mishiadd
2025-09-27 18:20:16
36460文字
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傾城傾国

【IF軸】生前のセイバーを「可哀想だな」と思った側面だけを抽出された(マスターだけに優しい)アルターエゴサーヴァント・宮本伊織(讐)が生前のヤマトタケルに喚び出されて「おまえは可哀想だね」って言いながら汚染聖杯的すごい願いの叶え方をして国もマスターの人生もめちゃめちゃにする性癖の展覧会【剣伊】
後日談『始まりの日』:https://privatter.me/page/68ecf2bbcf33a

一、

神官のひとりが「未来を垣間見た」とのことだった。

これより遥か遠い未来、この日ノ本の地で執り行われるのだという『聖杯戦争』――という天啓を得た神官が、大王に進言したものだった。曰く、「七人のマスター、七人の幽鬼サーヴァントを互いに殺し合わせ、その贄の儀式をもってこの国を滅亡の運命から救済すべし」。――王朝は死にかけており、もはやこれだけが最後に残った一縷の希望だった。枯渇しつつあった国庫の財すべてを投入した大掛かりな呪術は、その確実性もあやふやなままに実行へと移された。皆、藁にも縋る思いだった。

幽鬼を現世に留め置くための楔――マスターの人選も、最初の一人目はすぐに決まった。



――ヤマトタケル。



儀に関わることでその身がどうなろうと誰も一向に構わない、あわよくば死んでくれればそれでいい――それでいて、恐らくはこの『儀』において筆頭の勝者候補だった。

召喚の儀は、神官が『未来視』をした内容を模して実行に移された。万が一失敗した時のために周囲に被害が及ばぬよう、専用の小さな小屋を造り――その中にタケルひとりを閉じ込めて、彼が役目を放棄して勝手に逃げ出せぬよう、外から棒を立てかけた。彼が大王の命令に逆らって逃げ出したことなどかつて一度もなかったが、それは当然の措置のように行われた。

明かり取りの窓もない小屋の中に閉じ込められたタケルは、神官に言い含められた通り、松明の灯りを頼りに自分の血で床に魔法陣を描く。そして、自分では何を言っているのかもわからない呪文を暗唱した。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」



――落雷したのだと思った。



暗かった視界に突然閃光が満ち、目の眩む思いで数歩後ろに引く。思わず尻餅をついて見上げれば、光に灼けて白っぽくなった視界の中に、人影が立っているのが見えた。

――……

言葉を失ったまま呆然としていると、だんだんとぼやけた視界がはっきりとしてくる。タケルが取り落とした松明が壁に敷いた藁に燃え移り、あっという間に燃え広がって燃え落ちようとしている。
魔法陣とその周辺にだけはなぜか火の手が回ってこないのをタケルが一瞬見回して、それから改めて目の前に立つ人物を見る。――燃え盛る炎を背に、頭上には巨大な満月の浮かぶ中で、その人影は柔らかな微笑みを浮かべて、タケルを真っ直ぐに見下ろしていた。

――きみは」
「察さずともわかるぞ、セイバー――おまえが、俺の喚び人、だな」

聞き慣れぬ名で呼ばれたような気がしたが、それどころではなかった。――どうやらこれが、タケルの『サーヴァント』であるらしい。

ここに閉じ込められる前――ほとんど壁が燃え尽きて視界には眩いような夜空が広がり、そこここに燃え残りの炎が燻っているだけの『小屋』の残骸――神官に幾度も言い含められたことを思い出す。それが現れたのならばまず尋ねろ、とのことだった。

「な、汝は――きみの、ク――『クラス』、は――

タケルの言葉に、うん、と人影――すらりと背の高い、細身の美青年――が優しげに微笑む。「そんな言葉を知っているのか、偉いな」と童子を褒めるような口調で褒めた。

「俺は『キャスター』だよ。どんなものか聞いているか?」
「キャ……『キャスター』……
「当世では――なんと言い慣わしているのかな、呪術師、あるいは神官か。だから、おまえは俺のことは『キャスター』と呼ぶといい」

『キャスター』。タケルが必死に頭の中で神官に言い含められていた内容を参照する。確か、戦力的にはあまり望ましいクラスではなかった筈だ。最優が『セイバー』で――そういえば、ついさっきもこの単語を聞いたような気がする。

なんだっけ、とタケルが物思いに耽ろうとしたところに、『キャスター』から声を掛けられる。

マスター。見たところ、ここはもうすっかり焼け落ちてしまったようだ。まさかここがおまえの住処というわけではないのだろう。――おまえとはこれから寝食を共にするのだから、俺をおまえの住居まで案内してくれ」
「寝食を、共に?」

怪訝そうに言ったタケルに、キャスターが苦笑する。ふふ、と平安風の白い狩衣に包まれた細い肩を小さく震わせた。

「不満か。そうだろうよ」
「いや、不満というわけでは。ただ、私の周りにはあまり人が寄り付いたことがないので――亡き妻くらいで――

ぴくり、とキャスターの眉尻が痙攣したように見える。タケルが訝しむ間もなく、再び優しげな笑みを浮かべた彼が言った。

「そうか。では、慣れてくれ。――立てるか、マスター? 手を貸そうか」
「え、いや。大丈夫だ、自分で立てる」

差し出された右手が届く前に、タケルがその場に素早く立ち上がる。別段そうされることに反感があるわけではないが、そうでなくても人から施しや助けなどろくに受けたことがない人生だった。たかが立ち上がるためだけに人の手を借りる意義がわからなかった。

そのタケルの姿を、キャスターが口許に柔らかな笑みを浮かべたまま、感情の読めない瞳で見ていることに気付く。よくよく見てみれば、まるで宵闇に浮かぶ眩い満月のように不思議な色をした瞳だった。サーヴァント――『幽鬼』とはこういうものなのかもしれないと、人ならざるものを見て改めて思う。

タケルに与えられている居住区画へと歩きながら「キャスター」と呼びかけると、「どうした、マスター」と穏やかな声が返ってくる。どうにも慣れず、多少まごつきながら、今更ながらのことを口にした。

「まだ、きみに私の名を告げていなかったな。私は――
「『ヤマトタケル』。知っているよ」

おや、と思う。神官の話では、呼び出されたサーヴァントは、マスターとなる者のことは何も知らないという話であった筈だった。「なぜ」とタケルが問える前に、キャスターが言った。

「マスター、夕餉にしよう。儀式のために禊をして断食をしていたのではないのか。腹が減っているだろう?」
「え? ああ――うむ。そう言われてみれば、そうだ」

最愛の妻を海で亡くしてからというもの、食事の時間は彼女を偲ぶことができる唯一の慰めの時間だった。腹が減っているかと問われれば甚だ疑問ではあったが――タケルは空腹であるから食事をしているわけではなかった――キャスターの言う通り、召喚の儀式のためと命じられてここ数日は物を口にしていなかった。心の中の彼女と共に摂る食事も、数日間はお預けになっていた。

「侍従に声を掛ければすぐに持ってきてくれるだろうか。宮中のことは、俺にはよくわからないが」
……私は、ここが宮中だときみに言っただろうか、キャスター……

既に名を知られていたことといい、どうにも聞いていた話と食い違う――とは思いながらも、一方でサーヴァントは『器』から当世の知識を得ているのだという話も神官から聞かされていた。小首を傾げながらも、「いや……どうだろうな」とタケルは言った。

「もうこの時間だ。……私の頼みでは、誰も動いてくれないかもしれないな……
――そうか」

一瞬だけキャスターの纏う空気が乱れたように思えたが、すぐに霧散する。優しい声で、キャスターが言った。

「どこぞに厨房があるか。俺が何か作ってこよう」
「きみ、そんなことができるのか」
「おまえ一人分だろう。時間も手間もかからないよ」
「え? きみの、分は――

言いさしたタケルに、キャスターが肩を竦めて苦笑する。噛んで含めるように、どこか揶揄うような口調で言った。

「サーヴァントには食事は不要なのだ、マスター。食べてはいけない、というわけではないが」
「そう――か」

どこか釈然としないままにタケルが頷く。やがて辿り着いた自分の屋敷に上がりながら、キャスターに炊事場の方を指さすと、彼は本当にそちらへと向かっていってしまった。
いつものだだっ広い部屋の中でたったひとり、まんじりともせず正座をしていると、だんだんとすべてが夢だったような気がしてきてしまう。ふと、自分の左手を見下ろす。左手の甲に見覚えのない深紅の痣が浮かんでいて、夢ではないことを思い知らされる。

くん、と甘い香りがしてタケルが顔を上げる。音もなくいつの間にか戻ってきていたキャスターが、粥を手に立っていた。

「当然だが当世に味噌はないな。仕込んでみようか」
「ミソ? よくわからぬが、粥はよい匂いがする」

キャスターから器を受け取り、縁に口をつけて粥を流し込む。口にして初めて自分が飢えていたことを自覚し、そのまま一気に飲み干した。ふう、と口許を拭って器を床に置くと、「もっといるか?」とキャスターが尋ねた。優しい、労わるような声だった。

「え? うむ――まだ、あるなら……
「待っていろ。すぐ持ってくるよ」

器を拾い上げてキャスターが再び姿を消してしまう。――サーヴァントは、血の通わぬ、人ならざる『幽鬼』である、という話であったが。



なんだか、随分『温かい』――ような、気がした。