ツキシキ
2023-06-29 23:12:46
60921文字
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★ムラサキ・ムラサキ劍まとめ

13作品。二次創作。


fuse maze(咎森と灰牙)


※鬱展開。時系列不明。嘔吐描写あり。咎森もまた紗々羅様を守るために奮い立っていただけであり覚悟も前情報なしに皇子存命の事実を叩きつけられたら繭化してしまうのではないかという考えから。

____________




 鷹ではない、鴉ではない、靄でもなければ暗雲でもない。
 龍だ、と誰かが呼び、否々と誰かが首を振った。
 曰く、片角の龍などいやしない、と。


◇◇◇


 ハの民は良くも悪くも扇動に踊らされる性質である。純朴と言えば聞こえは良いが、鵜呑みの性質と言えば殊更悪い。
 かつて山中に紛れ込んでいた私という異物とて、イであれば見つけ次第即座に首を刎ねられたところだろう。見出してくださったのが紗々羅様であったという事実を大いに加味するとしても、どうにも危機意識は不足している。

 今回それを痛感するに至ったわけは、境界付近からの報告だった。
 領境に人影在り。とあれば厳重に警戒すべきところ、付近の兵が言う言葉をまとめればそれは、まるで寝物語の有様だった。
 あれは何だと誰かが言う、誰かが何かの形をつける、そうだそうだと憶測が固まりゆく。結果私の耳に入ってきた確実な情報は、片側欠けた空飛ぶ何かというそれだけであり、もはや人であるかも判断しがたい響きようだった。


 故に百聞一見、
 兵を連れて向かったその先。

…………何故、此処に」

 問うと同時に脳を回す。本来問うことすらも悪手だった。既知の不足は侮りを招く。しかしその程度のことができなくなるほどには、おそらく私は、動揺していた。
 目前のそれは確かに人の言う通りだった。空を飛ぶ翼を有し、雷雲似たる威厳の面持ち、人の形をした黒龍。しかし記憶と異なるのは半欠けの姿。かつては空高くに座し一撃で数多を屠った栄華は、今、中空から緩やかに高度を落とし、まさに墜落せんとするところだった。


 ──灰牙。


「咎森様」

 名が重なる。部下の者が呼ぶ声だった。
 指令を求めてか、私の動揺に当てられてか、あるいは両方によって。ならば求められるが通り、私は知将たらねばならない。
 戦が始まるとは到底思えなかった。単騎の満身創痍、それもこちらは見向きもしない。あの者の翼の動かしようは、迷いを越え、途方に突き動かされるそれである。かつて山中を這いずった鼠のように。

「あれが飛び立つか、私が一刻で戻らなければ紗々羅様へ報告を」

 残る部下にそう言いつけ、精鋭数名を連れて先へ進んだ。
 黒龍が墜ちたその場所へ。


◇◇◇


 相手の身体は五体満足とは程遠く、けれども這う這うの体と言うには頑丈に過ぎるようだった。鮮血や青痣は特段無く、千切れた服の袖から除く隻腕の表面は皮膚に覆われている。今しがた深手を負ったわけではないらしいがしかし、肩で息をする姿は見て取れた。遠征の疲労が祟ったというところだろうか。
 それにしても、警戒色の薄いハであれば休む拠点も容易に見つかるはずである。力尽きるまで無理な行軍を続ける意図は読み取れない。ましてや自慢の兵もいない、孤立無援の様子ときた。

 謎の墜落物が一人の男と誰もが見て取れる距離に来てようやく、相手はゆらりと顔を上げた。深紅の隻眼は相も変わらず迫力に勝る。仮面越しで合うはずのない視線が、がっちりと掴み取られたかのような心地になる。
 気圧される喉を吐息で鎮め、端的に問う。

「目的は?」
…………語るものはない」

 予測が確信と成り代わる瞬間だった。
 やはり彼もまた、かつての私と近しくあるらしい。行先知らずの自暴自棄。事前に用意させていた縄を手に、儀礼として一言を入れる。

「もはや境が意味を為さぬ世とは言え、自領の安定を図る気持ちは汲んでいただきたい。一度ご同行願います」
……通り過ぎるだけであってもか」
「行軍に足る休息を得るついでと思っていただければ」

 言う間にも相手の身体には縄が一巡二巡をした。彼の腕が生半可の錠など糸の如く引き千切る力を持つことも知ってはいたが、あえて大仰に縛らせた。
 抵抗がされない辺り、承服の他無いということだろう。否、倦んだ気配が漂うからには、呆れていると言ったほうが正しいのか。
 立たせれば、相手は素直に従った。それで精鋭達も不要と断じ、それらしく追い払う。



 ここからはハの話ではない。
 そもそも彼を捉えた時点で、私の思考は舵向きを変えていた。
 既知を増やさねばならない。私が私の過去をようやっと終えたと語れるようになるためには、知らぬイの歴史が多すぎる。
 幸い、近場には一時期手を焼いていた山賊連中のための獄があった。


◇◇◇


 処刑を士気高揚の行事としていたイと異なり、ハの牢は脆くあばら家に等しい。
 この男のような武人ならずとも、例えば肆空のような少年とて剣をもって全力で駆け暴れれば、この程度の牢屋は瞬く間に廃屋と化すだろう。
 それでも私がこの男をここに押しやったのは、つまるところ、人払いの体裁を整えたいだけなのだった。
 灰牙は茶番と知ってなお、せせこましい牢の中に図体を押し込み、気だるげに座り込んでみせた。黙ったままなのは彼らしく、私は私から声をかける他なかった。

「まさか同郷のみならず同僚の者と会えるとは思っても見ませんでした」
「どこか聞いた覚えのある声だと思ってはいた」

 そう言った彼の声は、どことなく苦々しさに満ちていた。私も仮面に手をかけ、礼を取る。

「お久しぶりです、灰牙」

 数年ぶりに口にした彼の名は、郷愁を感じさせる響きだった。

「生きていたとはな」
「不服ですか」
「いや。驚いた……と言えば良いのか。生き死にを予想してすらいなかった。それどころではなかった」

 ほぼ半身をごっそりと削られている彼の姿は、なるほど確かに“それどころ”ではなかったのだろう。
 同時、人の事情を軽んじる物言いも変わらずだ、と思った。彼は小世界の頂点に立つ者の、手足となって動く槍。権威の剛腕、傲慢の表れ。私の主が鼻つまみ者として扱われてきた記憶もふつふつと蘇る。恨みこそしないがささくれはした。

「あなたに何があったのですか」
「語るには長い。…………どこから話せばいいのか」
「思いついたところから何なりと。細工の組み立ても嫌いではありません」

 言うと、灰牙は数度片目を瞬かせた。

「貴様は変わらないのだな」

 ぽつりと呟くその姿はどことなく素朴であり、かつての威厳や人を射殺すような雰囲気は掻き消えたかのようだった。そう見えること自体が、イにいた頃にはあり得ないことでもあった。きっと灰牙も私同様、変化した点を見るより先に郷愁が芽生えているだけなのだろう。
 私は髪に差した羽を撫で、一線を画したのだと強調する。

「私はもはやイに在らず。鳥に扮したまがい物です」
……移り気な」
「海浬様は先を見据えるお方だ。あの方は墓守を望まれないでしょう」
「本人がそう言ったわけでもあるまい」
「あなたがそれを言うとは」
……
……

 沈黙が降りた。剣の柄に手をかけなかっただけましと言えた。そもそも灰牙の手元に残っているのは鞘だけだ。いっそその身一つでも十二分に戦える男にとって、得物の有無が如何ほどに重要であるかは別として。
 黙り込んで、しかし待つ姿勢の私を見て、灰牙は深くため息をついた。

「貴様も座れ、話がしづらい。話さなければここから出す気もないんだろう」

 あいにくこの場に椅子はない。服の裾を払い、背筋を正して直接床に座する。牢を隔てて向かいにあぐらをかいて座る彼は、訥々と、低い声で言葉を続けた。


◇◇◇


 灰牙の昔語りの一言目は、こうだった。

「イが滅びる時、自分も共に滅びているものだと思い込んでいた」


 消えたものが一個人であるということを除けば、まさに私の心境でもあった。身を挺して使えることが従者の要であり、そういった点においてのみ、私と灰牙は意を同することができていたはずだった。だというのに互いにこのザマというのは、ひどく不格好な話だ。

 語り語られるイの盛衰。
 灰牙の朴訥とした声に応じて、水泡のように記憶が蘇る。

 過去に響くは、漣のような主君の声――――




「咎森はどう思う?」

 海浬様は他者の知見に貪欲だった。一人が独りで得られる量を十分に理解し、他から過失なく得る術をよく学んでおられた。根幹だけを取ればやはりイの気質をよくよく体現する方と言えたのだろう。
 あの方は部下というより論議の相手を求めているようでもあり、それに応えられることこそが誇りとなった。
 海浬様が御身を翻してイの淀みに風穴を開けていくたび、周囲の厭いの影は色濃くなった。だが、私は海浬様を諫めるどころか、その背が伸びるを助く行いばかりをしていた。宮廷の隅々へ運ばれる風は、端的に言って、爽快であったからだ。


 ここで、自問。
 ────私は海浬様をお止めするべきであったのか?

 何十何百を通り越し、億と呼んで過言に値せぬ自問はしかし、答えを得られずにいる。
 ただ、事実だけがそこにある。



 灰牙は言った。

「死に損なった」

 耳に堪えた。

 ────先立たれる。

 私とて、そのような語がこの世に存在していること自体、唾棄すべき悪のような気さえしていた。


◇◇◇


 故、一通り語り終えた灰牙の言葉は私を底へと叩きつけた。


「海浬様が、生きておられる……?」


 声に出たのはどうしようもなく隠し切れない動揺だった。



 灰牙は頷くでもなく見下すでもなく、ただ、私を見た。真紅の隻眼が何より雄弁であった。

「気にするはそちらか。イの興亡はどうした」
……他に重んじるものなどあろうことか」
「我ら十二魔槍の矛を捧げるべき旗印が消えたというのにか」
「私の御旗はもとよりそこにはありません」

 灰牙の叱責は見当違いと呼んで等しく、また、その食い違いが今更になって明示されることもまた滑稽であった。おそらくは灰牙もこの溝を察したのだろう。できの悪い喜劇を嗤うように奴は鼻を鳴らした。

「そうか、貴様は逆賊だったな」
「仰る通り」

 反旗を翻したというには少々異なる、それでも傍から見れば背信にしか見えないだろう。それでよい。イの者と邂逅した時から、否、それより前から覚悟は決めていた。



 だが。
 それはイというものが私の主君で無かったからこそ。
 では、御身をかろうじて繋いだという我が主を知れば。墓にすら入れられなかったと伝え聞いていた我が、我が賢王の、息づくを知った今、私は。

 ここで、再度、自問。

 ────私の真なる背信はここにあったのか?

 諦めた事こそが罪悪か。私は今に至るまで海浬様の命が継がれていることを信じ、御身の影を探し求め続けるべきであったのか。
 実際過去はそうだった、だがあの山中で私は喪失を悟ったのだ。灰牙のように半身を喪うほどではなかったが、私とて臓腑が腐り焼ける心地は噛み締めた。


 喪失したのだ、主を!

 ────しかしそれすら、欠けた忠義の言い訳ではないか?
 ────私は私の言い訳を都合よく海浬様の生霊に言わせていただけだったのか?


 海浬様は墓守を望まないと、革新の君が私の停滞を見ては呆れると、そう心を奮わせ進んできた道は全て誤りであったのか。私が都合よく主の似姿を想起し、捏ね回し、創り、押しつけて────────




「たいしたものだ」

 明確な嘲笑が聞こえ、私の思考はひたと止まった。
 渦巻いた私の胸中を逆撫でるには十分すぎる雑音であった。

「何か」
「どうやら貴様は かわずでないらしい」

 こちらが真意を問う前に、灰牙は言葉を続ける。続けた。
 致命的な楔、鋭き矛先。


「海浬皇子の居所すら聞かれないとはな」


 ────────────────────────言われて、気づいた。いや言われるまで自覚していなかった。私はかの方の生存を知り、真っ先に、歓喜落涙すべきで、あり、


「皇子に傾倒していた貴様のことだ。
 てっきり感涙でもするかと思っていた」


 自、問。

 ────何故私は

 吉報を、晴天の霹靂を、海浬様の、生存を。



 ────────────慶んで、いないのか?





 答えはない。

 無い? 無い、など。

 言葉が出ないなど、いつぶりか?




 絶句する私の姿が意外とばかりに、まっすぐ灰牙は私を見て言葉を重ねる。

「もう次なる海を見つけたのだろう?」

 何を迷うと言わんばかりの、その態度。
 真紅が私を射抜く。相手に射る気はないのだろう。しかしその素の瞳が最も恐ろしく、私の内なる罪が暴かれていく。
 動揺は、心の痛みは、至らぬ覚悟によるものだ。

 ─────私の主君はもはや一人と定めたのではなかったのか?

 己の頭蓋が軋みを上げる。最適の解は選べずとも最良を選んできたつもりだった、その足元が崩壊を始める。ひたすらに、視界が、赤い。



 この場で唯一私を処すことのできる相手は、その義理など無いとばかりに吐き捨てる。

「こちらの知ることはこれで全てだ。そろそろここから出せ。行かねばならぬ場所がある」
……何処へ…………
「柱へ」
「何故、」
「主命を果たすため」
「亡き主命を?」
「それしか残っていない」

 簡明だ。この男は常にこうだったと思い出す。
 煩雑で動乱を伴うことは良しとせず、むしろ海浬様の働きにより方々の淀みが湧きたつ様を憎しと思う節すら見て取れた。ともすれば私は灰牙のことを思索無き男と軽んじていたのかもしれない。

 だが、今、彼の愚直なまでの献身が、あまりに眩しい。
 私の思索は闇である。延々と一人考え、考え続け、ただ言葉のみを捻っても結局のところそれだけでは最も尊い方を庇う事すらできない。


 まぶしい。


 気づけば私は牢を開け放ち、なんの意味も成していなかった縄を解いた。この、破壊へと突き進む真っ直ぐな炎を手元に置いておけば、自らが焼け死ぬことは必至であった。
 もしやもう私は燃えかけているのかもしれない。
 痛みが執拗に頭を劈くのは、そのせいかもしれない。


◇◇◇


 灰牙は解放された身体をぐるりと回し、無き腕を強く抑えた。ありもしない痛みを抑えるように、時折顔をしかめながら、しかし呻き声すら発さずに進む。

 牢が開く。共に外へ出る。龍が発つ。
 もうハに龍の影が降りることは二度と無いだろう。

「さらばだ」

 そう灰牙は言い、私の答えを待たずして足を地に踏み込んだ。

 滑空音。触れるもの全てを抉り取るような風の音。半壊した身、潰えるも必須の馬力。そして自滅こそ本懐と示す後ろ姿。


 彼は躊躇いなく、ハの国境を、越えた。
 翼を持たぬ私はそれをただ見ていた。

 見ていた。
 見ていた。
 見ていた。

 そしてそれが何を生むわけでもなく終ぞ私はどこまでも蚊帳の外であった。



 皆が、先へと進んでいる。
 否、私が停滞しているのか。

 灰牙は消えた。
 私は先立たれたのだ。
 否、先立たれてはいない、先立つという単語をあの方には使えない。我が主君は生きておられた。


 ───どちらの?

 
 どちらという選択が生まれ出づる時点で私の義はまがい物なのではあるまいか。そもそも海浬様が亡くなられたと知ったその瞬間に私が為すべきことは、明確に一つ、先立たれる前に、あの灰牙のように、そういった歩みも確かに可能性としては在った、だろうに?

 痛む頭蓋がこじ開けられていく。迷宮のように思考が広がり行き詰まり戻っては出口を探す。そして開く必要のない扉までもを叩いていく。悍ましき記憶が応じ、死体が幾度も蘇る。


 処刑の報、

 主君の死すら見届けることを許されなかった身、

 全て伝聞で終わった我が志、

 山中にて這い蹲る我が身。



 臓腑の焼ける心地がする。

「っ、」

 粉骨砕身で飛び去る眩き龍に対し、私は何だ?



 腐った鼠だ。



「おぁ゛、」

 嫌悪混迷を極めた思考は感情で処理をしきれず、そのまま変調として身体へと繋がれた。込み上げる吐瀉を手で押さえる。グブッ、と喉で濁流の堰き止められる音がする。吐いて快を為せと身体が訴える。そうだ吐けば楽になるのだ。全ての懊悩はここに吐き出され過ぎ去るものとされるのだ。

 楽になる?
 させるものか。


 そのような許しを与えてなるものか!



 無理やりに嚥下すれば酸い味が尚反吐を促す。未だ脳髄は締め上げられるように痛む。思考を止めろと本能が告げる。全身を穿たれても到底至らない罪が罰を求めて脳を空転させる。


 しかし、

 しかし、思考はあえなくも止まる。



「咎森!」



 神の声である。
 それは幼くも凛とした少女の声をしている。
 奇しくも、我が命運を定めたあの時に近しい状況だった。
 しかしこの時ばかりは冥府へ叩き落とされたかのような心地だった。



 何故を求めて即時で氷解した。紗々羅様の後ろには見慣れた兵が着いていた。確かに紗々羅様へ報告するよう言いつけた。だが災いの可能性のある渦中に連れてくるとは如何なる了見、避けよと言わねば避けられないのか。

 判っていない、誰もが理解っていない、


 もはやハは私無くして紗々羅様の御身を守れない!


 自問。


 ────海浬様の代わりにお護りすることで満たそうという魂胆か?



 臓腑が熾る。



「っ゛」
「咎森、大丈夫。大丈夫ですから……!」

 いつの間にか御身が傍にある。紗々羅様は疑問を投げず、ひたすらに私を励まそうとしてくださる。聖衣を躊躇わず地に付けて、私の汚れた顔を拭う。
 そのようなことをさせてはならない。だが声が出せない。出せば吐く。汚物を、弱音を、迷いを、あろうことかこのお方に見せてしまう。
 取り繕わねば。面はどこへやった。無ければ私はハの者としていられない。手が宙を掻く。
 否、ハの者である必要がどこに在った。
 海浬様が、否、紗々羅様が? 我が身を全て磨り潰して捧げても足りぬ想いだけが浮いている。脳髄が揺れて主張する。思考を止めろと主張する。


 自問。


 ――――止まれば楽になれるのだろうか、


 途端、荒れる風。耳鳴りの音。肌身を通じて溢れる理力。息苦しい濃度の空気。今、行き場を失って吐き出されようとしている之の正体を不意に悟る。


 脳髄の痛みは警報だ。
 焼ける臓腑は警鐘だ。

 腐り堕ちかける頭の中で、寸でのところで思いつく。


 巻き込んでしまう。紗々羅様を!


「きゃっ!?」

 紗々羅様を突き飛ばす。手荒な真似でしか扱えない。

 限界だ。
 

 限界だ、限界だ、限界だ!




「咎森!? だめ……!」



 カッ、と視界が明滅した。


◇◇◇


 私の周りを膨大な光が纏っていく。為すがままに身を任せてしまう。喉奥の嘔吐感は薄れ、胃液は吸い取られたかのように息を潜め、脳髄に響く痛みは遠くへ去っていく。その原理を思考することは止めた。ただ身を委ねていたかった。

 しかし、最後に自問する。

 自問だけをする。



 紗々羅様の制止すら私の身体は受け付けてくれなかった。

 ────紗々羅様の命ずる声は私の懊悩より軽いということか?



 答えは無い。出さぬを選んだ末路こそが今のこの身。展開された理力が丁度よい型を受けたとばかりに収まり行く。細く潰えた行き詰まりの小路。行きつ戻りつしかできぬ繭。

 所詮鼠には袋小路が似合いだと、おそらくそういうことなのだろう。



「嫌、咎森、いやぁ……!」

 ぼんやりと声が聞こえる。

 しかしそれがもう何なのかもよくわからない。問いにすらしようと思えない。

 自問が、

 思考が、

 私が、

 閉じていく。


◇◇◇


 遠く、光を見た。
 すぐ傍からの
 ようでもあったし、

 柱の方角からのようでもあった龍が

 龍が事を為したのかも
 しれない。

 少女が
 少女が
 少女という神という主という光という拠り所という形容が形容で塗り固めて崩壊した私の

 涙したのかもしれない。

 感情が 泡のように
  浮かび、       消えた。

 他、
 為すことはもはや無し。


           閉、
                      眼。



<終>