mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a


十、

タケルに連れられて歩くイオリの足取りは、たまの休日に父親に遊園地に連れられていく子供のように軽やかだった。

父王の住まう奥宮へと向かう道すがら、秋風に揺れる紅葉にふと足を止める。感心したように赤く色づいた木々を見上げ、それから「美しいな、セイバー」とイオリが機嫌よく言った。

「おまえの謹慎が解ければ、おまえはまた遠征に出ることになるのだろう。――あの富士へも向かうことがあるだろうか。その道程が、このように色鮮やかに色づいているといい」
「色鮮やかに――

言われて、ふとタケルは気付く。勅命に従って方々に出かけたが、その景色をじっくりと眺める気になったこともろくになかった。四季の巡りを感じたこともない。――なんのことはない、タケルにとって、世界は色褪せていた。
はじめは、凍てついた冬景色のように色味のない味気ない世界だった。それから彼女に出逢って、世界にさまざまな色があることを知った。やがて彼女を失って、それまであった色がひどく色褪せてしまった。枯れたススキ野のような世界で過ごしながら――ある日突然、目の前にイオリが現れた。

タケルは、この世界に色があったことを思い出した。――鮮烈な、眩いような色とりどりの色彩だった。

きっと、これからタケルの世界は再び色を失ってしまうのだと思う。だからきっと――イオリのささやかな願いは、叶わない。タケルが、彼の「美しい」と言った世界の色に気づくことは、きっとない。

「イオリ。……ひとつだけ、もう一度だけ確かめたい」

はた、と足を止めたタケルが、イオリを見ないままに言った。

きみの願いはなんだ? ――なんでもいい、教えてほしい。願ってほしい。――もし、きみを――

このまま、父王の許へと連れていかなくていい言い訳を、万が一にでも見い出すことができたなら。――そんな、あまりにも狡くて不誠実だとわかりきっていることを思いながら、タケルが尋ねた。
そしてやっぱりタケル自身がわかっていた通り、イオリの回答は明快だった。

「『おまえの願いが叶うこと』だよ、セイバー。……この俺の願いは、ただそれだけ。おまえの願いが『マスターとしての自身の証明』なら、ただそのように。おまえの願いが『謹慎を解かれ元の地位に返り咲くこと』なら、俺がすべてそのように。……だから、これで俺の願いもようやく叶う。よかった」
「私の、願い――

――わからない。



タケルは、なにもわからなくなった。



この願いを叶えた先に一体何があるのだというのだろう



宮殿の奥へと進むにつれて、人々の奇異の目が侮蔑の目へと変わるのを感じている。タケルを追って歩くイオリの変わらぬ足音だけが、この世界で孤立したタケルに柔らかなぬくもりを伝えてくる。――これを贄に得るものなど、一体何があるのだろう。

タケルと目を合わせようともしない侍従に案内されて謁見の間へと通される。イオリを従えて板張りの床の上に座り、御簾の向こうにいる筈の父王に呼ばわった。

「父上。御勅命に従い、一連の『死』の真相について解明いたしました。――ついては、私より御報告を」

返事がない。――勝手に話を進めるわけにもいかず、「父上?」とタケルがもう一度呼ばわる。返事がなかった。

タケルが斜め後ろに座っているイオリを見遣る。ふたりで不可解な顔をした後、タケルが立ち上がった。御簾へと、一歩近づく。

「いないよ」

聞き慣れぬ若い少年のような声がした。弾かれたようにタケルが振り向く。いつの間にか、異郷の衣裳をまとった少年が、謁見の間の中に立ち顕れていた。

「サーヴァント。……下がっていろ、マスター

すぐさまイオリが立ち上がり、タケルを庇うようにして立つ。それをわざと煽るようにゆっくりと半円を描いてふたりの周囲を歩きながら、気だるげな口調で少年が言った。

「そう警戒するなよ。もう勝負は決まってる。俺とおまえは戦わない。そうだろう、『キャスター』」
……父上はどこだ? あの方に一体何をした」

硬い声でタケルが尋ねると、おや、と少年が片眉を上げた。

「どうもこうもしないよ。俺がどうにかしたとでも思っているのか? 自分のマスターを?」
――え」

ぽかん、とタケルが目を見開く。「ようやくわかったか」とでも言いたげに、少年が頭の後ろで両手を組んだ。

「おまえのサーヴァントは一体何騎殺した? ヤマトタケル。ちゃんと数えていたか? ――最初にランサー、次にライダー。アサシンのマスターは大臣の娘だったな。それからバーサーカー、アーチャーに――ほら、一体何陣営残っている?」
……あ」

タケルの屋敷の傍で斃れていた、ふたつの遺体。両方とも、胸を貫かれて死んでいた。――あれも、イオリの宝具によるものだとするならば。

「この儀にはもう、俺とキャスターそいつの二騎しか残っていないんだよ。……それで? おまえは最初からそいつを殺すためにここに連れてきたんだろう? なら、俺とそいつは戦わない。俺はただ、そいつが器の贄となるのを見届けるだけだ。それでおまえはマスターとして脱落。――俺のマスターの勝ち。器にかける願いは、この国の運命を変えるために使われる」

「で、」と少年――消去法で『セイバー』の筈だった――はその手に剣をとることもせず、腰に手を当てて言った。

「どうするんだ? 令呪を使ってそいつを自害させるのか? それとも、おまえが自分の剣で直々に殺すのか、ヤマトタケル。俺のマスターはどっちでも構わんと言っていたぞ。確実に殺しさえすれば」

「早くしてくれよ」とでも言わんばかりに、セイバーがタケルを見ている。――タケルは、ただ瞠目していた。



もともと、儀は『この国を滅亡の運命から救済する』ために施された呪術だった。タケルは、その確実な遂行を保証するための、王朝の手駒だった。
――であるならば、七陣営のうちのひとつが大王おおきみで、タケルによって完璧にお膳立てされた勝利を最後に手にするのが父王であったとして――それは、当然の流れであった。むしろ、すべてが計画通りであると言えた。
だからきっと、ここでタケルがすべきことは、大王おおきみの、この国の剣として、タケルが皇子として求められし『善』として行うべきことは――

右手に、タケルが剣を抜く。それを見て、イオリが一瞬だけ哀しげな顔をしたのが視界に映る。タケルが何かを思う前に、イオリが言った。

「また、俺はおまえにそれをさせるのか。おまえが泣いていたのを知っているよ。……令呪でも、いいよ。使い方はわかるか? 強く念じて、俺に一言、『自害せよ』と」
「イオリ」

うん、とイオリがタケルを見る。――ただ、タケルを案ずるばかりの、優しい兄のような顔だった。

「きみは優しい人だ。――でも、きっと今のきみは『悪』なのだと思う」

かつて――とタケルは目を閉じる。イオリの宝具で垣間見た、遠い遠い、眩く輝く満月の夜の記憶。タケルの知らない記憶。

「きみをこの手で介錯してやれた私も、かつてどこかにはいたのかもしれない。そういう『もしも』も、どこかの世界ではあったのかもしれない。――ただ、きみ自身のために。ただ、きみのためだけを想って。
そういう、強い私も、きっとどこかに――そういう私でいられた私も、きっとどこかにいたのかもしれない」

「だけど、」とタケルが笑う。可憐な顔の頬を、静かに一筋の涙が伝った。

「どうやら、私はそうではないみたいだ。
『有用性を認められたい』、『元の地位に返り咲きたい』。本当は、そんなことが私の願いなどではなかった。――存在を認めてもらいたかった。愛してくれなくたってよかった、ただ『ここにいていい』のだと言われてみたかった。
誰にも疎まれず、ただ誰かと笑い合ってみたかった。――友というものに、出逢ってみたかった。
……だから私の願いは、きっと最初から器にかけるまでのものでもなかったのだ。――きみに、出逢えた。きみとこうして日々を過ごして――その時点で、きっと私の願いは叶っ」
「そうか。わかった、セイバー。それがおまえの願いなのだな






――「え、」とタケルが呆けた声を出した。






唐突に、すべての音が掻き消えた。宮殿の内外を行き来している侍従や役人の足音も――すぐそこにいた筈の、敵サーヴァントの息遣いすらも消え去った。
タケルが、周囲を見回す。木々が、さわさわと夜風に吹かれて涼しげな音を立てている。松明のちりちりと燃える音がしている。――人の気配だけが、ない。

ゆっくりと、剣を手にしたままのタケルが、イオリを見た。――見慣れない、おぞましい形状をした、人の手を組み合わせたような器を手にしたイオリが、うっそりと――人ならざる妖艶な笑みを浮かべて、佇んでいた。

誰にも疎まれずただ誰かと笑い合ってみたかった。それがおまえの願いであるならば。――誰もいなくなってしまえば誰もおまえを疎む者はいない。もう、誰にもおまえを疎ませたりしないよ、セイバー」



――え」



タケルの呟きも、静寂の中に吸い込まれる。