ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
Public
 

★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ

13作品。二次創作。


糖々姫(紗々羅と咎森と明翔)


「こんぺいとう?」
「砂糖菓子です」
「砂糖」
「はい」
「砂糖……
 ふにゃ、と紗々羅の顔がほころびました。砂糖を愛すは少女の定説、世では決まっているものです。


◇◇◇


 物はよくある日常茶飯事、市井からの献上品。宮廷へ戻ってきた咎森が手にしていたのは、透明な瓶の中できらきらと光る様々な欠片の数々でした。
 興味深そうにしげしげと瓶の中身を見つめる紗々羅に、咎森が柔らかい声をかけます。

「お召し上がりになりますか」
「良いのかしら。休憩には少し早い時間です」
「この後は視察に参られるのでしょう? であれば早めの休息は良いことかと」
……では、頂きます」
「ええ」

 紗々羅の表情にはほんの少しの罪悪感。けれどもそれ以上に未知の甘味への期待がありありと浮かんでおりました。
 咎森は紗々羅のほうへ一歩近づき、うやうやしく膝をつきます。紗々羅は瓶を片手に持ち換え、利き手を咎森の眼前へと持ち上げました。

「では失礼いたします」
「はい」

 長く長く、紗々羅の腕を覆い隠す袖が、咎森の手で丁寧に折り畳まれていきます。正装独自の豪奢な生地は滑らかに身を引き、紗々羅の桜色の爪の先がのぞきました。そのまま大仰に袖は手首まで折られ、そこでひたりと咎森は手を止めました。そして袖の代わりに今度は瓶を受け取り、砂糖の欠片へ続く蓋を開けて紗々羅へと戻します。

「どうぞ」
「ありがとう、咎森」

 すっと紗々羅は瓶の内へと手を伸ばしました。ひいふうみいから飛んで数十。いくらでも選べれる砂糖の塊たちは、それぞれが豊かな色彩をまとって紗々羅の指先を心待ちにしています。
 摘み取ったのは、可憐な桜色。

「頂きます」

 咎森は空色の瞳を細め、頷きました。
 ころん、
 砂粒のような欠片が紗々羅の小さな口の中へと落とされます。真っ赤な舌の上で転がる淡い桜色。触れて花開くほのかな甘み。

……!」

 紗々羅の蜂蜜色の瞳がぱっと大きく見開かれました。ころり、ころり、と舌の上、動かすたびにうっとりとした甘さが紗々羅の口内へと広がります。
 紗々羅は歓喜に跳ねる胸を抑えながら、口の奥へと砂糖を転がしてゆきます。そして、少し品に欠けると知りながら、それでもこらえきれずに歯で軽く砂糖の塊を噛み締めました。

 かりっ、
 軽妙な音、欠ける珠、砕かれて増す甘さ。
 一気に噛み砕いて飲み込んでしまいたいような、大事に大事に甘く蕩けさせたいような、とても小さなその幸福。紗々羅は控えめに舐め溶かし、幸せの時間を延ばすことを選びました。

 ころころ。ころころ。

「お気に召したようで」

 幸せを持ち込んできた張本人は、瞳を輝かせながら甘味の悦に入る紗々羅を眺めてそう言いました。女王の威厳を持つ彼女とて、あまいものには顔が蕩けるものなのです。紗々羅は見透かされた気恥ずかしさに少し視線を外へとやりましたが、それでも金平糖を舐めることは止められません。
 そのうち、甘味の幸せは金平糖に見合う長さで終わりました。惜しむ気持ちこそあれど紗々羅は素直にほうと息を吐きます。

「金平糖とは……とても、おいしいものなのですね」
「何よりです」

 咎森は紗々羅の幸福を共に享受するような声音でそう返しました。

「また、お気の向くままにお召し上がりください」

 そう言って咎森は一度瓶の蓋を紗々羅へと返します。紗々羅は蓋を受け取り、しかし、内に詰まった幸福を閉まってしまうその前にふと、咎森を改めて見つめ返しました。

「咎森も」

 言われた咎森は半ば予想していたのか、多少眉を動かしはしたものの、平坦に言葉を返します。

「いえ、それは紗々羅様に献上したもの。私が頂くわけにはまいりません」
「ですが……素敵なものは皆で分け合った方がより素敵になるものだと、思います」
……紗々羅様がそうおっしゃるのであれば」

 固持するのもまた自己満足と咎森は知っていました。故、そこで一度言葉は途切れ、静かに両手を差し出します。
 紗々羅はたおやかな指を瓶に差し入れ、一つ、星を摘み取ります。

 ────何色がよいのかしら。

 ふと指先が触れたのは、青色の欠片。咎森が穏やかに紗々羅を見つめる瞳の色。
 しかし、行儀が悪いと知りながら紗々羅はそれをこっそり奥へと転がしました。その色は、紗々羅にとっての一等の、別の人の色なのです。
 続いて紗々羅が摘まんだのは白でした。
 損ない知らずの美しい色。忠義を示す珠の色。

「では、これを」
「ありがたく頂きます」

 広い咎森の両手へぽとんと落とされた白の欠片はたいそう小さく、しかし咎森にとってはその掌に余るほどの幸福がありました。それを一口で飲み込むことに、一瞬彼は躊躇い、しかし紗々羅の瞳を受けて軽く口へ放り込みます。
 舌先に感じる甘味、ともすれば喉奥へ転がり落ちてしまいそうな矮小さ。けれどもどこか心地よい、過分の少ないその味わい。

「どうですか」

 黙々と至福を味わう咎森に、紗々羅は上目遣いで問いました。溶けかかった欠片をころりと喉奥へ仕舞い込み、咎森は答えます。

「優しい甘さでした」
「ふふふ」

 それはおそらく紗々羅と同じようであり、それよりずっと含む意味を秘めた感想でした。



 一息ついて蓋を閉め、瓶を抱えた紗々羅は、続けて咎森へ問いました。

「もっと多くの者へ分け与えるのは失礼になるかしら」
「紗々羅様への献上品、であれば紗々羅様の御心の赴くままになさるのがよろしいでしょう」
……ええ」

 紗々羅は幸福を一人で味わうことがとんと苦手な少女でした。
 分け与え、真心に慈愛を返し、一人富むより一人飢えるを選ぶ為人。
 瓶の中身が尽きるまで、と言い切ることもできないのが甘味の誘惑ではございますが。
 幸いにして紗々羅のこの後の公務は、宮廷内の要所や市井の視察でありました。


◇◇◇


 泪泪湖の魚達は、紗々羅が姿を見せると恩を返すかのように鰭を大きく唸らせて湖面へと飛び上がりました。

「ごきげんよう」

 紗々羅はいつものように慈愛の笑みを魚達へと向けます。幼心が造らせた湖ではありますが、魚達の喜びようを見るにつけ、紗々羅の心はあたたかくなるのでした。


 しかし、その魚達がふと、石を投じられたかのように。
 一斉にして湖面の奥へ、あるいは遠くへ尾を揺らし、逃げ去る一群。紗々羅は首を傾げます。

 湖に落ちる、人の影。異様な形はその一本槍。

……あちらの方は」

 噂聞く彼女は一角嬢でありました。



 紗々羅も話こそしたことがありませんが、咎森がよく宮廷へと召し上げて議論をしているのは知っています。宮廷内を伸びやかな角が狭苦しそうに痙攣しながら進むのは、一時ならず恒常として官吏の話題になっているものです。
 一角嬢の名は明翔。
 そればかりは噂話で紗々羅も聞き及んでいました。

 ふらりとさ迷っていたらしい明翔は湖の上でぴたと進むのを止めました。そして規則的に羽根を動かしながら、射貫く目つきで紗々羅を見つめます。
 その常人ならざる雰囲気に、紗々羅のかんばせが怯えの色へと転じかけたのも、無理のないことです。ですが紗々羅は謂われなく人を避けるようなことは為しません。故に印象で身を隠しかけた自らを叱咤し、鈴の鳴る声で呼びかけました。

「あの……

 どうしてここにいるのか、普段咎森とどのような話をしているのか、宜しければ金平糖などいかが、等々。
 明翔ほどには到底及ばずとも、人好きして未知に質問を投げかけるが生業の紗々羅のこと。話題の糸先はいくつもあり、良い反応があれば雑談に流れるつもりもありました。

………………………………………………………………………………

 が、明翔は湖上から動かぬまま。羽根ばかりが風を切りながら明翔を留まらせます。

「別のご用事があるのでしょうか……?」

 紗々羅が気遣いの言葉を続け、惜しくも対話を諦めかけた、その時。

「きゃあ!?」

 明翔はひときわ大きく羽根を動かし、急襲するように紗々羅の傍へと舞い降りました。


「何故驚かせるほど軽い女王様護衛イ人のだから気を付けるべきであり怒りを買うのではないかと気は無かった信仰と崇拝はけれど相似形を保っている少なくとも何かできるのはだろうか用事は好奇心なら許されてしかるべきか?」
「っ……


 鳴動する槍と呼応するかのように、明翔の唇がとめどなく動きます。言葉の奔流、意図なく荒らされた文法、それらは紗々羅のまだ幼い脳で処理できるものではありませんでした。
 ですが、ここで言っていることがわからないと切り捨てるような冷淡さを、慈愛の彼女が持ち合わせるべくもありません。
 幼い彼女は懸命に打開の糸を手繰ります。

………そう。砂糖菓子は。こんぺいとうは、いりませんか」
………………………………………………………………………………

 急な話題の転換とも言え、互いの最大公約数を得るための拙い思案とも言える質問でした。
 明翔が思考を脳裏で書き出す間にも紗々羅はそっと袖から金平糖の瓶を取り出します。そして蓋を開け、試しにとばかりに傾けてみせました。

……その」

 紗々羅の次なる句を聞く前にはや、明翔は指を瓶へと指し込みました。迷いなく掴むは黄色、瓶から出されて日に照らされ、輝くそれはしかし瞬時に、明翔の唇へと押し込まれます。

 ガリゴリガリゴリッ
 削岩のような音を立てて明翔が口を動かすのを、紗々羅はただただぽかんと見つめていました。それもそのはず、丁重貴び育てられた紗々羅は、物を食べる時にそのような音が立つなど考えたこともなかったのです。
 驚きに感嘆する、間もなく、続いて。

 ビクンッ
 と明翔の角が天を指しました。同時紗々羅の肩も震え、何事かと視線を凝らすもそこは天。何一つ変わらぬそれを明翔は瞬きもせず見つめるのです。これには紗々羅もどうしたものか、それこそ字義通り、呆けて天を仰ぎたくなる有様でした。


 途方に暮れた、ところでようやく、明翔の時が一周回って紗々羅の時へと触れ合います。

「ありがとうささらさま」

「えっ?」

 よもや、意味の通る言葉が紡がれるなど。



 紗々羅は思わず二度、明翔の瞳を見つめました。明翔は変わらぬ眼光で紗々羅に合わぬ焦点を向けているばかりです。それでやっと、紗々羅が言葉を重ねようとしたところで、

「私の姉は美味とはまさに私のような異端を迫害しないだけでもこのこと流石はあなたは偉大な方だ信仰は須らく忌避に値する王室の職人技女王様を愛していたつまり私は貴女を心棒することはそこには感謝の到底念できないばかりだ」

 再び二人の時はすれ違いました。


 それでも紗々羅は真摯な態度で耳を傾けていました。明翔とておそらくは誠実に、紗々羅の気遣いを受け取り感謝を述べたのです。話しかけた側が諦めてはならぬという義務に似た心地もありました。
 なんとかしがみ付いて、手に取れたのは「姉」という響き。

「お姉様がいらっしゃるのですね」
…………………………………………

 明翔の長い角が、肯定するようにガクガクと上下しました。

「であれば、お姉様の分も是非」

 紗々羅はやはりぎこちなく、再び瓶を明翔へと向けてみました。


 そこで、初めて。
 紗々羅は明翔がぱちぱちと瞬きをする様を、初めて目にしたのでした。

 その仕草はまるで幼子のよう。自分よりずっと年上であろう彼女がそのような仕草をすることが、紗々羅はなんだか不思議と温かく感じられました。

 それでも通い合ったのはこれまた僅かの間。
 明翔は魚を取る獣の手つきで瓶に指を指し入れ、紗々羅が驚きでひくりと肩を動かしましたが、その反応すら埒外とばかり。明翔は迷いなく一つを摘まみ、引き抜いて、今度は両掌に乗せました。


 鮮やか目を惹く緋色の欠片。
 泳ぐ金魚に近しい赤。
 明翔の髪色も思い出させる色でした。
 今度は一言すらなく、明翔はぶんと頭を振ります。紗々羅の背丈が少女のものでなければ、危うく槍が頭蓋を打ち付けていたことでしょう。しかし明翔は紗々羅を目に留めることすらせず、ふらふらと飛び去ってしまいます。

 後には、蓋を開けたままの瓶を抱える紗々羅が独り。
 ひとまず蓋を閉め、危うげな飛び方で遠くへ去っていった明翔の名残を見つめます。

……お姉さまに、早くお届けしたかったのかしら」

 そう納得しようとするのもつかの間。
 池の波紋に合わせて舞い戻りかけた魚達が、再び慌てて鰭を翻します。風に遊ばれるようにふらふらと、それでも紗々羅からしてみればかなりの速度でもって、一角嬢は舞い戻ってきたのでした。


「戻らなくなった姉の未来は墓を立てるのも齟齬があるように思えて毎日埃が降り積もるもはや喪われたのだろうと姉の部屋だけを酷く空しいだけのただ残していた家の誰もが思っていた光景だ一つの色と一つの味がつけられた」


 やはり、紗々羅には理解できない文脈でした。無表情に口だけを素早く動かす明翔の様は、どう尽力しようと互いの理解は一雫分に留まってしまうのだろうと感じさせてしまいます。それでも紗々羅は諦めきれず、あいまいに微笑みました。

……………………………………

 おそらくは明翔も、知を愛せど衝動を知らぬ女王と自分との公約数はあまりに遠すぎることを察していたのでしょう。そしてやはり同じように諦めきれず、それを持ち出してきたのでしょう。
 明翔が紗々羅の眼前に突き出したのは、湖に揺らされ角の取れた美しく丸い石でした。そのまま明翔が無造作に手を離したものですから、紗々羅は慌てて落ちゆくそれを受け取りました。明翔の手の内へ握り込むことのできるその大きさは、紗々羅の片手にちょうどよく馴染みます。

……これを、私に?」
「空に武器を放ってはならないこれなら貴女がそれをしたというという武器とも禁則はまがい物だった取れないかもしれないがここまでなら事実こそが反乱への禁則へ反旗を翻すあのイ人には怒られない一手にはなるだろう」

 明翔の瞳孔はギラギラと煌き、紗々羅に何かの期待をしているということだけは伝わりました。されど、紗々羅はどうしてもその意図が掴み切れません。一通り出力し終わり黙り込む明翔に、紗々羅は罪悪に貫かれる想いで、言葉を返しました。

……ごめんなさい……あなたのおっしゃることが、私にはわからないのです……
………………………………

 明翔の唇は半開きのまま、規則正しい呼吸を繰り返しているばかりでした。意外にも瞳に陰りはなく、しかしそれと理解できる反応も得られません。失望を望みこそしていた紗々羅は途方に暮れました、が、

「さよなら」
「あっ…………

 気まずい時間すらも渡さぬまま、明翔は翼を膨らませ、湖上へと一足踏み出てしまいます。その後ろ姿は相も変わらずしゃんと伸び、紗々羅を見捨てるというものでもなく、為すべきことを全て為し終えたと言いたげな明快さがありました。


 彼女は、期待や失望と呼ばれる価値とはまた異なる地平で呼吸をしているらしい、と。
 そのくらいのことが紗々羅に理解できる部分でした。


◇◇◇


 自らの至らなさのやりようがないまま、紗々羅は今度こそ一人で立ち尽くしました。彼女を慰めるように魚達が水面を揺らしますが、爽やかな演舞の景色は逆に紗々羅の心の影を強調してしまいます。

 いいの、いいのよ、と紗々羅が魚達に話しかければ、彼らも静かに身を水中へと潜らせました。
 いつでも紗々羅のお傍へ行けるよう、湖の際に寄り集まるその群れは、逆に紗々羅の独りを強調してしまいました。
 紗々羅はぼんやりと物思いにふけります。このまま立ち止まっていてはまるでズル休みのようですが、かといってモヤを残したまま他を気遣わせ続けるわけにはいきません。

 ぎゅっと小さな掌に力を込め、そしてふいに、思い出されるその存在。

 手指が花開けば丸い石が姿を現しました。明翔の意図は終ぞ分からずじまい、ただ紗々羅は問うように石を見つめます。水流で汚れを落とされ、まろく削られたその石は自然の造った宝石でした。
 そして、宝石であれば紗々羅も持っているのです。片腕に抱えた瓶にはまだ金平糖がきらきらと星の粒のように煌いていました。

……そうですね」

 紗々羅は小さな声で呟きます。自らの想いを確固たるものにするのです。あの交流は一歩の前進であり、この頂き物はその証であると。そんな前向きさを心に留めるよう、自然の宝石を紗々羅は懐紙に包んで仕舞いました。


◇◇◇


「お帰りなさいませ」

 遅々たる歩みの牛車を走らせ、巡り巡る地で宝石を配り、入れ物が空になったところでようやっと女王は玉座へ帰還しました。仮面の従者は一に女王を迎え入れ、次に傍らの荷物の山へ目を向けます。紗々羅は困り眉で経緯を零しました。

「お渡ししたこんぺいとうの礼にと……

 皆に愛されし女王からの品は、例え菓子一つであろうとも、民草にとっては至宝に勝りましょう。ご恩には糧で応じねば。ハの地はイからの侵略を経て富むとは言い難いものですが、それでも余りある豊穣が牛車に山となって積まれておりました。



 彼女に自覚がなかろうと、過ぎた寵愛は民の毒となり得ます。これらの糧がいつなん時負の財産と転じ、貧し民からむしり取った負の財産と書き換えられてしまうか、分かったものではありません。
 咎森は女王こそ信頼しておりましたが、有象無象の民にまで無辜の信頼を与えられるほど、楽観気楽ではありませんでした。
 故、予想通りの成り行きに、咎森は用意していた通りの答えを返します。

「催し事の形を取り、民へと糧を戻すこととするのはいかがでしょう」

 咎森の提案は彼女の困りごとを見事に把握している一手でした。紗々羅としても、とても独り占めをするなどとは考え難く、一も二も無く頷きます。

……ええ、そのように。ありがとう咎森」
「とんでもありません」

 紗々羅の感謝に咎森は格式ばった礼で応じ、すぐさま手近の者に今後の処理を言いつけます。その姿を見て紗々羅はほうと安堵の息をつくのでした。


◇◇◇


 長い長い一日を終え、ふんわりと温められた布団の中へ、紗々羅はその小さな体を埋めます。女王の疲労を訴えることが叶うのは寝具のみ。しかし、深く深く眠りにつこうとするその身を、ごそ、と違和感が突きました。
 紗々羅は改めて起き上がり、その違和感の正体を指先で摘まみます。

 そこには、かの一角嬢から渡された丸い石ころがありました。

…………

 温かくもなく、輝きもせず、ただころりと転がる石ころ。
 宝石の代わりに手に入れたそれは、幸いにしてとてもありふれたものです。そっと懐に忍ばすことも許されるほどのささやかさで、紗々羅への恩を示します。その自然の美しさに、紗々羅は頬の緊張を解きました。

「まるで、宝石のようだわ」

 あのこんぺいとうも、この石も。
 想いの塊に差など無く、それでもこの石だけが有する、紗々羅が素直に手にすることを許される凡庸さ。


 紗々羅は愛用の小箱へその小石をそっと仕舞い込みました。ころりと転がって無くすことのないように。ふとした時に箱を開けて、凡百の美しさに心を慰められるように。
 そうして紗々羅は改めて身体を横たえ、ゆっくり瞼を閉じました。


◇◇◇


 斯くの如く。
 民の捧げた宝石の山のうち彼女に届くは一粒のみ。
 禁則の真理を与えようとした才女の意図は伝わらず終い、
 察した従者は珠を壊さぬよう黙り込むばかり。

 嗚呼、それでも彼女は棘一つなくすべてに甘い まどかのお方。
 純心が歩く糖の道、少女は幼げな足取りで、しかし前を向いて歩きます。
 彼女の責にすら成れぬまま、降り捨てられていく想いは誰もが知れぬまま。


 故にこの顛末はどうしようもなく───


 ────────────美しい話なのでした。


<終>