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燈 ともしび
2026-04-26 19:58:54
53311文字
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ぎゆさね【甘いケーキと苦い珈琲】
大学生🌊さん×喫茶店マスター🍃さんの歳の差 現パロです。
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「へェ、そうかィ」
なんて気の抜けたような飄々とした返事をして、でもやっぱりマスターは油断出来ない人で。
手のひらを掴んでキスしたら、今度はその手でかなり痛いデコピンをされた。
「ッ、ってぇえええ!」
多分俺の額に穴が開いた。それくらいの威力だったが、マスターは目が笑っていない笑顔をしている。
「あのなァ、許可なく他人の身体に触れるのは犯罪だからな。覚えておけ」
「
……
はい」
痛い。でも言われていることはもっともなので言い返せない。触れる許可がないと言っていたのに最後は欲に負けてキスしてしまったのだ。俺が悪い。
痛さに涙目になっていたら、今度は額を撫でられた。これはあれだ、いたいのいたいのとんでいけ、だ。小さい頃に母や姉にして貰った記憶がある。俺は鈍臭い子どもだったのでよく転んでは泣いて、その度にそうして慰めて貰ったのだ。
「マスターが俺に触れるのは良いんですか?」
触れて貰えて嬉しい。でもちょっとだけ意趣返しをしたくて言ってみる。
「これは責任とって子どもをあやしてるだけだから良いんだよ」
「ずるい」
「大人はずるいもんだ。覚えとけ」
ふわっとまた笑う。本当ずるい。
綺麗で、一瞬でまた目を奪われるからずるい。
「あのなァ」
「はい」
「一応確認しとくんだが」
「はい」
「冨岡は俺に抱いて欲しいのかそれとも俺を抱きたいのかどっちだ?」
「え!」
いきなりそんなことを聞かれるとは思わなかった。なんて事を聞くんだと思ったが、先に仕掛けたのは俺の方だ。
「あの
……
」
「うん?」
「抱きたい、です」
即答。自分でもびっくりするくらいすらすらと答えていた。今まで異性にも同性相手にも性欲を伴った欲望を感じたことなんてなかった。
でもマスターに対しては違った。綺麗で魅力的で、歳上で大人なこの人が欲しい。ぐずぐずに溶かしてしまいたい。自分にこんなドロドロの欲があったなんて信じられないくらいに、そう思う。
正直に答えたらマスターはまた困惑顔をしている。何度目だろう。俺はこの人を困らせてばかりいる。
「またそれはなんというか」
「抱きたいです」
「何度も言わなくても聞こえてるってのォ」
ハー、と大きなため息を吐かれてしまった。でもここで引くなんてあり得ない。
だってさっきの手のひらへのキスは俺からの戦線布告なんだ。負けるわけにはいかない。引いたらこの人は絶対に手に入らない。
「あのな」
「はい」
「フェアじゃねェから言っとくが、俺はゲイだ」
「
……
へ?」
「でも正直なところ冨岡は俺の恋愛対象外だ。まだ学び途中の学生にそんな欲を向けられない」
「
……
」
また正論だ。
でもそれも分かる。俺はまだ大学生で、働いたら返すつもりだとしても学費も生活費も現状として親に頼っている時点で自立していない。一方のマスターは店の主として立派に働いている。この差は大きい。
「そんな対象じゃなく、可愛い弟分として扱ってた。素直でくるくると変わる表情が面白くて見てて飽きなかったからな。だから家にも入れて飯を食わせた」
うん。そんなのは分かっていた。
でもそれでもあなたに惹かれて触れたいと必死になっていたから嬉しかったんです。だって好きだから。
「だから俺のことを好きだって言うのも抱いて欲しいとかそっちなんかと思ってて。でもそっちはしたことねェし」
「え」
慌ててマスターににじり寄る。今、なんて言ったのか確認したかった。
「そっちはしたことがないって、抱いたことがないってことですか?」
「
……
余計なこと言ったな。そこは聞き流しとけよ」
「いやですよ。そここそが大事なとこじゃないですか」
俺はあなたを抱きたいんだから。
「だから子どもってのはタチが悪いんだ」
食いつくような勢いの俺と、ため息を吐いて俯くマスターと。なんだか形勢逆転した気がした。
そして今なら聞ける気がする。さっきは聞いても関係ないと切られてしまったけれど、今俺の心に刺さった棘のようなあの人のことを。
「あの人は、マスターにとって何ですか?」
「あ?」
「店に来てあなたを不死川と名前で呼んだあの男の人です」
「しつけェな」
「しつこいです。好きなんです。気になります」
「
……
本当にタチ悪いんだよ、ガキは」
ここで初めて子どもではなくガキと呼ばれた。なんかランクアップか。距離が近付いた気がして嬉しい。俺のことをなんて呼ぼうと構わないんだ。あなたに近寄れるならなんでも良い。
「もう縁が切れた相手だ」
「好きだったんですか?」
「
……
本当におまえはクソガキだな」
何気ないやり取りの中でマスターの余裕が無くなっていくのが分かる。笑う余裕も表情や言葉を取り繕う余裕もない。
だからここで手を緩めてはダメだと思った。今しかマスターの本音に、心の奥に触れられないと。
「昔の話だ」
「はい」
「俺は割と良い会社にいたんだ。あいつはそこの同期」
同期ということは同い年なのか。マスターが若く見えるのもあるが、ずいぶんと老けて見えたが。
「あいつが営業で俺はエンジニアで。ウマがあって二人で組んで仕事して、怖いもんなんかなかった」
マスターはしゃがみ込んだまま、手を組んでその手の中に顔を伏せてしまう。これは本気で表情を取り繕えなくなっているんだと思って俺もあまり見ないようにした。でなければ本音が出てこなくなりそうで。
「社内でも賞とか貰って、ベストコンビとか言われててなァ。すげェ楽しかった。二人で朝まで飲み歩いたり旅行とかも行ったりしてな。でも、ある日気付いちまったんだ。風呂に入っている時とか、薄着でいる時、ついあいつに視線を向けてしまうことに。そしてあいつから視線を向けられていることに」
マスターはまた大きなため息を吐いた。
「俺もあいつもまだ若かったからな。そうなるのに時間はかからなかった。躊躇もなかった。若さって怖いよなァ。でも」
なんとなく正面からマスターの横に移動した。俺もこの話を落ち着いて聞ける自信がなかった。だって好きな人の昔の恋人の話とかやっぱり凹むだろう。聞きたいと言ったのは俺なのに勝手だけれど。
「俺たちの活躍は思っていたより大事になっていて、あいつは社長の娘に婿入りしないかと言われたんだ」
「
……
ッ」
何か言いたかった。でも言えなかった。そんなのって。今の話ではないのに怒りで目の前が赤くなる。
「あいつはその話を受けた。俺は会社を辞めた。昔のことだ」
何も言わない代わりに力無く降ろされたマスターの手に触れるように手を添える。マスターの手はびっくりするほど冷たくて泣きたくなった。
あの頃受けた傷と痛みが体温を奪っているのだとしたら。
なら、少しでも俺が温められたらと。
手が触れた途端、マスターは横にいる俺の方を見てちょっとだけ口角を上げた。笑うほどの気力がないのかもしれない。でも怒られなかったことで俺もほっとした。
「この店は母方のじーさんが一人でやってた店でなァ。会社を辞めた後、実家にも戻れずふらついていたらじーさんに呼ばれたんだよ。暇ならこの店を継げって。俺はもう長くないからおまえの居場所をくれてやるって」
俺がなんで会社を辞めたのかとかそんなことは何にも聞かずにそう言って、コーヒーの淹れ方とかケーキの作り方とか色々教え込んで俺に店を任せて。そして半年後に本当にポックリ逝っちまった。
「俺はそんなじーさんが好きだったんだ」
ああ、だから。
だからこの店はこんなにも暖かくて居心地が良かったのか。初めて店とマスターのルーツを知れた。それがとても嬉しい。
「アイツとは会社を辞めてから連絡をとってなかった。俺が共通の知人も全部切ったから。この店も前に住んでいたところからかなり遠い。だからもう二度と会うこともないだろうと思っていた」
「なら」
思わず声をかけるとマスターは苦笑いをする。
「アイツは金持ってるからなァ。なんせ社長様だし。おおかた探偵でも雇って調べたんだろうよ。素人の人間一人見つけるなんて簡単なことだろうし」
酷いことをしておいてなんで今更ノコノコとマスターの大切な店にまで来たんだ。代わりに俺が喚きたい。
「死ぬんだとよ」
「え」
予想外の言葉にあの男への怒りの言葉が引っ込んだ。
「よくない癌が複数見つかってもう末期だと。で、勝手なことを言ってきた」
『最後に、不死川に謝りたかった』
昔は身体の大きな奴だったのに顔も身体もすっかり痩せ細って。老け込んで。
『これは好きな人を大切に出来ずに裏切った罰だから受け入れて死ぬ
……
すまなかった』
そう言って、当時アイツが吸っていたタバコとライターを手渡してきた。二人でいる時、いつもアイツから漂っていた匂いだ。
「最後の最後に俺に本当に消えない傷を残そうとしていきやがった、最低な奴だよ」
俺は怒りと、よく分からない感情が腹の奥底でぐるぐると渦巻いていた。
あの男がマスターを裏切ったことへの怒りと、でも死ぬ間際になってどうしてもマスターの心を自分に縛り付けたくなった執着。
俺があの男ならマスターを裏切ることなんて絶対にしないけれど、もし死ぬのだとしたら俺も同じようにしてしまうかもしれない。この人を、自分以外の誰かに取られるなんて耐え切れない。それくらいなら縛り付けてしまいたい。
この人が綺麗な理由。それは心に消せない傷と痛みがあるからだ。本当は繊細で弱いひと。だからその傷を無意識にでも埋めようと必死になって生きていて、でもそれがあまりにも儚くて綺麗で。
「俺は、死なないです」
ぎゅっと横からマスターを抱きしめた。
「俺はあなたより若くて良かった。絶対にあなたより先に死なないから、ずっと愛して側にいます」
「だから、俺のことを好きになって」
裏切られた記憶なんて俺が上書きして消してやるから。だからあなたはずっと俺の隣で余裕がある笑い顔をしててよ。
許可なく触れたのに、マスターは怒らなかった。
俺はそのまま冷たくなったマスターをずっと抱きしめ続けた。
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