mishiadd
2025-12-22 21:41:32
35101文字
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BROTHERHOOD:ブロマンスにもまだ遠い

【本編軸】「セイバーだけは自分のこと絶対にそういう目で見ない」というまったく根拠のない死ぬ程間違った信頼を抱いている伊織さんと可愛い可愛い弟だと信じて疑わない伊織さんの無邪気な期待を裏切るまいと本当はずっと兄だなんて思ってませんでした(さすがにそれは嘘だけど兄に抱くとまずい感情は抱いてました)って事実を座まで持ち帰るつもりだったセイバーさんのしんどい攻防戦【剣伊】

一、

この男と出逢ってしばらく経つが、セイバーにはひとつわかったことがある。



――伊織は、異常にモテる。



最初の頃こそ幼女――の見た目をしたサーヴァント――になにやらやたら懐かれている伊織を「この色男め、男冥利に尽きるではないか」などと散々揶揄って遊んでいたが、だんだん洒落にならなくなってきた。

男女問わずモテる。老若すら関係ない。身分の差、職業の差、立場の差すら飛び越えて――場合によっては、ただすれ違っただけ、ただ一言二言の言葉を交わしただけですら相手に好意を抱かれている。

浪人とはいえ、すらりと背の高い凛とした立ち姿の、目鼻立ちの整った見目麗しい若侍である。所作は武士階級の子女らしく洗練され爽やかで清潔感があり、物腰も誰に対しても誠実で優しげである。語る言葉は論理的で聡明で思慮深さがあり、それでいて日々の鍛錬に裏打ちされた卓越した剣術の才を併せ持ち、まさに文武両道の名を欲しいままにしている。
およそこの世すべての持てるものをその手にしている。それでいて、まるでそれらすべてに無自覚であるかのように――あるいは一切の価値を見出していないかのように――驕るところがまったくない。

もしかしたら伊織にとっての物事の『価値』とは、そういった世俗的な価値観とはまったく別軸で存在しており――あるいはそれは、既に絶滅している生物を飼ってみたいだとか、既に滅亡した国を訪ねてみたいだとか、あるいは既に過ぎ去った時代を生きてみたいだとかという欲求と同じように、彼が既に持ち得ているものすべてを犠牲にしたところで決して手に入らないもので――それが手に入らないのならば、その他の一切など彼にとってはなんの意味もないのかもしれなかった。

伊織は、自分が本当に望んでいることとはまったく別のところにある善悪というものの、その善の規定を頑なに守ることを己の生の基準としていた。養父である師匠に教えられた『善き生き方』というものに従うことこそが目的で、そこに損得勘定や、見返りや、あるいは自己満足や打算といった一切の感情は含まれていなかった。呼吸をするように、至極当然のことのように善を為す。それは、伊織が泰平の人々の営みの中に溶け込んで生き抜くための必要最低限のことで、それをしたからといってなんらかの結果を求めているわけでは決してない。だから例えば、その結果助けてあげた相手に好かれることになるだろうとか、そういった予測が一切伴わない。ただ純粋に、善の為に為される善であり――ただ純粋な優しさから生まれる純粋な親切なのであった。

――だからなのかもしれなかった。伊織は、他者に個人的な好意を向けられた際に、ひどく驚いた顔をする。

まったく予想していなかった、という顔をする。どうして自分がそんなにも懐かれているのか、とまったく身に覚えのない顔をして――ひどく戸惑った顔をする。



――セイバーと伊織の関係性は、ほぼ最悪の最底辺の状態から始まったと、セイバー自身記憶している。

当初は、セイバー自身マスターとサーヴァントの仕組み自体をよくわかっていなかったこともあり――そして出逢った伊織の戦闘力は(サーヴァントであり、ましてや日ノ本最高峰の英霊である自分自身と比べてしまうこと自体がひどく酷ではあったのだが)セイバーが評価するに値する基準に達しておらず、しかもわけのわからぬ甘っちょろい理想論で叱りつけてきて、挙句令呪で理不尽な苦しい思いまでさせられた。
付き合っていくうちに伊織自身の人となりもそう悪くないと思えてきたし、同様に彼自身が口を酸っぱくして何度も言って聞かせる『甘っちょろい理想論』も、なかなか善いものだと思えるようになってきた。伊織は、口で語るだけでなく、言っただけのことをその身で体現し、実行していた。セイバーから見ればお人好しに過ぎるように思えることすらあった。だがだんだん、それこそが『善を為す』ということなのではないかと思えるようになった。

『善を為したい』と願い続けながら最期まで征服者としての役割を被せられたまま世を去ったセイバーに、実際の『善の為し方』をその身をもって教えてくれたのは、伊織が初めてだった。

――だから、伊織の真似をした。自分の方が比較にならない程強いのに、セイバーの目から見れば非効率的とも思えるその二刀を用いた剣術をわざわざひとりで真似して喜んでみたりした。セイバーにとって、それこそが『善の剣』であるように見えた。伊織のようになりたいと思った。思ってしまった。

伊織の言葉を真似た。伊織の思考を真似た。今までの自分ならここで助けたりなどしないような民草を、伊織の真似をして「助けたい」と言うようになった。言うようになったら本当にそう思えるようになってきた。そのうち伊織が口にする前に自分で「助けたい」と言えるようになった。そうすると、伊織が当たり前のことのように頷くので、伊織に認めてもらえたようで嬉しかった。『善の道』について、勝手に伊織に師事している気になった。

弟妹には、兄姉の真似をしながら後をついて回る時期があるという。実兄に対しては、セイバーにはそんな時期はなかった。そうなる前にその手で殺してしまった。

だから、セイバーは漠然と思った。あれが食べたい、これが食べたいと甘えながら、誇らしさを胸に後をついて回り、その真似をして喜んでいる自分がいる。そんな感情を、自分は伊織に向けている。――きっとこれが、『兄』というものに抱く感情なのだろう、と。



そうは思いながらも、伊織に対してすぐに素直になることは難しかった。伊織を認めて褒めようとする言葉には照れ隠しの意地悪が滲んでしまったし、彼のために何かをしてあげようと思うときも、憎まれ口を叩いてまるで彼の為が動機なのではないような振りをした。きっとそんなことすらも、弟が兄というものに向ける複雑な感情の一片で、あるいはそれが反抗期というものであるのかもしれなかった。

自分が憎まれ口を叩くたびに、あるいは意地悪を言うたびに、伊織は額面通りに受け取っているようだった。伊織自身妹がいて、彼の人生の意義の半分は妹のために費やされているようなものだったから、少なくとも見た目と言動に関してはその妹と似たような年頃のセイバーを、自然と『手のかかる我儘で跳ねっかえりの弟』のように見做しているようだった。だから、セイバーがどれだけ可愛げのないことを口にしても、「はいはい」と穏やかに受け流して取り合わない。嫌悪されている、とはさすがに思ってはいないようだったが、かといって別段セイバーに好かれているという自覚もないようだった。それに関してはセイバーの軽はずみな言動にも責任があるだろう。

――とはいえ、今となってはセイバーはこうも思う。もしかしたら、このつかず離れずの距離感こそが、伊織にとっては丁度いいものだったのかもしれない。

結果論であって、結果論に過ぎなかったが。――結果として、軽口を叩き続け、セイバーが伊織に抱いている感情の質量の何分の一も悟らせなかったことこそが、伊織とセイバーの奇妙な疑似兄弟関係を、伊織にとってひどく居心地の良いものにしていたのかもしれなかった。







籠いっぱいの青菜や根菜を抱えて長屋に帰ってきた伊織に、「きみ、そんなもの買う金が一体どこにあったのだ!?」と畳の縁に腰掛けていたセイバーが飛び上がって尋ねた。

「貰ったんだよ」

そう言いながら、伊織が籠を炊事場に置く。どすん、と重い音を立てて置かれた食料に、「ほああ」とセイバーが感嘆の声を上げる。

「コメもあるのか? これだけあれば今宵の夕餉は相当な贅沢ができるな」
「一晩で食い尽くす算段を立てないでくれ。――米はないよ。青菜売りの女子おなごから貰ったのだ、米は売り物になかった」
「『貰った』?」

セイバーが問い返しながら、早速籠の中から野菜を取り出して炊事場の台に並べている。伊織の家事を手伝っているというよりは、ただ戦利品をあらためているだけだった。

「ああ。……おまえが来る以前の頃、客の男に絡まれていたのを一度助けてやったことがあってな。男を軽く諭して追い返したのだ」
「ほう。それは善いことをしたな」

いかにも伊織ならしそうなことだ。別段、必要以上に感心するでもなく、いつもの伊織であることを認めたセイバーの相槌に、「うん……」と伊織が曖昧な返事をする。

「その時に礼として売り物の青菜を一式貰ったのだ。それは受け取った。――それ以来、買いに行くたびに一式を貰うようになって」

「ん、よかったではないか」と元来ちゃっかりしたセイバーが顔を上げて伊織を見る。伊織は、ひどく浮かない顔をしていた。

「普通に買わせてほしいと頼んでも止めてくれないので、三度目からは行かなくなった。……だが今日、随分久しぶりにうっかり店の前を通ってしまってな。店先から飛び出してこられて、押し付けられた」

セイバーがあんぐりと口を開けて伊織を見ている。「――なんだ」と伊織がやや煩わしげに愁いを帯びた表情を歪めると、セイバーが大声を上げた。

「くれると言っているのだ、貰えるものは素直に貰っておけばよかろう! そんなことを言っていられる懐具合なのかきみは。――きみ、落ちているものはしょっちゅうほいほい拾うではないか、見境なく」
「これは売り物だ。礼ならば一度は受け取るが、二度も三度も貰うものは礼でもなんでもない。……それに……

言葉を濁した伊織が、視線を逸らす。その瞳にほんの少しだけ怯えのようなものを感じたセイバーが、「……ん?」と首を傾げた。

「いや」とゆるゆると首を左右に振った伊織が、セイバーを見た。

「もう、あの店の前は通らないよ。……とはいえ、貰ってしまったものは貰ってしまったものだ。一晩で食い尽くすわけにはいかないが、数日に分けて食べよう」
「う……む。うむ? ……イオリ、どうした……大丈夫か?」

伊織の顔が、やや蒼褪めているように見える。セイバーが気遣わしげに眉を顰めると、「なんでもないよ」と伊織が眉尻を下げて笑った。

「うん」とセイバーが頷く。それから、気を取り直したように言った。

「これだけ食材があるのだ、いつもは遠慮して食わぬカヤも、今宵くらいは食べてくれるのでは?」
……そうだな。さすがに全部は使わないが、多めに作ろう」

伊織が頷いて、前掛けをして炊事場に立つ。もう少しすると、夕餉の準備をしにカヤがやってきてくれる筈だった。

「セイバー、青菜の泥を落としてきてくれ」
「私はきみのサーヴァントであって侍従ではないのだぞ、イオリ。……フフ、今日だけだぞ!」

言って、自分で並べた野菜のいくつかを掴んで長屋の外に出る。タタタッ、と勢いよく駆け出してから、歩を弛める。



――伊織の憂鬱な表情が、気にかかった。