mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


五、

伊織が夕餉で食べた米の量は、いつもより少しだけ少なかった。

「さっさと休んでしまえ」とぶっきらぼうながらも気遣わしげなセイバーに促され、伊織が素直に布団に入る。「……おまえは、もう少し起きているだろう?」と横たわったままどこか弱々しい声で伊織が尋ねると、畳の隅に座り込んだセイバーが「起きているも何も、私は眠らない」と呆れたように言った。

「余計なことは気にせずともよいから、さっさと寝ろ。……きみは、自分の体調のことだけを考えろ」
「俺の調子が悪いのでは、おまえへの魔力供給にも差し障りがでるものな。……すまんな、セイバー。要らぬ苦労をかける」
「違う。……違う……

セイバーの伊織への気遣いが、彼にそのまま伝わることなど決してない。他の誰かや他の理由の為ではなく、ただ伊織のことが心配なのだ――という想いを、伊織に受け取ってもらえることなど決してない。
それは、セイバー自身のこれまでの言動の積み重ねによる結果が招いたことで、セイバーの舌禍がすべての原因であり、すなわち偏にセイバーの自業自得によるものだった。……だがもしかしたら伊織にとっては、むしろそのくらいの距離感の方が都合が良くて、居心地が良いのかもしれなかった。

横たわった途端にうとうとし始めてしまった伊織の代わりに、セイバーが行燈の火を吹き消す。途端に、長屋の中がふっと薄闇に呑まれた。
――すうすうと、穏やかな寝息が聞こえてくるまでに、僅かもかからなかった。

障子越しの月明かりに照らされた伊織を見る。そろそろと、物音を立てぬように伊織の傍へと近寄る。既に慣れたものだった。

淡い純白の月光に照らされて、彫刻のように陰影の際立った伊織の端正な顔を見下ろす。まるで繊細な造り物めいていて、あんな弱々しい姿を目にした後では尚更生きているのか不安になる。――おっとりしているようでその実、伊織は負けず嫌いで気丈な性格で、他人に弱みを見せることを嫌う性質だった。蛇毒を受けたときでさえ、少なくとも表面上はなんでもないように取り繕ってみせたのだ。

精巧な人形のような伊織を、セイバーはただ見下ろしている。――伊織の高い鼻梁の上に、手のひらを翳してみる。わずかに吐息を感じて安心する。上半身を屈めて、呼吸と共に静かに上下している伊織の胸元に、耳を近づける。とくん、とくん、と静かにゆったりと繰り返される鼓動を聞く。……そんなことを繰り返す。

ただ、伊織の傍らに座り込んでいた。呼吸を確かめ、鼓動を確かめ、青白い月光の中で伊織の顔色を確かめ、悪夢を見ていないか表情を確かめる。セイバーにはなにもしてやれることはない。『彼女』と違ってセイバーには癒しの力などなかったし、そもそも伊織のこれは、他者が何か手を施してやれる類のものでもなかった。

そろり、とセイバーが再び上半身を屈める。横たわってさらりと長い前髪が流れて剥き出しになった伊織の白い額に、そっと顔を近づける。――ほんの一瞬だけ、ほんの僅かにだけ、唇を伊織の額に触れさせた。

すぐに身を起こした。やってしまってから、どうして自分がそうしてしまったのかまったくわからなかった。自分が一体どういう気持ちでそれをして、どういうつもりでそれをしたのか――自分の口許を片手で押さえ、ようやく自分のしたことを自覚したくらいだった。

友人から友人へのつもりだったろうか。弟から兄へのつもりだったろうか。「早く良くなってほしい」という純粋な善意の願いのみを込めたもので、他意など一切なかっただろうか。

あるいは、衰弱した伊織の見慣れぬ儚げで無防備な姿に、ほんの僅かにでも邪な劣情が湧かなかったと――これっぽちも湧かなかったと、果たしてセイバーは本当に誓って言えただろうか。

わからなかった。なにせ、セイバーは気付いたらそうしてしまっていた。そこにあった衝動が何だったのか、その正体をセイバー自身知らなかった。

ざりざりと、畳の上に腰をついたまま後退る。伊織が目覚める様子はなかった。ばくばくとよくない動悸で高鳴る胸を押さえながら、そのまま伊織の目が開かないことを祈るしかなかった。呼吸は止まり、指先は冷たくなる。――どれだけそうしていたのか、遠くで梟の啼き声がした。ふ、とセイバーが我に返る。静寂の中で、伊織の穏やかな寝息だけが聞こえていた。

ずるずると、まるで暗がりへと還っていく影のように、重い身体を引き摺ってセイバーが畳の隅へと戻る。――じっと、眠る伊織を見る。



――気持ち悪い」、と。



自分がこんなにも穢らわしい存在に思えたのは、伊織に『セイバー』の名を貰って以来のことだった。







翌朝、正式に料亭への招待があった。その日の晩に、とのことだった。

「本当に行くのだな? イオリ」とセイバーが硬い表情で尋ねると、「うん」と伊織が気丈に頷いた。

「きっと、大丈夫だ。……おまえもいることだしな。セイバー」

うん、とセイバーが呆気に取られる。一拍置いて、「ンン!?」と慌てた様子で伊織を見た。
憔悴の残る目許を柔らかく細めて、伊織がセイバーを見て言った。

「もうずっと、心強いよ。――ありがとう、セイバー」
「う、――……

伊織の笑みに、胸がどきりとする。――それと同時に、それとはまた別のずきりとした痛みが、セイバーの胸を刺す。



――この、全幅の信頼を寄せる、安心しきった笑み。



ずきずきと痛む胸を、セイバーはそっと押さえ込んだ。