pinopipi
2026-07-14 08:08:32
26803文字
Public
 

きみがいい

ヌヴィフリ/貴族パロ/捏造&改変だらけ/1P目の注意書き必読


それからフリーナは、誰に邪魔されることもなく夜には王城を抜け出し、コリオという名で舞台に立ち続けることができた。また、コリオの正体がフリーナと知って尚、フリーナが舞台に立つ日は相変わらず観客席の最前列中央にヌヴィレットの姿がある。公演中に絶えず注がれるヌヴィレットからの一際熱い視線も、公演後コリオ宛てに贈られる大きな花束と分厚いファンレターも、その熱量は全く変わらなかった。
ヌヴィレットはフリーナに対して、"役者とファン"、もしくは"王女と大公"といったように、彼はTPOに合わせた適切な距離感を保ちながら紳士的に接してくれる。正体がバレてしまう前、フリーナは王城内でヌヴィレットとエンカウントしないよう必死に避けていたが、今では彼の姿を見かけたらフリーナから笑顔で声を掛けられるようになった。
もちろん、ヌヴィレットは他言しないという約束をずっと誠実に守り続けてくれている。
フリーナは次第にヌヴィレットへ対する認識を改めていった。舞台活動を通して彼に親しみを持つようになり、小さな好意が積もり積もってーーーーやがて、恋心を抱くようにまでなっていた。ヌヴィレットは誰よりもフリーナの演技を愛し、その努力や価値を理解し認めてくれるひと。公演中の熱い視線も、温かな拍手も、称賛の意を表す言葉や花束も。気付けばその全てがフリーナにとって何にも変えがたい宝物になっていた。いち役者として、特定のファンだけを贔屓するのは間違っている。それはちゃんと理解しているものの、一度フリーナの心に芽生えた恋心は日に日に膨らんでいくばかりで、はっきりと自覚した時には既にこの感情を抑え込むことなど不可能であった。いつか、もし彼と結ばれたならば。それはどれほど幸せだろうかーーーーと、恋に浮かれ夢見る普通の少女の如く、砂糖菓子のように甘い幸せな未来を思い描くことも増えた。

ーーーーしかし。初めこそ、ヌヴィレットからの称賛を受けるたびに心を躍らせていたフリーナだが、ある日ふと"あること"に気付く。ヌヴィレットが気に入ってくれているのは"役者コリオ"であり、"王女フリーナ"ではないのだと。
その事実に直面した瞬間、今まで幾度も浮かべた幸せな空想は全て音を立てて崩れていった。思えば、フリーナが王女として振る舞っている時間は、フリーナから話し掛ければ快く言葉を返してくれるものの、ヌヴィレットから話し掛けてもらえたことなど一度もないのだ。彼がフリーナに関わろうとするのは、決まって王城外ーーーフリーナがコリオと名乗り、変装して身分を隠している時だけだった。

そして、そう気付いてしまった矢先のこと。一気に現実へと引き戻すかのように、フリーナに他国の王子との婚約の話が上がった。

「フリーナ、貴女は間もなく成人を迎える。だから、我が国の法に則り成人王族としての義務を果たさなければなりません。」

そう告げたのは、フリーナの実母でありフォンテーヌ王国の女王であるエゲリアだった。女王からの直々の通告であるということは、婚約の話は既に決定事項ーーーーつまり、王命だ。フリーナは絶望した。喉元まで「嫌だ」という言葉が出かかったが、フォンテーヌ国民は例え王族であろうとも法には逆らえないという事実を思い出し、それを音にする前に飲み込んだ。
確かにフリーナはもうすぐ成人を迎えるため、そろそろ嫁ぎ先を決定しなければならない。王女として生まれた以上、その責務を果たし、この国に貢献をしなければならないことは幼少の頃から大臣らに散々言い聞かされてきた。そう遠くない未来、女王になるのは姉ーーー第1王女フォカロルス。ならば第2王女に求められることは、他国との同盟をより強固にするため嫁ぐことである。この国では全ての事柄において法律が絶対視されているが、その中に成人王族の身の振り方についての記述がある。原則次期女王は第1王女とし、王子並びに第2王女以降は成人後、女王の指名により他国の王族と婚姻を結ぶことが義務付けられている。この法律はこの国の歴史に深く関わっており、今から何百年も前に王族やそれを取り巻く権力者達による血生臭い権力争いを起こさせないために制定されたらしい。なので、フリーナが他国へ嫁ぐことは既に決定事項なのである。
どうして今までそんな大事なことを忘れていたのか。フリーナは恋に浮かれている場合ではない。この国の第2王女として生を受けた時から、国内での恋愛は叶わないことが既に決まっていた。ヌヴィレットはこの国の大公の位にある。つまり、どう足掻いてもフリーナがヌヴィレットと結ばれる未来など現実にはあり得ないのだ。

女王から通告を受けた日から、フリーナは自分の部屋に引き篭もりがちになった。クイーンサイズの豪奢なベッドの片隅でうずくまり、しわくちゃになったシーツを被りながらふわふわのクッションに顔を埋める。
劇団には「しばらく休みを貰いたい」とだけ書いた手紙をクロリンデに預け、届けてもらった。
朝から晩まで泣いて、泣いて泣いて。瞼が赤く腫れ上がり、開かなくなるまでひたすら独りで泣いていた。舞台に立つことも、ヌヴィレットへの恋心も全て諦め、必死に忘れようとした。しかし舞台への憧れも、ヌヴィレットへの想いも少しも忘れることなんてできず、忘れようとすればするほど膨らんでいくばかり。どれだけ自暴自棄になっても、今まで彼から受け取ったファンレターを捨てることなんてことはどうしてもできなかった。3体のお気に入りのぬいぐるみーーージェントルマン・アッシャー、シュヴァルマラン婦人、クラバレッタさんとそれぞれ名付けたーーーをぎゅうぎゅうと抱き締めても、心に空いた穴を少しも埋めることはできず、寂しさが積もり積もっていく。やがて泣き疲れたフリーナは、エネルギー切れのマシナリーのように指の一本も動かさぬまま、ただただベッドに臥せていた。
心配したクロリンデが部屋の扉の外から何度も声を掛けるが、フリーナは鍵をかけたまま頑なに入室を許さない。食事を運んでも全く手をつけず、ならば好物のケーキをと用意してみたが一切口を付けてはくれなかった。
このような状態が続けばフリーナの命に関わると判断したクロリンデは、早々にフォカロルスへ報告をした。
するとフォカロルスはすぐにその足でフリーナの部屋を訪ねたが、フリーナはフォカロルスの入室さえも拒む。だが、フォカロルスは合鍵を使って強行突破した。

「フリーナ。一体何があったんだい?お姉ちゃんに話してごらん。」
……話したくない。出て行ってくれ。」
「どうしてそんなことを言うんだい?ほら、隠れていないで出ておいで。キミの可愛い顔を見せーーーー」
「ーーーッずっとこの国にいられる姉様には!僕の気持ちなんて分からないよッ!!」

フリーナはフォカロルスに向かって思いっきりクッションを投げ付けた。理不尽な八つ当たりであることはフリーナ自身が一番理解している。だが、当たらずにはいられなかった。フォカロルスに話しても、どうせ未来は変わらない。だったら初めから一歩たりとも心に踏み込んで欲しくなかった。

フォカロルスはフリーナから投げられたクッションを両手で受け止める。それから、穏やかながら寂しさを含んだ声色でフリーナに問いかけた。

……そうだね。キミの主張はもっともだ。……もし違っていたら申し訳ないけれど、キミは婚約の話で悩んでいるのかな。」
…………

フォカロルスの問いにフリーナは黙り込んだ。それを肯定と捉えたフォカロルスは話を続けた。

「顔も知らない相手と結婚するなんて、やっぱり嫌だよね。」
…………
「僕はね、可愛いキミを絶対に他国になんかくれてやりたくないと思っているんだ。」

フォカロルスは静かにフリーナへと近付き、シーツ越しに優しく頭を撫でる。

フリーナ。僕に全部任せてくれないかい?」
え?」
「実はね。キミを他国に嫁がせないために、僕は既に動いているんだ。」
「そ、それって?」
「ごめん、詳しいことは言えないのだけれど……必ずキミが生涯この国で幸せに暮らせるようにしてみせる。だから……僕を信じてくれる?」

フォカロルスの言葉に、フリーナは迷いを見せた。もしそれが叶うのならば信じたい。信じたいのだがーーーー

「もしもしこの国にずっといられるようになったら、僕の嫁ぎ先はどうなるの?」

シーツの中からフリーナがちらりと顔を見せた。僅かな期待を滲ませて潤んだ瞳を前に、フォカロルスは笑みを深める。

「それはフリーナの気持ち次第さ。まさか、キミーーーー」

好きな人がいるのかい?

フォカロルスがそう尋ねると、フリーナは大きく肩を跳ねさせた。瞬く間に顔が真っ赤に染まり、わなわなと震えている。
そんな分かりやす過ぎるフリーナの反応に、フォカロルスは珍しく声を上げて笑った。

「ははっ!そうなんだね。僕のフリーナは本当に可愛いなぁ。」
「ち、ちょっと!そんなに笑わないでよ!」
「ふふ、ごめんごめん。それで、相手はどこの誰なんだい?僕も知ってる人かな?」
「うぅ、い、言わなきゃダメかい?」
「もちろん。可愛い妹の初恋を全力で応援したいからね。キミの幸せのためなら、僕は何でも協力しよう!」

どーんと胸を張ってそう宣言するフォカロルス。民の前では隙のない王女として完璧に振る舞う次期女王であるが、可愛い妹と2人きりの時はただのシスコンである。フリーナは生まれた時からフォカロルスの愛情を惜しみなく受けて育ち、数えきれないほど多くの場面でフォカロルスに助けてもらってきた。だからフォカロルスの協力を得られるということはつまり、百人力である。思い描いていた幸せな未来が、この恋が叶うかもしれない。そんな僅かな希望が、強く瞬く光となって胸に灯った。
ゆえにフリーナは正直になることにした。身内へ初恋を打ち明けることに気恥ずかしさはあるが、背に腹はかえられない。

……………ヌ、ヌ………………………
「ん?ごめん、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれるかな。」
「っ、ヌヴィレット大公!」
「ワォ」

フリーナが想い人の名前を大きな声ではっきりと伝えると、フォカロルスは驚いた顔を見せた。それはフォカロルスにとって、予想の斜め上を行く人物の名前だった。
少し前までのフリーナは、ヌヴィレットを意図的に避けていたことを知っている。目も合わせられないくらい、彼の威圧感に怯えている様子だったというのに。
確かに最近はフリーナからヌヴィレットに話し掛けている場面をよく見かける。それは社交的な意味合いではなく、個人的な好意によるものだったのだと知ってしまえば、ヌヴィレットを見上げるフリーナの潤んだ瞳も、明るく柔らかな表情も、淡く色付いた頬も、それら全てが腑に落ちた。

フォカロルスはフリーナの頬を優しく撫でながら、慈しむようにうっとりとその顔を見つめる。妹のはにかんだ表情が愛おしくて、尊くて………たまらない。

「恋するフリーナなんて可愛いんだ

フリーナのあまりの愛おしさにすっかり骨抜きにされてしまったフォカロルスは、思わずフリーナを抱きしめた。ここ数日で少し痩せてしまったフリーナの身体を労わるように細い両腕で優しく包み込みながら、さらさらな白波の髪を愛でるように撫でた。フリーナとしては、このように姉に可愛がられるのは生まれた時からの習慣のようなものであったため、フォカロルスにされるがまま身を委ねていた。やがて安心したのか、フリーナがフォカロルスの腕の中で眠ってしまう。穏やかな寝息に気付いたフォカロルスはフリーナを解放し、優しくベッドに横たえた。それから、お気に入りのサロンメンバーを眠るフリーナの傍に置き、静かに部屋を出た。
扉の外に控えていたクロリンデは、フォカロルスに敬礼する。

「フォカロルス様。フリーナ様のご様子は
「少し痩せちゃっていたけれど、大丈夫さ。今は落ち着いて眠っているから、しばらくはそっとしておいてあげて。目を覚ましたらきっと紅茶とケーキを欲しがると思うから準備を。」
「承知いたしました。ありがとうございます、フォカロルス様。」

クロリンデは安堵の表情を浮かべ、フォカロルスへ深々と頭を下げた。

「僕はやらなきゃいけないことがあるから行くね。フリーナを頼んだよ。」
「はい、お任せください。」

クロリンデは再度敬礼をしながら、去っていくフォカロルスの背中を見つめる。その足取りが心なしかうきうきと弾んでいるように見えたのは……気のせいではないのかもしれない。