「おっ、おったで」
建物の影から械たちが顔をのぞかせる。彼らの視線の先には最初の襲撃で樊凌が与えた剣を片手に、店の食料を漁る男の姿があった。彼は言ってしまえば最初に殺人を犯した男だ。まさにこの時代のカインだ。
「よし
…それじゃ作戦開始しますか
…」
ルフレが小さく呟き、隣にいるカラベラフィルムへ合図を送る。カラベラフィルムは無言でうなずくと、すぐさま水を操り、男の動きを封じた。
その身に覚えのある、不気味な感触の液体に男の顔がみるみる青ざめる。近くに“械”がいると悟った瞬間、彼は突如泣きわめき始めた。
械が姿を現すと一層声が大きくなる。
「うるさい」
ラートは耳障りだったのか彼の頬を思いっきり平手打ちした。それに驚き男は押し黙る。
「お久しぶりですね。本日は貴方にお願いがあるのです。お願いと言っても、貴方に拒否権はありませんが
…」
男の顔を覗き込みながら、ナーデルが穏やかに語りかける。男は混乱しつつも、何度も頷くしかなかった。
「ありがとうございます。お願いというのは
…」
そう言ってナーデルは、静まり返った住宅街のほうを指さした。
「子供、いなければ女を各家から一人殺してここに連れてきてください。必要以上に殺してはなりません。一家につき一人で構いません。」
男は、まるで意味がわからないといった様子でナーデルを見上げた。しかし、彼は知っていた。この依頼を断れば自分がどうなるのかを。そして、彼らが残忍な行為を何のためらいもなく実行する連中だということも、すでに思い知らされていた。
「私たちは物陰から見守っています。逃げることはできない
…ということはわかっていますね?」
ナーデルの言葉に、男は再び頷く。カラベラフィルムが拘束を解くと、男は足早に住宅街へと駆け出した。
そして械たちは先ほどの建物の陰に隠れる。
しばらくすると、複数の叫び声が空気を引き裂いた。
「おっ、はじまったみたいですね。」
「先程の剣についていた血痕はかなり乾いていた。彼は積極的に殺人を行っていたわけではないのだろう
…上手くいくだろうか?」
「ちゃんと仕事してくれるのに期待するしかないですね。」
次々に上がる叫び声をBGMに械は言葉を交わす。
ラートがそっと様子を窺くと、先ほどの男が一軒の家から姿を現した。手にはまだ幼い子供の亡骸を引きずっていた。そして、それに縋り付いて泣き叫ぶ女...母親だろう。その後ろには同じく泣き崩れる彼女の夫の姿があった。
「
…うまくやっているようだ。」
ラートが低く呟く。
やがて、返り血にまみれた男が械たちの元へ歩み寄ってきた。その後ろには、家族を失った者たちが地に崩れ落ちていた。妻を、子供を
……大切な存在を、突然に奪われたのだ。
「な、なんでだ
…」「どうして
…!」
嗚咽と罵声が入り混じった叫びが、男の背後から飛ぶ。彼はそれを振り切るように、呻く。
「こ、これでいいのか
…?もう、いない
…あとは、多分、逃げたんだ
…」
彼が殺した人間たちを並べると十人だった。つまり、十軒の家で殺してきたのだ。
血まみれで泣きながら訴える男に、ナーデルはにこりと微笑んだ。そして、静かに彼を抱きしめる。
その瞬間、男が断末魔の叫び声をあげた。
ナーデルが手を離すと男は崩れ落ちる。その男の姿に械は目を丸くした。
「!」
男の体にはいくつもの穴が開いていた。
樊凌はその穴の位置がすべて急所から外れていることに気づく。
「
…それがナーデルさんの本当の能力ですか
…」
ルフレが呟く。
「そんなことより。早く次に進みましょう」
だが、ナーデルはルフレの問いには答えない。ただ男の髪を掴み、痛みにのたうち回る彼を引きずっていく。
困惑しつつも、械たちはナーデルの後に続いた。
彼らが向かったのは、殺された者たちの遺体と、その遺族たちがうずくまる場所だった。泣き腫らした顔の人々が固まっているすぐ近くに、ラートとカラベラフィルムが無言で地面に棒を突き立てる。樊凌はナーデルから男を受け取り、下着以外の服を脱がせるとその棒に男の体を縛り付けた。
子供や妻を殺された遺族たちはその光景を見つめていた。大切な存在の仇である男が、無様な姿を晒している。悲しみで泣き腫らした顔には、『悪意』が滲み始めていた。
そしてナーデルは彼らにこの男を殺せば故人の無念は晴らされる
…そう呼びかけようと一歩前に出た。
「デルちゃん」
しかしそんな彼女の樊凌が制止する。
「樊凌様、どうされました?」
「
…あとはボクに任せて」
そう言って彼は愛用している小刀を取り出した。
そして、迷いなく男の腕の肉を削ぎ落とす。
「ぎゃああぁぁッ!」
響く絶叫に、遺族たちの胸の奥に、名前もつけられない感情が湧き上がる。
……ざまぁみろ
そんな醜い、それでいて抑えきれない感情。
一回、二回、小刀を振るう。樊凌がまるで舞うように肉を削ぐ度に泣きわめく男に、遺族たちは夢中になっていた。
肉を削がれた傷口から血が滲み、肌を赤く染める。深くは抉らない。
あくまで丁寧に、少しずつ削いだ。皮膚の下から赤い肉が覗くたび、
全員が喰い入るように見つめる。
その視線に気づき、樊凌がふと彼らの方へ振り返る。
「なぁ、キミらもこいつに復讐したい?命より大事な存在を奪ったこいつを
――
苦しめたい?」
言葉に、遺族たちは固唾をのんだ。ただ立ち尽くし、沈黙が流れる。
だがやがて、一人が立ち上がった。続いてもう一人。そして、全員がゆっくり
歩み出す。『復讐』という言葉に馴染みはなかった。
けれど、その意味は本能で理解していた。
「
…あなたの名前は
…?」
それは礼儀ではない。樊凌を「敵」ではなく、「仲間」として迎えるための
最初の問い。目元を真っ赤にした父親の瞳には、怒りと哀しみ、そして
芽生えたばかりの復讐心が宿っていた。
「ボクは
…」
「名乗ってはいけない。」
その名乗りを遮ったのは、カラベラフィルムだった。突然の制止に、樊凌は目を見開く。
「
…思い出したんだ
…」
「?」
械の視線がカラベラフィルムに向けられる。
「
…人間に必要とされた械は見えなくなってしまう。」
カラベラフィルムの言葉に場の空気が変わる。械たちは凍りついたように息をのむ。
「そ、それって
…」
「白浪殿は対立する者を仲介した。シアノ殿は心中を望む者の手助け
…そしてどちらも人間に自分の名を名乗っていた。」
「
…人間に存在を認知される
…いや、思い出されたらもう人の姿は必要ないから、ってことですか
…?」
フィリップの言葉にカラベラフィルムは小さくうなずく。
「
…せやったら
…」
樊凌は彼ら
…復讐を望む彼らに視線を廻らす。
このまま自分がここから立ち去れば彼らはこの男に自分たちで復讐を果たすだろうか。それとも冷静になりこの場を離れるのだろうか。はたまたこの男さえも救おうとするのか。
そもそも、ここで馬鹿正直に本当の名前を名乗る必要はない。
はぐらかしたり、偽名を使えば良い。
「
…」
それなのに。
わかっているのに。
これは自ら死にに行くようなことなのに...。
「对不起、みんな。ボクはここで逃げて生きるより、胸ぇ張ってここで消えたい」
「!ファンリンさん!なに言ってるんですか!」
樊凌の言葉にルフレは声を荒げる。言っている意味が分かったからだ。
「揃いも揃って勝手に消えて!!残されるほうは何だと
…」
口をついて出たその言葉に、ルフレはハッとした。
そうだ。彼は、置いて行かれてばかりだった。残されるものの辛さをここにいる誰より間近で感じてきた。最愛の人、そして最高のライバル...。目の前でそれを感じてきたではないか。
…本当に彼のことを考えるのなら。
彼が望む最後を受け入れるべきなのだろうか。
幸いにも、白浪やグラディエーター、シアノと違い彼の存在はこの世界、この時代の人間に遺されるだろう。
「
…ごめん、ルーちゃん。やっぱあの約束できんわ。」
「
…今はそんなことどうでも良いでしょう
…」
沈黙が流れる。
「
…リンリン。それが貴殿が望む”最善の最期”なのか?」
カラベラフィルムの問いに、樊凌はにこりと笑ってうなずいた。
そうか、とだけ言いカラベラフィルムは一歩下がる。
ルフレは納得のいかない様子だったが、これ以上引き止めれば、それこそ彼の覚悟を踏みにじると理解し、唇を噛み締めて黙り込む。
フィリップとラートもまた、樊凌の意志に任せるように、ただ静かに彼を見つめていた。
─みんな、相変わらずわがままばかりの自分を許してくれた。
そのうれしさと感謝の気持ちを噛みしめながら樊凌は人間たちの方に向き直る。
そして人間達を一瞥してから目を伏せた。
…やっぱ、どんだけ憧れても、小白やグラちゃんみたいにまっすぐ光ることはできんな
…
…
…せやけど、そんな言い訳して逃げたらなおさら顔向け出来んくなる。
やから、ボクはボクなりに目的を叶えんと
…
そんで、械のみんなの道を切り開く
…
樊凌は、最も残酷で、最も非道な復讐を求める彼らをまっすぐに見つめた。
「ボクは凌遅刑、樊凌。キミらに最悪のこと教えたる。」
そういって曇りのない笑みを浮かべた。
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