mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


十一、

かつて古代大和朝廷で執り行われた聖杯戦争の記録がある。――『セイバー』の勝利であったとされている。

イレギュラーは何もなかった。通例通りの七騎のサーヴァントが召喚され、七人のマスターと共に死力を尽くして殺し合い、最後にはセイバー陣営が勝った。なお、そのマスターは時の大王おおきみであったという。
儀式の末に果たして聖杯は満ち、それが今日こんにちの国家を築く礎のひとつとなった。

魔術世界にのみ閲覧が許されている歴史ではあるものの、これこそが『正史』である。本来あるべき歴史においては、『キャスター』の代わりに『アヴェンジャー』が召喚された事実などなかった。

あったとすれば、それは即ち――







人のいなくなった建造物というものは、思いの外すぐに荒れ果て崩れゆくものであった。

広大な宮中も、ましてや市街地も、もはやたったふたりのみが暮らしていくには無用の長物だった。だから、実際にふたりが日々を過ごしていたのは、宮中の一角のみだった。――もともと、タケルが住居としていた屋敷の周辺のみだった。

それでも、たまにふらふらと散歩に出掛けることがあった。――誰もいなくなった大通りをふたりで歩き、宮殿の中を散策する。世話をする者がいなくなっても木々は青々と茂り、草花は咲き乱れた。元々人の手など不要であったのかもしれなかったし、単にイオリがそのようにしているだけなのかもしれなかった。

イオリにとって、この世界の四季を操ることも、あるいは昼夜を入れ替えることすらも、造作もないことであるようだった。

「この桜の木を咲かせてみようか、セイバー」

言って、庭に植えられた山桜に手を翳す。タケルがただイオリの気が済むようにと頷くと、ひどく機嫌のよさそうな様子でイオリが魔力を巡らせる。葉のひとつもつけていなかった筈の桜に蕾が芽生え、あっという間に満開になる。「綺麗だ」とタケルが言うと、イオリが満足げに頷いた。それもまた、彼の中では「マスターの願いを叶えた」ことになるようだった。

「召喚される直前に、『キャスター』と入れ替わったのだ」とイオリは言った。

朝廷にて『正史』通りに大規模な術式が展開され、これからマスターとなる一人一人の召喚に座からサーヴァントが応じる中――此度の儀における『キャスター』となる筈だった者を召喚前に殺しその枠を奪い取った――だから、最初にイオリが『キャスター』だと名乗ったのは口から出まかせというわけではなかった。彼は確かに『キャスター』枠として召喚されていたのだ。

『座』――というものがなんなのかわからないまでも、「そんなことができるのか」とタケルが問う。すると、イオリがちらりと手の中にあるものを取り出してみせた。――あの、人の手を組み合わせたような、気味の悪い形状の『器』だった。

「これは、俺の『聖杯』。――此度の儀で、おまえたちが贄を捧げて成そうとした『器』とは別のものだ。既に『成って』いる。……だから、この儀においては、聖杯は常にふたつあったんだよ。俺が持ち込んだこれと、朝廷が成そうとしていた未完成の器。……おまえが望むなら、儀に則ってそれをそのまま成すのもいいと思った。この特異点の中心が俺の持っているこちら側の聖杯だったとしても――おまえの『成果』として新たなる聖杯が成るのなら、それはそれで俺の目的は果たされる」
……『特異点』」

また、わからない単語が出てくる。まるで生徒に学問を教える教師のような顔をして、イオリが頷いた。

「この『聖杯』――『器』を用いて、俺は特異点と化したこの世界の季節を自由に操ることができる。昼夜を入れ替えることができる。一年はかかる味噌の時間を操作して、数日の間に熟成させることもできれば、健康な人間の内臓の一部の時間の経過を操作して、原因不明の死を遂げさせることもできる。……おまえの願いは、あくまでもこの世界の、人の営みの中で、人の社会の中で、『受け入れられて大成する』ということだった。だから、俺自身もこの世界の規則に従って、おまえの願いを叶えてやれなければ意味がなかった。――だが」

イオリの手の中から器が消失する。それと共に、イオリの夢見るように重い二重瞼がうっとりと瞬いて、タケルを見る。色素の薄い唇が、きれいな弧を描いて笑った。

「おまえの本当の願いはそうではなかったようだったから。――だから、もう要らないので、全部消してしまった。……そうしたら、思いの外侘しい世界になってしまったな。どうだ? おまえが望むなら、この世界にまた人を戻してもいい。――だが、そうだな。そうするにしたとしても、少し世界の『規範』を変えてみようか。誰もおまえを疎んだりしないように――
「要らないよ、イオリ。……このまま、ふたりでいい。我らふたりだけで」
……そうか?」

きょとん、とした顔をしてイオリがタケルを見る。その右手を、タケルが掴んで引き寄せる。体勢を崩したイオリの、すらりと上背のある襟首のあたりを掴んで屈ませて、その唇に己の唇を重ねた。
ちゅ、と軽い音を立ててタケルが唇を離すと、言葉を忘れたイオリが戸惑ったような顔でタケルを見下ろしている。その端正な顔を見上げて、タケルは言った。

――思えば――

生も死も、清も濁も、真も偽も。――善と悪の区別さえもなく、すべてが混沌として、ただありのままに――なんの抑圧も批評もされることなく、ただここにある。
ふ、と息をする。――呼吸が、しやすかった。……きっとここでなら、イオリも呼吸がしやすくいられるのではないかと、思う。

「きみとふたり、たったふたりきりで――ただ、私ときみとでここにいる。……これ以上に望めることなど、私にはきっとなにもないよ、イオリ」
――ん、そうか」

イオリが満足そうに微笑む。もしかしたら、タケルの言っている言葉の意味の半分もわかっていないのかもしれなかった。それでも、『タケルが満足している』ということだけは理解したイオリが、兄のような優しい顔で微笑んだ。

「ここは『特異点』だ。……であるならば、やがてはカルデアがやってくる。戦えど、この世界もいずれは終焉を迎えて、全部なかったことになる。――セイバー。それまでは、おまえと俺とでここにいることにしよう。この世界に、ふたり――

風が吹く。秋風とも春風とも知れぬ風がタケルの頬を撫で、桜の花びらを紅葉もみじと共に空へと巻き上げた。――ああ、なんて、とタケルは思う。






積年の願いが叶ったように甘美にまどろむ、優しい午睡の夢だった。









傾城傾国・了