それぞれが出口をあらゆる手段で封鎖し終えると、再び全員が集合した。
「よし、これで準備はできたな。」
まだ人間たちは異変に気付いていない。施設内は今なお平穏そのものだった。
械たちは改めて、作戦を確認する。
「ここの正面出口はフィリップ様にお願いします。人間達が逃げてきたら彼らを燃やしてください。」
ナーデルの指示に、フィリップは明らかに納得がいかない様子を見せた。なぜ人間を?とでも言いたそうだ。彼の対象はあくまで「魔女」に限られている。
その様子を見かねたルフレが、こっそりラートに耳打ちをした。ラートもなぜ自分が
…と言いたげな顔だったが、ため息をつきながらゆっくりとフィリップに歩み寄る。
「フィリップ、ここは魔女の巣窟らしい。しかし人間も混ざっているそうだ。」
「
…つまり?」
「罪のない人間には、逃げる理由がない。だから逃げてくるのは、やましいことのある魔女だけだ。」
その言葉は、フィリップが唯一“魔女ではない”と思っているラートからのものだった。
フィリップはしばし沈黙し、ラートの瞳を真っ直ぐ見つめた後、ふっと息を吐く。
「そういうことは早く言ってください」
そう言って、フィリップは腰にガベルを静かに構える。
ラートに入れ知恵したルフレは、こっそりとちいさくガッツポーズをした。
「それじゃ、僕とファンリンさんはさっきと同じように東館に行きます。ラートさんとカラベラフィルムさんは西館をお願いします。」
指示を終えると、彼らは再び持ち場へと散っていった。
東館へ向かう樊凌とルフレ。
その通路を歩きながら、他の4人と十分に距離ができたことを確認し、ルフレが小さな声で樊凌に呼びかけた。
「ファンリンさん、例の件。」
「
…任せてや、ルーちゃん。わかっとるよ。」
にこりと笑う樊凌に、ルフレも目を細めて応える。
「よろしくお願いします。」
正面扉の前に残されたフィリップは、退屈そうに壁にもたれかかっていた。人々はまだ、日常の延長線上にいるようで挨拶を交わし笑っていた。
「
…はぁ、退屈ですね
…」
「あの、どうかされましたか?」
ふと漏らした独り言に、女性の声が返ってくる。彼女の顔に、どこか見覚えがあった。
「べつに、何もないです。」
ぶっきらぼうに答えるとフィリップは座り込んでいた場所から立ち上がる。
その瞬間建物の奥、西側から高い叫び声が突如として響き渡る。ひときわ鋭い悲鳴、逃げ惑う足音、怒号のような騒音が次々と押し寄せ、静けさを破壊していった。
やっとか、とフィリップは正面出入口である両開きの扉の前に立ちはだかる。扉が簡単に開かないように把手に閂のように棒を引っ掛けた。
目の前の人間達はけたたましい叫び声を聞き、にわかに騒がしくなった。何があったのだろう、と不安な顔で周囲を見渡している。
程なくして、地響きのような足音が人々の叫び声と共に、西側の廊下から正面玄関へと雪崩れ込んできた。
フィリップが封鎖した正面扉に逃げ惑う人々が殺到する。出口を求めて手を伸ばしたその足元が突然、ボッと発火した。赤赤とした炎が立ち上り、足元を舐めるように広がっていく。その光景に人々は怯み足を止めた。
「くそ
…正面がダメなら
…!」
誰かが叫ぶ。逃げ場を探し、群れは東館へと方向を変えた。
……
だが、そちらからも数人の人間たちが駆け込んでくる。
「そっちにもいるのか
…!?」
東館から逃げてきた彼らの後ろには、真っ赤な鬼神のような人影が二つ。その赤が返り血だと気づくのに時間はかからなかった。
二人は逃げ遅れた人間を捕まえては振りかざした刃物で一刀両断してはその息の根を止めていく。
首を落とされた男の体は、一歩、二歩とよたよた歩き、やがて崩れ落ちた。腹を裂かれた女は、腹を抑え込み断末魔の叫びを上げる。
鬼神たちはその血を浴び、どこか楽しげな表情を浮かべていた。床も壁も、天井も、真紅に染まっていく。降り注ぐ血は雨のようにぽたぽたと落ち、人々の服や肌を汚していく。
正面玄関に逃げてきた人間たちは、そんな惨状を見て恐怖で凍りついた。そして、反射的に来た道を振り返る
…だが、そこも地獄だった。
自分達が逃げてきた道もすでに赤く染まり、その道の先には黒い二つの大きな人影。彼らは静かに、そして確実に人間達を殺めていく。あまりに淡々と、静かに振るわれる暴力。まるで庭に生えた雑草を刈るように、人間を薙ぎ払っていく。
派手さも、激情もない。ただ静かに、確実に、命を奪っていく。
ゆけど戻れどそこは地獄。
「た、たすけ...」
青ざめた人間は正面玄関の方を振り返る。先程発火した床の炎は、まるで意思を持った生き物のように人間を飲み込んでいく。
「魔女が焼ける臭いは相変わらず醜悪ですね」
炎に飲み込まれた『魔女』は、のたうち回り、まるで己の人生の苦悩を表現して踊るダンサーだ。普通の炎ではないフィリップが生み出す業火は着火したら息絶えるまで消えることはない。やがて悶絶した肉塊は、全てを諦めたように大人しくなり、その炎もゆっくりと小さくなる。
後に残されたのは、歪に捻れた黒く焼け焦げた『人だったもの』。急激に焼かれると、筋肉は収縮し、その収縮に負けた骨が無惨にも折れて、妙に捻れた形になるのだ。炭化した肉塊は燻りながら異臭を放つ。
次々に人間を飲み込み業火が上がる。
ガベルを振りかざすフィリップが、業火の向こうでほくそ笑んでいた。
「もう、死ぬんだ。」
人間達は生まれて初めての、圧倒的恐怖と絶体絶命の絶望に陥れられた。
いつしか最後の北側からも人が流れ込み、人間達はこの大きな建物の玄関に集結していた。
「どいて!押さないで!」
「無理だ
…前にも後ろにも進めない!」
我先にと押し合いながら、進むことも、戻ることもできない群衆。その流れは膨れあがり、互いにぶつかり合って身動きが取れなくなる。
「まだ多いですね。」
そう冷たく言い放ったルフレは一切のためらいもなく、蠢きあう人間たちを、まるで畑の野菜を間引いていくように一切の躊躇いもなく斬り捨てていく。他の械たちはその周囲を囲み、人間がこの範囲から逃げ出さぬよう見張っていた。
「ルフレ殿、そろそろいいのではないか?」
カラベラフィルムが声をかけた。
ルフレはすでに何十人と殺しており、その太刀筋は雑になっていた。足元にはすでに死体が積み重なり、まだ息のある者すら混ざっている。
彼はその肉塊を踏みつけ、足場にして剣を振るっていた。
「
…っはは、すみません。夢中になっちゃいました。」
そういって彼は振り返り、口元を歪めて笑った。
残された人間はおよそ三十人。床にはその数倍の屍と、まだ死にきれていない肉片が転がっていた。
泣き叫ぶ者、怯えて震える者、あたりを見回す者。
彼らを一瞥したナーデルはパンっ!と手を叩いた。
「皆様、手荒なことをして申し訳ございません。」
ナーデルは柔らかく、丁寧に語りかけた。その声音に、人間たちはなにかに縋るように耳を傾ける。
「私達の目的はみなさまを本来あるべき姿に戻すこと。自分が生き残るために他者を殺す、原始的な生存本能や競争本能を取り戻してほしいのです。」
そう言ってナーデルは樊凌に目で合図をする。すると彼は武器を錬成し目の前の青年に手渡した。青年は酷くおびえながらもそれを受け取る。
彼はそれが「人を殺す道具」ということを先ほどの械達の行動で本能的に理解していた。
「一人。たった一人で構いません。ここにいるだれかをその剣で殺してください。」
ナーデルは笑顔で彼に告げる。途端に空気がざわめいた。
「あ、殺す、という言葉はわかりますか?先ほど彼らが行ったように相手が動かなくなるまで
…」
「ど、どうしてこんなことができるんだ
…!」
青年が声を荒げてナーデルの言葉を遮った。
「どうして
…ふふ、私達は狂気から生まれ狂気とともに生きてきたのです。私からすれば貴方達のほうが何倍も理解不能です。」
青年は言葉を失い、茫然とその場に立ち尽くした。
「ほら、はやくせんと進まんで?仕方ないから、ボクが手伝ったるわ」
樊凌は優しい顔をして青年の手にしっかり剣を握らせ、その手に自らの手を重ねる。重ねられた樊凌の手は血まみれで、ぐちゅっ、っと嫌な音がした。
青年はこみ上げる吐き気を堪えようとする。
「ファンリンさん、その女性とか良いじゃないですか。弱々しくて簡単に殺せそうです。」
ルフレが無邪気に青年の目の前にいた女性を指さした。人間達の騒ぎ声と、指さされた女の悲鳴が響く。
逃げだそうとする彼女の脚をカラベラフィルムが水を操り固定した。彼の視線は、その女性ではなく青年に向けられていた。そこには、どこか期待を含んだ色があった。
「嫌!!やめて!!やめてください!!!」
女は必死に叫ぶ。青年は樊凌に背後から押され、死体を踏みつけながら一歩、さらに一歩と前に進んだ。死体の床は歩きにくく、何度も倒れそうになる。
「嫌だ、嫌だ
…」
小さく繰り返しながら歩く青年に、樊凌が耳元で囁いた。
「
…せやったら、あのコと一緒にキミも死ぬ?」
その言葉に、ヒュッ、と喉が鳴った。
嫌な汗が身体中から溢れるのがわかる。その現実から目を背けようと、青年は足元に視線を落とした。
不意に飛び込んできたのは、踏みつけていた顔面の濁った瞳。ソレと目が合った。
ソレはまだ生きていた。
『イタイ』
声にはならないが、口だけが動いている。
死にかけの魚のように、苦しげに。
こうなりたくない。
その恐怖が青年の思考を支配した。
モノに成り下がった屍のようには、なりたくない。
青年は顔を上げ、次の瞬間
――誰の手も借りずに剣を振りかぶった。
振り下ろされた刃は、左肩から腹までをぱっくりと裂いた。女は即死できず、大きく目を見開いて叫んだ。
その青年の行動に、他の人間たちが絶望の叫び声を上げる。
「っ!さぁ!皆さんも剣を握り、誰かを殺してください!!殺せた人はここから脱出できますよ」
ナーデルの高らかなその声と同時に、樊凌が何本か剣を投げる。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、阿鼻叫喚の殺戮が始まった。
人血に濡れた剣を振るい、恐怖を打ち消すように人を殺す者。
目を瞑りながら、狂ったように剣を振り回す者。
『ごめんなさいごめんなさい!』と謝りながら馬乗りになって何度も何度も剣をつきさす者...。
先程までの平和なカフェテリアのような空間は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替えられていた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.