「──で、ありえない音が聞こえて来たんだけども。何をどうやったらそうなるの?」
「どうしてもダメなのよ〜
……不思議よねえ~
……」
①卵を割ります
②卵をときます
③味付けします
④卵焼き器で巻きます 完成!
「一応聞くけどさ、それ何?」
「だし巻き卵、だったものね〜。失敗しちゃったわ〜」

「炭じゃんwwwwwwww モザイクかかってるし」
ドン!とかバン!とか、およそ厨房からしてはいけない音が鳴っている戦場に、流石に外野を決め込んでダラダラはしていられないと覗きに来たのがNEMIちゃんだった。
「まさかとは思うけど、意外と料理できない?」
「実はあんまりなの〜
……和歌ちゃんが可哀想で、言い出せなくって〜
……」
カウンターの皿の上に炭がコロンと転がされている。超高校級の茶道部、一福さんにはだし巻き卵を依頼した。卵が沢山あったから丁度いいと思って考案した。のだが、あらら、まあ〜!と卵を割るだけで大騒ぎになり、殻が大量に混入。ザルでこしたらまだ誤魔化せるか?と解決したはいいが火加減はハイパワーの超強火で、とてもじゃないがだし巻き卵が完成する未来が見えなかった。案の定完成したのは炭。
「むしろそこまで面白く失敗するのは才能だと思うよ、福ちゃん! 元気だして!」
「残りは私たちでなんとか出来そうだし、ゆっくり休んでて。良かったらなんだけど美味しいお茶淹れてほしいな」
厨房内を縦横無尽に駆け回るあおいがサムズアップして一福さんを励ましている。私も包丁を動かす手をとめない。曰く、本当はお茶しか淹れることができず、ドジばかりしてしまうらしい。むしろ怪我や事故にならなくて良かった。絶望の残党に殺される、ラプラスに殺される、市民として保護される3択の中に「一福さんの料理事故により死亡」が足されるところだった。
「わかったわあ〜。役立たずでごめんなさいねえ。美味しいお茶、準備して待ってるわあ」
「完成したら運ぶのくらい手伝うから! 綴りん、あおい、頼んだ!」
「頼まれた!」
「頑張るね」
料理が苦手なのを申告しなかったのは、私を思っての行動らしく咎める事も憚られる。それに、メニューも簡単なものだけで組んだので、超高校級のコンシェルジュ海月坂あおいと、料理は一般レベルの私で何とかなりそうだ。
「(すごいな、ほんとに一流コンシェルジュさん?だ。めちゃくちゃ周り見てる、ぶつからないし細かい気遣いが丁寧)」
一口サイズにカットした鶏もも肉をビニール袋に放り込み、片栗粉を入れて袋を振る。手を汚さずに粉をまぶす母直伝ズボラテクの後、フライパンへ。鶏肉に火が通ったらだいたい同じ量の砂糖、酒、みりん、醤油をジャバジャバ入れて絡める。
調理場はスペースにかなり余裕があるのだが、広いなら広いで困ることもある。調味料に使った酒、みりん等の業務用ボトルは、私もあおいも共通で使うものだ。使用するその時、手の届く場所にあるのは、あおいが使用した後私の手の届く場所に戻してくれているから。その他、上手く立ち回るための先読みの行動が素晴らしく、私は一切のストレスなく鶏肉の照り焼きを完成。その他同時進行で進めていたものも順次大皿に盛られていく。
「みんなー! できた分から運んで運んでー! 働かざる者食うべからず、だよー!」
「うっわいい匂い! 味見したいです!!」
「だめなの。いただきますするまで許さないの」
疲労感が凄まじい、勢い晩御飯の完成だ。量、味ともに合ってるのか分からないが、どうにかこうにか目標の1時間で間に合った。
・牛丼の頭
・鶏もも肉の照り焼き
・具沢山の豚汁
・無限キャベツ
・ポテトサラダ
・だし巻き卵
・冷奴
・キムチ盛り合わせ
豚汁には備蓄の野菜を数種放り込んで栄養たっぷり。キャベツと塩昆布とごま油の組み合わせが抜群な無限キャベツ。腹ペコ勢や男子高校生の腹を満たすため、牛、豚、鶏をふんだんに使用。これらは全て大皿に盛られており、お茶碗、プラスチックの汁椀、おかずを好きに盛る大きめのプレートが配られた。
「えと、味の保証はできないけど、ちゃんと食べれます。足りるかわかんないから譲り合って食べてもらって
……」
「みんなちゃんと綴りんにお礼言ってね! あと、ご馳走様したら使った食器は自分ですすいで食洗機に入れてくださーい! じゃ、いただきます!」
大きな業務用炊飯器、豚汁の深鍋も運び込まれ、各自好きなものを取り分けて食べる夕飯がスタートした。疑われるかと思ったが、皆躊躇することなく箸が動いているようで安心した。毒を入れただの、何かしらで糾弾されたら嫌だなと不安だったし、可能なら調理場には3人立ちたかった。一福さんが離脱したことに目くじらを立てそうな人も斜め前でポテサラをモグモグしている。
「
……なんです」
「いや、なんというか、──毒でも盛ったんじゃないですか? 貴女が残党でない証拠は?
……とか言われたらどうしようかと」
「それ僕の物真似ですか?」
「いえ別に」
1人なら無実を証明できない。2人でも不安だし、もし片方が絶望の残党なら危険。なるべく3人以上というのが、要らぬ心配をかけない安心への工夫だと私は思う。
剣城もとい、
宝生さん早乙女剣城から相互監視のお達しが出たはず。
「
……まあ、言い出せばキリがありませんし。貴女が絶望の残党であれば、対策規定13条で破壊を猶予させる動機がイマイチピンと来ませんから」
「(信じてもらえてるみたい
……? なのかな)」
牛丼の頭争奪じゃんけんが盛り上がり、落ち着いた食事をするメンバーとで個性が出ている。ぐるりと見渡した感じ、よく食べているのは先程空腹宣言をした
御畝さん、
鷹栖さん、あとスポーツマンの綾瀬。難波とあおいもパクパク食べている様子だ。
「綴りん! この肉超おいしーめっちゃイケる! ありがと!」
「鶏もも肉の照り焼きだよ。カンタンに作れるからまた今度一緒にやってみよ」
「
了解!」
「家のご飯みたいだわ。温まる~
……」
「わたくし、塩昆布なるもの初めていただきました。クセになりますわね、気に入りました!」
「(アッお金持ちのお嬢様に庶民料理を出してしまった、どうしよう私消されないかな!?)」
近所のテーブルで女子会をしているキラキラ女子チームからもお褒めの言葉を賜った。恐縮である。
「和歌ちゃん、このたまごやきはどうしてこんなに綺麗な黄色なのかしら。わたし真っ黒にしちゃったわよね」
「火加減だと思うよ。弱火と中火の間くらいにして、油をちゃんとひいたらくっつかないし」
「わたし、さっきどうしてた?」
「超強火」
「あらま〜」
一福さんは隣で黒焦げだし巻き卵もどきの反省をしているようだ。聞けば本当にうっかりドジが多いらしく、どう頑張っても何かしら失敗してしまうらしい。本人は頑張りたいとの事なので、簡単なものから一緒に挑戦してみたらいいかもしれない。
「あ、綴りんちゃんご馳走様。美味しかったよ」
「お粗末さまでした」
別テーブルにいるのは早乙女で、その向かいに居るのは意外にも九十九だった。何やら話も弾んでいる様子だ。九十九といえば、この地下都市の面積をツラツラと教えてくれた人でもある。表情が固く、何を考えているのか分からないが、頭の賢い人は賢い人同士で高次元な話に花を咲かせることができるらしい。私には遠い世界だ。
「ここの面積ね。彼凄いよ、足で測ったんだって」
「まあ〜!
……どうやって?」
自身の行いを目の前で語られるのは居心地が悪いらしく、少しだけ眉間にシワが寄っている九十九にお構いなしで、早乙女は高次元で咲いた花を要約して教えてくれた。
「所謂伊能忠敬方式ってね。今俺が命名した」
「成程。分速は?」
「80m」
「実に合理的ですね」
この
早乙女九十九剣城の高次元トーク。私はなんとなく薄っすら分かった心地だが、隣の一福さんがポカンと口を開けている。これなあに?と目線を貰ったので、少し解説することに。
「伊能忠敬って歩いて日本地図を完成させた江戸時代の人だよね。九十九は同じように、この地下都市を歩いて距離を計測して、面積を計算したってことだと思うよ」
「ああ〜。歴史の授業で習った
……気がするわ〜」
「その絶妙な間は何なんです
……。ちなみに、分速80mは不動産における駅から徒歩〇分、に用いる速度と言われています」
NEMIちゃんと私が決死のハシゴ行軍をしている間、あるいは私が気絶している間すらも、九十九は一定の歩幅と速度で歩き面積を計算していたそう。
「わたし数学がニガテで~
……それでどうやって面積が分かるのかしら~?」
「うーん、面積とか速度とかの計算は数学より算数だねえ。センセイ、解説よろしく」
「
……」
九十九はコミュニケーションが嫌いな訳ではなさそうだ。私がさっき面積を聞き逃して復唱してもらった時も、今も、その行為自体は嫌そうじゃない。ただ、今は早乙女に雑なパスを食らって眉間にシワが寄った模様。わかる、アンタがやれるならやんなさいよと言ってやりたいよね。私も。
「距離を求める公式は、速さ×時間。分速80m×壁から真っ直ぐ突き当たりまで50分かかったので、距離は4,000mつまり4km。歩幅80cmで丁度5,000歩だったから、誤差は少ないはず」
私も数学はあまり得意な方ではなくて、自認は文系。数学ⅡBは自信がない。暗記は得意だから、公式に当てはめる計算系はなんとか持ちこたえた。
「外壁は僅かにカーブが掛かっていて、上階から見下ろしても円形として認められる。100mごとに凡そ3度程の傾きがあった為円の面積の公式、
2km×
2km×
3.14=12.56平方km」
「
……なるほどね〜! すごいわあ〜!」
「(分かってないな、一福さん)」
問題はこの広大な土地に、人っ子一人いない状況ということ。たった16人放り込まれた中に、ラプラスは絶望の残党を検知したと言う。脱出不可密室の中、犯人と共同生活をするミステリーのようだ。1人にさせてくれと言う人の気持ちも痛いほど分かるし、ミステリー小説の中なら私は1人になって、いつの間にか殺されてそうな気さえする。ただ、このラプラスが管理する世界には絶望の残党すら従わなければならないルールが存在した。それを正しく理解すれば、1人になってフラグを立てることもあるまい、と思いたい。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.