mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


八、

「ああ」と言うほかに、一体セイバーに何が出来たと言うのだろう。――「ああ、わかったよ、イオリ」と。

指先が冷えて、ほんの少しかさついてしまった伊織の手のひらを、セイバーが握り込む。伊織の目を真っすぐに見て、言った。

「わかったよ。――私は、きみを好きにならない」
「セイバー。おまえだけだよ、セイバー。……俺にはおまえと、カヤだけだ。――俺の、弟妹きょうだい……

伊織の手を握ったまま、空いた方の手で横臥した伊織の背中をぽんぽんと叩く。「セイバー、セイバー」と譫言のように、あるいは幼い子供がぐずるように繰り返しセイバーの名を呼んでいた伊織は、やがてうとうとと広い瞼を閉じる。――すう、すう、と規則正しい寝息が聞こえ始めた。

手を繋いでやったまま、セイバーが伊織の寝顔を覗き込んでいる。さらり、と伊織の額にかかった長い前髪を指先で遊ばせてやる。――これでは、どちらが『』かわからなかった。



伊織は、セイバーの『好き』は欲しくない。



セイバーだけではなく、誰の『好き』も欲しくなかった。伊織にとって、『好き』は不可解な理不尽極まるもので、理解の埒外にあって、そして気持ち悪くて恐ろしいものだ。伊織に酷いことをするものだ。
今まで人々は、『好き』を理由に伊織にいろんな酷いことをしてきたのだ。――それらも全部、偏に伊織のせいにして。

穏やかに眠る伊織の寝顔を見る。安心しきって無防備な、すぐ傍にセイバーがいるのだとわかっているからこそ、どこか甘えすら滲むような、あどけない寝顔。
さらさらと、指先で伊織の長い前髪を遊ぶ。巻き毛がかった栗毛の、癖毛の先を指先でくるくると巻く。伊織の眉間に寄った皴が取れて、眉尻が下がる。

ふ、と小さく開いた唇の合間から、すやすやと子供のような吐息が洩れている。



――伊織は、セイバーの『好き』は欲しくない。



ほんの真似事のように、伊織の額に唇を寄せる。決して触れないところでぴたりと止まって、ちゅ、と自分の唇の先だけで音を立てた。――ままごとのように。
セイバーが上半身を起こす。再び身を屈めて、伊織の唇に己の唇を寄せる。伊織の吐息が唇の先に感じられる。それでも決して触れないところでぴたりと止まって――ちゅ、と真似事の音だけ立てた。……セイバーが、身を起こす。

障子越しの、淡い純白の月光の中に揺蕩う伊織の寝顔を見下ろしていた。まるで無垢で傷ついた子供のような寝顔だった。セイバーの頬に熱いものが伝うのを感じる。手の甲で拭う。とめどなく溢れ出て、零れ落ちてきていた。頬を伝い、顎から滴って、正座をした膝の上に落ちる。白妙に透明な染みが広がった。

ぽつり、ぽつりと、小さな、小さな声でセイバーが言った。

「私は嘘をついたよ、イオリ。……きみのこと、好きにならないなんて嘘だ。私は、きみを好きでいることをやめられない。きみのことを目で追うことをやめられないし、いつかきみが私を見てくれて、私がきみと夢見るのと同じことを幸せと感じてくれる日が来てくれないかと、そんな夢想をすることをやめられない。――でも、きみはそんなものは欲しくないから。きみが欲しい私は、きみのことが好きな私ではないから。
私はきみの弟で、きみのサーヴァントで――もし、きみが私を唯一無二の友だと呼んでくれるなら、とても素敵だ。これ以上は望めない。
――イオリ。私は、きみが望んだ、きみの中の『私』になるよ。『好き』もない、『愛しい』もない、そう――

ぽたぽたと、涙が零れる。諦念のような笑みを浮かべて、セイバーは言った。

この真名だって呼んでくれなくたっていい――私は、『セイバー』。……きみの、『セイバー』」

心臓がひび割れて隙間から血の滲むような、じくじくと広がる痛みだった。それをきっと『失恋』と言うのだと、セイバーは初めて知った。



――『いつか』の日は来ない。



セイバーの『好き』は、格子付きの古い金庫の中に厳重に鍵を掛けられて、心の深淵の奥の奥の奥底に、ひっそりと沈められた。――決して、誰にも見つからないように。