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ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
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★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ
13作品。二次創作。
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異風よ肆であれ(肆空と咎森)
少年にとって剣技とは自らを高めるための手段に過ぎなかった。
しかし小世界においてその解釈は異分子だった。ことさら山賊が少年の考えの生ぬるさを大いに知らしめた。
剣は相手を負傷させるための武器である。
刃を握れば血が流れ出る時点で自明の理だった。少年の中で剣技とは敵を倒す手段へと次第に取って代わりつつあった。
◇◇◇
村に見知らぬ者が訪れることは、すなわち剣で正義を為す合図に繋がった。
竹林と共に育った辺境の村、人が訪れれば自然と葉擦れが少年に時を告げる。
あくる日も従って、少年は珍客と邂逅した。
変わっていたのはその異風。つけた仮面もさることながら、正面切って表れたことこそが違和の最たる点だった。言葉の前に殴りつけてくるのが賊共のやり口であり、このようにしてわざわざ姿を現すなどというのは初めての事だった。
それでも少年の瞳には疑念より敵意が先だった。それは徒に人を害す瞳ではなく、略奪を経験した者の警戒の眼差しだった。
「
……
お前も賊か?」
少年の手には恩寵の剣。
悪をさばく剣はまだ鞘に納められている。
対する男の瞳は仮面に隠され、そこに篭るものが敵意かすら定かではない。立ち振る舞いばかりがただ静謐だった。
「否、ただ手合わせをしたいがまでのこと」
「手合わせ?」
怪訝な眼差しを受け、仮面の男は静かに応じた。
「その恩寵のほどが如何なるものか。拝見したい」
「
…………
」
沈黙。
意図知れずの仮面。
少年は相手の戦意と真逆に、構えを解いた。
「受けるわけにはいかない」
「それは何故」
「僕は
……
理由なく剣を振るいたくはない」
しばし、少年の視線は地へ落ちる。人を剣で追い立てる気持ち。爽快とは程遠い、掌が重く痺れるあの不気味さ。
その動揺を断ち切るかのように、男の声が、落ちる。
「私がイの者だと言えば、理由はできるのでは?」
「
……
!」
瞬間、少年の瞳は烈火を映した。
眼窩に焼き付く非道の行い、阿鼻叫喚の良き村人たち、鮮烈に脳裏を駆け巡る。
憎らしきと言うだけでは余りある、心の髄から許しがたい、悪辣、残虐、まったき外道!
同時、いくつか疑問も浮かぶ。男の衣服はハの意匠、髪に差す羽根はハの翼。けれどもそれらを加味するより早く、幼き掌が再び柄へと伸びる。
仮面の男はそれでもなお動かない。あとは少年が斬りかかるのみである。
そこまで整って尚、少年は、めいいっぱいに踏み止まって、声を出す。
「
…………
それでも
……
まだ、お前は何もしていない」
「悪事が為される前に討てとは思わないのですか」
「それは、それは
…………
」
ぐっと少年は唇を噛み締めた。彼の中で数多の煩悶が走り抜ける。
少年の表情を秘すものはない。仮面の男は少年の懊悩を瞬時に読み取ったかのように、挑む側へと傾ける一手を打つ。
「紗々羅様のご恩に報いる気があるのならば、いざ」
紗々羅様。それは何よりも尊き名。少年が掴む剣を振るう、何よりの理由。
────その名をあろうことかイの者が吐き出す!
「なにが
……
」
イの者め、なにが紗々羅様とぬけぬけと。
許せない。
壊滅した家々、傷つけられた人たち、嗤い去る外道ぶり、僕の、僕らの、許しがたき悪!
思考の片隅、話す余地があることを知らされながら、それでも未成熟の身体は栓を知らない。少年はキッと男を睨む。
「お前なんかが
……
お前なんかが紗々羅様を語るなんて
……
」
激怒が何より先んじた。ついに剣の切っ先が向けられる。紫紺に唸る従僕の剣は未だ鞘の内。汚された名は恩寵にて挽回すべきである。
「許してやるもんか
……
!」
少年の怒りに濁った瞳を受け、仮面の男は静かに頷いた。
「さて、尋常に」
その冷静さがまた、少年の気を逆撫でた。
「やってやる!!」
裂帛の気合が木霊する。
◇◇◇
叫び、怒り、背負う風。
翼が音を立てて広がる。飛び上がり、仮面の男が視線で追う、それすら許さぬ迅速。躍動。剣の軌跡が一面、斬、斬、斬。逃げ場を無くすが最たるものと、賊を通して知ってしまった屠る術。逃げようともしない仮面の男の陣地を狭め追いやっていく。
閃を為すはあまりに容易い。
閃、閃、閃、斬。左翼右翼方々に飛び回り、下方へ圧し潰す濁流を確かに斬り捨て削り行く。
凡才であれば逃げまどい、さらに行き場を無くす剣閃の数。
けれども男はひたとも動かず、もはや視線で追うことすらも辞めていた。
余裕を示すかのようなその姿に、少年の頭はさらに熱くなる。
脅して逃げるは救いを掴む、その逃げすら自ら捨てるのならば、こちらは切るしか道が無い。
少年は自ら追い詰めておきながら、逆に自分が追い詰められたかのような、鬼の面持ちで剣を振るう。
切るしかない。切るしかない! 倒せば全てが収まるのだから!
正面、切りかかる、まさに目に止めることすら叶わぬ速さ。
「はぁあああっ!」
「なるほど」
いざ切られるその拍子、男が吐き出した声は、ひたとも揺らがぬまま。
その違和に手を止める間もなく、剣は力に従い振り下ろされる、刹那。
濠!
仮面の男と少年の間、剣がまさに当たるその隙間を縫うように。横薙ぎ、飛び込んでくる理力の塊。一つと呼べず、二つ三つ、超えて数十、暴風の如し。
「なっ」
振り切った剣は理力の塊を弾くのみで終わる。
仮面の男は後退し、少年が追う。が、側方の攻勢がいや増していく。等間隔なら一閃で済むものを、間をずらすのが厭らしい。四方で囁かに、それでも嫌に耳につく雑音。鼠の歯ぎしりと言えるその音に、応じて理力が奔る。仮面の男も気づけば少年の視界の外。
だが、所詮はそれまで。
少年は静かに足を強く踏み込む。弾を剣で切り飛ばす、その手に向ける意識は僅か。肝要なのは推進力、すなわち幾程踏み込めるのか。方向などは関与せず、陣を抜けるが最適の道。
一対多なら心得ている。躊躇いなど抱くものか。少年は息を吸い込んだ。
「そこ!」
活路を捉え飛び出す流星。無尽に走る鼠の群れを、巻き起こる勢いで吹き飛ばす。速さが彼の生くる道、鼠ごときに追いつけるわけもない。
「ほう」
仮面の男が、初めて声に色をつけた。驚愕、感心、予期せぬ動き。少年は勢いそのままに畳みかけようと振り上げた瞬間、
「ではこちらを」
濠!
破裂する轟音。軍勢よりも重なり合う、地響きに似たその音色。先が横なら次は縦、不規則の次は面として並ぶ四方形。単純明快、さればこその強み。
理力の流れを肌身で感じ、少年は構えを転じる。受ければ墜ちるが斬れば進める。距離が近づけば雪崩は激する。
そちらが縦横ならこちらは鋭角閃耀、弾全て漏らさず斬り捨てよう!
「はぁッ!」
斬れば進路が先に出る。
振るうと同時に身体を前へ。退路を作るは元より思考にあらず、がむしゃらに振るうそれが最も攻勢を長引かせる。例え無造作であろうとも、何千と振るった剣閃が揺らぐことはない。
しかし、思考を読むが策士の技。
轟音で隠すは竹の葉が擦れる音。ようやく仮面の姿を捉えた少年の、背後に落ちる罠の気配。ハッ、と気づけばとうに放たれた。斜めに穿つ弾の重なり敵の奸計。
「うっ、」わあと叫ぶその前に半身で躱す。
髪を掠って後、拡散する弾道。理力は薄く弱弱しいが、一度構えが崩れれば、立て直す暇は致命的。その間に第二波が押し寄せる、再び辺りを埋める轟音。
少年は深く息を吸う。剣を構え直す。長い吐息に刃の音が応じて響く。
逃げ場はなく暇はなく早急須らく、それでもすべきはただ一つ。
少年には斬るしか能うがない!
「ハァァアアアアアアッ!」
声を吐き出すと共に疾走。少年の速さはとうに風を越え、仮面の男が姿を目で追うも、残心のみが辛うじて。罠が動く間すらなく、肌身で気配を察することすらもはや遅い。第三波を溜める間など得られるはずもない。
羽根、ひとひら。
「お見事」
カァン、と剣がかち合う音と共に、男の仮面は弾かれた。
◇◇◇
少年は剣を突きつけたまま、動かない。
こめかみが熱い。自らの荒い吐息が耳奥で響き続ける。
一方は男の素顔、眼差しは、澄んでいた。
揺らぎも曇りもなく、その真っ直ぐな蒼天の瞳は逆に少年の切っ先を曇らせていた。
本当に、これでよいのかと。少年の内なる純心が叫ぶ。
男の態度は、正だった。自らが押されていても慄きは見当たらなかった。本気を出していないとも見え、さらに深くへ思考を斬り込ませるのであれば、男の技は物量こそあれど狡猾ではなかった。
それこそ男が殺そうと思うなら、罠を一つ即死の槍に変えるだけで良かったはずだ。
それでも徹頭徹尾、少年の羽根をもがず足を削がず、真に「手合わせ」のみで戦いを終局へ導こうとした意図は何か。
イの者が、ハの恩寵の剣士にわざわざ正面切って挑んできた理由は。
「殺さないのですか」
迷う少年を後押しするように、男が口を開いた。その言葉すらもやはり落ち着いていた。
剣を取る前であれば少年は煽りと取って激高していただろう。しかし今は一つの確信と、快い腕の鈍さが彼を満たしていた。
故、少年は切っ先を下ろして純然と告げた。
「殺しはしない、したくない」
「
……
憎むべきイの者であっても?」
「お前はイの奴らとどこか
……
どこかが違う。それに、」
少年の脳裏に凄惨な記憶が蘇る。襲われた罪なき村、哄笑と共に暴れる賊、任務遂行を掲げて倒れる走狗。少年の頭蓋で騒々しく憎悪を叫ぶ。
だからこそ少年は剣を下ろすのだ。
「イだからとみんなを斬るのならそれは
……
同じことで
……
」
言葉ならぬ想いをなんとか形にしようと、少年は言葉を紡ぐ。震える声は迷いの証。それを待っていたとばかりに、相対する男はしっかりとした声で応えた。
「
…………
紗々羅様の力となり、紗々羅様を傷つけぬ、心優しき剣。
お前のような者を探していた」
少年は、たった今目覚めたかのように目を丸くする。恩寵の主、敬愛すべき女王の名。男の声で呼ばれる主の名は、先程ならばあれほど心をささくれ立たせたというのに、今はむしろ熱く押されるようだった。
深く透き通る色をした眼差しが、確固たる忠心をもって少年に向けられている。
皮肉なことに、相手のハを象る仮面が外れて初めて、少年は男の強き意思に気づいたのである。たとえ殺されても読み違えただけのことと言わんばかりの、膨大な覚悟がそこに広がっている。
ごくりと息を呑む。
対照的に、男はここに来て初めて、目を細めて笑みを形作った。
「どうか、力を貸して頂きたい。我らが主のために」
全ての意図がここに繋がった。
男が身を呈したのは、背信など塵ほどもあり得ないと身をもって訴える術だったのだ。
イの者と嘲る気持ちはもはや失せた。彼はれっきとした、少年と同じ志を抱く者。
柔和な、しかし命より重き誘いを断る理由が、少年にはもはや無かった。
「ぼくは、」
剣は今次の役目を終えた。納刀の音が静かに響く。
そっと右手が差し出される。
「ぼくは肆空」
「
……
咎森と。よろしく頼みます」
「ああ」
翼なき忠臣と、剣持つ忠士が手を取った。
それは戦の始まりであり、少年の志が迷い路を作り上げる一歩でもあったが────
────彼と彼の誇りと呼べる、忠義の一歩とも言えた。
<終>
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