mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


七、

長屋に辿り着いた途端、セイバーの手を振り払った伊織が長屋の裏側へと駆け込む。げほげほと苦しげに咳き込む声と、びしゃ、びしゃと幾度か地面が濡れる音がした。――やがて、ふらふらと足元の覚束ない伊織が、なんとか長屋の壁伝いに表側へと戻ってくる。ふらりと倒れ込みそうになったところを、すんでのところでセイバーに背中を支えられる。ふたりで長屋に入る。

セイバーが不器用に布団を敷いてやる。ぐちゃぐちゃで皴だらけの敷布団の上に横たわった伊織が、傍らに座り込み、心配そうに自分を覗き込んでいるセイバーを見上げて言った。

「すまんな、セイバー。……世話をかける……
「よい。気にするな」

セイバーが短く言い、伊織の額にかかった長い前髪を指先で避けてやる。汗でしっとりと濡れていた。

――気が付いたら、こうだった」

ぽつりと伊織が言い、天井を見上げる。視界の隅に入るセイバーが、相変わらず心配そうに眉根を潜めているのに気付きながら、小さく自嘲するように言った。

「本当の始まりはわからない。覚えていない。あるいはそれは、俺自身が覚えていない、あの夜のあの月のような剣以外のことだったのかもしれないし――俺が覚えていないのだから、あの夜には何も起こらなかったのかもしれない」

伊織の記憶を、セイバーは垣間見たことがあった。――不思議なものだった。伊織の中でのあの夜の記憶は、ひどく透明で静謐で、それでいてその胸を真っすぐに貫くような、憧憬に満ちたひどく美しい想い出なのだ。その瞬間以前も、それ以降もない。ただ、その美しい剣が煌めいた、その瞬間だけが彼の中に残っている。――あるいは、それだけを切り抜いて、その他をすべて忘却してしまうことこそが、幼い彼がその未熟で柔らかな心を守るために取れた唯一の防衛手段だったのかもしれなかった。

「だから、本当の始まりはわからない。でも俺には、そういうことが多かったのだ。覚えているものもあるし、覚えていないものもある。――師匠と住んでいた頃、屋敷に出入りしていた薬売りの女に、手を引かれて誰もいない仏間に連れ込まれたことがあったよ。女にひっくり返されて、畳に転がってただ見上げていたあの天井と、俺をじっと見下ろしているだけで何もしてくれない御仏の顔だけを覚えている。痛かったのかも、苦しかったのかも、なんにも覚えていない。
それから――あれは、誰だったかな。どこの誰だったのかも覚えていない。顔も覚えていないよ。どこかの納戸だったのかもしれない。薄暗くて狭い場所に引き込まれて、ごそごそと身体をまさぐられながら、低い男の声で、耳元でずっと囁かれていた。まるで獣の吐息のような臭いがして、生臭くて湿っていて熱かった。その臭いだけを覚えている」
「イオリ」
「気持ち悪かった」

天井を見上げたまま、伊織が言った。

「気持ち悪かった。全部、全部。――好き気持ち悪い

「セイバー」と伊織がセイバーに手を伸ばす。反射的にその手を握ったセイバーに、掠れる声で伊織が言った。








「おまえだけは、俺を好きにならないで」