mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


十、

日常と寄り道を繰り返しながら、儀は進行し――やがて、佳境を迎えようとしていた。

伊織のモテ癖も相変わらずで、とはいえセイバーも慣れたものだった。時に嫉妬深い連れの女を装い、時に我儘で融通の利かない弟分を演じ、うまく相手を丸め込んでは伊織に言い寄ろうという連中を追い返していた。

発作で何もできなくなっている伊織を庇いながら、「ほら散った散った」としっしっと手で払いのける仕草をするセイバーに、伊織がなんとか「悪い、セイバー……助かった」と弱々しい声で礼を言う。
「きみなあ」とぶつくさと頬を膨らませながら、セイバーが腰に手を当てて言った。

「今は私がいるからよいものの、私がいなくなった後一体どうするつもりなのだ」
「うん? ……うん……

その言葉に、はた、と伊織が初めて思い至ったような顔をする。それから、「そうか」とどこか驚いたように目を瞠って言った。

「そういえばおまえ、もうすぐいなくなるのだったな」
「今更か」

呆れたように言い、それから伊織に背を向けて、ぽつりと言った。「私は、この頃は毎日考えているよ。その日のことを」。
「うん……?」と聞き取れなかった伊織が訊き返したが、返事はない。やがて、伊織が言った。

「いや。――もうずっと前からおまえがいたような気がしていたよ。そして、これからもずっとおまえはいるものなのだと思っていた」
……そうか」

俯いたままのセイバーが答える。
「でも確かに、そうか。おまえはいなくなるのだったな」と感慨深く頷いてから、伊織がセイバーを見た。

「確かに、それは困ったな」
「困ったな、ではない。……きみなあ、そもそも君自身がはっきりしないのも良くないのだぞ。私は確かにきみのそういうところは好きだが、それできみ自身が窮地に追い詰められるようではだな――
「寂しくなるな」
「ん」

セイバーが鼻白む。伊織を見ると、深遠な色をした月夜の瞳が、真っすぐにセイバーを見ていた。ふ、と眉尻を下げて微笑んだ。

「寂しくなるな」
「う――……

セイバーが俯く。――寂しい、と。
伊織がそう思ってくれるということに、こんなにも胸が高鳴って、締め付けられるように嬉しい。

……では」と伊織が言った。

「今日は、少しだけ奮発しよう。――夕餉は何がいい? セイバー」
……鯵だ! 鯵がいい!」

干物屋へと足を運び始めていた伊織の後を、たたた、とセイバーが追う。ふたりで、並んで大通りを歩く。

――泣きたくなる程に普通で、平穏な一日だった。







長屋へと通じる空き地に入ろうと曲がったところで、人影が佇んでいるのに気付いた。
頬に青痣のあるその顔を見とめ、セイバーが伊織の前に腕を伸ばして庇うようにする。それで伊織も足を止めた。

――あの、料亭の跡取り息子の、うらなり顔の男だった。

セイバーひとりが前に出て、右手に蛇行剣を顕す。「……何用だ」と威嚇するように唸った。

「そう警戒しないでください。お詫びに来ただけです」

見れば、風呂敷に包まれた重箱を持っていたようだった。訝しげにしながらも、セイバーが男に近づく。くんくんと犬のように匂いを嗅ぎ、確かに料理の匂いがすることを認め、蛇行剣を消失させる。
「イオリ、下がっていろ」と目配せをしながらも、セイバーが男から風呂敷を受け取ろうとする。

重量のある風呂敷を手渡しながら、男が苦笑した。それを聞き咎めたセイバーが、「何が可笑しい」と眉間に皴を寄せる。

「いいえ。……どうして貴女が許されて、私は許されないんでしょう、とね」

セイバーが男を睨みつける。重箱を抱えたまま、一歩二歩跳ぶように後ずさって距離を取る。伊織を背後に庇ったまま、体勢を低くして男を睨みつける。
手ぶらになった男が、両手を挙げて軽く肩を竦めた。

「どうしてでしょう? 伊織様。見た目の問題ですか? ……私はこの通り、お世辞にも見目が良いとは言えない冴えない男で、彼女は御覧の通り美しい。確かに、貴男様とはよくお似合いです、伊織様」
――やめ」

男の感情に当てられ始めた伊織が、ぐ、と苦しげに呼吸を喉を詰まらせる。「イオリ」と制止しかけたセイバーを振り切って、伊織が言った。

「セイバーと俺は、そういう関係ではない」
「ええ、知っています。――私が言っているのは、そこにいる彼女が貴男に抱いている感情は私と大差がないのに、なぜ彼女は貴男の傍にいることを許されているのか、ということです」



――セイバーの背筋が凍った。



背後を――伊織を振り向くことができなかった。ただ、目の前の男を、焦点を失った視界で睨み続けるふりをすることしかできなかった。
……え?」と伊織の呆けたような声だけが背後で聞こえる。背筋に、冷たいものが流れ落ちる。重箱を持つ手が氷のように冷えて、僅かに震えている。

――イオリ、聞くな
「私はダメで、彼女はいいのですか? ……醜く浅ましい下心を隠して、何食わぬ顔で貴男の傍にべったりと寄り添っている彼女の方が、私よりもよっぽど悪質なのではないですか。貴男を騙す女を寵愛して、私は遠ざけるのですか」
「イオリ、聞くなッ!」

セイバーが金切り声のような叫び声を上げる。――それでも、まるで氷像のように小さく縮こまって固まったまま、セイバーは伊織を振り向くことができなかった。

混乱の中、目を瞠ったままの伊織が、からんからんと下駄の音をさせながらこちらに向かって歩いてくる男を目で追っている。――すれ違いざまに、男が伊織の耳元で言った。

「貴男はきっと、見ようとしなかっただけです――彼女の目を見てごらんなさい。何が見えますか?」

そのまま、からんからんという下駄の音が、背後で遠ざかっていく。――「イオリ」と蚊の鳴くような声がする。伊織が、傍らを見下ろす。

両手に重箱を抱えたセイバーが、今にも泣きだしそうな顔をして、夕陽色の瞳で伊織を見上げていた。