mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


四、

不審な死が相次いでいた。

『儀』が進行している事実は、宮中でも一部の神官や高官にのみ開示されていた極秘情報であった。従って、先日の槍に胸を突かれて死んでいた商人の遺体――及び、その翌々日に同じくヤマトタケルの住居の敷地横で発見された、胸に大穴の開いた武官の遺体――について、何も知らない一般の役人や侍従は、ただそれらが落ちぶれて神の加護を失った皇子がたまたま引き寄せた穢れの類であると解釈した。――実際、タケル自身がそう思い込んでいた部分もあった。その二件の遺体が彼の住居傍に発生したとき、彼はキャスターにすっかり寝かしつけられて屋敷の中ですやすやと眠っていた。何ひとつ、知らされていなかった。

ただ、宮中に起こっていた死はそれだけではなかった。

先日路上で発見されたふたつの下官の遺体を皮切りに、ぽつり、ぽつりと、不自然な頻度で――静かに、それでいて確実に、宮中の内外で遺体が積み上がり始めていた。

何が原因なのかはわからない。疫病か、あるいは事故か、殺人か。昨日までは当たり前の顔をして生活していた人間が、次の日には物言わぬ遺体となって転がっている。

宮中は死によって侵蝕され、呑み込まれようとしていた。







「人が死んでいると聞いたぞ、キャスター」

早朝に目覚め、キャスターの用意した粥を口にし――そのまま、座っていると床にまでたなびく長く艶やかな髪をキャスターに櫛で梳かせながら、タケルが言った。

一度ひとたび『儀』が開始されれば、周囲を巻き込んでの戦闘もやむを得ぬ。それはそういうものだ――だが、私はきみを召喚したはいいものの、話に聞いていたサーヴァント同士の戦闘……というものは、一向に起こる気配がない。警戒していたように他陣営が襲ってくることもない。であるならば、急激に増えつつある件の『死』は、あるいは儀とは無関係なのかもしれぬ」
「人々の『死』が気にかかるか、マスター」
「いいや。どうあろうとどのみち人は死ぬ。それはそういうものだ。戦場で人は負傷して死に、市中においては疫病で死ぬ。死は常に生と共にある。そしてそれは、武力であれ生命力であれ、生き抜く力のない者から淘汰されていくという自然の理なのだ。それに心を痛めるほど、私はお人好しでも暇でも身の程知らずでもない」
「そうか」

タケルの言葉を否定も肯定もせず、キャスターはただ優しい手つきでタケルの髪を掬い上げては櫛を通す。「うむ」とタケルは軽く頷いて、それから言った。

「とはいえ、あまりにも多くの人を失えば国が回らなくなる。民がひとり残らず息絶えたのでは王の意味もないからな。――そこで、父上より御勅命を戴いた。『死』の真相を突き止めよ、と」
「謹慎が解けたのか?」

穏やかなばかりであまり感情の乗らないキャスターの声に、僅かに嬉しそうな響きが滲む。その声に、思わず嬉しくなったタケルが振り向いた。

「まだ完全ではないがな! ――これで無事にお役目を果たせば、今度こそ本当に元の地位に戻れるかもしれぬ」
「よかったな、マスター。やり遂げれば、おまえの願いが叶う」
「思ったよりも余程早く叶いそうだ。『器』に願いをかけるまでもないかもしれぬ!」

弾む声で言い、タケルが再び前を向く。その髪をキャスターが丁寧に結うのをそのままにさせながら、タケルが言った。

「それで、早速今日から方々へ調査に向かおうと思う。――『儀』とは無関係の仕事だ。完全に、私の都合にきみを付き合わせることにはなるが」
「それで構わない、マスター。――俺の願いはただ、おまえの願いが叶うこと。おまえは、ただそうと知ってくれていれば、いい」

――うっそりと、タケルの背後でキャスターが微笑んだ気配がする。……なんとなく、背筋に冷や汗の伝うような思いがした。

――では!」と、気を取り直したようにタケルが殊更明るく言った。立ち上がり、結わえられたばかりの三つ編みを軽く手で払った。

「ん、おかげで髪も邪魔にならぬ。――行くぞ、キャスター! 早速宮中の調査だ」

ともに立ち上がったキャスターが白い狩衣の裾を払い、微笑む。――その優しい、優しい笑みが。



――人ならざる者の、底知れぬ違和感を、湛えている。







人とすれ違うたびに、さまざまな視線を向けられた。

奇異の目。――あるいは、嫌悪の目。憎悪とまではいかなくとも、唾棄すべき存在として蔑む、侮蔑の目。――あるいは、恐怖の目。

英雄と持ち上げられたこともあった。しかしそれも、僅かにでも時流が変わって旗色が悪くなればすぐに手のひらを返された。宮中の政争がどうであろうと、父王を取り巻く者達がどれほど互いに潰し合い入れ替わろうと、結局タケルの扱いは変わらなかった。物言わず逆らわぬ、心を持たぬ装置のように――ただひたすらに、王朝にまつろわぬ者ことごとくを殺戮し尽くす。タケルは、ただそのためだけに在った。

だから――慣れていた。血にまみれたその身を指さされて蔑まれ、穢れとして遠ざけられることには慣れていた。かつてたったひとり、血に汚れた手を握ってくれたひとがいたが――彼女もまた結局は、この血塗られた運命の巻き添えとなって散った。
タケルがなんの損得勘定もなしに、無償の歓迎でもって人々に温かく迎え入れられたことなど、一度たりとてなかった。あったとすればそれは皮肉にも、あのクマソの地だけだっただろう。だから、慣れていた。――慣れていた。



……にしたって、これは。



宮中を一通り歩き、民の住まう市街地へと出る門に出る。ぴたりと足を止めて、タケルが言った。

「なにか――私が見落としているものがあるのだろうか、キャスター」
「うん……?」

隣に佇んでいるキャスターが問い返す。彼を見上げてタケルは言った。

私に対する敵意がある――私の与り知らぬ間に、何かが起こっているか? キャスター。……『死』は、私と何か関係があるのか?」

キャスターが口を噤んだまま、タケルを見下ろしている。やがて、両の口の端を笑みのかたちに持ち上げたまま、言った。

何もないよ。正真正銘、何もない。おまえには何も関わりがない。――ただ、そうだな。人は、己が見たいものを見る。点と点を好きなように繋げて線を描き、形を造り出してそれを真実と信じる。
たまたまおまえの屋敷を覗いていた下官ふたりが死んだたまたまおまえの屋敷の傍で商人や武官が殺されていた――ただそれだけで、そこになにがしかを見い出したがる者は、多い」
「そう――か」

どこか落胆したような声で言い、タケルが俯く。そのまま、一歩外へ踏み出そうとしたところで――女の悲鳴を聞いた。

「キャアアアーーーアア!」

慌ててタケルが飛び出して、その後をキャスターが追う。見れば女がひとり倒れていた。仰向けに倒れた背中から鮮血が流れ、その場に血溜りをつくっている。キャスターが駆け寄って上半身を抱き上げるが、女は既に事切れていた。キャスターの純白の狩衣が赤い血に汚れる。それを感慨もなく見下ろしたあと、その場に立ったままのタケルが周囲を見渡した。女を手にかけた者の影は、どこにもなかった。

チッ、とタケルが舌打ちする。

「逃げ足の速い――! この私を撒くなどと、一体何者――
「魔力の残留がある。さすがのおまえでも撒かれて当然だよ。――サーヴァントだ、マスター」

ん、と一拍遅れてタケルがキャスターを見る。その場に女の遺体を寝かせたキャスターが立ち上がる。金色の粒のような魔力が僅かに巡って、狩衣に染みていた血痕が消えた。
キャスターの端正な蒼白い顔から笑みが消えていた。――その、宵闇に浮かぶ満月のような瞳が剣呑に光るのを、タケルはおよそ初めて見た。

――『サーヴァント』」

ついに、とタケルは思う。――ついに。



『儀』が始まる。――自らが召喚した『キャスター』が戦うところを、ついに見られるのだ。

他人が戦う姿に興味などおよそ抱いたことのなかったタケルは、そう思った自分の心境に驚く。――あるいはそれは。

この『キャスター』という存在ひとの、タケルのいまだ知ることを許されていなかった側面を、ようやく垣間見ることができるから――であるからなのかもしれなかった。