mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


三、

キャスターはすらりと上背のある細身の美形の男ではあったが、容姿で人目を惹くことにかけてはタケル自身の方が余程優れていることは、客観的に見ても明らかだった。
ただ、キャスターの美しさというのは単なる見た目だけの問題ではなかった。その佇まい、立ち居振る舞い、所作――すべてにどこか気品があり、洗練された優美さがあった。

特筆すべきはその目であった。宵闇に浮かぶ満月のように深遠な、不思議な輝きを湛えた瞳をしており――それが、こちらの本心を見透かして、ぬるりと心の裡に入り込んでくるような――なんとも言い難い、目の合った者を惹きつけ魅了するような妖艶さがあった。

キャスターが人ならざる幽鬼サーヴァントとなる以前からそういった性質を持ち合わせていたのか、タケルにはわからなかった。
ただ、彼にとってのキャスターのそれは、人に寄り添う『優しさ』であるように思えた。こちらの心の底を暴くような眼差しも、決して侵襲的なものではなく、相手の心の在り方を理解して、配慮し、優しく労わろうとする意志の表れであるように感じた。

タケルがキャスターの名を呼べば、彼自身は何をしていようと――外を眺めていたり、木簡に書きつけられた文を読んでいたり、あるいはタケルの食事を用意してくれていたり――必ず手を止めてタケルの方を振り向いて、「どうした、マスター」と返事をしてくれた。たったそれだけで、タケルは胸が温かくなるような思いがした。かつて彼にそうしてくれたのは――タケルに人並みの意思があることを認めてくれて、彼が何か言うことに対してただ返事をしてくれる――今は亡き最愛の妻くらいだったと、タケルは思い返した。

キャスターの用意してくれた粥を口にしてすっかり眠くなり、その場でうとうとと眠り込んでしまったことがあった。
ふと目を開けると、頭の下に温かくて柔らかく、それでいて少し硬いような、不思議な感触があった。ふ、と首を巡らせる。すぐ近くに、柔らかく目を細めてタケルを見ているキャスターの端正な顔があった。
「キャ、キャスター?」と驚いてタケルが身を起こそうとするのを、「しぃ」と小さく宥めるように言ったキャスターが、ぽんぽんと優しくタケルのお腹のあたりを撫でる。よく見てみれば、タケルの頭の下に敷かれていたのはキャスターの腕だった。うたた寝をしていたタケルに腕枕をしてくれていたようだった。

キャスターの大きな手が腹のあたりに触れている。じわじわと温かいような気がするのは、もしかすると体温ではなく繋がった経絡を辿る魔力の循環なのかもしれなかった。

まるっきり童子扱いをされていることにタケルは気付いたが、とはいえ否定する気も起きない。再び睡魔に襲われ始めている視界の中で、白い狩衣を纏ったキャスターが、慈悲に満ちた柔らかな微笑みを浮かべて自分の顔を覗き込んでいるのだけが見える。

……キャスター…………
「もうしばらく寝ておいで。――おまえが俺にこうされたかったのを知っていたよ。でも、あの頃のおまえは随分と意地っ張りだったから」

キャスターの優しい声が、何かを言っていることだけはわかる。だが内容が理解できない。理解する必要もないのではないかと、まどろみの中でタケルは思う。

「外に――

夢うつつの中で、まるで子守唄を唄うようなキャスターの柔らかな声が響く。

客人が来ている。――俺が片付けておくから、おまえはもう少しここに寝ておいで。……おまえの願いがマスターとしてのおまえの証明であるのなら、すべては俺がそのように」

――すとん、とタケルの意識が遠ざかる。







『儀』を執り行うにあたり、正式に「マスターである」と広く喧伝されているのは、ヤマトタケルただひとりであった。
他の六人に関しては、性別も、居場所も、身分も、当然その名も――なにひとつ明らかにされておらず、場合によっては存在すらしないのかもしれなかった。

おのれがマスターである――と他のマスターに知られることは、当然ながら情報戦において圧倒的不利である。そのハンデを与えられていたのは、任務に失敗し謹慎中の身とはいえ武人としての驚異的実力を誇るヤマトタケルの圧倒的有利を調整するためがひとつと――「あわよくば死んでほしい」という朝廷の意思が働いていない、とはどうしても言い切ることができなかった。

その上で、彼が召喚したのは『キャスター』であるとのことだった。セイバーでもランサーでもない、バーサーカーですらない、キャスター。うまく使役できればそれなりではあるのだろうが、圧倒的実力を笠に着て正面突破で蹂躙することをこそ唯一の戦略としてこれまでやってきたタケルに、そんな芸当ができるとは誰にも思えなかった。



――であるからして、男が初戦の相手にヤマトタケルを選んだのは、ごく自然な流れであった。



「どうやら俺らはツイてるぞ、『ランサー』」

男は言い、傍らに佇む幽鬼サーヴァントを見上げた。まさしく幽鬼の呼び名に相応しい、常人の二倍は背丈のあるような異様な出で立ちの使い魔に、にたりと笑いかける。

「謹慎が堪えたらしい、落ち目の皇子サマはこの頃じゃすっかり自分の屋敷に引き篭もってろくに外にも出てこないって話だ。であるなら奇襲でもかけて寝込みでも襲えれば御の字――とは思ったが、まさか本当にマスターが出てこないとはな」

男は宮中にも出入りしている商人だった。いつものように頼まれた物を納品したところ、通りかかった神官に儀のマスターとなる素養を見い出されて留め置かれた。
喚び出したのは『ランサー』で、かつて男が目にしたことのない形状の槍を持っていたので、聞き齧ったばかりの知識で「これがおまえの宝具か」と尋ねると、「違う」と言う。
聞けば当人の『宝具』は手にした槍を操る技それ自体で、武器となる槍自体は何でもよいのだという。今手にしているものもたまたまそのあたりで見つけた宝玉やらを組み合わせて適当に作ったものだと言うので、「……おまえまさか勝手に俺の商品に手を出して作ったんじゃねえだろうな?」と言うと、はぐらかすように目を逸らされた。

手持ちの『現世ならざる者』同士を戦わせるのが儀の基本だとは聞いていた。――そして、自分が引いた『ランサー』という駒が、想定された七騎の中でも有利な方であることも。
――ヤマトタケル当人が出てくるのならば五分五分。七騎の中でも戦闘力に劣る『キャスター』が出てくるのならば、きっと赤子の手をひねるよりも容易かった。

空が藍色に染まる黄昏時、ヤマトタケルの住居を奇襲した。火を付けようかとも思ったが騒ぎを大きくして他陣営を呼び寄せることは憚られ、従ってランサーとふたり、侵入して皇子の油断したところを胸を一突きにでもしてやろうと思った。
すると、敷地内に足を踏み入れようとするその瞬間に、屋敷の中から誰かが出てくる気配があった。自分たちのようにふたりではない。たったひとり。

月光に照らされて白く光る狩衣を纏った、すらりと細身の優男だった。

「はあ」と男は気抜けする。ヤマトタケルの見た目は知っていた。――であるならば、これは『キャスター』なのだろう。

『ランサー』と比べても圧倒的に見劣りする。見るからに大きく異様な風貌をしているランサーに比して、あまりにも普通で――あまりにも、綺麗過ぎる

「こりゃ、一突き、ひと捻りだな。――『ランサー』、行け」



ぐさり、と男の左胸に、鋭い衝撃が走る。一拍遅れて、激痛が襲い――気道をせり上がってくる鮮血が、ごぼ、と口から噴き出した。



男が見上げる。『ランサー』が、宝石類で飾り立てたその槍を、男の胸に突き刺していた。

「ラ、ランサー、何故……

戸惑いのまま、男が疑問を口にする。ごぼ、と再び鮮血が噴き出て、顎に伝った。
ランサー自身も混乱しているようだった。「マスター? マスター!?」と狼狽えるままに何度も呼び、己の手の中の槍と男を何度も見比べる。
男の薄れていく意識の中で、暗くなっていく視界の中で、異様な風体をしている筈のランサーが、まるで怒り狂う人間のような顔そのもので、キャスターに向かって喚き散らしていた。

「き――貴様、貴様ァッ――貴様、『キャスター』などと――貴様がキャスターなものか、こいつはッ!」

普通だ、と思った筈だった『キャスター』が、悠然とした微笑みを浮かべてこちらを見ている。遥か大陸で彫られる神々の像の表情によく似ていることを、男は知らなかった。



「なぜ貴様のようなクラスがここにいる、『アヴェンジャー』!」――と叫んだランサーの声は、男の耳には届かなかった。










翌朝、ヤマトタケルの住居の敷地外で、商人の遺体が発見された。
左胸には宝石などで装飾の施された異様な槍が貫通しており、一見してまるでなにかの贄の儀式の形跡のようにすら見受けられた。

何も知らずに起き出してきたヤマトタケルは、屋敷の外に人だかりができていることに気付いて驚き、キャスターに委細を尋ねた。
キャスターはただ、柔らかく微笑んで――「おまえの心配するようなことは何もないよ、マスター」と、囁くように言った。