ならばこの身すら排さなければ、少女は民草の瞳を背負う羽根からずるりと燃えて尽きて果てるでしょう。
「咎森
……
?」
少女は不安げに呼びかけました。しかし、魑魅魍魎に名などあってはなりません。彼はこの時ばかりは返事をせず、黙ってついには立ち上がります。
────紗々羅様が心穏やかにあるためにはどうすればよいか。
────独りにしては自罰の念で首を絞めてしまう。
────少女でいられる付き人が必要だ。
────それは当然、私ではなく!
咎森はそうして準備に取り掛かったのです。
魑魅魍魎の賛歌が届かぬ、静謐たる箱の準備を。
少女の声には、応えぬままで。
◇◇◇
策は整い、時は過ぎ。
魑魅魍魎に過たず、悪鬼もまた人の成りをして、無垢な女王の前に現れました。
悪鬼と称すには些か可憐な姿。悍ましく物々しいものを想像していた少女は、ほうと息をつきました。
これなら怖くはありません。逃げ出すこともありません。恐怖に震えて身を翻す、不義の女王にならずに済むのです。姿と裏腹に残虐非道の行いをされたとしても、ここで恐怖に耐えれたならば、息を引き取るその時までは足を踏みしめていられるでしょう。
女王の眼はしかと悪鬼へ。
そして背筋をすぅと伸ばし、リンとした声で告げました。
「もっと強く
…
もっと強く
…
」
誰かに罪を罪と言われるこの時を彼女は待っていたのです。
罰は心を砕いて然るもの、苦しみ嗚咽しなお永続して然るもの。
「この愚かな私を
……
」
至らぬこの身を呪いながら、どれほど待ちわびたことでしょう。
無残に死んでみせましょう。
彼女は胸中呟きます。
死の決意を前にして冠を落とさずに済んだことが、女王の褒められる唯一であり。
死して何かを為すことのみが、持たぬ少女の身で為せる唯一でありました。
……
さようなれば。
後は悪鬼の知るが通りでございます。
<終>
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