ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
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★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ

13作品。二次創作。


凶鳥と鳥擬、明き未来を究す(明翔と咎森)


 数奇な話である。

 女王の造らせた湖は魚たちの楽園として清涼な空気と共に悠々と広がっていた。湖の外周の内、平野に接する側はハの聖地として親しまれている。今日も今日とて魚の鰭に女王の慈愛を投影するかのように、法悦を求めた人々が群れを成していた。
 しかし、湖の外周である青碧通洞への竹林に人は寄り付かない。
 魚の安住を求めた女王の意図を汲み、無造作に人が立ち入るのは宜しくないとされたためであった。あるとすれば決められた者が定期的に竹の採集へと訪れるくらいなものである。

 ゆえに明翔の居場所はそこにあった。


◇◇◇


 あくる日の明翔は湖の傍らでばったりと仰向けに倒れていた。
 彼女の伸びやかな一角が天を指す。土に刺さればなかなか抜けることのないこの角であるが、その艱難を押してでも明翔が倒れる理由があった。

 すなわち、この槍の全長はどの程度に至るのかということである。

 異端の由縁が悪化してはならぬ、下手に抜き差しするな、ときつくきつく言いつけられていた明翔はきちんと忠告を守って別の手法を考えた。そもそも一角が女一人の手では到底抜くに至らなかったというのもあるが、ともあれ、周囲の竹に比較して槍の長さを概算してみようというのが明翔の試みだった。

 幸い、竹の全長はどれも一角の先端を越えるようだった。もしここにもう一人誰かがいれば、近場の竹をがりがりと削って一角の長さを記録してくれるものだが、あいにく明翔は孤独である。もとい、孤独然るべきが明翔の好奇心の代償である。
 目算で済ますには明翔の好奇心が収まらず、何より一人でこの土から角を抜くはかなりの苦労がいる。


 明翔は倒れてから考えた。さてどうしたものか。

 後先度外視で行動せずにいられないのが明翔の頭蓋に与えられた悪癖であった。




……驚いた」

 行きづまった明翔に新たな音が降ってきた。
 低い声である。頭は地に縫い留められているので視線だけを横に動かせば、奇怪な仮面をつけた男が立っていた。

「生きているのですか」
………………………………………………………………………………

 明翔は返事をすることにした。孤独を選ばざるを得ない身であったが人を厭っているわけではない。唇を動かす。


「私の疑問に対する初めまして過去の私は返答がこの槍死んだというであるならば者もいるし生きていること自体が恥この槍自身を私は調べてみる明翔であるようなことで何か気もしてくる少なくとも明瞭な活路が生命活動の維持をなし生み出されるのではない誰だかと思い生きるうえでの疑問は尽きない実験をお前は行うことにした」


 明翔の現状説明と挨拶に男は面食らったようだった。確かに女が倒れていてしかも一角とくれば変わり者扱いは避けがたい。男の表情は仮面で読めないが、会話と呼ぶにはやや長い間が開いた。

…………なるほど、少し時間を頂きたい」
「わかった」

 明翔は言われた通りその場で動かず瞼だけを開けていた。
 呼吸だけする様は死にかけの虫のようである。槍は明翔が言葉を発するごとに鳴動する。この振動で土が削れてひょいと起き上がれやしないかとも考えたがそれには至らないようだった。



 男は明翔への接し方を決めかねているようだった。

「救助と助手、どちらが望ましいですか」
…………………………………………………………………………………………………………
……
「話をしたいという手助けがあの頭蓋の衝撃が私の意味であれば救助が先望ましい私は私の私の留め金をなぜなら私はこの検証の好奇心が満たされない回答を熱望しているし故障させてしまった限り正体不明の行動を止めることが叶わない本能にようだがそれは正しい形とも言いたい仮面の男という新しい疑問が生まれた今となっては近しいかもしれない脳の飽和爆発に至る」

 そういうわけで、明翔が竹に槍の長さの印をつけて欲しいと頼むと、男はまたしばらくそこで黙った。数刻置いてから一人頷き天を仰ぎ見た。

「私には翼がないもので、如何したものか。小刀を投げるわけにもいかない」

 明翔の胸の内に期待が湧いた。
 天に武器を放ってはいけない!
 この禁則の一つが出鱈目であると語る日が来たのである。とっくの昔にハ人には語り尽くして白眼視され虚妄と指さされたものであるが、この異人なら通じるかもしれない。
 明翔はなおいっそう唇を滑らかに語り始めた。しかし、異人の反応は芳しくない。やはり彼もまた、他の者と同じなのだろうか。
 明翔が孤独を強固にする、その直前に男は明翔の手にそっと小刀を握らせた。

「ならば再検証をして頂きたい」

 明翔は瞬時に空向けて腕を振るった。男がたたらを踏むように飛び退く。過去は刀の扱いなど慣れていない明翔だったが、禁則の検証のために武器を高く放り投げる術は練習した。一応は誤差の範囲に含まれる位置に小刀は突き刺さった。大まかな位置取りさえできれば細やかな調整は明翔が飛んで行えばよい。


 しばし待つ。
 竹の葉がさらさらと擦れる音。
 『慶』は訪れない。

 明翔は満足し改めて眼球を動かす。
 どうだと誇るつもりがしかし、相手がいない。

 男は遠くへ行ってしまったようだった。 
 付き合いきれないと去ってしまったのだろうか。


 明翔はぼんやりと天を見つめる。やはり孤独である。
 手助けが得られただけ幸運だったかもしれない。


 諦め、身を起こそうと奮闘する。ぐりぐりと頭を地に擦りつけ、土に刺さった角が抜け出る隙間を作る。多少荒く扱っても槍が折れることはないのは実証済みだ。多少、頭が揺れて酔いは感じるが。
 傍目に痙攣の仕草を続ける明翔の耳が、再び何者かの足音を聞き留める。相手が誰であれ、今度は救助を求めなければならない。微妙に傾けられるようになった頭でなんとかそちらを見やる。

 と、明翔は、目を見開いた。



「どうやら貴女が正しいようだ」

 仮面の男がいた。



………………………………………………………………………………………………………

 明翔の胸中に珍しく、言葉より先に感情が溢れ出た。

 戻ってきた、
 見捨てなかった、
 諦めなかった、嗤わなかった呆れなかった頷いた肯定した認めた!
 検証の理解と同意、我が意を得たり、通ずる者がここに唯一!

 明翔は吠えた!
 歓喜まさに天穿つ雷鳴!


 やはり、人の寄り付かぬ地には 変人 りかいしゃ が集まるのだ!


◇◇◇


 男は咎森と名乗った。

 咎森は多忙なようである。彼がこの人避けの地に足を運ぶ回数自体は少なかった。しかしその分、訪れた際には濃密な会話をした。明翔の口は明翔の脳内を駆け巡る思考を余すところなく出力し、咎森は流れ出るそれらに杭を打つようにところどころで相づちを打った。
 話を続ければ続けるほど、咎森が明翔の言葉を解するまでの時間も短くなっていった。明翔の一角の震えも不思議と咎森相手には治まりがよく、次第に咎森の返事は当意即妙へ変わっていった。

 咎森が疑問の検証を手伝うことは少なかったが、代わりに明翔の得た知見から推論を導き出すのはべらぼうに上手かった。
 例えば疑問というものが降り注ぐ弓矢であるとして、明翔が無数の矢を必死で打ち返している間、咎森は伏して戦況を見定めてから射手を穿つような無駄の無さがあった。

 疑問の“検証”に貪欲なのが明翔だとするならば、疑問の“解決”に貪欲なのが咎森という男らしかった。

 その方向性の違いは明翔にとって有意義だった。意見の相違は新たな疑問を生み、理論は発展し続ける。自然と会話に熱がこもり、咎森を待つ間の実験にも精が出た。



 が、力を入れ過ぎたというべきだったのだろう。

 明翔は引っ立てられるようにして公の場に連れ出されていた。

 その日は竹の採集係がやってくる日であり、明翔はうっかりそれを忘れて実験に明け暮れていた。奇人変人触るは障りとしてくれればよかったのだが、統率取れた親切な者は、丁寧にも通報まがいのことをしてくれた。
 『慶』が動かなかっただけまだましと言えよう。明翔を懲らしめに来たのは高官と兵士の相中、人民のお困り事の解決役だった。


 明翔は頭蓋に槍が刺さった頃からすっかりこの場の常連と化していた。なので明翔は今回も数語のお叱りを受けて適当に解放されるものと思い、近頃増えた新顔の仕官や兵卒たちの顔ぶれから疑問を生み出そうとしつつあった。

 その機に入り込むかのように、

…………その人は」

 聞き慣れた声と奇怪な仮面が、明翔に大きな疑問をもたらした。

 何故ここに?

 咎森の為人など気にしたこともなかった明翔は彼がどこで何をしているのかすら聞いたことがなかったのである。



 明翔が禁則や世の仕組みではなく、一個人の内情に何故を問うたのはひどく久しぶりのことだった。


◇◇◇


 以来、明翔と咎森の会話は仕官による諮問として形を変えた。長い一角を揺らつかせながら領域の中心に通うのは他者の迷惑顔を伴ったが、それ以上に咎森との時間を多くとれることは明翔の好奇心を潤したので気にも留めなかった。
 人里離れた地ではなく執政機関に訪れるようになったからこそわかることもある。どうやら咎森も明翔とは異なる形であれ、自らの異質によりぎこちない不和を少なからず感じているようだった。それでも望んでこの地に留まるという強き意思は、我が道を行く明翔に共感の念を抱かせた。

 一方で咎森も、自身ではなく自身の内に根強く残る誰かと明翔を重ねているようだった。しかし、明翔がその奥へ疑問の槍を押し進めることは無かった。



 ある日、咎森は明翔の溢れる言葉の隙間へ差し挟むようにして言った。

「戦に立つことになった。しばらく話はできなくなる」

 明翔は頷いた。近頃どうにも世間が騒がしいことは知っていた。
 変わり者の明翔の元にまで喧騒が届くのだからよっぽどのことだ。予感は驚きをもたらさない。代わりに、咎森の仮面の裏が気がかりだった。
 敵はイであるという。であれば彼の過去も共に襲い掛かってくる戦となるのだろう。
 策士のわりに絡め手を好まない、直情らしき彼のこと、そこそこ生真面目に思い悩むに違いない。さてその時、彼は瞳をどの色に変えるのだろうか。見ては取れない仮面の裏で、苦悶に顔をしかめることはあるのだろうか。
 咎森の心情など明翔の知りうるところではないが、それでもふと気を取られる程度には心傾く疑問であった。明翔にとって咎森は、持論の貴重な聞き手役なのである。

 とはいえ今この場では想定に過ぎない。ともすれば悪趣味な推論と化す。
 故に明翔の唇は疑問ではなく確認を発した。

「迷いはないのか」
「惑いはないと断じよう」
「わかった」

 彼の覚悟は煩悶を踏まえてなお堅牢であるようだった。
 ただの娘である明翔にできることはなかった。

 それでもひとまず、死ななければよいと思った。咎森も紗々羅様も兵士達も誰かの過去の何某かも、命さえあればきっと平和だ。



 その日明翔は珍しく、祈るという無根拠な行いを試みた。
 成果は後日にわかるだろう。


◇◇◇


 そこからまた、ずいぶんと日が経った。
 戦がどう転んだかは明翔の疑問の埒外だったが、とりあえず咎森は生きていた。一つの検証が終わり明翔は少なからず満足した。咎森はやはり多忙なようだが、健やかであるならそれでいい。成果をあげて偉くなった彼の噂は、会えずとも明翔の耳に届き、なんとなしの安堵と郷愁を明翔に抱かせた。
 イ人ではなくハの知将として認められた咎森は、もしかするともう明翔と同じ 変わり者 なかま ではなくなっているかもしれない。
 惜しくはあるがしがみ付くものではなかった。明翔の奇異を肯定した同胞の存在が、在ったという事実だけで事足りる。明翔が自己の存在を諦めきれずにいる一手として、確かな事実である。ひいては明翔の試みがハの緩やかな衰退を救う鍵となる可能性とて、誰一人として否定する余地は一欠片たりとも介在しないのであった。



 そうして疑問を検証し続ける、明翔の日常が戻ってくる。



 あくる日、また、ハグレ者がやってきた。

 明翔は特段接触する気もなかったが、向こうは跳ねる大魚や波の飛沫を避けながらずんずん真っ直ぐこちらへ向かってきていたので、正面きって出迎えざるをえなかった。
 無視して立ち去るのも行儀が悪い。挨拶知らずは協調の無さと明翔は身をもって学んでいた。
 しかし言葉を発する前に、明翔の角があだとなる。水しぶきを避けるささやかな相手の動きが、竹一本に満たない長さの一角を引っかける形になってしまった。それを明翔からの牽制と取ったのか、”彼”は何とも言い難い半笑いでしかし明確に明翔に攻撃の意志を示してくる。

……………………………………………………………………………………

 誤解であることを説明するにはひとまず自己紹介から始めなければならない。明翔はそう判断し、唇を開くたび鳴動する槍に身体を揺らされながら言葉を出力した。

「私が常にはぐれるようなったのはいつからかこうも言った変わり者によって世界は変わると人に合わせて何かをしようということが全くなく我々全体をひとつの生物として見ると群」
「おっ?」

 初対面の相手には明朗に自己紹介、概略も添えればなお望ましい。
 挨拶は人の輪第一歩、連鎖で知見も潤うだろう。



 瞳孔開いて相手を凝視、目を見て話すが礼儀の一つ。
 百億が一の可能性として、彼も明翔の持論を聴して革新導く同胞 なかまとなるやもしれず。


 然るに明翔は出会いに積極、態度は常に社交的。


 すなわち今日も彼女はすこやかに、一角嬢であるのだった。



<終>