ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
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★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ

13作品。二次創作。


Don’t Don’t Don’t but I can do it(ヨゾササ)


※鬱展開。肆空がヤンデレ未満の闇堕ち。紗々羅様が原作(黒塗り斬首)くらいの痛い目に遭う。ステージ5の白髪肆空に意識が乗っ取られかけるような世界線。

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 これは絶対にあっちゃいけないことなので、夢の話だ。


◇◇◇


 紗々羅様を見ていた。
 慶さん達に怒られない程度の高度から紗々羅様を見下ろす。護衛の意味も兼ねて、でもそれ以上にバレないように。
 女王を見下ろすなんて、って咎森には別の意味で叱られてしまいそうだけど、今は他のお付きの人達も離れてるから大丈夫だ。たぶん。

 紗々羅様の髪は柔らかくて、冠で抑えられても風で裾がそよぐ。
 ふわふわ。紗々羅様は小っちゃいから、そのまんま飛んで行ってしまいそうではらはらする。ちゃんと羽根を動かせば風に巻かれてどこかへ行くなんてことはないけれど、紗々羅様にそれができるかはちょっと怪しく思える。
 だって紗々羅様は羽根を広げることすら許されない立場だ。紗々羅様は外に行くにも中で座るにもきちんとした格好で収まっていなければいけないから。それがすごく窮屈そうに僕には見えた。

 羽根を広げることすらできない、なんて。
 ちょっと珍しい野花を見ただけで顔がほころぶ紗々羅様のことだ。もっと広々と飛んであちこちへ行くことができれば、笑顔だって増えるだろうに。

 そう考えて、確かにうなずく僕がいる……

 …………のに、胸の片側が変に軋む。


 あ。不味い。

 これはよくないやつだ。
 よくないやつが出てこようとしている合図だ。



「肆空?」

 声でハッとする。目が合う。こっちを見上げて小首を傾げる姿。夜道で見つけた薄明かりみたいな、あたたかい瞳。そのぼんやりとした色が僕だけを映す。呼ばれたらすぐに飛んでいかないといけない。けど、僕はふっと頭の片隅で、

 …………ここで留まっていたらずっと紗々羅様は僕のほうを

 よくないことなので考えるのを止めた。

 急いで紗々羅様のほうへ向かう。

「どうしましたか」

 紗々羅様が余波で飛ばされてしまわないよう、距離を取って着地する。声をかけながら近寄ると、丸い瞳がふんにゃりと細くなった。

「ごめんなさい、大したことではないのだけれど……ちょっと時間が取れそうだったから。少しお話をしたいと思ったの」
「僕でいいなら……ええと……嬉しい」

 紗々羅様が敬語じゃないってことは、今はいつもみたいに話してかまわないってことだ。外でそういうふうにしても良い機会は珍しくて、僕もなんだか顔が緩む。



 湖を前に二人、横並びになって座った。紗々羅様の服が水飛沫に濡れないように少し遠くから、跳ねる魚達を見る。
 お話、と言ったけれど、あんまり口は動かなかった。けど全然窮屈じゃなくて、むしろ、忙しい紗々羅様の貴重な空白を僕に貰えることが嬉しくて仕方なかった。

 不意に、びょう、と風が吹く。

 湖の水面が大きく波立ち、魚達がその奥へ引っ込んでいく。
 気づけば紗々羅様のほうを見ていた。飛ばされずにそこにいた。
 もちろんそんなの当たり前だけれど、僕は、なんだかひどく、ほっとして息をつく。
 紗々羅様がそんな僕に気が付いて、上目遣いに伺ってきた。

「肆空、最近、何かあったの?」

 ドッ、と、心臓が跳ねた。
 脳裏に浮かぶ、悪い夢。最近いつも見る夢。よくない僕。
 がんばって何でもない顔をする。

「そんなことないよ。どうして?」
「理由は………

 そこで言葉が途切れた。僕は紗々羅様を困らせたくなくて、慌てて首を振る。紗々羅様は勘が先だから、咎森みたいに理屈を語るのは苦手だったのかもしれない。

「大丈夫、僕はいつも通りだから」
……ほんとうに?」
「大丈夫」

 本当だよとは言い返せなかった。胸がまた軋む音がした。思わず手を当ててぎゅうと掴む。

「でも…………

 紗々羅様が気遣わしげに僕を見る。見てくれている。こんなちょっとした不調にだって気づいてしまうくらい、僕を意識にいれてくれている。そう思うとどんどん心臓が早くなって破裂しそうになる。

 …………ずっとこのまま、

 違う。これは違う。

 本当は紗々羅様を見るとあったかかったり、心地よかったり、落ち着いたりするはずなんだ。
 だから最近僕の心臓は病気になっている。こんな、こんな悪くて、汚くて、わけわかんないもの。血の色の気持ち。おかしい。よくない。


「ちょっと、最近よくない夢を見るから。それだけだ」


 なんとか声を出した。変に揺らいでないだろうか。紗々羅様を虐めるような、こわい声になっていないだろうか。
 紗々羅様は僕のほうをじっと、見て、でも静かに視線を下げた。紗々羅様の気づかいを裏切ってしまった。でも本当のことを言うわけにはいかない。そしたら紗々羅様を怖がらせてしまう。だから僕は無理やり笑顔をつくる。

「しばらくしたら忘れるよ。大丈夫」
「無理はしないでね。…………お願いだから……

 そよ風に攫われそうなか細い声だった。僕は笑顔が上手くない。
 少し、また沈黙が降りる。紗々羅様は湖面を見ている。魚達は去ったままで妙に静かだ。さっきの和やかな時と違って、どこか落ち着かない。何か繋がなければいけない気になる。止まらない風が小さく僕の心を追い込む。
 風が。揺れる、紗々羅様の髪が。

 気づけば、指が、伸びかけ………………

 ………………許されてはならない。

 剣を拭わず収めてはいけないように。
 鏡を素手で触ってはいけないように。
 この方に僕が、指先が、触れるなんていうことは誰一人として。

 だから僕は握り拳を作って、戒めるように爪を掌に立てる。



 紗々羅様は考え事をしていたのか、ふと思いついたように口元を緩めた。でもすぐさま瞳を曇らせる。そして、絶対に叶わないとわかっていることを冗談めかして言うみたいに、軽く唇を開く。

「私が肆空に何かしてあげられたらいいのだけれど」

 ザッと血の気が引いた。

 そんなこと言われたら、僕は、紗々羅様を、……………………


 立ち上がる。

「だっ、だめ、です」
「肆空?」
「そんなこと言ったらだめだ、頼むから、」

 だめだ、僕は本当に不器用だ。
 血相を変えてしまったのが伝わってしまった。紗々羅様は瞳を揺らして、心から僕を心配して、俯いた僕の顔を覗き込んでくる。
 だめだ。見ないで。

「ごめんなさい、僕おかしいんだ。これじゃ紗々羅様のお傍にいられない」
「肆空、どうして……? 待って!」
「ごめんなさい!!」

 翼が膨れ上がるように風を巻き込む。今度はもう紗々羅様を気遣っていられない。ぎゅっと土に足を叩きつけて飛び上がる。
 離れなきゃ、離れなきゃ、紗々羅様を害する一番のものを遠ざけなくちゃ。この、自分自身を!

………………ぞら……!」

 紗々羅様の御声が聞こえる。きっとあの温かい瞳が潤んでる。せっかくのやさしい気遣いを全部壊してしまった。
 でもそうしないとダメだったんだ、そうじゃなきゃ僕は、

 頭がぐるぐるする。ただひたすらに飛び続ける。てんで良くない方法を選んでしまったことだけはわかっている。でもどうしたらいいんだろう。こんなこと、咎森にだって話せない。僕だけで解決しないといけない。でも、でも…………

 羽根が動かせなくなるくらいまでぐるぐる飛び続けて、墜落して、気を喪うように、眠った。


◇◇◇


 眠ったから始まる。
 よくない夢だ。
 絶対にありえてはならない夢だ。


◇◇◇


「私、肆空になら、なんだっていいわ」

 その言葉はたぶん信頼と呼べるものだった。紗々羅様の瞳は澄んでいた。僕の中の後ろ暗い気持ちも、ぐじゅぐじゅの汚いものも、何一つ知らない顔をしていた。
 僕の中身を全部知ってしまったらどこかへ飛んで行ってしまいそうな気がした。そんなの絶対嫌だ。紗々羅様のお傍に居たい。
 でも僕から離れてしまうのは紗々羅様を守るためにむしろ正しいことで、だってこのままだと僕は紗々羅様に触れたくなってしまうから、でも僕は紗々羅様のお傍にずっと、ずっとって?


 シャッ、と音がした。

 幾度も奏でた音だ。
 紗々羅様の気を引いてくれた音だ。
 恩寵の証。
 僕の、抜刀の音。

「えっ…………?」

 動いていた。
 止めたかった。止められなかった。
 止めたくなかった。

 頭の中でドクドクと血の騒ぐ音がしていた。それに呼応するようにビクンビクンと腕の先が跳ねて、腕の先を見て、紗々羅様の薄桃色の正装に、僕の剣が、ハの意匠を携えた剣がざっくりと埋まっていた。

 紗々羅様の身体には羽根が詰まっているんだと思っていた。

 もちろんそんなわけなくて、剣の切っ先は柔らかい肉としなやかな筋の感触を突き抜けて、固い骨を削り避けるようにして、刃先の中頃まで押し込められた。
 こふ、と音がする。
 紗々羅様のふっくらとした唇から血が溢れて、零れて、真っ白な首を伝っていく。

「よ……………?」
「え…………

 たくさんのどうしてを抱えた瞳が僕を見る。たぶん僕の目も似た響きを返している。でも紗々羅様の瞳のほうがよっぽど、たまらなくて、

「だめだ」

 声が出て、初めて、自覚した。あれだけ自制し続けたよくないことをついに起こしてしまった。許されちゃだめなんだ。紗々羅様のあのお言葉は、僕に全てを預けてくれるその信頼は、絶対、絶対にこんな意味じゃなかった。

 でも。

 僕だけの手で貫いた。通りすがりの風でもない、嘘っぱちの僕でもない。握っているのは恩寵の剣だ。僕が、確かに心から望んで僕の腕に指令を出した。

 カッと頭が熱くなって、もう心臓が悲鳴を上げていた。


「あ、あ…………は。はははっ」


 身体中から汗が噴き出た。掌の汗が紗々羅様の赤い血と混ざった。血だ。きちんと血が流れている。こんなに小さいのに、一突きで倒れたのに、僕の、僕なんかの腕にも収まる小ささなのに。羽根じゃない、光じゃない、紗々羅様は血と肉でできている。
 手から剣が滑り落ちかけて、慌てて握り直す。もう手放したっていいのに。もう剣の役目は終えたのに。両手で紗々羅様を支えたいのに?
 紗々羅様を、くったりと力の抜けた紗々羅様を強く留めたい気持ちと、もっともっと何かを奪い取ってやりたい気持ちがぐっちゃぐちゃになって混ざる。気づけば身体は両方を求めていて、剣を持ったまま、空いてるほうの片腕を紗々羅様の背に回す。
 僕の身体を押し付ければ距離が近づく。ずぶ、と血肉を掻き分けてさらに剣が深く刺さる感覚がする。紗々羅様が細く、細く息をする、その息遣いまで聞こえる。

「紗々羅、さま」
………………

 まだ息をしている。眉を寄せることすら難しいみたいだった。少し僕が身じろぎするだけで、小さい唇から血が零れる。こうしていると紗々羅様は威厳も何もなくて、たかが、僕一人の手から逃げることもできない、小さい女の子だった。

……痛いね………

 僕はなんだか馬鹿みたいにわかりきったことを言った。
 この、僕の腕の中にいる女の子がすごく可哀想で、早く解放してあげたくて、でもそうさせていないのが僕自身で、よくないことをするのは頭が痺れるくらいぞくぞくしてこんな自分すぐに死ぬべきだった。
 細い吐息、溢れる体液、おかしくなった心臓、あちこち熱い。もう何に耐えていたのかよくわからない。
 わけがわからないまま、ぎゅっと、腕の力を強くした。
 そしたら頭の中がすっきり収まった。


 そうか、僕はずっと、ずっとずっとずっとずっと何もかも投げ出して投げ出させて、紗々羅と二人で、いたくって。


「抱きしめてみたかったんだ……
「ぁ…………

 ずっとどうしたいのかよくわからなかった。支えるだけだったらダメだった。それで済んでいればずっと一緒にいられた。けど堪えられなかったんだ、そのくらいのことじゃもう。



 紗々羅の小さな指先が、僕の服の裾に触れた。力もなく触れるだけで、すぐに離れたけれど、そうやって僕へ手を伸ばしてくれることがたまらなくて、頭が焼き切れそうだった。

 ぐら、と紗々羅の首が後ろへ傾く。僕は顔を寄せて縋りつく。桜の花よりずっと軽い髪の毛が、ふんわりと僕の頬を撫でる。

 どんなときでも紗々羅はやさしい。

 ………………ずっと。


 …………………………何をしてでもなんだってできるから僕だけの


 こんなぐちゃぐちゃのものの名前を僕は知らない。
 だから、僕は終わりなく、抱きしめて、ずぅっと抱きしめ続けるだけだった。


◇◇◇


 これは絶対にしてはいけないことなので、夢の話だ。
 悪い、悪い、夢の話だ。

 だから、僕は飛び起きる。

 起きた。

 起きれた。

 夢だった。安堵した。汗が噴き出て、吐息と嗚咽が漏れた。

 剣はない。血はない。抱き留めていた紗々羅様もいない。

 胸元を強く握りこむ。紗々羅様の柔らかい笑顔を思い出す。よくないものを弾き出して、優しいものでいっぱいにできるように努力する。
 じわりと涙がこぼれる。ごめんなさいと口が紡ぎかける。それを必死で堪える。

 絶対に許されちゃいけない。
 許してなるもんか。
 こんな気持ち、
 こんな気持ち、
 こんな気持ちなんて!!


 ………………僕は勝手だ。

 それでも紗々羅様のことを、考えてしまう。



 ひどく、胸が苦しかった。


<終>