準備があるから、とナーデルは械達に玄関ホールで待つように指示をした。
彼らが言われた通り待っていると、いつもと違った出で立ちでナーデルが現れた。夜会用の重厚感のあったドレスは、ブーツが見える丈のラフなドレスに変わり、装飾品もいつもより少なめで身軽に見える。そして何より、いつも結い上げている髪は下ろされ、緩くウエーブを描いて揺れていた。
械達が服装の変化に興味を示していることに気付いた彼女は「いつもの服装では動きづらいので」とだけ言って微笑んだ。
「それでは出発しましょうか」
ナーデルはそう言うと、あの日と同じように扉の鍵を開け、館の外へと踏み出した。
外から差し込む光は、変わらず柔らかくて暖かい。あの日と何ら変わらないその光だったが、あの日と違うのは、館の中に落ちる影が五つ、ということだけ。
彼らは黙ったまま、ナーデルに続いて森の中を進む。
ナーデルの後ろにルフレが続く。ゆっくりと優雅に歩く様子は変わらない。丈の短いドレスは、心配することもない。
その後ろをラートは太陽を見ながら歩いていた。暖かなはずの日差しは、あの日よりも暖かさを感じない。
フィリップはその大きな背中の後ろに着いて歩く。後ろにいるはずの誰かさんはいなかった。
「そういえば」
フィリップの居心地の悪さを察知したのか、前を歩くラートがポツリと言葉を漏らす。
「そういえば、あの日、名前をつけられたんだったな
……」
『名前だ!君も車輪刑としか名乗らなかっただろう?この姿を手に入れたんだ、やはり名前はあった方が良いだろう!』
そう言ってグラディエーターは、シアノとラートに名前をつけたのだ。ほんの一年程前の話だ。一年前、名前などどうでもいいと思っていた。興味もなかったから人間たちがつけた『車輪刑』と名乗ったに過ぎない。
(それなのに、いつの間にか、ラートという名前が当たり前になっていた)
ラートは誰に話すわけでもなかった独り言だったが、フィリップは「そうでしたね」といつもの声で答えていた。
カラベラフィルムと樊凌は特に話すことも無く、たまに樊凌があちこち見渡して軽口を叩く程度で大人しく歩を進める。
(あの日は、カラちゃんのキレーな水の花をみて喜んどったなぁ
……)
白浪がそれをじっと見てて、子供のように驚いていたことを思い出した。
(カラちゃんも得意げに披露してくれて、楽しかったなぁ
……)
カラベラフィルムはあの日から変わって見えた。普段はさほど変わりはないように見えても、確実に何かが変わっていた。かく言う自分も
……。樊凌は自分の中の僅かな変化に気づいていたが、それを見て見ぬふりをしている自分もいた。カラベラフィルムも同じ違和感は多分持っているだろう。彼らの記憶の伝承
……という同じ業を背負ったもの同士、感じているはずだ。
(後ろから見とると、思い知らされるなぁ)
欠けた三人は、今もそこかしこにいるような錯覚。一行は黙々と、森の中を進んで行った。
ほどなくして街へ出ると、まだ町の変化を目にしてなかった樊凌、ラート、カラベラフィルムは目を丸くする。
「確かに、以前の雰囲気で慣れていると違和感があるな。」
「あっ!前までアサリボウル売っとった店が変わっとる
…!」
「どこか、質素になったというか
…」
三人が言う通り。少し前の街の様子とだいぶ変わって見える。
以前は、広い通りには様々な色合いのキッチンカーが並んで、建物にも色とりどりの装飾が施されていた。地面はカラフルなモザイクタイルが敷かれ、街には色が溢れていた。
花はあちこちに咲き乱れて、華やいだ雰囲気を生み出していた。一体何を目的に作られたか分からないが、楽しそうなオブジェも飾られて、たとえ人が居なくても賑やかな雰囲気はあった。大きなヴィジョンには多彩な映像が流され、街ゆく大人も子供も、カラフルで色々な形をした風船を手にしていた。
それが今では随分様変わりした。
建物は大きく、通りも広いのだが、色も統一され一体感がある。地面は一様に同じ色の煉瓦が敷き詰められ、飾られていたオブジェは、案内標識になっている。
道行く人々の姿も一変していた。それまで全てが自由に見えた人間たちの半数は、より機能性に富んだ似たような服を着て、街並みは利便性を重視した作りになっていたのだ。
そんな様変わりした街を、興味深そうにキョロキョロと見回す彼らを引き連れて、ナーデルは軽やかな足取りで目的地へと歩を進めていった。
そんな無機質な街並みを進んでいくにつれ、次第に道幅は広がり、両側の建物はさらに簡素なものへと移り変わっていった。窓は小さく、扉はどれも統一され、外観からは住人の個性や生活感がほとんど感じられない。ただの“機能”としてそこに存在しているような建物ばかりが目につく。
このあたり一帯が、もはや住宅街ではないことは明らかだった。
そして、そんなエリアの一角に差しかかった時だった。彼らの目の前に、ひときわ大きく、異質な存在感を放つ建物が現れた。
「これがこの時代の城ですか。」
フィリップがつぶやく。
その建物は、一目で見渡せないほどの敷地を有している。間違いなくこの国の中枢を思わせる厳重な造りだ。城と喩えるフィリップの言葉もあながち間違っていない。おそらく敷地内の端から端まで移動するには、そうとうの時間がかかりそうだ。
「ここは、この街
…いやこの国の中枢機関です...いわゆる政府が管轄する国の心臓部...。地方にある役所への指示もここから全て出されています。そして、国の隅々で起こる事は全てここに集められます。国民のあらゆる申請はもちろん、国民の管理はここで全て賄っています。」
ナーデルは簡単に説明すると、「早速入ってみましょう」と彼らを連れて建物内へと入った。
中枢機関と言う割に、警備は最低限の警備員しかいない。それらもただ入口にいるだけで、特に荷物のチェックや入館する際の手続き等はなかった。
「さすが、平和ボケしとるだけあるなぁ」
悪意という情報はあるものの、実際それを行動に移そうとする人間がいないから警戒心が薄いのだろう。難なくその建物に入った一行は内部の様子をみてさらにまた驚いた。
建物の内部はかなり賑わっており、彼らが想像する中枢機関、言わば城内とは大きく異なっていた。
というのも、おかたい役所というより、その開放的な空間はカフェテリアのようだったのだ。
このエリアは国民の相談エリアのようで、「相談カウンター」と書かれた看板が見える。
設置された席には、相談者と役所の人間が対面で座って何やら話をしていた。まるでカフェでたわいない雑談でもしているかのようだ。それくらいラフな感じに見えた。事前にナーデルの説明がなければ、ここが国の中枢を担う場所だなんて露ほども思わないだろう。
実際、相談カウンターの近くにはカフェスペースがあり、みな思い思いに飲み物を手にしている。
「かなり人数が多いな。この場所だけでこの人数となると建物全体で一体どれくらいの人間がいるのだろうか
…」
カラベラフィルムが冷静に分析した。ワンフロアでこれほどの人間がいるのだ。外観から見た建物内にどれほどの人間がいるのか。想像にかたくない。そして、先日の紫禁城での戦いを思い出した。
もし、ここにいる人数を再起不能になるまで破壊するのなら、相手が反撃してこないとはいえかなりの時間が必要になるだろう。紫禁城の時とは違い立ち向かってくる者よりも、逃げ出す者の方が圧倒的に多いに違いない。
「まずは逃げ道を塞ぐところからですね」
ルフレがぽつりとつぶやき、それにナーデルが静かに付け加える。
「逃げてここでの惨事を伝える人間も必要です。ここの扉は残しておきましょう。」
そのやり取りを聞きながら、樊凌はふと何かを思いついたようにぽん、と手を打った。
「せやったら、焚きつけるだけ焚き付けて、殺し合わせて生き残った何人かだけを逃がしたらええんやない?」
今までの自分であればこのような考えは出てこないだろう。
「殺し合わせる」という思考、そしてその展開をどこか楽しみにしている自分がいる。
その提案に樊凌自身はもちろん、他の械もグラディエーターの面影を感じた。
「ならば、まず正面扉は一時的に封鎖し、それ以外の全扉を完全に封鎖する。次に建物の端から徐々に人数を減らし、正面扉へと追い込めば良いのではないだろうか。」
カラベラフィルムの提案に、一同は静かに頷いた。
「それじゃぁ
…まずはこの建物のより詳しい地図を手に入れないといけませんね。」
「地図はありますけど
…全体図ではないです」
フィリップが入口近くの壁に掲示されている施設案内図を指さす。それは必要最低限の案内しかされておらず、避難経路や裏口まで書かれた地図は関係者しか知らないだろう。
となれば直接聞くしかない。
さて、誰が話しかけるか
…
その問いは言葉にされることなく、自然とナーデルに向けられた視線が答えていた
その意味を察したナーデルは、ため息を一つ吐き、「仕方ありませんね」と言わんばかりに職員らしき女性に歩み寄る。そして、数言の会話を交わすと、彼女はその場を離れていった。
「地図、取りにいったんやろか」
その様子を眺めながら樊凌がぽつりと呟く。
数分後、その職員が一枚の大きめの紙を手に戻ってきた。ナーデルはそれを受け取り械の元へ戻る。
「すんなり手に入れられました。」
そう言って広げたのは、建物の詳細な設計図だった。通路の幅、非常口、部屋の広さ、扉や窓の位置・数・大きさまで、事細かに記されている。
「かなり広いですね
…」
「5階建てか。広さは
…館の何倍もあるな。」
「しかし外につながる扉は限られている。六人で手分けをすれば早いだろう」
話し合いの末、東北は樊凌、西北はラート、南はフィリップ、北はナーデル、東南はルフレ、西南はカラベラフィルム
…と、六方向にそれぞれ担当を振り分けた。非常階段を含めた計六カ所。彼らは静かに頷き、目的地へ向かって歩き出した。
職員はすれ違っても明るく挨拶をしてくれるだけで、警戒などするものは一人としていなかった。とはいえ扉に細工をしているところを見つかれば、さすがに怪しまれる。械たちは、細心の注意を払いながら作戦を進めていく。
錬成した刃を隙間に差し込んだり、ドア枠をゆがめたり、ドアノブを壊したり
…それぞれが最適な手段で、静かに、確実に出口を潰していった。
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