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ロンド
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奈落の大穴
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極星ノスタルジア【再録】
「まなざしのいろ」「きんぎんすなご」
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八章 Side.J
鑑定された遺物の仕分けを手伝う仕事の帰り、頭に包帯をぐるぐると巻き付けたライザが手を挙げて近づいてきたとき、ジルオはぎょっとした。さっとライザの全身に視線を走らせる。頭以外は怪我がないようだったが、深層の探窟は白笛でさえ重症を負うほど苛烈なのだろうか。
「あぁこれ? オーゼンに
打
ぶ
たれた」
案外呆気ない理由だった。
「なんでそんなことに
……
」
「オーゼンのモノを横取りしたからだとさ。オーゼンは度し難い性格をしてるからな! 私が赤笛のときからそうなんだ。探窟成績が悪いと殴る、口ごたえすると蹴る、私がこっそりオーゼンの探窟について行こうとするとその辺の木に私を吊って自分だけさっさと行ってしまう! ずるいと思わないか、ジルオ!」
「そうですね
……
?」
正直最後だけはオーゼンが正しかったのではないかとジルオは思ったが、思うだけに留めておく。ライザから聞く通りに度し難い訓練だったのなら、やはり弟子入りの誘いは断って良かった。
「ところで、君のほっぺたはどうしたんだ?」
ライザがしろい手を伸ばしてきてジルオの右頬を軽く摘まむ。ライザほど痛々しくはないがぷっくりと腫れてガーゼが覆っている。
「遺物をポケットに入れたら、ちょろまかしたって院長先生に叩かれたんです」
「ふぅん? ちょろまかすつもりだったのか?」
「
……
ちょっと見て、後で返すつもりだったんです」
答えながら、だんだんと不安になってきてジルオはライザから顔を逸らした。金目になりそうなものを眼で追っているとベルチェロは目ざとく見つけて、ジルオの手を捻り上げてポケットを調べてくる。そして収穫が見つかると、誇り高き探窟家にあるまじき行為だとこんこんと説教を垂れてくる。ときには容赦なく体罰を加えてくることもあった。
口煩い院長に叱られるのはちっとも怖くはなかったのに、真の探窟家たるライザに呆れられてしまったら、と想像するとぞわりと背中が冷える思いがする。
「捕まるなんておっちょこちょいだな君も! 駄目じゃないか、悪戯するならもっと過激にやらんとお仕置き損だろ?」
あかるい笑い声が降ってきて、ジルオはきょとんと瞬きした。なにかとんでもないことを聞いた気がした。
聴き違いでなく、ジルオが見上げるとライザはけらけらと声を立てて続ける。
「このまえの大規模探窟でやらしたのか? 赤笛の掘り出した遺物なんてたかだか低級の四級遺物だろ。そうだな、どうせくすねるなら孤児院の遺物倉庫に忍び込んでみればいい! きっと赤笛のうちじゃあ触れないようなお宝が眠っているぞ! まずは中庭に時限式の石灯爆弾を仕掛けて爆破して、職員の眼を集めて
――
」
もしや実行前提で話を進めているのではと気付き慌ててジルオは遮った。
「別に、オレは遺物がほしいわけじゃないんで」
「へえ? 君は無欲だな。私なら見つけたらそっくり頂いてしまうぞ。まぁだいたいバレてオーゼンにお仕置きされるんだけど。真面目そうないい子だと思ってたけど、ジルオもなかなかやるじゃないか! 私とお揃いだな!」
まさか褒めてもらえるとは思ってもみなくて、ジルオは瞠目する。腫れているのではなしにほおが熱い気がした。
夜の空でいっとう輝く星のようで、真昼の太陽の下でもなお霞むことなくさんざめく光。同じ白笛でも陰険で底の知れない奈落の闇のようなオーゼンとまるで違う。
奈落の星
ネザースター
の異名を体現したようなひと。
あんな横暴な白笛じゃなくて、ライザの弟子になれたらいいのに。浮かび上がりそうになる願望をジルオは必死にしまいこむ。
ライザが身をかがめる。夜空色の瞳が間近にジルオを覗き込んできて、ジルオは怯んだ。
「君は私の弟子になりたいのかい?」
ジルオは息を詰める。心を読まれたかと反射で身体がこわばる。心臓がひどく跳ね上がって痛い。はくはくと呼吸がうまくできない。ライザはじっとジルオの動揺を見透かすように見つめていたが、やがてやさしく頬をほころばせた。
「オーゼンよりもいいのか?」
吸い込まれそうなほど深い色の瞳に惑わされ、なにも考えられず、とうとう、ジルオはこくりと頷いてしまった。ライザが満足そうに歯を見せて胸を張る。
「先に云っておくが、私は赤笛相手だからって手加減するつもりはないぞ。オーゼンみたいになんでもかんでも手厚く面倒を見てやるつもりはないし、君が途中で音を上げたり死んだりしたらそこまでだ。それでも、君はついて来るかい?」
夢を見ているような心地だった。ジルオの脳裏で濁流のように記憶が流されていく。
ほんの数年前の、岸壁街の隅でうずくまって毒に冒されるまでの時間を数えていた生活は遠ざかり、稀な幸運にも探窟家の見習いになれた。それだけで充分だったはずなのに、憧れの白笛に手を差し伸べられている。
まだこの先があるのだろうか。岸壁街に居たころはとても考えられなかったような未来への憧憬に満たされ、ジルオはライザの手を取った。初めて自分から触れたてのひらは、やわらかくてひんやりとしていた。
意を決してジルオは夜空色の双眸をまっすぐに見つめ、心のままに思い浮かんだ言葉を口上に乗せる。
「ライザさん、
――
オレを弟子にしてくださいますか」
情けなく震えてしまった声は風に呑まれてしまったが、ライザにしっかりと聞き届けられたようだった。いっそう笑顔を深めてジルオの熱い手を固く握りしめられる。
「もちろん! さぁ、そうと決まればさっそく冒険に行こう! わくわくするなぁ、弟子と探窟に行けるなんて!」
「え、でもオレもう帰らないと
……
!」
「だぁいじょうぶだって! 君のとこの院長には後で私が挨拶してやろう。なんせ私はジルオの師匠だからな!」
引きずられるようにしてジルオは転けそうになりながらライザに引っ張られて歩き出す。
アビスから吹きすさぶ風にライザの金色の髪がぶわりと広がりながらなびく。ジルオは巻き込まれないよう隣に並んで、生まれて初めて心を躍らせて師匠について行った。
その日、孤児院に来て初めて、ジルオは無断外泊をした。
一晩中玄関で待ち続けていたらしいベルチェロは、早朝に帰ってきたジルオを叱りつけようとして、ライザの姿に腰を抜かした。説明のちに持ち直したベルチェロは、ジルオを呆れたように見つめ、なにも追及しなかった代わりに長い長いため息をついた。
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