kaisou
2026-01-28 20:18:12
18353文字
Public 1740年コンクラーヴェ話
 

Etiam clades est modus.  敗北さえも手段である

1740年コンクラーヴェ話別視点・2
倒錯的表現は楽しいなあ

※歴史創作ですのであしからず

▼1740年コンクラーヴェ話本篇まとめ
Aliquid est quod memoria mea non relinquit.
私の記憶を離れないものがある

https://privatter.me/user/kaisou_ja?category=110867

全7章/幕間含む
1740年コンクラーヴェ話の本篇その2
視点違いの2つの話のうちの1つ。



 コルシーニは、アルバーニに何かを頼むことはなかった。頼みとは、拒まれうるものである。そして拒否は、関係そのものを損なう。彼が与えたのは常に材料だけだった。判断は相手に委ねる。そうすれば、結果は自ずと相手自身の責任となる。判断は相手に委ねる。年長者から選択の体裁を奪うほど、無粋なことはない。
 アルバーニは経験豊かな男だった。進退も、駆け引きも、裏切りも——すべてを知っている。だからこそ彼は、『兆し』に対して人一倍敏感だった。コルシーニはそれを知っていた。あるとき彼は、まるで取るに足らぬ印象を述べるかのように、さりげなく言葉を投げた。
「近ごろ、ひとつの御名が、ずいぶんと足繁く巡っております」
 名は明かさない。だが、聞く者が思い浮かべる名は、ただ一つだった。
「アルドロヴァンディです。どこに参りましても、その名が聞こえてくる」
 アルバーニは笑った。軽蔑に近い笑みだった。
「声がよく届くことを、力と同一視しているのだとすれば……それは、いささか不幸な理解だろう」
 コルシーニは反論しない。ただ、ひとつだけ言葉を添える。
「声の高い者ほど、いつの間にか、先に“形”を与えられているものです」
 それ以上は言わなかった。だがアルバーニの中で、言葉は膨らみ始めていた。
 形。数字。拒否が、間に合わなくなる瞬間。コルシーニは、さらに一歩だけ踏み込む。
「ほかにも――その名を口にしようとする動きが、かすかに見受けられます」

 誰の名かは決して言わない。アルバーニには、すぐに思い当たった。新たな名は、流れを断つ。流れが断てば、時が生まれる。時が生まれれば、逆転は可能になる。——だが、それは誰のためだ?
 コルシーニは、その答えを与えなかった。話題を変え、席を立ち、その場を去る。彼が残したのは、命令ではない。順序だった。あとは、アルバーニという名の猛り狂った猟犬が、自ら首輪を外して獲物へと駆け出すのを待つだけでよかった。