mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


九、

伊織と湿っぽい雰囲気になるのが苦手になった。伊織と正面から向き合って、腹を割って話そうとすれば、きっとセイバーは彼に余計なことを伝えてしまうと思った。
だから、伊織の前では殊更に意地を張ってみたり、おどけてみたり、からりと乾いてあっけらかんとした、男友達然とした振る舞いで、伊織にちょっかいを出したり揶揄ったりなどした。

――本心は、セイバーひとりが抱えていればそれでいい。

伊織がこちらを見ていないときに、そっとその横顔を眺めていた。伊織が長屋の中にいるときに、引き戸の隙間からこっそりその姿を眺めていた。――夜空に浮かぶ月に伊織を重ねて、夜毎彼のことを想い続けていた。

そんなセイバーのことを、イオリが知る必要はない。――伊織から見たセイバーは、跳ねっかえりで生意気で我儘な、可愛げのない『弟分』であるべきだった。それ以上でも以下でもない。



弟は、兄に恋をしない



セイバーは、正しい『弟』でいるべきだった。――それが、彼の恋した伊織に、彼が望まれていることだった。







「よい酒が手に入った」と鄭が寄越してくれたのを、夕餉の後にふたりでちびちび盃で吞んでいた。セイバーは元々酒には強い性質で、伊織も極端に弱いということはない。
「コメの味がする」と言って伊織の三倍の勢いで呑み干していくセイバーに苦笑しながらも、「……まあ、残しても仕方がないからな」と伊織が許す。

「イオリ、肴は何かないのか、肴は」
「夕餉をたった今食ったばかりだろうに。……漬物くらいなら」
「うむ、それでよい! 疾く持ってくるのだ!」

伊織が漬物を用意している間も上機嫌で盃を空けている。――やがて、とん、とセイバーの前に小皿を置いた伊織が言った。

「なあ、セイバー。……以前から、考えていたことがあるのだが」
「んんー?」

厚切りの沢庵を箸で摘まみあげながら、セイバーが上の空で訊き返した。

「おまえ、なぜ俺に『セイバー』と呼ばせる?」
「ん――ンン?」

げほ、と喉に濁り酒が引っ掛かる。げっほげほと咳き込みながら、「は、はあああ!?」とセイバーが声をひっくり返して尋ね返した。

「なぜ、って――なぜ、ってそれは……きみ……

逡巡し、言葉に詰まる。それから、赤らめた顔で伊織を睨みつけて言った。

「逆に訊くが、他の陣営でわざわざ己のサーヴァントをクラス名で呼んでいないマスターがいるか? 敵陣営の前で、わざわざ己のサーヴァントの弱点である真名を?」
「ん」

それもそうか、と伊織がかたちのよい顎に手を掛けて納得したような顔をする。「わかればよいのだ」とセイバーが頷き、ぱく、と沢庵を口の中に突っ込んだ。
――じゃあ」と伊織が再び口を開いた。

「ふたりっきりの時であれば、おまえの真の名を呼んでもいいと?」
……ンンンンンン……………

ごりごりと奥歯で沢庵を嚙み潰しながら、セイバーが苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「なぜそうなる。……というか急に一体なんなのだ、藪から棒に」
「余人に知られなければ問題ない、ということだろう? ――たとえば、今とか」

片膝に肘を立てて頬杖をついた伊織が、セイバーの顔を覗き込むようにして上目遣いに尋ねてくる。その顔つき自体にどぎまぎしながらも、セイバーが助けを求めるようにちらりと紅玉の書に目を遣る。――眠っている。
諦めて伊織に視線を戻すと、同じように紅玉が眠っていることを確かめたらしい伊織が、「で?」とでも言いたげにセイバーを見ていた。

かちゃん、と箸を置いてセイバーが喚いた。

「急に一体なんなのだ!?」
「急ではない。……ずっと、引っ掛かっていた。――俺はまだ、おまえのマスターとして、おまえの真名を呼ぶに値しないだろうか」

沈黙が降りる。――伊織から見たセイバーは、そういう男だ。セイバー自身、途中までは実際そのように振舞っていたし、そうでなくなってからも、表面上はそのように振舞うことをセイバーはやめられなかった。……セイバーにとっての伊織の価値とは、マスターとしての信頼に値するだけの『強さ』。それがすべてだ。

……そんなことはない。そんなことはないよ、イオリ」

ぽつりと言い、盃に口をつける。くい、と半分ほど呑み干してから、言った。

「ただ。――ただ、もしきみが私の真名を口にしたいと言うのなら、覚えておいてほしい。……それはきみが、私のすべてを受け入れる、ということだ」
「おまえのすべて」

ころん、と伊織が頭を傾げる。いつもよりも幼いようなその仕草は、もしかすると酒のせいなのかもしれなかった。あるいは、この饒舌さ自体も。
「うむ」とセイバーが言い、盃の残りの酒を呑み干す。

「きみが私を『セイバー』と呼ぶ限りは、私はきみの望む私でいられる。――綺麗な、私でいられる」
……セイバー。もし、おまえが気にしているのなら。……俺は、既におまえの過去を――
「もしきみが、私の真名を呼ぶと――呼んでくれるというのなら」

伊織が口を噤む。真っすぐに伊織を見て、セイバーが言った。

「それは、きみが見たくない『私』をも受け入れてくれる、ということだ。……そして私は、きみにそれを無理強いしたくない」
俺が見たくない、おまえ……?」

セイバーの瞳が揺れる。黄昏に揺らぐ夕陽のようだった。その瞳を真っすぐに見つめ返した伊織は、しかしセイバーの言わんとしていることが理解できていないようだった。
フフ、とセイバーが自嘲気味に笑う。あるいはそれも、酒のせいなのかもしれなかった。

「きみには、私の綺麗なところだけ見ていてほしい――というのも、結局は私の自分勝手な意地の張り方なのだ。……要するに、格好つけたいのだ、きみの前で。これでも、日ノ本の男子おのこだからな」
「ふ――うん……?」

いまいちぴんときていない様子の伊織が首を傾げるのを見て、セイバーの酔いがやや醒める。「……呑み過ぎた」と言って、盃を置いた。

「まあ、とにかくだ。……きみにその気がないのなら、私のことは変わらず『セイバー』と呼んでほしい。――その名も、私は気に入っている」

本心からそう言い、「さあ、もう寝てしまえよイオリ。寝不足のきみの尻ぬぐいはごめんだぞ」とぴしゃりと言いながら立ち上がった。
まだ少し酔いが残っている様子の伊織も、ふらりと立ち上がる。――「うん……」としばし考えるようなそぶりをしていたが、やがて盃と小皿を片付けて、就寝した。