kaisou
2026-01-28 20:18:12
18353文字
Public 1740年コンクラーヴェ話
 

Etiam clades est modus.  敗北さえも手段である

1740年コンクラーヴェ話別視点・2
倒錯的表現は楽しいなあ

※歴史創作ですのであしからず

▼1740年コンクラーヴェ話本篇まとめ
Aliquid est quod memoria mea non relinquit.
私の記憶を離れないものがある

https://privatter.me/user/kaisou_ja?category=110867

全7章/幕間含む
1740年コンクラーヴェ話の本篇その2
視点違いの2つの話のうちの1つ。



 コンクラーヴェが終わり、場を覆っていた熱が、ゆるやかに引いたあと。
 結果は、思いのほか早く姿を整えた。協定文書は静かに行き交い、名は伏せられたまま、条件のみが共有された。フランスとの合意。それが意味するところを、理解しない者はいなかった。書類の余白に記された待遇は、過不足のないものだった。

 教皇庁内での盤石な地位。口にするには無粋なほどの待遇。

 あまりに露骨だと囁く者もいた。それを異とする声は上がらない。この結果が、偶然の産物ではないことを、誰もが知っていたからだ。

 彼はなすべきことを成しただけだった。しかも――誰よりも危うい手つきで。

 廊下ですれ違う枢機卿たちの視線には、複雑な色が混じっていた。憤り、悔恨、そして、遅れて訪れる理解。欺かれたという感情より先に、感嘆がこぼれてしまう者さえいる。これほど長く、これほど静かに、敗北を演じ続けた人間は、ほかにいなかった。
 コルシーニは、弁明をしなかった。勝利を誇ることもない。誰かの前で真実を語ることもしなかった。ただ一度だけごく近しい者に、言った。
「私は――勝たせることが、もっとも穏当だと考えただけのことです」
 誰を、とは口にしない。教皇をか教会をか。それとも――あの場そのものを。

 世界は、ほどなく結論を下した。ベネディクトゥス十四世は、稀に見る良き教皇である、と。それで十分だった。

 彼自身の役割は、すでに記録の外へと退いていた。