一方その頃、フィリップと軽く挨拶を交わしたルフレは、「04」と記された部屋の前で立ち止まっていた。 そこは、樊凌の部屋。その扉を、ルフレは静かにノックする。
「ファンリンさん、いますか?」
「什么?どうしたんルーちゃん?」
顔を出した樊凌はルフレの目にはいつも通りに見えた。胡散臭い笑顔を浮かべた彼に、どこか安堵すら覚える。
「少し話したいことがあって」
「?」
改まってどうしたのだろうと不思議に思いながらも、樊凌はルフレを部屋に招き入れた。
ルフレは「お邪魔します」と会釈してから部屋に入る。初めて部屋の中に通されたルフレは、壁一面が赤い色の部屋に驚いた。樊凌の故郷のものなのだろうか。壁には円形の黒い飾り棚が据え付けられている。部屋の右には板が敷かれた天蓋付きの寝台、そこには赤い提灯が二つ飾られていた。部屋の中央には小さめの黒い机と籐椅子が置かれていた。机の上には、茶器が鎮座している。あまり部屋に物はないものの、やたらと賑やかに見えるのは、やはり壁一面の赤い色のせいだろう。
ルフレは樊凌に勧められるまま椅子に座った。
「お茶でも飲む?」
「いや、大丈夫です。
…多分すぐに終わるので。」
樊凌は一瞬だけ目を伏せ、それからルフレの向かい側に腰を下ろした。
「で
…話ってなんなん?」
樊凌の問いかけに対し、ルフレの表情は普段の穏やかな笑みではなく、ひどく真剣なものだった。
「ファンリンさんは人間に対してどう思ってるんですか?」
唐突な問いに樊凌は一瞬まばたきをして、言葉に詰まる。
「
…またその話?」
「前回は途中で終わっちゃったので。それに、いろいろと意見が変わってもおかしくないでしょうから」
そう言ってルフレは目を細めた。しかしその表情は冷え切っている。まるで相手の内心を探ろうとするような、冷え切った視線だった。
樊凌はどう答えようかと目線をそらす。
その拍子に、ある記憶が脳裏に浮かび上がった。
約二週間前
…白浪がいなくなった、あの日のことだ。
あの日、樊凌はルフレと一緒に白浪の部屋に向かっていた。その途中、ルフレから同じ質問をされていたのだった。
樊凌はその質問の深い意図までは考えず、ただ「きらい」とだけ答えた。
それを聞いたルフレの表情が、ほんの少しほころんだ気がした。
「小白〜、喂,醒醒〜」
大好きな白浪にいつものようにおはようの挨拶をして部屋の扉を開く。
しかし、そこにだれもいない。
きっと、ベッドにうずくまっているのだろうと寝台を覗き込むもそこにも彼の姿は無かった。部屋のどこにも、彼はいない。
樊凌は嫌な予感がした。ズキリ、と頭が痛む。
まるで、思い出したくない記憶を抑え込むように。
「し、小白は
…?」
ただ、「勘違い」そう言って欲しくて、ゆっくりと振り返りルフレに問いかけた。
「
…人間って大きなショックを受けると都合の悪い記憶をなくすんです。僕たち械でも同じなんですね。」
「
…ルーちゃん
…?なにが言いたいん
…?」
「白浪さんは、先日消えてしまったんです。投げ込まれた手榴弾の衝撃で
…」
脳裏に、断片的な映像と音が怒涛のように流れ込んでくる。
爆音。
そして、虚空しか掴めなかった自身の手。
「ファンリンさん、僕は
…」
ルフレのその言葉の続きを聞く間もなく樊凌は大広間へと走った。
一刻も早くみんなからルフレの悪い冗談だと、白浪は元気にここにいると、否定して欲しかった。
しかし、そしてナーデルからすべてを聞き、すべてを思い出したのだ。すっぽり抜け落ちていた、いや、信じがたく無理やり忘れようとしていた現実をーー。
樊凌はあの日と同じ問いかけをするルフレの言葉に、自嘲気味に笑った。
「
…今も嫌いやで。」
樊凌はあの日と同じように答える。その答えは変わらなかった。変えようがなかった。
ルフレはその言葉を聞いて、どこか満足そうに、静かに微笑む。そして「だったら
…」と話し始めた。
「
――…」
彼の提案に樊凌は目を丸くした。
「啊~
…なるほど、それがルーちゃんのお願いなんやな
…?」
「えぇ、協力してくれますか?」
ルフレは変わらぬ穏やかさで問いかける。その声はまるで、何気ない頼みごとでもするかのように落ち着いていたが、絶対的な決意が滲んでいた。
それを見透かしてか、樊凌はいつものようにどこか食えない笑顔で頷いた。
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