mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】


十一、

――自分は都合の悪いものから、目を逸らしていたのだろうか。

『理解』は伊織にとって絶対の理だった。伊織の出発点は、幼子であり弱者であり被虐者であり、『奪われる者』としての彼自身だった。問答無用で相手をねじ伏せる絶対的で圧倒的な力もなく、非力な彼にできることは、相手の懐に入り込んで弱点を突く――という搦め手だけだった。幸い、彼は彼の師匠である養父にその才を見出される程に賢く、聡明で、何事の理解も早かった。これは、彼にとっての唯一で明確な武器と言えた。……だから彼は、相手の弱点を迅速に精確に抉るため、己の唯一の牙を研ぎ続けた。その才能が一体どこから生じているのか、その所以など知らなかった。ただ彼にとってそれは、彼が唯一縋れる己の刃だった。

友情も愛情も人並みに感じる。――ただ、それでも彼の理解を超えている感情はある。

伊織は、美しい子供だった。それは、伊織にとっての悲劇だった。幼い伊織が受けた加害は、「おまえのことが好きだからこうするのだ」という酷い欺瞞とない交ぜにされて強制給餌のように与えられた。伊織にとって、他人から向けられる『好き』は不快と苦痛を伴った。――やがて、そうではない『好き』を知った。養父や義妹の家族愛は居心地の良いものだったし、助之進や鄭のように気持ちの良い人間と笑い合うのは楽しかった。『好き』にも種類があって、伊織が警戒しなければならない『好き』とそれ以外の『好き』がある。

誰かの大丈夫だった筈の『好き』が、ある日突然よくない『好き』に変わってしまうのは哀しかった。

どうしてそうなってしまうのか、伊織にはわからなかった。わからないから、どうすれば防げるのかもわからなかった。変わってしまったのならばもう伊織にはどうしようもなかった。大切な友人を失う痛みを抱えながら、ただそっと距離を置くことしかできない。伊織はいつだって受け身でいざるを得なかった。変わってしまうのはいつだって相手の方だったから、伊織側に選択肢はない。

だから――見ないふりをしていたのかもしれない。

本当は、ちらちらと――視界の端に見えていたのに、その夕陽色の瞳から洩れていたのに、ずっと目を逸らしていた。

認めてしまったら、また失わなければならなかった。伊織が見てしまったら、セイバーはセイバーのままでいてくれなくなってしまう。
伊織が知らないふりをしてさえいれば、まだ、伊織とセイバーは今まで通りでいられる。――マスターとサーヴァント。兄みたいなものと、弟みたいなもの。――跳ねっかえりで我儘で、傲岸不遜で意地悪で、それでいて剣の腕は尊敬できて、いざというときは頼りになって、互いに背中を預けられて――親友、みたいなもの。

失いたくなかった。伊織はきっと、セイバーのことが気に入っていた。きっと、一緒に剣を振るうのが楽しかった。――きっと、弟として好きだった。






弟を、失いたくなかった。








伊織が目を開ける。布団に仰向けになって、視界には天井が映る筈だった。

障子から伸びた淡い月光に照らされて、横たわる伊織の上に屈み込んでいるセイバーの、ちらちらと青みがかった鴉の羽のような色をした長い黒髪が光っている。自分を覗き込んでいる可憐な顔の、すぐそこにある白い額から垂れた前髪が、伊織の額に柔らかく触れている。

小さな鼻先が、自分の鼻先に触れそうだと思った。至近距離にある夕陽色の双眸が、ゆらゆらと雨上がりの水溜まりの水面のように揺れている。

伊織が目を開けたのに気付いて、セイバーが硬直するのが見える。――ぽたり、と伊織の頬に熱いものが当たる。夕陽色の水溜まりが決壊して、ぽたぽたといくつもの涙が雨のように零れ落ちてきていた。

伊織の唇のあたりに、セイバーの吐息がかかっていた。触れてはいない。ただ、すぐそこにセイバーの唇の熱があった。

「イオリ。――ごめん、イオリ。ごめん」

ひどく湿った、掠れた声と共に、熱い吐息が伊織の唇にかかる。それでも、セイバーの唇は決して伊織の唇に触れようとはしなかった。

嗚咽と共に、セイバーが呟くように言った。



「好きになってごめん」