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燈 ともしび
2026-04-26 19:58:54
53311文字
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ぎゆさね【甘いケーキと苦い珈琲】
大学生🌊さん×喫茶店マスター🍃さんの歳の差 現パロです。
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ーマスター視点ー
もう二度と恋はしない。
本気の恋だった。ずっと一緒にいたいと思っていた。
あの時、自分の全て──居場所も仕事も愛する人も失って、俺はそこで人生を終わらせようとすら思っていたのだ。
ただ、死へと歩むには気力が無く、奇跡のようなタイミングで喫茶店を継げと言ってもらえたからなんとか生きていただけで。感情や表情、生きる気力のない抜け殻の男。それがあの時の俺だった。
食べることも寝ることも出来なくなっていて、でもじーさんは一度たりとも俺に食べろとも寝ろとも言わなかった。ただ、時間があるなら珈琲豆と向き合ってみろと焙煎のやり方、美味いコーヒーの淹れ方を淡々と教えてくれた。食べられなくて体重が落ちた俺でも食べやすいように軽食や優しい味のスイーツをたくさん作って食べさせてくれた。それがどんなにありがたかったことか。
「人生はなんども間違えて、つまづいて。でも最後に笑ったらそれで勝ちだ」
仕事が終わるといつもじーさんはそう言ってタバコをふかしていた。
「タバコ、身体に悪いから止めなよ」
ある日俺がそう言ったら初めて笑った。
「可愛い孫にそう言われたら止めねぇとなぁ」
その数ヶ月にあっさりこの世を去ったのもじーさんらしかった。最後まで自由で温かな人だった。
そんなじーさんから託された店は常連客も温かくて、継いだ当初は味も接客も酷いものだったろうに怒られたことがない。
「俺らはどうせ味なんてわからねえから何を出されても大丈夫だ」
「俺らはお前さんと話しに来てるだけだ」
じーさんの跡を継いだことを喜んで、未熟な俺を応援してくれた。だから俺もその気持ちに応えなくてはと必死になった。
「ここの珈琲は美味いぞ」
そう聞いたので、と新規の客が来てくれた時は店を閉めてからひっそりと泣いた。常連客が裏で宣伝してくれていたこと、でもそんなことは俺には一切言わなかったこと。全てがありがたくて泣いた。
俺の居場所はここだ。
ここで生きていても良いんだ。
全てを失ってもこの店は俺を丸ごと受け入れてくれた。お陰で俺は今も生きていられる。
それから少しずつ体力も戻り、コーヒーやスイーツの味や接客にも自信が持てるようになって俺は笑えるようになった。一人なら暮らしていけるくらいには店にも客が来てくれるようになっていた。
あの日、一人の男が店のドアを開けるまでは平和そのものな毎日だったのだ。
義勇。
初めはもし俺に子どもがいたらこんなくらいかと思い、そのうち若さ故の素直さや反応が面白くて可愛くなってきて、誰も入れたことのない二階の自宅にまで招いて飯を食わせてしまった。
じーさんの残していったタバコを誰のと勘違いしたのか怒りだして、挙げ句の果てにはこんな同性で草臥れた中年の俺を物好きにも好きだなんて言ってきた奴。
「俺は、死なないです」
「俺はあなたより若くて良かった。絶対にあなたより先に死なないから、ずっと愛して側にいます」
「だから、俺のことを好きになって」
そう言って俺が失った心ごと抱きしめてきて、気付かないうちにひっそりと俺の心の中にまで入り込んできた奴。
あいつはバカだろう。
あいつには未来がある。なのにこんな面倒くさい俺の手を取ってしまって。
地位も名誉も金も、俺には何もあげられるものがない。唯一あげられるのは俺の心と身体だけ。そんなものに大した価値なんてないのにいつも嬉しそうに笑いやがって。
お前は本当にバカだ。
そんなんだから今更嫌がっても俺はもう手を離せない。離してやれない。
左手の薬指を見る。
有名なブランドではない。でも休みの度にあちこち店を回り、俺の手に一番似合うものをと探して贈ってくれた、指輪。裏にお互いのイニシャルとお互いの瞳の色が埋め込まれている。
「初めての給料がすっ飛びました」
なんてケラケラ笑うから俺の方が慌てたし、なんてことをするのだと怒った。
「え、でも両親も姉さんもよくやったって褒めてくれましたよ? 実弥さんは俺には勿体無いから絶対逃すなって」
と、なんてことないように言って、
「実は俺のもあるので実弥さんが嵌めてくれますか?」
と更に爆弾発言をしてきた。
バカ。何度も言って。でも涙が止まらなくて。あまり見えない中で必死に義勇の左手薬指に嵌めてやった。
「ボーナスが出たら結婚式しましょうね」
「バカ! さすがにそれは俺にも払わせてくれ!」
「わあ、じゃあ豪華な式になりますね」
能天気に、でも幸せそうにずっと笑っていた。
俺たちは同性だから『結婚』という形はとれない。でも義勇は疎遠になっていた俺の両親や死んだじーさんの墓にまで出向いて
「実弥さんは俺がずっと笑わせます。幸せにしますし俺も幸せになります」
って宣言した。
俺はその隣で人生で初めてというくらい泣いていた。人は嬉しい時にもこんなに泣けるのだと初めて知った。
左手に唇を寄せる。
これは義勇にバレないように毎日こっそりとしている。見られたら恥ずかしくて俺が死ぬ。
そんな義勇は今日は帰宅が遅い。
式までに身体を鍛え、俺を抱っこしてバージンロードを歩くのだと言ってジムに通っているのだ。
正直困っている。
俺はもう義勇にメロメロなのに、ガッシリしてきた義勇は毎日俺の中で格好良いを更新していくから困る。
これ以上格好良くなってくれるなと願うのは、最近では歳上の余裕すら保てなくなっているから。
リビングテーブルに視線をやる。タンパク質多めの食事は義勇の為に考えたメニューだ。格好良くなって欲しくないと願いつつ、筋肉が増えるように日々メニューを考えているのだから俺はもうどうしようもない。
「ただいま」
入り口から声がする。
階段を上がる音。
やがて鍵を開ける音が聞こえてきて
「わあ! 良い匂いがする! 実弥さんただいま!」
と元気な声と共に帰宅してくる。
「実弥さん、ただいま!」
「おかえりィ」
こっちの意思確認なんてないまま抱き上げられて頬擦りされて。挙げ句の果てには首筋に顔を埋めて気の済むまで俺の匂いを吸い込んできたりする。
「飽きねェなァ
……
」
「飽きるわけないでしょう。実弥さんのことは日々愛してるを更新しているんですから」
「そうか」
ほっとする。良かった。今日もまだ俺は義勇の愛しの人でいられたことに。
「ねえ、実弥さん」
「なんだよ」
「今日も美味しそうなご飯をありがとうございます」
「うん」
「でも、今の俺は実弥さんが一番食べたいのでこのままお風呂に連れて行っても良いですか?」
ダメに決まってんだろ! そう言いたい。せっかく温めた飯が冷めるし、風呂に一緒に入ったらどうなるかなんて嫌になるほど身をもって知っている。
「ね、お願い」
「ダ、メだ」
「
……
本当?
……
こんなに美味しそうな顔してるのに」
ねえ、俺には誤魔化しても駄目だよ。そう言って笑ってるけど、その目の奥はトロリと蕩けるような熱があって。
「実弥。もう一度聞くね。一緒にお風呂入ろう」
その目を見てしまったら、俺には勝ち目がない。
「ずるい」
最後の足掻きでそう呟けば
「実弥さんが俺に教えてくれたからね」
って、余裕たっぷりに笑って抱き上げたままの俺にキスをした。
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