5話✧狷械

✧執筆協力
まめこ様

✧スチル協力
ふかひれ。様米2ろう様めんま様



その頃、フィリップは自室の椅子に腰掛け、一冊の絵本を読んでいた。

なるほどこの時代の魔女は美化されているんですね

淡々と呟きながら、ページを一枚、ペラリとめくる。そこには、魔女が少女を手助けし、その少女が幸せを手に入れるという物語が描かれていた。いわゆるシンデレラだが、その内容は大きく改変されていた。

意地の悪い義母や義姉はもちろん、王子すら出てこない。その代わりに移動に時間がかかるだとか、お腹が空いただとか、そんな取るに足らない悩みを魔法で解決してもらい、そんな生活の延長でたまたま素敵な人物と出会い友人になるというもの。

物語の最後は、魔女が用意したパーティー会場に友人たちを招き、皆でささやかな宴を開くというもので終わっていた。

何が面白いんだか。」

フィリップは軽くため息をつきながら絵本を閉じた。

自分の存在(歴史)が消えていた間に何が起きたのか。
そもそも何故こんなに魔女を美化する愚か者がいるのか

「...もしかして、この時代の魔女は普通の人間に扮して、人知れず自分たちを美化しているのか

となれば魔女を炙りださなければ
しかし魔女を炙り出すにしろ手間がかかる。魔女=善という固定観念が人々に染みついているならなおのこと厄介だった。

そのとき、ふと先日ルフレと交わした会話が頭をよぎった。あのときは曖昧に同意していたが、彼にも魔女の疑いがある以上、本気で頷いたわけではない。
それでも彼の提案に乗れば、自分の悩みのいくらかは解消できる気がした。

信じていいのかどうか

唸るようにそう呟いたフィリップは、ぼんやりと天井を仰いだ。その視界の端に、壁の時計が映る。針は、ちょうど予定の時刻を指していた。

……行くか」

重い腰を上げ、フィリップはゆっくりと自室を後にした。

やがて彼らは再び大広間に集まった。

「そろそろ、街の様子を見に行きましょう」

ナーデルの一言で、全員が静かに頷く。

最初の襲撃から、ちょうど一ヶ月が経っていた。館から続く森は、何事もなかったかのようにいつもと変わらず静かだった。
しかし、街に入った瞬間——その景色は一変していた。

建物は色を失い、通りには人の気配がない。店のガラスは所々で割られ、中は荒らされていた。
時折遠くから人の叫び声や泣き声が聞こえるが、肝心の“人”の姿は見当たらない。

しかし、それは械たちが望んでいたほどの荒れようではない。食糧難に見舞われている人間たちによって、もっと暴動や強奪が行われていると思ったのだ。

「思ったより荒れていませんね

フィリップはその街の様子に少しガッカリした。

「そうですね、この時代の人達は思ったより我慢強いのかもしれません」

ルフレも街の静けさに、どこか釈然としない様子で応じる。

そして、もうひとつ考えられるのは……
先日の襲撃、あの“恐怖の大魔王たち”による暴走が、思ったより周知されていないという可能性だった。それもまた、仕方ないことだ。あの場にいて生き残ったものはともかく、噂で『人が人を殺してまわった』と言われても、『恐ろしい』とは思えど、ピンと来ないのかもしれない。あの時に死の恐怖を目の当たりにした人間と、あの惨状を目の当たりにした人間以外にはどこか遠い世界の話なのだろう。

実際に死の恐怖を肌で感じた者でなければ、本当の意味で恐ろしさなど理解できない。
自分たちが“殺す側”になるだなんて、思いも寄らない——そんな“善良”さを、今の人間たちはまだ持ち合わせていた。

つまり、生き延びるために誰かを殺し、生きるために奪う。
その極限の選択は、ごく一部の人間にしか芽生えていなかったのだ。

だから、この食糧難でも、大半の人達は他人から奪うなどということを選ぶよりじっと耐え忍び、餓死することを選ぶのだろう。たとえ、自分の命の方が他人の命よりも大切だと理解していても、他人の命や物を奪ってまで生きようとは考えないのかもしれない。

もう一回、なにかしら手を加えないといけなさそうですね。」

ルフレはため息交じりにつぶやいた。

食料源を完全に潰しますか?」

「いやそれは近々勝手に潰れてくれるだろう。きっと、この時代の人間はみな受動的だ。指示されないと動けない。作りなさいと言われなきゃ動かない。政府に管理されないと生産さえ立ち行かなくなる。その程度の生産率なら、今ある在庫だってすぐに底尽きるはずだ。」

ラートが言うことは最もだった。現に食糧難は起きている。

やったら、狙うのは今は逃げてるだけの人間たちやなぁ

しかし、それも非効率だ。一人ひとりに脅しをかけて回る余裕はないし、なにより面倒だった。

現状、人間たちの中で攻撃的な行動に出る者は、あまりにも少ない。

─恐怖以外で、全うに生きている人間を歪ませる方法。

「復讐心とか」

ルフレがぽつりと呟いた。

生存本能がだめなら、より感情的な、人間的な感情を刺激すれば良いのではないか。

「彼らには多分復讐、という概念がない。あったとしてもしようとは思わないでしょう。だからこそ、広まるんじゃ?」

ルフレが静かに言った。

「復讐は、故人の無念を晴らす“正しい行為”だと教えれば、もっと広まるでしょう。自分の行いを正当化したい人間にとって、これ以上ない口実になりますし、連鎖もするはずです」

ナーデルがさらりと付け加えた。

その「復讐」という言葉に、樊凌がぴくりと反応する。

頭に浮かんだのは、最低な考えだった。

……せやったら……

ぽつりとこぼしたが、その先の言葉が続かない。

こんなことを本当にしていいのか?
もし白浪やグラディエーターが生きていたら、どう思うだろう。
あの、羨ましいほどまっすぐなふたりが、人間を心から愛していたあの2人がこの案を聞いたら、何を言うだろうか。

しかし

「ファンリンさん、なにか良い案があるんですか?」

その名を呼ばれた瞬間、樊凌は我に返った。今、自分の言葉を皆が待っている。

深く息をして腹をくくった樊凌は口を開いた。

「最低な提案なんやけど

彼がそう前置きすると、械たちは不思議そうに首を傾げた。

「?そもそも人を殺してる時点で罪だろう。そして、それが我々の存在意義だ。」

カラベラフィルムが、今さら何を言ってるんだ、という顔で眉間に皺を寄せる。

「もう全員まとめて仲良く地獄行きですよ」
「俺は太陽のない世界には行かないぞ」
「僕は魔女の退治なので天国行きです」
「そんなわけが無いでしょう」



いつものように好き勝手なやり取りが続き、樊凌は思わず吹き出した。
そんな彼らの会話に樊凌は自分が深く考えこんでいたのがバカバカしく思える。樊凌は吹っ切れたように笑った。

「ほな、みんなで仲良う地獄旅行やな」

そう言って笑うと、彼の言う『最低な案』について話し始めた。