mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


九、

言葉を選ばなければ、それは飼ってはいけない害獣に懐かれてしまったのにも似ていた。

きっと害獣自身には善も悪もなかった。きっと、ただあるがままに、命のままに生きている。
その存在の善悪を決めるのは人の方で、それはきっと、人の社会や営みにとってそれが有益であるか害悪であるかだけの話だった。――たったそれだけの話を、身勝手にも善悪などという崇高ぶった言葉に置き換えている。

人にとって都合がよければ善で、都合が悪ければ悪であった。――であるならば、イオリは。



間違いなく、この世界、人の社会全体にとっての脅威であり、厄災であり、悪であった。







タケルが頬に触れているのを別段嫌がる様子もなく、機嫌のよさそうな様子で、イオリがただそこに座っている。時折、満足げにタケルの手のひらに頬を摺り寄せるような仕草を見せた。飼主に懐く猫のような仕草だった。

「イオリ」

ん、と夢見るように重い二重瞼がゆっくりと持ち上がって、タケルを見る。透き通った――まるで罪のない、ひどく純粋で無垢な月夜の瞳が、その水面にタケルを映している。それで、ようやくタケルは気付く。

――きっと、この『イオリ』はなにかが壊れていた。

サーヴァント、というものの成り立ちも仕組みもタケルにはよくわかっていなかった。けれどきっと、この『イオリ』という存在が人として生きていた頃は、きっともっとたくさんの澱みや迷いや苦しみを抱えていたのだろうと想像がついた。
一呼吸をするにも凍てついた氷山で冷たい空気を吸うように重く、吐き出す呼気は肺を凍らせて息苦しい。そんな抑圧された苦しみを抱えた生前の彼は、きっとこれ程までに迷いのない瞳をしていなかっただろう。

きっと、この『イオリ』という存在はなにかが欠けていて、それ故に歪で、アンバランスで――だからこそひどく純粋で、無垢だった。かつて生きていたオリジナルの人格のわずかな破片のひとかけらに過ぎないこの『イオリ』は、だからこそ己の目的に忠実で、それ以外のことにまるで配慮ができない。そういうふうに出来ている。――それを、悪と断じることができるだろうか。悪を悪と知らない者を、悪と責めることができるのだろうか。彼は、ただ――

「マスター。――セイバー。今度こそ、俺はおまえの願いを叶えてやれるよ。おまえの願いを知っていたのに、俺はあのとき叶えてやれなかったから。……すべては、おまえの願いのために」

うっとりと、イオリがけぶるように長い睫毛を伏せる。――彼は、ただ。

「イオリ。……イオリ。きみを――

――壊れかけた心で唯一わかっている、ただマスターの願いを叶えてやりたいのだという己の優しい願いのために、ただここにいるだけなのに。

――我が父王の許に、連れていかなければならない」
……マスター?」

イオリが不思議そうな顔をしてタケルを見る。その顔からそっと目線を外しながら、タケルが静かに言った。

「父上の御勅命は、一連の死の真相を究明せよとのことだった。……だから、きみを連れていかなければならない」
「あ――ああ、そうか」

イオリがやや考えたようなそぶりを見せた後で、ぱっと明るい顔をして微笑んだ。白い百合の花が綻ぶようだった。

そうするとおまえは元の地位に戻れるのだな。そう――そうか。下手人を捕らえたならば、それはおまえの立派な手柄となる。であれば、おまえの願いは叶う。謹慎は解かれ、おまえは再びこの国の軍神として返り咲く。……これは思わぬ収穫だった。何故今まで気付かなかったのだろう。
俺が殺した死の穢れをおまえから遠ざけることにばかり躍起になっていたが、そうか。おまえが勅命を受けた時点で俺を引き渡せばよかったのか。本当に――何故そんな簡単なことに気付かなかったのだろう」

ふふふ、と満足げに笑い、「よかったな、セイバー」とイオリが兄のような柔らかな笑みを浮かべてタケルを見る。

ぐ、と唇を引き結んだタケルは、ゆっくりとイオリを見た。視線が絡み合い、タケルが何かを言いかけて――口を噤む。それから、再び口を開いた。

「私は、『セイバー』だったのか? イオリ」
「ああ。おまえは、本当に凄い『セイバー』だったのだ。……あるいは、俺自身も、どこかの世界では――

イオリが、どこか遠い目をして宙を見る。それから、タケルを見て言った。

「俺自身が、セイバーというクラスで現界することもきっとあるのだろう。――それでも、おまえに勝てるかな。わからないな。おまえは凄かったから」
……フフ。自信がないのか、きみ」
「そりゃあ、勝ってみたいよ。いつの日にかは。……だが、今は。少なくとも、今ここにいる俺の願いは、それではない」

イオリの端正な白い顔が、松明の揺らぐ灯りに照らされている。高い鼻梁が影を落とし、ちらちらと橙色の炎が蒼白く透き通ったイオリの白目に反射している。

「俺を殺せば、おまえの願いが叶うか? セイバー。――なら、よかった。……俺の死が、おまえの願いを叶えてやれることもあるのなら」

「イオリ」と名を呼びかけて、タケルの喉が詰まる。ぐ、と涙で濡れたような呻き声を出したが、それはあまりにも不誠実だとタケルは思った。



――今のタケルに、イオリの名を呼ぶ資格も、彼を惜しんで泣く資格も、なかった。