さもゆ
2024-12-06 15:49:18
34977文字
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【スティレオ】ツイログ

1~8…付き合ってないタイプのスティレオ。
9~12…付き合ってるタイプのスティレオ。

2020.12.27 たまごのお粥pixiv投稿作品


少年と副官が好きだぜって言い合う話。

ああひどく愛しき人たちよ!


「スティーブンさんて、もっとひどい人かと思ってました」
「それはよく言わ、…………ん? ……言われないな。その逆ならよく言われるんだが」
「その逆?」
「思ったより酷いやつだと、よく」
 はあ、っぽいですね。思わず口をついて出た言葉が、隣の上司に向けるのには些か無礼であったとレオナルドが気づいたのは、それまで飄々と笑んでいた顔の片眉がひょいと上がったからだった。けれど咎める雰囲気ではなく、むしろこちらを許容していそうな、なんとも形容し難い顰め面だ。レオナルドはお小言を貰わなかったことにとりあえずほっと息を吐いて、すんませんと謝ってみる。
 いや、と返した彼は座りが悪いのか、地べたにつけていた尻をもぞつかせると、瓦礫の壁に背を深く預けた。これは、しばらくお話でもして時間を進めましょう、ということだろう。そう検討づけたレオナルドも倣って足を投げ出そうとして、逡巡し、すぐに立ち上がれるよう膝を緩く抱えることで落ち着いた。
……ぽいと思うなら、なぜ逆のことを?」
 遠くの方で爆発音が鳴っている。スティーブンの声は隣でなければ聞こえなさそうな声量だ。瓦礫の影で休んでいるように見えるが、今はれっきとした戦闘中。現場においてレオナルドの目でも見えない緊張の糸は、まだぴんと張られている。この人は油断しているように見えて、のんびりと、鋭く、周囲を警戒している。
 せめてその邪魔にはならないように(もしかすると話題を振った時点で面倒に思わせてしまったかもしれないが)なるべく声を落として質問に答えた。
「スティーブンさんは、スーツ着ていつもの柔い微笑浮かべてたら、普通にサラリーマンとして見せかけることができるでしょう」
「ああ」
「けど、サラリーマンと思って近づいたら、ほんとはいかにもマフィア然としてる」
……そうか?」
「外で見たらそんなことないのかもしれませんけど、この街だとそんなきっちりスーツ着て、刺青して、垂れ目で微笑がデフォルトだと、ひょっとして気づかんうちに内蔵抜かれるんじゃねえかとか思っちゃいそうなくらいには、堅気じゃないです」
「それは、僕がライブラだと知ってるから、そう思うんだろ」
 こっくり、頷く。
……まあ、だから、あなたがサラリーマンとか一般人とかに扮したその場合は、『思ったより酷いやつ』になります。ぽいです。とても。言われてそうっす」
……そんなにヤクザに見える?」
……ザップさんから聞いたんですけど、ジャパニーズヤクザは小指を箱に詰めて責任を取るらしいですよ」
「狂ってるなあ、ジャパニーズヤクザ」
「スティーブンさんは、心臓の右心房だけ凍らせたり、あまつさえそれで苺のシャーベットでも作ろうかって笑顔浮かべてそうなイメージあります」
「狂ってるな、きみの中の俺って」
 彼は困ったふうに苦笑した。
 そういうところだと、レオナルドは思った。
 随分、気安く接せるようになったと思う。なった、というか、そう接しても別段おっかなくはないと気づくようになったというか。
 何せライブラ副官とのファーストコンタクトはとんでもなく横着だった。こちらは包帯ぐるぐる巻きで余裕がなく、少々礼儀に欠いていたと思うし、あちらはなんだか鷹揚な態度だったけれど上がった声音で「これからも突入頼む」などと恐ろしいことを言う。認められたことは嬉しかったが、それにしても、やはりこの人も特殊な人なのだろうと覚悟せざるを得なかった。
 が、思ったよりは、ひどくない人だったのだ。
「そりゃあ、有無を言わせない態度で指示してきたり、春風のような笑みは怖いなあって思うんすけど。腹黒って言われてるし、冷血漢なんて、能力に相応しい皮肉があるし、俺はもしかすると、たぶん、ちょっと、あなたのこと苦手だなあなんて思ってた時期もありましたよ」
「ひどいなあ。涙がちょちょぎれそう」
 レオナルドはぎょっとして隣の古傷の走った顔を仰ぎ見た。そして脱力する。「せめて涙目くらいになってから言いましょうよ……」それから、仕切り直すように、ごほん、咳払いする。
 すると、先ほどよりも近いところで、大きく爆発音が轟いた。スティーブンはそちらに首を向けている。レオナルドも意識は同じところへ向けたまま、だから、と続けた。
「だから、まあ、ちゃんとスティーブンさんのこと見てるうち、『思ったよりひどくない人だな』って気づいたんです」
 義眼を使って周囲を探るべきかと腰を浮かしかけたレオナルドは、瓦礫の向こうへ意識をやっていたスティーブンに手だけで制され、まあ自分の使いどころはこの人がよく分かっているだろうと座り直す。ふうん、気のない相槌を打った彼は、少しの間そうして戦況を調べたのち、再びレオナルドへ顔を向けた。よく分からないという顔をしている。レオナルドがよく見る──というよりはよく向けられる──顔つきで、こういった場合、彼は本当にレオナルドより無知な大人になる。
「接続詞がおかしくなかったか? 苦手な相手をちゃんと……見たって?」
「はい」
「何を? 義眼で?」
「目の力は使ってないっすよ」あらぬ疑いをかけられそうだったのでここは毅然と言い放つ。「スティーブンさんですよ。普段の。事務所にいる時とかの」
「気づかなかったな」
「いや、別にストーカーみたく観察してたわけじゃないんで。こう、日常の延長線上のように……眺めてました」
「はあ。それで?」
 それでって。レオナルドはどう言ったものか少し言葉に窮したが、思ったまま伝えても恐らくこの男はこの不可思議そうな表情を崩しはしまいと結論づけて、飾り立てることなく言ってやる。
「僕は苦手だなと思っていたスティーブンさんを眺めて気がつきました。スティーブンさんはよく笑う。スティーブンさんはよく怒る。スティーブンさんはよく疲れる。疲れている時に、珈琲にこっそり砂糖を混ぜ込む悪戯をしてみたんですけど」
「は? 最近やけに珈琲淹れてくれると思ったら」
「そしたら、スティーブンさん、驚いた顔して『美味いな』って。僕の淹れた普通の珈琲を、砂糖入りと気づかず」
……よっぽど疲れてたんだろうな」
「あと、スティーブンさんはよく楽しそうにしています」
 段々幼稚な作文じみてきたぞ、とレオナルドは思ったものの、隣からはまだ作戦指示は来ないので。頭の中でライブラの事務所、大人三人を思い浮かべる。
「クラウスさんとK・Kさんと話している時は、特に。クラウスさんの肩につかまって笑ってるのを、よく見ます」
 背の高いスティーブンよりももっとうんと高いクラウスの肩に手をつき、いつもは人当たりのよさそうな笑みを浮かべている顔をくしゃりとさせて、くつくつと笑いを噛み殺していたり大口開けて笑っていたり。K・Kの憤慨に情けない苦笑を浮かべていたり。それらは簡単に思い起こせる。レオナルドはいつも楽しそうだなあと眺めていた。同時に、なんだか幸せだなあとも。
「そういうスティーブンさん見てると、安心するんですよ。なんというか、こう……いや、スティーブンさんだけじゃなく、あなたたち大人が……ライブラの支柱の人たちが、普通に楽しそうにしてるのを見てると、ぼかぁ『この人たち好きだなあ』ってなるんです」
 じゃりり、特殊なギミックを施された靴の裏が、居心地悪そうに地面を擦った。レオナルドはそれに視線を落としながら、彼は今、意味の分からなさにとんでもなく戸惑っているに違いない、と他人事に思う。思いつつも、下書きも何もない作文の終わりどころはまだ見つかっていないので、口がするする動いていく。
「ザップさんに対しても、そうです。スティーブンさん、ザップさんに対して雑な対応をするけど、案外、あの人のこと好きでしょう。『あいつなら何だかんだ大丈夫』っていう信頼を感じます。チェインさんにも、わりかし、妹みたいに可愛がってる節ありますよ。ソニックにこっそりおやつあげてるのも知ってます」
 また、じゃりり。
「ギルベルトさんのことも、凄く大事に思ってますよね。聞きましたよ、むかし、ギルベルトさんを庇って怪我をしたって。瀕死の怪我じゃなきゃ治るまでに何倍もの時間がいるギルベルトさんの代わりに、腹を抉られたって。わりと重症だったから、説教されたんでしょう」
 ぐう、喉が唸る音が聞こえた。
「極めつけは、ツェッドさんですよ」僅かばかり拗ねたような言い方になる。「ツェッドさんはね、僕よりも短期間であなたのこと『思ったよりひどくない人だ』って気づいたんすよ。僕、一応、彼より長くライブラにいたのに。でも、僕より長く、スティーブンさんと二人でいる時間が多かったのなら仕方ない」
 ツェッドからその話を聞いた時、やっぱりスティーブンは周囲の評価よりよほど人間味のあるいい人だと思ったのだ。そして、まあ、ちょっぴり羨ましいとも。
「スティーブンさんが事務所で夜まで仕事してたり、徹夜しかけたりする時に、雑談するんでしょう。ツェッドさんと。ツェッドさんはよく質問をするって言ってました。『ヒューマー』について。『僕はまだまだヒューマーについて分からないことが多すぎるので、よく質問するんです』って。そしたらスティーブンさんは教科書のように答えてくれるか、自分の考えを教えてくれるか、一緒になって悩んでくれるんですって」
 そういえば、と思う。スティーブンとツェッドの「よく分からない」という顔はどことなく似ている。人間を三十二年やってきた上司と、種として孤独に十三年やってきた後輩、レオナルドにとってはどちらも強いひとなのだけれど、たまに、なんだか放っておけないとこちらをハラハラさせてくる。レオナルドはひとり、上司と後輩の共通点を見つけ、得した気分で頷いた。
「ぼかぁね、たぶん、皆さんが思ってる以上にライブラが好きなんですよ。スティーブンさんも、一緒でしょう。大好きでしょう、みんなのこと。もっとひどい人かと思ってたのに、こうやって見ちゃうとね、もうそんなこと思えませんよ」
 以上です、と口を噤んだ。以上で、スティーブンさんをもっとひどい人かと思っていたのに、全然そんなことなかった理由でした、と。黙ったレオナルドは自分が果たして彼の疑問に正確に答えられていたか、作文として及第点だったか途中から分からなくなっていたが、とりあえずは言いたいことを言えた満足があったのでそこは気にしなかった。
 じゃりりり、靴底が細かな瓦礫を擦っている。砂塵で汚れた革靴と、地面についたグレーのスーツを見て、そうそうと心の中で付け加える。
 スティーブンさんは躊躇なく地面に座りこめる。
 なんとなく、レオナルドはスティーブンのことを完璧な大人だと思っていた。完璧な大人とは、子どものようにはしゃがないし、空想に夢見たりはしないし、隙がなく、自立して、私生活をきちんとしている人のことだ。少なくとも、自分の中では完璧な大人とはそういうイメージがあって、彼をそうやって見ていたために近づき難い思いを抱えていた。自分をまだ十代のガキだと分かっていたからだ。
 ところがスティーブンは存外はしゃぐし(この間なんか何がツボだったのかずっと笑っていて、地団駄を踏んだ際に床に氷が張っていた)、ファンタジーが現実となっているこの街でも好きな空想小説があるらしいし(レオナルドはそれを知らなかったので今度古本屋で探そうとこっそり誓った)、予想外のことが起こるとわりと顔に出て鼻水を啜ったりするし(逆に余裕がある時は茶目っ気のある笑顔で中指を突き立てていることもある)、私生活は知らないが、いつぞや二十四時間現場に駆り出されたのち全身に異界人やら魔獣やらの体液を引っ被り、挙句には雨が降り出した時には、「あー、シャワー浴びる手間が省けたな」などとぼそりと漏らしたので、おそらく私生活で怠けている部分だってあるだろう。(その時レオナルドはアパートの地獄のようなシャワーか、今降っている何がしかの成分が含まれていそうな雨をシャワーにするか本気で悩んだのち、「事務所のシャワー借りていいっすか」と人間の尊厳を失わない選択肢を取れた。スティーブンはその手があったかという顔をして「僕もそうしよう」と頷いていた)
 今は戦闘中だし、やむを得ない状況だとしても、スティーブンはレオナルドの隣で地べたに腰を落としている。
 なんてことはない、あるいはスティーブンのことを完璧超人として高く見過ぎていたと言われればそれまでなのだが、レオナルドはこの大人が初対面の頃よりうんと好きになっていることを自覚している。ベッドで包帯ぐるぐる巻きなのを鷹揚に見下ろされていた頃が、嘘みたいなくらいには。
 普通に、いい人だもんな、この人。うんうん。自得しているレオナルドは、さあ何と返されるかなと意気揚々と顔を上げた。予想では、「きみが僕の何を知ってるっていうんだ」と呆れ返った態度をしているか、「こいつは一体何を言っているんだ」と微妙な顔つきで困惑しているか、とにかく、よく分かっていないのだろうと当たりをつけた。
 ところが、どっこい。
 レオナルドはぱちりと瞼を開いた。(誤解のないよう言っておくと、もちろん瞼はいつも開いている)見張った途端に義眼の輝きが漏れ出て、レオナルドの目の周りにまつ毛の影が出来上がる。
「スティーブンさん」
 それをまざまざ見ていたスティーブンは、大きな手のひらをレオナルドの両目に翳して、青い眼光を遮った。言葉のない咄嗟の行動らしく、それを正しく汲み取ったレオナルドは慌てていつもの細目に戻る。神々の義眼を無闇に晒してはならない。これは絶対的な約束事だ。
 そうしてこちらの驚愕が過ぎ去り、もう隠さなくても大丈夫ですよと伝えると、そろりと手のひらがどけられた。彼の表情は、義眼で見ても、見なくても、一緒だった。また面食らう。
 具合の悪そうな顔だ。
 眉間には皺が寄っているし、頬の傷跡は頬ごと歪んでいるし、上唇と下唇がきゅっと真一文字に引き結ばれている。
 笑っているともとれるし泣いているともとれるし怒っているともとれる。
 レオナルドは今まで見たことがなかったイレギュラーな副官の態度に、しどろもどろになって「あ」とか「う」とか漏らした。何せどの感情が彼を支配しているか分からないため、謝るのが最善かも分からない。あの、その、えっと、もだもだもどもど、慌てていると、ようやく彼がリアクションを起こした。
 おもむろに髪をがしがし掻き、頬の傷跡を手の甲でごしごし拭い、はああと深々ため息を吐き出した。
……レオナルド」
「うえっはっハイ!」
 滅多に呼ばれない名前に背筋をぴんと伸ばす。
 スティーブンが教え子に接するように、いいか、と人差し指を向けた。
「分からないだろうから言っておくと、僕は今、猛烈に照れてる」
「はっ……は、はい?」
 鳩が豆鉄砲を食った。
 食らわせた張本人はふてぶてしく首を振っている。
「あのな、レオナルド。そりゃこっちの台詞なんだよ」ふてぶてしいどころか、非難がましい声音だ。
「な、何がですか」
「確かに、僕らが思ってる以上に、きみはライブラのことが好きみたいだ。正直たまげた」
「はあ、まあ、そ、そうでしょうね」
 レオナルドの一番は自他ともに認めるミシェーラである。ライブラに入ったのも世界の均衡を保つためではなく義眼の情報を得るためだ。ライブラに対してあまり情がないと思われても仕方のないことだろう。
「でだ、レオナルド」スティーブンは厳しい目を送ってきた。ただし声音は妙に上がっている。「本当にこっちの台詞なんだが、僕らは、きみが思ってる以上に、きみのこと好きになっちゃってるんだぜ」
 どかんッ。
 おそらく近場で爆発が起こった。
 瓦礫ができる音と、ザップの罵声と、熱風がここまで届いてくる。
 スティーブンはそちらへちらりと目をやり、幾分早口で伝えてきた。
「分かるだろ? 変な勘違いしてないよな? 義眼保有者としてではなく、少年。レオナルド・ウォッチとしてだ。僕らはきみを好ましく思っている。はは、そうか、なるほど」
 スティーブンはようよう立ち上がり、ということはそれはこの雑談が終了することを意味していて、レオナルドもつられて腰を上げかけた。まだ指示も何も、聞いていない。
 スティーブンは明朗に笑って見下ろした。
「つまり、俺たち、両思いってことだな。照れるな、少年!」
 刹那、レオナルドの中途半端に立ち上がりかけた体は持ち上げられ、瓦礫の向こうへ投げ飛ばされた。
 うえっえぇえええ!!? わけも分からず大絶叫を上げるしかない宙を飛ぶ体に、血紐が巻き付いてくる。それに条件反射で安堵しつつ、この目はしかと急な無体を強いてきた氷の男を捉えていた。満面の笑みだ。サムズアップ。そしてなんと、耳朶が赤い!
 照れているスティーブンが大口開けて宣った。
「言っただろう、これからもバリバリ突入頼むぜって!」
 だからって。
 だからって。
 彼の作戦を理解はできなくとも信用しているけれど。だからって!
「いきなり投げ飛ばすこたあないでしょお!? あんたやっぱり思ったよりひど──」残りの悲鳴は無造作にレオナルドをキャッチしたザップの喚きにより途切れてしまう。「スターフェイズさん! こいつの面倒見る俺の身にもなってくださいよ! キャッチさせたいなら気絶くらいさせといてくれません!?」ひどい人! 鳩尾をザップの肩に思い切りぶつけて噎せ返る。
 ひどい人。ひどい人たちだ! げほごほっ、ゲホォッ、レオナルドはひたすら噎せ続けた。きっと、だから。
 顔が、ぐぐっと、真っ赤になっている!