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ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
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★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ
13作品。二次創作。
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お百度殺しに参って仕舞い(舞僉)
よくある話である。
彼女につけられた名前の響きは彼女の所属がなんとなしに伝わればそれでよいというざっくばらんとした由来からだった。所属を知られる暗殺者が居て良いものかと余所の者であれば首を傾げることもあろうが、少なくとも狸阿奈においてその者の所属を知る者すなわち同属であったので、自明の名はむしろ推奨された。所属どころかその者の名自体、余所にて告げると共に死ぬのが狸阿奈の道理であった。当てる漢字に万が一意味はあったのやもしれないが、人が死ぬための意図が付加されているわけではないので結局のところ意味は消えていた。
いっそ忘れられて然るべき彼女の名前は確かに彼女の中で刻まれ続けていた。
脳が毒にて欠ける者、思考が髄から破壊されゆく者、彼女は者どもの例に漏れずそれなりの思想と発語を毒されていたが、人体の感覚が欠けようと名前だけは欠けなかった。
彼女は名無しを名乗らない。
削れた余りにぽつんと残った、それが彼女の名前だった。
「舞僉と申します」
一礼する姿は優雅であっても洗練には届かない。薄く色づく紅は人のまにまに程好く埋もれる程度の化粧であり、柔らかに曲がる口角は愛嬌と呼ぶにはやや至らない。人に印象を抱かせない、 “一般”の女性として紛れるだけの術は叩き込まれていた。
お茶会、といえど監視が失せるわけもなく、どこからか怜悧な視線を肌で受ける。反射の殺気を肌裏に沈める。機はあと数刻遅くに来たる。
余所の品定めの視線は上から下へ、取り立てるところなどないと、言いかけたところで不意に止まるようになっている。踵を上げる赤い靴。一つ人目を引くものあれば、他は月並赤靴娘、軽んじられるがちょうどいい。
「まさかこのような機会が得られるとは、恐悦至極です」
凡庸挨拶挟んだ裏で、最期の時だと念じてみせる。誰の最期か皆々様よ。念じてギロリと相手を見やる。
さて対象はなんと答えたか。
言葉は一つも覚えていない。返答は彼女の埒外である。為人などは知るべくもない。刮目すべきは手指の筋肉の動き、首周りの風通し、微細な警戒息遣い、殺すに必須の要素のみ。ゆえに彼女はしっかと見た、その首元の、明快たる証左。
さて対象は誰であったか?
凡百月並赤靴娘は、不意に、仮面を取り落とす。言葉を無くす、色を失う、刃をこぼし、さても転じて毒されたかのように、彼女の全てを見失う。
舞僉はしがない暗殺者。
さてその殺しを喪った!
◇◇◇
「どうして?」
人を殺すに理由はいらぬと何処かの誰かが言っていた。されば彼女も理由なく、人を排して糧を得た。なるほど確かに理由は不要、理不尽身の上この世の常。彼女が毒されるに至る理由すら無かったのであるからして、下手な理由に反発するなら理由は無きに越したことはない。
しかしだとしてしかれどもなお彼女の爛れ落ちた脳髄が何故を叫ぶのは、
彼女の名前の響きの親元、
転じて彼女の生きる理由、
唯一許された彼女の持ち物、
狸阿奈に腐敗された手足を引きずり死する運命が、
謂われなく唐突に欠けたためである。
なんだかんだと色々あった、一言でまとめればそうなのだろう。
その後も世界はなんだかんだと色々あって、暗殺の命も舞僉の名も中途半端にぶら下がり、伴うようにどうやら世界もぼんやり半分欠けたらしい。辺りはどこからともなく現れた怪しげな者どもが跳梁跋扈、あちらを見れば血が走りこちらを見れば呑気な民草、まさに世は混沌であるがその世を束ねる者すらちりぢりである。
彼女も宙に浮いた自らの名の行き場を考えなければならなかったが、あいにくとまともな思考をするには心と名の付く神経が死んでいた。割れば彼女の脳髄の色は草花よりも鮮やかに倦んでいることは自明であった。
それでもきっとと言えるのならば、
正しい終わりを迎えねば、と、
壊死しかけの細胞が訴えた。
「どうして?」
答える者が影に消えたので舞僉はふらりと漂った。疑問は次第に手段へ転化し、回りの悪い頭の中で、唯一冴える思考を追えば、歪に答えは組み上げられた。
暗殺と単語で言えば話は早いが、実感具体が伴わない。すなわちそういうことである。彼女は努力が足りなかった、そういうことにしておいた。
「どうして死んでくれないの?」
さあさ足りない思考を回せ、
「どうしてまだ心臓が続いているの?」
さあさ曖昧、思考を回せ、
「どうして刃が届かないの?」
さあさ消極、思考を回せ、
殺すに至る術は幾億、その全てを網羅せよ、
羅列と思考と想像にて血飛沫、いいや鮮血すらもあげずに倒れ伏すのが望ましい。
「どうして人体自然発火で焼失してくれないの?」
早々駆ける思考の先に、
「こんなことをしなくて済むのに!」
なんと意外に届いた此処は、彼女の吐息の初めの地点。
意識が昔に殺される。嗚呼懐かしき手習いの頃。
少女は痛みを訴える、頭が指先が臓腑が声が。凍った眼差し降り注ぐ、痛みは越えろと言外で、押し付けながらも毒を塗る。滂沱を許さぬ仕打ちは続く。涙は許さぬ毒が流れる。嗚咽は許さぬ居所知れる。意思は許さぬ思考が鈍る。心は許さぬ刃が錆びる。
それでも彼女は矮小娘。
英雄皇子女王マレビト、何れにしても当て嵌まらず。
辿り着くのはよくある叫び、だれしも吐いた恨み言。
「殺したくなんか、ないのに!」
当然、同属の者どもは皆、耳が膿むほど聞いていた。
しかして何故は巡りに巡る。
例え始めに立ち返っても刻が逆巻く訳はなし。
彼女の臓腑は日に日に病んで、唇の毒は増してゆく。
青白肌が死人となるまで果たして月日はいかほどか。
よくある誰かのよくある話の終止符は如何にもまだまだ先延ばし。
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