ロンド
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Public 奈落の大穴
 

極星ノスタルジア【再録】

「まなざしのいろ」「きんぎんすなご」


四章 Side.J


 祭りの日はベルチェロ孤児院の稼ぎ時ということで、子供たちは仕事に駆りだされる。
「なんの祭りなんだ?」
「殲滅卿の帰還だよ! ジルオ知らないの?」
「あぁ……白笛の」
 白笛にはあまり良い印象はない。なんせその白笛にかどわかされてきたので。ジルオの興味の薄い返事に焦れたらしく、先輩赤笛のロウジュは訊いてもないのに自慢げに話しだした。
「殲滅卿、殲滅のライザって云ってさ、すごい人なんだよ! オースに上がってきた原生生物を撃退したり他国の探窟家を倒したり、ものすごーく強いんだよ!」
「そうか」
「あっさてはおまえ、殲滅卿のすごさをわかってないな! 今までにすごい発見いっぱいしててさ、一級遺物や特級遺物だって」
「興味ないからよしてくれ」
 なおも話そうとするロウジュに背を向けて、ジルオは年少のセルラルと一緒に花壇のトコシエコウを摘む作業を続ける。
 根は香辛料に、葉や茎は炒めものに、花びらは明日の祭りに撒くために使われるのだという。この有用性とアビスの中でもところ構わず咲く不屈の花は、オースのシンボルになっている。
 飯を食えない日は生でかじった思い出が過ぎる。香辛料にされるだけあって生のままはとんでもなく辛く青臭いのだが、岸壁街では空腹を紛らわせる方法として子供たちに利用されていた。トコシエコウばかり食べすぎて腹を壊して亡くなった子も多かったが。ほんの数か月前のことだというのに、岸壁街での食うや食わずの暮らしは遠い出来事のようだった。
 泥と空腹と毒にまみれた岸壁街に比べれば、孤児院の穏やかな生活はなんて素晴らしいんだろう、とジルオは思う。規則は面倒だが暖かい寝床と安全な飯は何にも変えがたい。
 それに鈴付きを卒業して赤笛になれば、アビスに行くことができる。
「さっきの殲滅卿の祭りだけどさぁ」
「まだ続けるのか」
「ジルオは殲滅卿見たことないんだろ。連れてってやるよ! 大桟橋までさ」
 名高い探窟家たちの凱旋に使われる大桟橋には近づいたことがない。ジルオは少し心が動いた。
……仕事を抜けられるのか?」
「もう考えてある。トコシエコウの花を売るんだ。トコシエコウは殲滅卿の花だから、みんな買ってくれるよ」
「殲滅卿の花?」
「殲滅卿は、不屈の花がいっとうお好きなんだって。まえの祭りのインタビューで云ってた。白笛にも不屈の花の意匠があるんだ」
「ふーん」
「ね、行こうよ。殲滅卿が間近で見れるチャンスなんだよ」
「ぼくも行きたい」
 セルラルがぴんと手を上げてうるうると眼を潤ませて縋ってくるので、ジルオもようやく頷いた。
……うん。よろしく」
 殲滅卿にはちっとも興味はわかなかったが、大桟橋は見たいな、とジルオは思ったので。

     *

 朝早くから、花籠に入るだけの山盛りのトコシエコウを詰めて、約束通りロウジュはジルオとセルラルを大桟橋近くまで連れていってくれた。
 街中がお祭り騒ぎだった。これまで祭りといえば人々が浮かれているおかげでスリの成功率が上がる感覚でしかなかったジルオは、祭りに参加するのは初めてだった。色とりどりののぼりが上がり、饅頭や串焼きを売っている露店が美味しそうなにおいで誘う。
 道中で花は半分ほど売れていった。花が潰れてしまわないよう注意しながら、ふらふらと屋台に寄っていこうとするセルラルの手を繋いで、三人ひとかたまりに大桟橋の正面にまで移動する。
「すごいだろ。もうすぐだ」
「うん!」
 セルラルが返事をする。ジルオは目を見張っていた。凱旋用の豪奢な橋は機械仕掛けの歯車が回っており、地面には赤いカーペットが敷かれ、少し離れたステージまで続いている。どこもかしこも見物人でぎゅうぎゅう詰めになっている。
「ゴンドラが来たぞ!」
 後ろで誰かが叫んだ。とたんにわっと人混みが揺れ動き、ジルオはロウジュとの間にセルラルを寄せ、両手に挟むようにして花籠を両手で胸の前に持ち直した。
 ゴンドラの扉が開き、アビスの深層より帰還した殲滅卿の探窟隊が次々と降りてきた。
 その先頭を往くのは赤い探窟服に羽飾りのヘルメット、青い機械仕掛けの鎚のような遺物を担いだ、白笛を身につけた女探窟家。
「殲滅のライザだ!」
「おかえりなさい、殲滅卿!」
「われらが奈落の星 ネザースター!」
 盛大な拍手喝采が沸き起こる。閃光と色付きの煙の出る花火が上がり、トコシエコウの花びらが一斉に散らされた。
 殲滅卿は街中の注目にも臆さず、堂々たる足運びで中央を歩いてくる。
 声援に大手を振りながら、殲滅卿は羽飾りのついたヘルメットを邪魔そうに上向きにずらした。影になっていた表情の全貌があらわとなった。金色の睫毛にふちどられた瞳が真昼の太陽を眩しそうに瞬きする。
 真夜中の星空のような色合いの、奈落で輝く光そのもの。
 あんなに美しいものは見たことがない。昨日まで殲滅卿の偉業をいくら説かれようと聞き流していたジルオも思わず見惚れていた。
 ふと、殲滅卿がジルオの視線を認めた。自ら光り輝く宝石に見つめられて、ジルオは知らず知らず息を呑む。
 殲滅卿がジルオたちの前に身を屈める。
「君たち、素敵なものを持ってるね」
 鈴が鳴り響くような凛とした声が言葉を紡ぐ。探窟帰りだというのに、花の香を焚きしめた清涼なかおりがした。
「一輪もらえるかい?」
……どうぞ」
 かちこちになっているロウジュや惚けているセルラルに代わり、ジルオが一番きれいだと思ったトコシエコウの花を差しだす。
「ありがとう。鈴付きの卵くん」
 手袋を取って不屈の花を摘む指は女性らしくほっそりとしていて、しかし探窟家の最高峰にふさわしく細かな傷が無数に散っていた。首元のトコシエコウや鍵穴の意匠が彫られた白笛がからりと揺れる。
 殲滅卿は花の香りを吸いこみ、ふっと笑って花を帽子の羽飾りの間に刺した。そして きびすをめぐらせると、何事もなかったように赤いカーペットの上を進んで行く。
 ふいにジルオは、昔会った笛なしの探窟家を思い出した。あの探窟家よりもずっと、殲滅卿は鮮烈なきらめきを放っているように思えた。