二人が話している頃、フィリップと別れたラートは二階の談話スペースに向かった。しかし、特にすることもない。
「何か食べるか
…」
お腹が空いていたわけでも、料理がしたかった訳でもない。ただ、無駄に時間が過ぎていくのに耐えられそうになかっただけだ。
そう思い厨房へと向かうとそこには珍しくカラベラフィルムがいた。彼は料理をしているようで香ばしい匂いが部屋に漂っている。
「貴殿がここにいるのは珍しいな。」
「あぁ、食べたいものがあると頼まれたのだ。」
ラートは彼の手元を覗き見る。たっぷりの油で骨付き肉を揚げていた。それを目の当たりにして、ラートはゾッとするような心地がした。
(
…フライドチキンをカラベラフィルムに頼むような械はシアノだけじゃ
…)
ラートは料理をするカラベラフィルムの横顔を怪訝な表情で見つめる。
カラベラフィルムはその視線に気づいたのか、ふと顔を上げて目を合わせた。首をかしげる仕草も自然で、違和感など微塵もない。
「一体誰に頼まれたんだ?」
ラートは嫌な予感がしながらも、誰か他の械が気まぐれに頼んだのかもしれない。そう願いながら問いを口にした。
しかし、その答えはラートが一番望んでいないものだった。
「シアノ殿だ。私にフライドチキンを用意してくれと頼むのは彼くらいだろう。本当に手のかかる親友だ。」
カラベラフィルムはあきれたような言い方をしながらも、どこか嬉しそうに見えた。まるで頼ってもらえたことを喜んでいるように
…
視線を手元に戻し、丁寧に一つ一つの揚げ加減を確認する。
あまりに普通。何も変わらない日常の続きをしているようだった。
友人の願いに応えようとする、健気で温かな光景にラートは固唾をのんだ。
「
…シアノはもういないだろう?」
ラートの言葉にカラベラフィルムの手が止まる。
沈黙が重くのしかかる中、カラベラフィルムはゆっくりとラートに視線を向ける。
その目はとても穏やか
…に見えた。
しかし、その目の奥にはドス黒い何かが蠢いていた。
「みな、ここにいるだろう?」
あまりに当たり前のように答える彼の顔はいつもと同じ顔に見えて、威圧的な、否定を許さない顔だった。『ここに彼がいる』。それは、カラベラフィルムの『世界』では揺るがない現実なのだ。ラートは言うべき言葉を飲み込んだ。
刹那、二人の間に沈黙が流れる。
その沈黙を破るように、カラベラフィルムは揚げ終わったフライドチキンを、皿に盛り付けた。
「ラート殿、疲れているのなら休養をとるべきだ。まだ先日の疲労が残っているのだろう。」
まるで何もなかったかのように、カラベラフィルムはラートを気遣うように声をかけた。
「は
…?それは貴殿の方が
…!」
しかし、反論したラートの言葉を遮るように、まるで聞こえなかったかのように、無言のままカラベラフィルムは厨房から出て行ってしまった。
(
…一体どうしたものか
…)
その背中をラートは何も言えずに見送った。
館の空気が、あの日からおかしい。館全体が歪んでいるような。少しずつ、何かが確実に変わっていた。平和を壊すために過去を変えたしわ寄せは、自分たちにも確実に来ている。白浪が消えたあの日から
……。その歪みは、ゆっくりと、そして確実に。
「
…壊すのは、平和だけのはずだろう」
ラートは誰に語る訳でも無く独りごちた。日が傾き始め、やがてまた一日が終わる。太陽が沈むと、館の中はより一層深い闇に飲まれていくようで、ラートは以前以上に夜が好きではなくなった。
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