mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


七、

『厄災』、とあのサーヴァントは言った。



屋敷に戻ったあと、キャスター ――もとい、『イオリ』は、いつも通りにタケルに夕餉を用意した。
すっかり炊事場の勝手を覚えて手慣れた様子で粥をよそい、板張りの部屋で正座をしているタケルの前にそっと差し出してくる。タケルがそれに手を出せずにいると、「――?」とイオリがきょとんと小首を傾げてみせた。

「どうした? 食べないのか?」
……ぁ」

言葉が喉に引っ掛かり、うまく出てこない。――正直なところ、食欲どころか手の震えが止まらなかった。手を伸ばそうにも腕がこわばり、顔を上げようにも目の前に座っているイオリの顔が見られなかった。

――説明が欲しかった。

あの『宝具』で垣間見た光景は一体何だったのか。何故、あの心象風景の中に自分がいたのか。何故、自分とイオリが斬り結んでいたのか。何故、自分の剣はイオリの胸を貫いていたのか。――何故、自分は泣いていたのか。

『キャスター』ではない、『アヴェンジャー』のイオリ。――何故、クラスを偽っていた? ――『アヴェンジャー』とは、なんだ。『復讐』とは、なんだ。



自分を殺したサーヴァントへ復讐する筈のイオリは何故こんなにも自分に優しく接するのか



わからないことだらけだった。――あれ程までに安心感を覚えたイオリの微笑みが、今は恐ろしくてたまらなかった。

膝の上に揃えて置いた拳が、カタカタと震えている。それに気付いたイオリが、タケルの手をその大きな手でそっと包み込む。――優しい、心から気遣うような、兄のような声で尋ねた。

「寒いのか? マスター。火を焚こうか。――そうだ、少し待っていてくれ。そろそろ頃合いだと思うから」

そう言って立ち上がり、屋敷の外へと出ていってしまう。タケルにはその背中に目を遣ることすらできない。イオリの行き先もわからないまま、ただまんじりともせずその場に座り、床を見つめていた。

やがて、ふわりと鼻先を嗅いだことのない香ばしい匂いがくすぐった。食欲をそそるような――しょっぱくてコクのある、それでいてほっと安心するような香りだった。

タケルが顔を上げると、イオリが部屋の中へと戻ってきたところだった。両手で大切そうに器を支えている。どうやら、なにかの液体が入っているようだった。
イオリが再びタケルの前に座り込み、粥の隣に運んできた器を置いた。――見慣れない、濁った茶色の液体が入っている。一見して雨上がりの水溜まりのようにも見えた。

「『オミオツケ』だよ。――好きだったろう?」

タケルには、そんなものを好きだった覚えはない。そもそも、そんなものは聞いたことすらなかった。――でも、きっと。



自分はこれがきっと好きだったのだろうと、思う。



それはきっと、タケルの知らないタケルだった。でもきっと、そのタケルは、これがきっと好きだったのだ。だからイオリは、タケルの知らないタケルのために、これを前にも作ってくれたことがあったのだ。



――あの、巨大な満月の下で、イオリを殺した、自分ではない自分。



そっと両手を伸ばして、器を手に取る。ゆっくりと口許に運ぶ前に、一旦鼻先で、くん、と香りを嗅いでみる。香ばしく、しょっぱくて、コクがあって――ひどく優しい匂いがした。
器の縁に口をつける。口の中にふわりと温かさが広がって、優しい、包み込むような味がした。――気付けば、腕の震えが止まっていた。

こく、こく、と少しずつオミオツケを飲み干すタケルを見て、イオリがほっと安堵の溜息をついた。

「味噌を仕込んでみたのだ。――普通なら熟成まで一年はかかってしまうが、少しだけズルをした……飲める味ならば、よかった」
「美味い。……美味いぞ、イオリ」

ぽつり、とタケルが言う。ん、とはにかんだような声がして、タケルが顔を上げる。イオリが、穏やかに微笑んでいた。――「よかった」と、端正な顔に、注意深く見なければ気付かないような――ほんの少しだけ、照れたような赤みが差していた。






――羨ましいな、と思った。






かつて、イオリにオミオツケが「好きだ」と伝えて、イオリにせがんで、それを彼に何度も作ってもらった自分。その度に、美味い美味いと言って、すべて飲み干していた自分。――きっと、そうやって続いていた日々。――いずれはあの、巨大な満月の下で、イオリの胸を貫くに至った日々。――きっと、そこに至るまでに、何度も何度も飲み干した、イオリの『優しさ』。

きっとそんな日々をイオリと過ごしていた、自分ではない、自分。

目の前のイオリの、端正な顔を見る。まるであの宝具で見た、あの宵闇に浮かぶ見事なまでの望月が、そのまま閉じ込められてしまったかのような透き通った双眸。夢見るようなその瞳が、うっとりと瞬いている。重い二重瞼の長い睫毛がけぶり、まるで時を超えた常世へと誘うようだった。

――『厄災』だと、言っていた。

イオリが、善いものなのか悪いものなのかもわからない。その正体もわからない。どういうつもりでここにいて、どういうつもりでタケルに接しているのかもわからない。――それでももう、タケルは構わなかった。

「イオリ。――たとえきみが『厄災』なのだとしても」

ん、とイオリが口許に柔らかな笑みを湛えたまま、タケルの顔を見ている。――その真剣な顔が、ゆっくりと近づいてくるのを、ただ流れに任せている。

「私は、それでも構わない。――きみが何者でも、構わない。きみの目的が、なんだったとしても。――たとえそれが」

タケルへの、時を超えた復讐だったのだとしても。

「私は、それでもいい。――イオリ」

そっと、タケルの唇がイオリの唇に触れる。オミオツケで濡れたタケルの唇が、冷たいようなイオリの柔らかな唇に重なる。互いの唇の感触をただ確かめるような触れ合いの後に、タケルがゆっくりと唇を離した。イオリの顔を見る。色素の薄い唇にオミオツケの汁が移って、少しだけつやりと濡れていた。

イオリが、何をされたのかわかっていないような、きょとんとした顔をしてタケルを見ている。少しだけ小首を傾げた後、濡れたままの唇の端を持ち上げて艶やかに笑った。

「俺は、おまえの『サーヴァント』だよ、マスター。俺の願いは、おまえの願いの成就、ただそれだけ。――おまえが心配することは、なにもな」

それ以上の言葉を奪うようにタケルが再びイオリの唇に己の唇を重ねた。ただ黙らせるために口付けを深めると、それがマスターの望みであるとでも解釈したイオリは従順に応じた。純白の狩衣の肩を掻き抱くと、素直に身を預けてくる。――それもまた、マスターの望みであるからのようだった。

イオリの言葉の何割が真実なのか、タケルには最早わからなかった。だから、彼の『優しさ』だけを求めた。少なくとも、タケルの求めに応えてくれるイオリの優しさは、言葉と違って嘘の入り込む余地がないだろうと思った。

乱暴にイオリに身を寄せた拍子に空になったオミオツケの器が床に転がり、カランと音を立てる。――がらんどうの音がした。