mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
Public
 

傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


六、

夜空に真っ二つに欠けたような半月がかかっていた。

その気配を、タケルはすぐに察知した。それと同時に、思う。――なぜ、今の今まで気付かずにいたのだろう。
あるいは、それが敵陣営のサーヴァントの特性なのかもしれなかった。人知を超えた隠密ステルス能力――所詮は生身の人間であるタケルに見破ることができないのも道理であったのかもしれなかったし、あるいはそれでも人の身を超えた能力を備えたタケルであれば本来見破れるべきであったものを、彼自身の単なる怠慢により見逃していたのかもしれなかった。

怠慢――タケルは思う。
キャスターに甲斐甲斐しく世話をされ、宥められ、あやされ――優しくて心地の良い彼の腕の中で、すべてを忘れてぬるま湯に浸かるように過ごすのは、恐らくは――ひどい怠慢であったのだろう。そうだとわかっていたようにも思う。でも、逆らえなかった。その優しさに、その誘惑に、指の先一本程にも抗えなかった。

なんにせよ、遅まきながらタケルはようやく気付いた。――それはずっと、タケルの屋敷の傍にいた。――サーヴァントだった

屋敷の外に一瞬だけ姿を現わしたサーヴァントを追って市街地に出て、そのままススキの茂っている野原まで追いかけた。眩い半月に照らされて、夜風に吹かれたススキがさわさわと音を立てている。その最中にぽつんと佇んでいる痩せぎすの男を前に、タケルは剣を構えようとしていた。

……キャスター」

傍らに立つキャスターに、タケルが小さな声で呼びかける。――人との戦い方も、神との戦い方も知っていた。ただ、誰かと共に戦う戦い方は知らなかった。――タケルは、いつだって戦場にたったひとりで立っていたので。

「私が出る。――サーヴァント同士の戦い、というものがどういうものなのか私は知らない。ただ、見たところ――あの程度の幽鬼であれば、我が剣にて薙ぎ払えるように思える。……悪気はないと知ってほしい。だが、私はきみを庇いながら戦う方法を知らない。だから、ここはきみに一歩引いてもらって」
「やはりおまえは相変わらず優美じゃの、『キャスター』」

ぼそぼそと作戦を伝えていたタケルの声を遮るように、若い女の声が響いた。弾かれたようにタケルが見遣れば、いつの間にか敵サーヴァントの隣にもうひとつ人影が立っている。――どこかで見覚えのあるような、身なりのいい女だった。
タケルが手にした剣を握り直し、大声で呼ばわった。

「貴様がマスターか」
「そして御身がマスター以下の英雄崩れ。――『キャスター』、おまえの真価もわからずに下働きばかりさせるマスターなど捨て置いて、わらわの許に来ぬか。少なくともおまえの美しい手をつまらぬ炊事などで荒れさせなどせぬとも。
見ての通り、わらわはそこのマスターとしての自覚もろくにない皇子などよりは余程サーヴァントの扱い方を心得ていてな。きっと、サーヴァントとしてのおまえの欲求も満たしてやれよう。――おまえとて、サーヴァントであるからには『器』にかける願いがあるのだろう?
儀がとうに始まっているにもかかわらず、何も気づかず呑気に眠りこけているマスターなどよりも、余程この『儀』を勝ち抜く勝算がわらわにはある。――どうだ、わらわと共に来ぬか、キャスター」

タケルがキャスターを見る。――遺憾ながら、タケルの耳には女の言はすべて的を射ているように思えた。ぐ、と口許を引き結び、何も反論できずにいる中で――穏やかな微笑みを浮かべたキャスターが、女に言った。

「勧誘か。貴殿にそうも熱心に声を掛けてもらう理由に心当たりがないな」
「口説いておるのじゃ、キャスター。――月光の下で見るとますます映えるように美しい男だ、このまま我が枕元に飾ってしまいたいものだ。毎日毎晩、このわらわが何不自由なくおまえを愛でようぞ、キャスター」

キャスターが傍らのタケルを見下ろす。不安げな顔をして自分を見上げていたタケルの夕陽色の瞳とぶつかり、くすりと柔らかく苦笑した。

「おまえが心配するようなことはなにもないよ、マスター。すべてはおまえの望むまま、おまえの願うままに。――すべては、おまえの願いの糧に

そう言ってうっそりと細められたキャスターの月夜の瞳が、磨き上げられた刀身のような鋭い光を放ったのをタケルは見た。「え、」と彼が何かを言える前に、キャスターが彼の前に一歩踏み出していた。
それまで己がマスターがキャスターに語り掛けるに任せていた敵サーヴァントが、庇うように女の前に出る。それを一切意に介さずに、優雅な笑みを浮かべたまま、キャスターが穏やかな声で言った。

マスターである貴殿の理も、幽鬼サーヴァントである貴殿の真名も、俺には用がない。ただひたすらに、ただ偏に――我がマスターの願いの礎となれ」

キャスターの身体から、膨れ上がった魔力が雷のように迸るのがタケルの目に見えた。それを目にした敵サーヴァントもまた、迎撃に備えて身構える。ぶわりとキャスターの純白の狩衣の裾が舞い上がり――風圧にススキが倒れ、まるで水面に広がる波紋のように、キャスターを中心に幾重もの円を描いては広がっていく。――「マスター、構えろ。恐らくは宝具が来る!」と吹き荒れる風に掻き消されそうな敵サーヴァントの声が叫ぶ。

宝具――と突風に吹かれながらタケルがキャスターを見る。確か、そのサーヴァントという存在そのものを象徴する、最終奥義――切り札。

いつの時代の何をしていた者なのかも知らない、真名すらも知らない、タケルが何ひとつ知らないキャスターという存在の――その、『核』。

それをついに垣間見ることができるのだという――この局面においてひどく場違いな期待に、胸を高鳴らせた。

「宝具」

静謐な、それでいてよく通る凛とした声で――キャスターが言った。






「宝具・可惜夜に希う」






――タケルの目前に、見知らぬ月夜の光景が広がった。






「アアアアアアアアアアアアア!!」

ごぼごぼと噴き出す鮮血に気道を塞がれかけた女の溺れるような断末魔と共に、タケルの意識が現実に引き戻される。
見遣れば、ススキ野原の最中、巨大な半月の真下で――その胸を、己がサーヴァントに貫かれた女が、今まさに事切れようとしていた。

女の胸を貫いた己の右腕と女の顔とを交互に見ながら、混乱のままに敵サーヴァントが叫んでいる。

「マスター!? ――マスター!?」

肉体を硬直させたまま、女がゆっくりと背後に倒れる。それと同時に女の胸から敵サーヴァントの腕が抜けた。どさりという音と共に、仰向けに倒れた女の周囲に生えている白いススキが赤く染まった。

右腕をぐっしょりと鮮血で汚したまま、呆然と敵サーヴァントが足許に転がるマスターを見下ろしている。やがて、油をさしていない機械のようにぎしぎしと硬い動きで首を回してこちらを見た彼が、感情を失った声で言った。

そいつ――マスター。おまえ……

ゆっくりと、己がマスターの血に濡れた指先でキャスターを指さしながら、敵サーヴァントが言った。

それ――『キャスター』などではない。……七騎のうちの、どれでもない。なぜ、そんなやつがここにいるのかわからない。――離れた方がいい。……それは、危険だ。
こんなものが召喚されてしまったからには――もう、この聖杯戦争はまともに終われるわけがない。悪いことは言わない、『儀』を離脱しろ、『それ』のマスター。おまえ自身が破滅してしまう前に、令呪を使ってそれを自害させろ。
おまえが召喚したのはサーヴァントなどではない、この世界を破滅へと導く、厄災――

足許から金色の光となって散っていった敵サーヴァントの、最後の最後まで残っていた口許が、必死の遺言を残して消え去る。――後には、静寂が残った。



夜風に、ススキがさわさわと音を立てていた。ただそこに佇んでいたタケルの傍に、『キャスター』が寄り添う。――柔らかな、慈悲を湛えた笑みを浮かべて、タケルを見下ろしていた。

「マスター。戻ろう。――戻って、夕餉にしよう。腹が減ったろう?」
……『キャスター』」

俯いたまま、タケルがぽつりと言った。その声が、わずかに震えていた。――ばくばくと、心臓が早鐘を打っていた。

「きみの――『宝具』。――私がいた
「うん……?」
私がいた。大きな、純白の満月の下で――私の知らない、大きな建物の前で――きみと私が、いて――私がきみの胸を
「クラスを偽っていたことを謝罪しよう、マスター。――俺は『キャスター』ではない。『アヴェンジャー』というクラスなのだ。アヴェンジャー、とは……当世ではなんと言い慣わしているだろう、つまりは『復讐者』という意味なのだが……

復讐、という言葉にタケルが顔を上げる。――いつも通りの、何も変わらない、穏やかで優しい、兄のような微笑みとぶつかる。

「俺の宝具は、攻撃した相手に俺自身が経験した『死』を再演させるのだ。即ち、かつて自分のサーヴァントに殺された、俺自身の死を」

両脇で握りしめていたタケルの手の甲が、力が入り過ぎて白くなる。ふるふると、タケルの肩が小刻みに震え始める。まるで自分が言ったこととタケルの反応が無関係であるかのように、軽く身を屈めた彼がタケルの耳元に唇を寄せて、うっとりと囁くような、優しい声で言った。

「だから、おまえはなんにも心配しなくていいんだ。――この宝具は、『儀』を勝ち抜くためにはとても有利だ。これなら、俺はおまえの願いを叶えてやれる。おまえがこの『儀』において圧倒的に優位なマスターであることを証明してやれるし――いずれはおまえに『器』を渡してやることもできるだろう」
「ア――『アヴェンジャー』」

『復讐者』。――かつて、ヤマトタケルに殺された、『復讐者』。

タケルの背筋を冷たい汗が伝う。その、ひどく強張った表情に気付いているのかいないのか、彼は言った。

「『アヴェンジャー』はさすがに呼びにくいだろう。それに、おまえがそんな呼び方をしていては他陣営や儀の進行役にも要らぬ情報を与えることになる。……俺のことは、以後は『イオリ』と呼ぶといい、マスター」
「イ――オリ」

恐らくは、彼の真名の一部を知れた。――それなのに、なぜだろう。






この『存在』について、なにひとつ、タケルはわからなくなった。