mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


四、

元来、サーヴァントに睡眠は必要ない。

度重なる遠征での野宿や夜襲に備えて座ったまま眠ることが生前から習慣化していたが、サーヴァントとなった今となっては、なおさら横になる意味がセイバーにはなかった。
それでも、魔力の消費を抑えるために伊織が眠っている夜間は蹲ってじっとしていることが多かった。そのまま意識が朦朧として夢に似たものを見る夜もあったが、毎晩ではなかった。

――障子越しに、柔らかくふんわりと白いような、明るい月光が射し込んでいる。

畳の上に横たわって静かに眠っている伊織の上に、格子状の模様を描いて真っすぐに伸びている。月光の中でぼんやりと白く光る伊織の頬に、閉じられた長く濃い睫毛の影が落ちている。

畳の隅に蹲っていたセイバーが、静かに目を開ける。物音を立てぬようゆっくりと膝立ちになり、畳を這ってそろそろと眠る伊織に近づいていく。知らぬ間に、息を止めていた。決して吐息がかからぬように、長い髪が触れぬように――静かに寝息を立てている伊織の顔を、覗き込む。

別に、何がしたいわけでもなかった。ただ、眺めていたかった。

伊織が起きている間は、彼がそっぽを向いている隙にちらちらと横顔を眺めることしかできない。たまに目が遭うとどきりとした。「あ、」と硬直して、咄嗟に目を逸らすことができなくなる。磁石のように吸い寄せられて伊織の瞳から目を離せないまま、数秒が経つ。あるいはそれはセイバーの体感だけの問題で、実際は何分の一秒も経っていないのかもしれなかった。――ようやく、無理やり引き剥がすようにして顔を背けて、伊織から目を逸らす。そんなことを繰り返している。

伊織が寝ている間なら、好きなだけ彼を眺めることができた。伊織は穏やかな、あどけないような顔で眠っている。実際、こうしているときの彼は普段に比べて随分幼く見えた。あるいは、普段は年相応かそれ以上に見えているのは彼の大人びた立ち居振る舞いや落ち着いた表情のせいで、顔立ち自体は割と幼い方であるのかもしれなかった。

覗き込んだ伊織の顔に、自分の影がかかっている。――すやすやと、安心しきったように無防備な表情で、眠っている。

何をしたいわけでもなかった。……ただ、もっと近くでよく見たかっただけだった。

セイバーが身を屈める。セイバーの鼻先が、伊織の鼻先に近づく。呼吸と共に彼の胸元が上下するたびに、伊織の睫毛の先がかすかに震えるのが見える。ほんの少しだけ、うっすらと薄く開いた唇から、すう、すう、と静かな寝息が漏れ聞こえてくる。――さらり、と肩に掛けたセイバーの長い三つ編みが腕を滑り落ちた。ぱたん、と束ねた毛先が軽く畳を叩く音を聞いて、セイバーが慌てて身を起こす。

どくん、どくん、と大きく跳ねるように痛む心臓を押さえながら、セイバーが伊織の顔を見下ろす。起きた様子は一切なかった。ほっと安堵しつつ、それでも胸の動悸は少しも治まらなかった。

そろそろと畳を這いながら、元居た場所へとセイバーが戻っていく。壁に背をつけて、立てた片膝をきゅっと抱えて縮こまる。ちらりと伊織を見る。月光の格子模様の下で、変わらず静かに眠っている。



――心臓の高鳴りが、治まらない。







ごろつきの襲来に何度か遭遇した。毎回面子は違っていて、だが倒して訊けば「雇われたのだ」と言う。――雇い主は、『どこかのお店の坊々』だと。

「一体きみはそやつに何をしたのだ――と言っても、逆恨みされている可能性も充分にあるしな」

後頭部で両手を組んだセイバーが、転がっていた石ころを蹴りながら言った。

「というか、その可能性の方が高い。……面倒なヤツに目をつけられたものだ」
「襲撃自体は手こずる程でもないが、こうも何度も続くとな。――おまえにも迷惑を掛ける」
……それは、どうでもよい。……気にするな」

どこか不貞腐れたような、照れ隠しのように唇を軽く突き出してぼそぼそと言った後、セイバーが言った。

「今は、敵陣営の動きもない。本腰を入れて、その『おたなのボンボン』とかいうヤツを追ってみるか?」
「それも手かもしれん。――ん」

長屋へと向かう空き地を通り抜けた伊織とセイバーが、同時に足を止める。――長屋の前に、誰かが立っている。
伊織を庇うようにして伊織の前に腕を伸ばしたセイバーが、大声で呼ばわった。

「おい、そこの貴様。その家に何か用か」
「あ……

振り向いた顔に見覚えがあり、セイバーと伊織が「ん、」と眉を跳ね上げる。ややあって、伊織が「ああ」と頷いた。

「先日の。――セイバー、この間ごろつきに襲われたときに巻き込んでしまった御仁だ」
「あ? ……ああー、そのようなこともあったか」

ぽりぽりと頭を掻いているセイバーの横をすり抜けて、伊織が男へと近づく。つるりとしたうらなり顔をした気の弱そうな男が、歩み寄ってくる伊織の姿に慌てたように目に見えてあたふたする。
それから、ぱっと顔を伏せて、ぼそぼそと蚊の鳴くような小さな声で言った。耳が真っ赤に火照っているのが見えた。

……またお会いできて嬉しいです、お侍様」
「ン。…………

ぐ、と伊織の端正な顔が、わずかに曇る。――彼の感情の知覚過敏が、またしても反応してしまっているようだった。
それを見て取ったセイバーが大股でふたりに歩み寄り、伊織の隣に立つ。伊織と男の間に小さな身体を捻じ込もうとしたところで、男が言った。

「あの。――先日は、助けていただいて、ありがとうございました」
「う――ん? あ、ああ……

既に男に向けられている感情に酔い始めてしまっているのか、なかば上の空になりながら伊織が生返事をする。セイバーが伊織の背中をさすりながらさっさと長屋の中に入るよう促しつつ、適当にあしらうように男に言った。

「礼には及ばぬ。あの時襲われていたのはイオリで、むしろ迷惑を掛けられたのは通りがかりのきみの方なのだからな。さあ、だからさっさとここから――
「あの、一度うちにいらしてくださいませんか。お礼が、したいんです」

ガラガラと引き戸を開けて伊織を中に押し込めようとしたセイバーが、「うん?」と男を振り返る。セイバーには目もくれず、長屋に入りかけて男に背を向けたままの伊織の背中に、男が呼ばわるように言った。

「うちは、料亭をやっていて――是非、なにかご馳走させてほしいんです」
……ほう?」

きらり、と目を輝かせたセイバーが男を見る。それから「イオリ」と振り向いた後、今の伊織の状態を思い出し、ふるふると頭を左右に振った。改めて男に向き直り、毅然とした口調で言った。

「悪いが、イオリは体調が優れぬのでな。せっかくの誘いだが、断るほかあるまい。……まあ、きみが『どうしても』、と言うのであれば、弁当くらいなら受け取ってやっても――
「いい、セイバー。……わかった。その話、受けよう」
――イオリ!?」

セイバーが驚いて振り返る。顔を蒼白にした伊織が、切れ長の目の下にうっすらとかげをつくりながら言った。

「料亭――であれば、もしかすると件の『坊々』に関する情報を見聞きすることができるかもしれん。招待を受けよう」
「だ、大丈夫なのかイオリ」

ひどく心配そうに眉根を寄せたセイバーが、伊織の顔を覗き込むように背伸びをする。その顔を見た伊織が、どこかやつれたような病弱な色気のある目許を優しく細め、セイバーの頭をぽんぽんと撫でた。

「大丈夫だ。……このままいたちごっこを続けていても埒が明かないだろう。おまえにも迷惑を掛け続けたくはない」
……イオリ……

セイバーが言葉に詰まる。その背後で、男が声を上げた。――なぜか、どこか苛立っているようにも聞こえた。

「それでは、また日を改めて。……うちへいらしてくださる夜が待ち遠しいです、伊織様

たたたた、と軽い音を立てて、男が走り去っていく。

男が離れたことによってだんだんと酔いが治まってきたらしい伊織が、幾分血色の戻ってきた顔で軽く額を押さえ、ふう、と深く溜息をついた。――その顔を軽く手で扇いでやるようにしながら、「本当に大丈夫なのか、きみ」とセイバーが尋ねた。

「少し顔を合わせただけでこの体たらくだぞ。向かい合って飯など食えるのか?」
「大丈夫だ。……苦手だからと、好機を逃すわけにはいかん」
……きみ、なんというか本当に、負けず嫌いだよなあ……

「いいからもう、今日は休んでしまえ」とセイバーが伊織を促して長屋の中に入る。――伊織の体調不良に気を取られて、何か重要な違和感を見逃していたような気がしたが、すぐに忘れてしまった。