mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


八、

――『死』が、止まらない。



一連の殺しの下手人と思しきマスター幽鬼サーヴァントは斃れた。タケルのサーヴァントの宝具によって、『儀』の作法に則って。だから、タケルはその成果をもって父王に報告に行ける筈だった。事の顛末を陳述し、被疑者死亡とはいえ事実を解明したとの功績をもって、謹慎を解かれ、また元の地位に返り咲ける筈だった。

それが、死者の発生が止まらない。

最早元凶はこの世にいない筈なのに、以前にも増して朝廷の内外に死者が積み上がっていく。――そもそも、考えてみれば、とタケルは思う。

あの敵サーヴァントは、殺人であるとわかる手段で殺人を行っていた。しかし、不自然に発生していたさまざまな死は、それだけではなかったのだ。
病死、事故死、突然死、不可解な死。――流血し、何者かに殺されたのだとはっきりわかるような死に様は、むしろ死因がわかるだけよかった。



『死』は、まだ解決していない。







イオリの宝具をその目にするのも、幾度目のことだったか。正気を失い人語を話さぬ巨人に、弓を使う異郷の女――のいずれもが、一度も刃を交えることなく、ただイオリの生み出す幻想の最中に無惨に斃れた。
タケルの知るうちでは、これでイオリは三つの陣営を打ち破ったことになる。――残りは、多くとも三陣営。既に斃れていなければ

サーヴァントが光の粒となって消え、後にはマスターの遺体のみが残されている。一滴も血に穢れることなく純白の狩衣のまま、なんの感慨もなく確かに彼らの確実な『死』のみを見届けた後、くるりとイオリが踵を返した。満ちゆく上弦の月の下、煌々と乳白色の光に照らされたイオリが、ただタケルだけを見つめて微笑んでいる。

「屋敷に戻ろう、マスター。――疲れたろう? 戻って、早速夕餉にしよう」

タケルは、疲れてなどいない。今夜だって結局、剣を抜きすらしなかった。それでも、イオリがいつも一番に気に掛けるのはタケルの体力のことだった。
もしかしたら、かつてタケルのマスターをしていた頃のイオリは、戦闘の後にいつも疲れていたのかもしれなかった。だからきっと、タケルもそうかもしれないと――そんな筈はないのに、そうやって気遣ってしまうのかもしれなかった。

その、イオリの無意識のような――もはや人のものとも思えないような、打算も下心もない、ただ純粋な『優しさ』が、やっぱりタケルにとっては、泣きたくなる程に嬉しいのだ。

「うん、イオリ。……戻ろう。きみの、オミオツケが食べたい」

そう言うと、ふっとイオリがはにかんだように微笑む。――敵マスターの遺体を残して、ふたりで屋敷へと戻る。



イオリに供された粥とオミオツケと、それから「香の物だ」と言って出された酸っぱい根菜をタケルは口にする。タケルが食事をしている間、イオリはただ、タケルの正面に座ってじっとその様子を眺めている。
少し前までは部屋の隅に座って遠くからタケルの食事の様子を眺めていたのを、タケルが正面に座るように指示した。「なぜあんなところに座っていたのだ」と尋ねると、「おまえの食事の邪魔をしたくなかったんだよ。……大切な時間なのだろう?」と兄のような顔で微笑んだ。――だから、傍に置いた。

香の物、の最後のひとかけらを齧り終えて、タケルが器を置く。きれいに平らげた器を片付けて立ち上がろうとしたイオリの狩衣の袖を引っ張る。「きみの食事は」とタケルが尋ねた。

「言ったろう。サーヴァントに、本来食事は必要ない――

どこか呆れたように苦笑するイオリに、彼が遠い日々を想っていることをタケルが察する。きっとそれが、誰かへの当てこすりなのだということを察する。――ちりり、と僅かに胸の妬ける思いをしながら、タケルが囁くような低い声で、ゆっくりと言った。

「そりゃあ、きみに普通の食事は不要だろう。――そうではなく、きみの『食事』のことを言っている」
……ん」

イオリの端正な顔が、どこか戸惑ったように一瞬だけ曇る。その瞬間だけはイオリの鼻を明かしたような気がして、すっと胸のすく思いがする。それから、掴んだイオリの腕をぐっと引き寄せる。碌な抵抗もなく、するりとイオリの上半身がバランスを崩してタケルの方へと引き寄せられる。
イオリの腕を掴んでいない空いた方の手で、イオリの顎をくいと掬い上げる。やはり抵抗はなかった。――そのまま、唇を重ねる。くち、と音を立ててそっとイオリの口腔内を舌先でまさぐると、ふ、とイオリの鼻からかすかに吐息が抜ける。つるりとした歯列の裏側をなぞり、口蓋を舌先で撫でる。そのまま舌を絡めて柔らかく吸うと、僅かにイオリが身を委ねてくるのがわかった。目を開けて、すぐそこにあるイオリの端正な顔の、その目を見る。いつの間にか、うっとりと長い睫毛が伏せられていて、白い頬に長い影を落としていた。――イオリが、『食事』をしている。

これを『魔力供給』と言うのだと、神官にあらかじめ聞いていた。――自分からこれを強請って施すようになるなどと、説明を受けたときには微塵も思いもしなかった。

タケルが唇を離す。最後まで絡み合っていたイオリの舌が、離れていくタケルの舌に引き摺られて僅かに口の外に出て、名残惜しげに銀色の糸を引いた。ぷつん、と途切れる。

唾液でぬらりと濡れた唇を拭いもしないまま、イオリがどこか困ったような顔をしてタケルを見た。聞かん坊の弟を見るような目だった。

「俺とおまえは経絡が正常に繋がっているから、これは特に必要ない」
「私だけ『食事』をしたのではな。どうにも座りが悪いよ、イオリ」
「んん……

それ以上の反論の言葉を持たないイオリが、ふっと目を逸らす。まるで弟にやり込められたような、ごく普通の兄のような顔だった。

――だから、そのまま『食事』だけしていてもよかったのかもしれなかった。

タケルの我儘に振り回されるイオリというのは、どうにも愉快な心持ちがした。
強請って、甘えて、我儘を言って。――それを、イマイチ納得していないような顔をしながら、それでも最後には「しょうがないな」という顔をして、結局は許してくれる。
そうやって、彼の『優しさ』を確かめていたのかもしれなかった。そうやって、つかみどころのない彼の、それでもそうとはっきりわかる、その確かな『優しさ』を、何度も試して引き出しては、彼に甘えて喜んでいたのかもしれなかった。そういう自分が、かつて別の世界のどこかにはいたのかもしれなかった。

だから、きっとずっとそうやって過ごしていたってよかった。――でもきっと、それはできなかった。



そうはできないヤマトタケルこそが、きっと彼が逢いにきてくれた自分だった。



――イオリ」

イオリのかたちのよい顎に手を添えたまま、真っ直ぐにタケルがイオリの双眸を見つめる。宇宙そらを閉じ込めてなお輝くような、透き通った瞳をしていた。

殺したのはきみか?」

きょとんとした顔で、イオリがタケルの顔を見る。タケルの手が、顎を伝って頬に掛かる。イオリの白い頬に手を添えたまま、タケルがもう一度、尋ねた。

「殺しているのはきみか? イオリ。――私の屋敷の傍に転がっていたあの下官も。胸に槍の刺さっていたあの男も、胸に大穴の開いていたあの男も。――宮中の内外で、不可解に積み重なっていく死体の山は」

イオリがタケルを見る。――何を咎められているのかわからない顔をして、あるいはそういった善悪の枠組みを超えた人ならざる者の顔をしたまま――穏やかに、淑やかに、妖艶に微笑んだ。そっと、自分の頬に触れるタケルの手を包み込むように、己の手を添えた。

「ああ。殺したよ。だって皆、おまえの食事の邪魔をしたろう。あれはおまえにとっての大切で静謐な時間なのに、騒ぎ立てて邪魔をしたろう。
おまえがせっかく寝付いたのに、そんな刻限を狙ってわざわざ屋敷までやってきた敵陣営もいた。だから、それも片付けたよ。――おまえの邪魔をするのなら、おまえの願いの前に立ち塞がるのなら、人だろうと幽鬼サーヴァントだろうと、俺は誰も彼もを斬り伏せる――おまえの願いを叶えるためなら、俺はなんだってするよ。セイバー



――それは、世にも美しく優しい『厄災』、だった。